♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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help リーダーに追加 RSS ブルックナーについて、ちょっと考えた。

<<   作成日時 : 2007/03/12 00:35   >>

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 先週のブルックナーの記事にいただいたコメントを読ませていただき、いろいろなことを考えたので、そのことをちょっとだけ。


 ブルックナーの音楽で、わたしがもっとも魅力を感じるのは、
 神をたたえる荘厳なコラールや、宇宙的なクライマックスではなく、
 曲のあちこちに散りばめられた何気ないフレーズだ、というのは、この前書いたとおりです。
 わたしたちのまわりをとりまく、光や風そのもののような、まったく何気ないけれど、美しさにあふれたフレーズたち。

 ブルックナーのシンフォニーには、そのようなフレーズがぎっしりとつまっていて、
 わたしにとってブルックナーのシンフォニーを聴くことは、それらのフレーズの一つ一つを、ゆっくりと楽しむことに他なりません。


▽ 交響曲第3番(ノヴァーク版 第1稿=初稿)
  (クリックするとホフマイスターの絵を拡大して見られます。素朴でいい絵。曲にぴったり)

画像


 * わたしが大好きな曲。初稿でなければダメ。
   ブルックナーが書いた、きらきらしたフレーズの宝庫。
   最晩年に徹底的に手を加えた最終稿ももちろんすばらしいですが、
   どう考えても、こちらの方が美しいような気が・・・・。
   まあ、いずれにしても、まったくちがう曲と考えた方がよいでしょう。 
   インバル盤もいいですが、ティントナーが亡くなる前に残してくれたこのCDは、
   考え得る最高の演奏。
   このアダージョにちょっとだけ手を加えたアダージョ No.2もすばらしい。
   (朝比奈さんの日本初演ライブ盤がありました)  



 さて、先週の記事にブルックナーのモテットについてのコメントをいただきましたが、
 数々のモテットもまた、きわめて魅力的です。
 透きとおるほどに純化された、ブルックナーの最も美しい一面を、そこに聴くことができます。

 でも、それらのモテットは、ほんの少ししか残されていません。
 いや、モテットだけでなく、ブルックナーの場合、交響曲以外の曲は、極端に限られていて、実際、ブルックナーは、交響曲だけの作曲家のように言われています。
(実際には他の曲もけっこうあるのですが、あまり知られてはいませんし、70年以上も生きた長命の作曲家にしては、やはり少ないと言わざるをえません)


 一方、今回、記事を書くにあたって、ブルックナーを聴いてみて、
 前記したような、交響曲にちりばめられた無数の魅力的なフレーズの一つ一つが、実は、そのまま一曲のモテットになり得るほど、豊かな内容を持っているのだ、と、いうことを、あらためて感じました。
(それこそ、バッハだったら、何曲もの大作を書くことができるかもしれません)

 そのようなフレーズの楽しみ方として、
 何気ないフレーズや対旋律の中に、気になるものがあったら、とにかく覚えて、鼻歌でもいいからいっしょに歌ってみる、という方法があります。(わたしはいつもそうしてます)
 そうすれば、その何気ないフレーズが、あのモテット等と同じように、豊かで美しいことを、実感していただけるでしょう。 


 以上のことから、ひとつの歴然とした事実が浮かびあがります。

 つまり、ブルックナーは、何曲ものモテットや宗教曲、室内楽や器楽曲を書くことができる膨大な素材を、ただただ交響曲だけに注ぎ込んだ、ということです。
 わき目もふらず、ひたすら。
(この点は、最小限の素材から、膨大な作品や巨大作品を生み出した、恐怖の省エネ作曲家、バッハと対照的ですね)

 しかも、普通の職業作曲家だったら、かならず、
 「次はこのような曲を作ろう」と、具体的なプランを考えるのに、ブルックナーは考えません。
 最低限の曲調くらいは想定するものの、それも最初だけ。
 常に、その時点の自分に可能なすべてを注ぎ込んでしまいます。
 まるで、その曲が、生涯最後の曲であるかのように。

 だから、彼の交響曲は、みんな同じだ、などと悪口を言われるわけで、事実そのとおりです。
 もちろん、だからこそ、後期になるにつれ、内容は恐ろしいほど深化していくのですが。
 まさに、全力投球の作曲家。全力投球しか知らない作曲家です。
(この、あまりにも職業的でないところが、しかも、実は天才である、というところが、
 やはりどうしても、ルソーとだぶってしまいます)


 結局、ブルックナーは、自分でも言っているように、
 真実、「愛する神のため」だけに、作曲をしたんだな、と思います。
 「神のために」、常に自分のすべてを捧げた。
 そして、この一点で、ブルックナーとバッハは共通しています。


画像

                          (愛する神のもとにゆくブルックナー)


 だからこそ、わたしは、ブルックナーの書いたフレーズ一つ一つのすべてを、じっくりと聴いてあげたいのです。
 演奏のために、泣く泣くカットした部分も含めて。
 わたしは、ブルックナーについては、すべての稿をくまなく愛しています。
 だって、ただでさえ、曲が少ないのですから。
 わたしが稿の問題にこだわるのは、そのような理由からなのです。



 そんなわたしが、一番愛する曲は、やはり、これ!

▽ 弦楽五重奏曲
    ウィーン・フィルハーモニア五重奏団

画像


 * ブルックナーが一息に書いた、
   きらきらしたと光や、そよそよとした風のようなフレーズたちが、
   そのまま残された奇跡のような曲。
   最新の良い演奏もたくさんありますが、
   これは、古き良きウィーン・フィルの楽団員による、しっとりとした名演。


▽ 弦楽五重奏曲のアダージョ(弦楽合奏版)
  (交響曲0番とのカップリング)
    スタニスラフ・スクロバチェフスキ、ザールブリュッケン放送響 

画像


 * 上記弦楽五重奏曲の中でも、特に美しいアダージョを、
   スクロバチェフスキ自身が編曲したもの。
   数年前、サインをもらってしまった。



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コメント(23件)

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Noraさん、おはようございます。

ブルックナー、私が長いこと彼の音楽に親しむことが出来なかったのは、本文にもありますように、「宇宙的なクライマックス」をも体感させる金管の輝かしくも壮麗な響きであり、ときに粘着気質を思わせるしつこさ(失礼!)でした。
以前にもNoraさんが仰っていらした『壮絶なクライマックス』は確かに”非日常に楽しむ音楽”かもしれませんね。
 8番の第4楽章は私にとってある意味例外でした。
食わず嫌いのブルックナーのシンフォニーの魅力を教えてくれたのも私が尊敬して止まない音楽好きの友人です。
一人で聴いているうち、いつしか自分の好みが偏っていってしまう嫌いがありました。
Noraさんのブログにもいつも触発されています。
宗教曲一辺倒だった私のブルックナーに交響曲が入り込み、またこうしてNoraさんの視点から、しっとりとブルックナーを聴けそうな気がしてきました。
aosta
2007/03/13 09:47
 ブルックナー、しつこいですよね。よっぽど何か、うったえたいことがあったんでしょう。
 ブルックナーのさわやかな?面を再発見するには、記事にも書いた、
 3番第1稿のアダージョや、(初稿でないとダメ!)
 クインテットのアダージョが、ぴったりだと思います。

 特に、クインテットは、お得意の「金管の咆哮」がありえないので、いいのではないか、と。
 でも、結局は、同じなんですけどね。時々、ヴァイオリンに「咆哮」させようとしています。
Nora
2007/03/13 11:07
こんばんは。
Noraさん御指摘の「普通の職業作曲家なら、かならず、
『次はこのような曲を作ろう』と具体的なプランを考えるのに、
ブルックナーは考えません。…常に、その時点の自分に可能な
すべてを注ぎ込んでしまいます。」という点は、ブルックナー
を理解する上で重要なポイントだと思います。ブルックナーが
1つの交響曲の作曲を終えると、休む間もなく次の曲の作曲を
始めたというのはよく知られたエピソードですよね。

私は、彼は生涯続けて1つの曲を書き続けたと理解した方がよ
いのかもしれないと思います。もちろん彼自身にはそのような
意識はなかったわけですが。全9曲をまとめて1つの作品を考
えた方がよいのではないか、と思ったりしています。
アルトゥール
2007/03/16 22:23
 こんばんは。いつもお世話になっています。
 うーん、おっしゃるとおりですね。
 そう言えば、確かに、「何番が好き?」と聞かれても、ちょっと答えに困るようなところがあります。
 むりして答えたとしても、〇番のこのフレーズと、〇番のこのフレーズと・・・・、みたいな感じになってしまうような気が・・・・。

 調べてみたら、連続して曲を書き続けただけでなく、
 晩年などは、たとえば、第9を書きながら、第3、第4、第8、そのほかの、新たな作曲とも言える大改訂を、ほとんど平行して行なってるようです。
 これじゃ、本人も、わけがわからなかったんじゃ・・・・。
 ブルックナーは、ほんとうに興味深いです。
 貴重なご意見のコメント、ありがとうございます。
 これからも、よろしくお願いします。
Nora
2007/03/16 23:30
Noraさん、こんにちは。こんなに前のトピックに書き込んでもいいのでしょうか?もうひとつブログというものが良くわかりません。まあ、とりあえず書きます。

実は、最近ブルクナー熱が再燃しておりまして、昨夜は7番を久しぶりに聴きました。アバドでこの曲は初めてでしたが、震撼するような感動を受けました。このような超名演で聴くと7番は何と凄い曲でしょうか。目を閉じて対位法の綾を聴いていると、アルプスの山峰、牧草地、古いお城、そこに余韻のように漂ういにしえのロマンスといった情景が目に浮かびました。ブルックナーは質量共に巨大ですね。当分はまりそうです。ティントナーの3番もぜひきいてみたいですね。
S君
2007/12/11 16:19
ロマンスは関係ないかもしれません。まあ、ワーグナーの追悼ですから。でも古いお城とそれにまつわるロマンスを感じたのは事実なので…。これはアバドのせいかなー。

それと、かつて見た雄大なアルプスの景観が記憶の中から強烈によみがえってくるのは、ブルックナーの交響曲だけですね。
S君
2007/12/11 16:24
 S君さん、どうも。
 わたしもブログのことはよくわからんのですが、いつでも、どこでもOKです。(ただし、お答えしにくいややこしいこと以外・笑)
 トップページの新着コメントに出るので、すぐわかります。
 特にブルックナーなどは大歓迎です。

 ブルックナーは、ほんとうに登山でもして、いろいろなことを体験しているような気分になれますね。7番等特にそうです。
 アバドは、新しいDVDですか?
 観てみたいんですが図書館にはありません。

 3番の第1稿、この前もライブで聴きましたが、ますます好きになりました。
 質量ともに、まだまだちっとも巨大ではありませんけれど。(笑)

> ロマンスは関係ないかもしれません。

 ブルックナー、恋する熟年だったようですから、案外そういう要素もあるのかも。
Nora
2007/12/11 17:12
いえ普通のCDです。アバドは大好きな指揮者ですがブルックナーを聴くのは初めてでした。これはちょっと言葉にできないほど素晴らしい演奏です。個々には、バランスが良いとか、リズム感が敏感とか、色彩感が豊かとか、格調が高いとか、しなやかとか、まあいろんな言い方はできるかもしれませんが、それだけでは言い尽くせません。巨大なトルソを見るような演奏ではないけれど、過不足なくアポロ的なブルックナーが屹立している感じとでも言いましょうか。

これに比べて、同時に借りた同じイタリア系の指揮者の9番はブルックナーの響きがまるでしていなかった。…一体なんでしょうね?ブルックナー的な響きというものが確かにあるんだと実感しました。
S君
2007/12/11 20:13
 DG盤でしたか。
 ウィーンフィルなのがいいのかもしれませんね。
 昔、シノポリ、ウィーンフィルのブルックナーのライブを聴きました。
 クライバーがキャンセルして始めがっかりだったのですが、すばらしいブルックナーが聴けて、今から考えると、貴重な経験になってしまったわけです。
 そう言えば、シノポリも「イタリア系の指揮者」ですね。(笑)
 まあ。くわしく聞くのはやめておきましょう。
Nora
2007/12/11 23:37
シノーポリのライブが聴けたんですか。良いなー!私は図書館にあるシノーポリのブルックナー・シリーズを全部借りるつもりです。イタリア系といってもジュリーニのブルックナーはそれこそ最高ですし、何でも「系」で白黒つけたがるのは悪い癖ですね。くだんの指揮者は私と同年の生まれで、ブラームスなどリリカルでとても良いのです。ただしブルックナーだけは良くわかりません。(…こちらの問題かもしれません)

※アバドはDVDが出ているのですね。知らなかった。それから、アバドと同時に借りたティーレマンの5番にも痺れました。古くて新しいロマン?
S君
2007/12/12 15:34
 同年生まれとおっしゃられてもちょっとわかりませんが、(笑)
 ウェーベルンの「夏風の中で」のCDが、わたしの大の愛聴盤のあの人かも。
 あれもたしかブラームスの余白で、ブラームスもよかったです。

 ティーレマンは、R.シュトラウスがすばらしかったです。
 ブルックナーも聴かねば、と思ってました。わたしも借りてこよう。
Nora
2007/12/13 01:22
この人のウェーベルン「夏風の中で」も素晴らしい演奏でした。何度も聴いた覚えがあります。さわやかで若々しい音楽の中に、名前どおりの含羞を感じました。(バレタ…?笑)

さて今朝は、シューリヒト/VPOの三番を聴きながら出社しました。ヘッドホンで聴いたので十全ではないにしても、しなやかでスッキリとした中に、ただ者ではない音楽力を感じました。特に音楽の流れが非常に自然であること。ある旋律と対位旋律のバランスというかパースペクティブが完璧であること。…ちょっとこれも言い尽くせません。(アポロ的な音像は、ひょっとしてアバドに通じる)
S君
2007/12/13 10:18
> 含羞

 あはははは・・・・・・・・。
 文字通りの、おやじギャグですね。わたしはもちろんついていけません。

 ウェーベルン、あのままいったら、シベリウスみたいな人気作曲家になったかもしれませんね。わたしは好きですけど。「カンタータ」も書いてるし。
Nora
2007/12/13 11:22
おっとシベリウスに火がつきそうです。今のところ、ブルックナーまでにとどめておかなければ(笑)それにしてもNoraさんと私は好みが似ています。バッハ以外はブルックナー、シベリウス、フォーレ、そして古楽…。違うところは、私が、おやじであることだけのようです。(明日は寒いところに行ってきます)
S君
2007/12/14 19:15
> 明日は寒いところに行ってきます

 東京も、すでに寒いのに、さらに寒いところですか。
 かぜひかないように気をつけてくださいね。

 寒いと言えば、シベリウス。
 目次で探すと、シベリウスのページもあります。
 いつでもどうぞ。(笑)
Nora
2007/12/14 22:41
>シベリウスのページもあります

おーっ!あなたは恐ろしい人だ…。ではおやすみなさい。
S君
2007/12/14 22:47
またまたブルックナーで書き込ませていただきます。先日、3番の第1稿を初めて聴きました。私は3番については若干苦手で、稿の問題にも関心がないので、ブルックナーを聴き出して30数年近くなるのに、こんな体たらくです。

聴いて驚きました。今まで聴いていたのは何だったのだ?改訂版とは、まさにダイジェスト版ではないですか。あるいは、美しい景色が盛りだくさんの観光地をもったいなくもすっとばして、バイパス道を走っていた感じです。こんなことを書くと、何を今さらと思われれるでしょうが…(苦笑)
S君
2007/12/19 14:24
お伺いしたいのは、ティントナー盤のことです。私が聴いたのはインバル盤でした。とても美しい演奏です。迫力にも欠けていません。でもPが小さすぎ繊細すぎるような気がします。美しくてダイナミックレンジが広くて雄大な演奏だけど、どこかパノラマ写真を見るような感があります。このような表現も決して嫌いではないですが、豊かで初々しい3番第1稿にふさわしい演奏が他にあるような気がします。…それがティントナー盤なのでしょうか?ナクソスは恐怖の玉石混交レーベルなので二の足を踏んでしまいます。(オケのレベルは?録音は?と、?がいっぱい…)
S君
2007/12/19 14:31
 S君さん、なんて、グットタイミングな。(笑)
 最近、3番第1稿のすばらしいCDを聴いたので、今ちょうど記事を書いているところです。だいたい予想がつくかもしれませんが。
 今日は臨時の記事をアップするので、金曜日くらいになると思います。
 ちょっと、待っててくださいね。

 第1稿、いいでしょう。気に入ってくださり、うれしいです。
 わたしももちろん、インバル盤で初めて第1稿を聴いたわけですが、それがあまりにもステキだったので、わたしには、インバル盤は、無条件によく思えてしまいます。
 ティントナー盤は、もっと素朴ですが、スケールが大きく、今ではインバル盤より好きです。オーケストラの技術的には、インバル盤の方が優れているかもしれませんが。
Nora
2007/12/19 21:23
 ところで、わたしは、第3稿も好きです。
 じっくり聴くとすばらしいですよ。
 確かに魅力的な部分がごそっと無くなっていて、短いですが、残った部分は、最晩年にしか書き得ない深い響きに満ちています。
 この前の第1・5稿のコンサートのところに、わたしなりの稿の印象も、少し書いてみたので、よろしかったら、ごらんになってください。
(→右URL欄→)
Nora
URL
2007/12/19 21:26
>今ちょうど記事を書いているところです

それは楽しみです!
3番は3稿も良いのですね。やっぱり最晩年に至って旨味が凝縮された味わいがあるのでしょう。1.5稿というのもあるのですか!すごいですねー。そういえば先日クーベリックの3番を借りたのですが、それには第2稿(ハース版)とあって、「理想的な版」と書いてありました。ちょっと混乱しますね。

結局、ブルックナーの3番は3種類(4種類)の楽しみがあるということですね。たとえば、元は同じダイヤモンドの原石でも、第1稿は大ぶりにカットしたほぼ原石のまま。第2稿はそれを見栄え良く整えてカットし、第3稿はより大胆にカットして、いぶし銀の台座に据えたと…。ちょっとこじつけですが(笑)

S君
2007/12/21 10:10
今、クーベリックの3番を聴きました。エーザー版でしたね、第2稿。第1稿ほどではないですが、やはりいろんなものが聴こえてきます。でも第1稿の方が、ずっと面白いし、凝縮度という点では第3稿の方が素晴らしいです。クーベリックの演奏も、かなり世評が高いですが最初は良くわかりませんでした。ただ、聴いているうちに彼のやりたいことが分かって来ました。「溶けあわせる」ということですね。(つづく)
S君
2007/12/21 22:41
 第3稿を聴いていると、9番にも通じるような深遠な響きが登場して、はっとさせられることが多いです。
 わたし自身は全体的にもよくまとめられているように思いますが、中には楽想とその響きのギャップに、ちぐはぐな印象を受ける方もいるようです。
 S君さんがなじめなかった理由も、このあたりにあったのかもしれませんね。
 したがって、ある程度コンパクトにまとめられ、響きも自然で力強い第2稿が好きな方もけっこういるようです。
 朝比奈隆さんなんか、そうでした。(エーザー版は、ノヴァーク第2稿とそれほど変わらなかったと思います)
 いずれにしても、ブルックナーは3番の大失敗がよっぽど悔しかったみたいで、生涯の最後にいたるまで改訂をくりかえしたので、その結果、わたしたちは、何種類もの3番を楽しむことができるわけですね。

 ・・・・と、いうわけで、一応、新しい記事をアップしますので、ごらんください。
Nora
2007/12/22 01:50

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