♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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zoom RSS クリスマスとバッハその2・風の中のマリア〜「主よ、人の望みの喜びよ」(BWV147)、BWV10

<<   作成日時 : 2006/12/09 01:52   >>

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 続きです。

 前回、マニフィカトのクリスマス稿をご紹介しましたが、
 「マニフィカト」は、もともと、真夏の7月2日、マリアのエリサベト訪問の祝日と密接に結びついています。

 受胎のお告げを受けたマリアは、やはり同じ時期に洗礼者ヨハネを宿していた、老エリサベトのもとを訪れます。
 エリサベト(とおなか中のヨハネ)から祝福を受けたマリアは、イエスの母親となる決意を固め、その時に、感動とともに口にした賛歌が、マニフィカトです。

 このマリアの感動と決意が、直接クリスマスにつながるわけで、
 マニフィカトが、両方の祝日で歌われることからもわかるように、
 マリアの訪問の祝日とクリスマスとは、深く結びついているのです。

 バッハのカンタータの中で、最もおなじみなのは、なんと言っても、
 コラール「主よ、人の望みの喜びよ」でしょう。

 このコラールの含まれる、
 カンタータ第147番「心と口と行いと生き方」 BWV147は、マリアのエリサベト訪問の祝日のためのカンタータ。

 いろいろな楽器に編曲されていますし、バッハの最もよく知られた宗教曲、ということで、クリスマスになると、この曲を聴く機会が増えます。
 実際に、クリスマスにこの曲を歌われる方からもコメントをいただきました。

 BWV147は、クリスマスのための曲ではないですが、上記のようなことから、
BWV147がもともと待降節のカンタータだ、ということを差し引いても)
 「主よ、人の望みの喜びよ」は、クリスマスにピッタリの音楽なのだ、と言ってよい、と、わたしは思っています。


 さて、マリアのエリサベト訪問の祝日のカンタータで、
 BWV147以上に、わたしが愛するカンタータがあります。

 カンタータ第10番「わが心は主をあがめ」 BWV10

 ドイツ語マニフィカトに基づくコラール・カンタータ(第2年巻)の名品です。

 最晩年にシュープラーコラール集に編纂された第5曲のコラール付きデュエットも、もちろんすばらしいですが、わたしが聴くたびに涙ぐんでしまうのは、
 第2曲ソプラノ・アリア。
 一人の少女が、運命のすべてを受け入れて、風の中に毅然と立っているような感じが、とても好きなのです。、
 
 この曲を聴くと、いつも、
 ムリーリョの傑作、「エル・エスコリアルの無原罪の御宿り」の、美しいマリアの瞳が思い浮かびます。


画像



 この瞳が象徴するような、純真でひたむきな決意のようなものが、
 BWV10147など、マリアの訪問の祝日のカンタータの核心です。

 そしてその決意こそが、クリスマスの幸福をもたらしてくれるのです。


 ところで、これまで時々作品をとりあげてきたラ・トゥールも、マリアの絵をたくさん描いてますが、
 なぜか、ラ・トゥールの場合、マリアよりも、父親のヨセフを題材にした絵の方が、感動的な作品が多いようです。

 ヨセフは、あまり目立たない存在ですが、思えば常に近くにいて、マリア、そしてイエスを見守り続けたのです。
 クリスマス。
 マリアとイエスだけでなく、たまには、ヨセフに思いを馳せるのもいいかもしれません。


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コメント(4件)

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おはようございます。
>一人の少女が、運命のすべてを受け入れて、風の中に毅然と立っている

この文章を拝見して改めて考えたこと。
マリアが「受胎告知」を受けたとき、彼女はわずか14歳だったということ。今の年齢に概念で判断することではありませんが、それにしても若い、むしろ「幼い」と言ってもいい年齢。
仰られるとおり、まさに「風の中に立つ少女」
決然として「御言葉が、全てこの身になりますように・・・」と頭を垂れるマリア。

昨日の礼拝でカトリック的な「マリア観」を否定する旨の説教がありました。マリアの身におこったすばらしい奇跡を思うとき、同時にそれを恩寵として受け入れることのできたマリアの信仰をも、一つの奇跡であったと思っている私には、そのまま受け取るには、少し抵抗のあるお話・・・
>そしてその決意こそが、クリスマスの幸福をもたらしてくれるのです
マリアのこの前向きで神をのみ信ずる決意、積極的な信仰がなかったなら確かクリスマスの幸福」はなかった・・・
 
カンタータ第10番「わが心は主をあがめ」 BWV10、無性に聴いてみたくなりました。




 
aosta
2006/12/11 06:52
おはようございます。

>なぜか、ラ・トゥールの場合、マリアよりも、父親のヨセフを題材に
>した絵の方が、感動的な作品が多いようです。

ヨーロッパの方についてということで聞いた話ですが、
女性からインスピレーションを受ける人と男性から
インスピレーーションを受ける人に分かれるそうですね。

私の感覚からすると、そんなにはっきり分けてしまっていいのか
疑問なのですが。
Stella
2006/12/11 09:45
 aostaさん、こんにちは。
 BWV10は、前回(バッハとクリスマスその1)のコメントにも書かせていただいた、「コラール・カンタータ」を代表する名曲です。
 機会があれば、ぜひお聴きになってくださいね。
 もしシュープラーコラール集をご存知でしたら、バッハの晩年のオルガン編曲と原曲の聴きくらべもできます。
 なお、記事に書いたことは、あくまでもわたしの勝手な印象ですので、ソプラノ・アリアの歌詞は、直接「マリアの決意」等を歌ったものではありません。
Nora
2006/12/11 12:29
 Stellaさん、こんにちは。

> なぜか、ラ・トゥールの場合、マリアよりも、父親のヨセフを題材にした絵の方が、感動的な作品が多いようです。

 これもやはりわたしの勝手な印象で、まったく逆に思われる方もいるでしょう。
 ただ、ラ・トゥールは、(バッハとちがって)
 マリアは神聖な存在として、ヨセフはあくまでも人間として(驚いたり、恐れたりする生身の存在として)描いているように感じます。
 わたしは信仰心とは縁遠い人間なので、どうしても、人間的なものの方に、心を動かされてしまうようです。

(同じコメントが重なっていましたので、最初のものを勝手に削除させていただきました。お許しください)
Nora
2006/12/12 11:35

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