♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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zoom RSS 鋼のようなやさしさ・「田園」 パストラーレ〜復活節後第2日曜日(BWV104、85、112)

<<   作成日時 : 2007/04/19 23:53   >>

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 すっかり春めいてきた、と思っていたら、
 今週になってから、空には暗い雲がたれこめ、冷たい雨が降りしきる日が続きました。
 みなさん、風邪などひかれてないとよいのですが。

 気分も滅入ってしまいますが、こんな時こそ、せめて晴れやかな音楽を、ということで、
 まず「田園」のお話から。



 子どもみたいで恥ずかしいのですが、わたしはクラシック音楽の中では、「田園」が一番好きです。
(バッハ、古楽以外で、ですが)
 ベトーヴェンの第6以外でも、基本的に、いわゆる田園的な曲は、みんな好きです。


 「田園」のCDでは、グレン・グールドのピアノ編曲版をよく聴きます。
 グールドについては、以前も、ちょっと変わったことを書いてしまいましたが、けっしてひねくれてるわけではないのです。
 「田園」については、全曲版を聴いてから、特に時が止まってしまうかのような第2楽章など、これ以上の演奏はないのでは、と、思うようになりました。

 むかし、冬の東北を旅したことがありましたが、その時、雪に覆われた小岩井農場にも行きました。
 この時、ずっと聴いていた、思い出の録音です。
 
 ピアノ版だからこそ、ピッタリだったのでしょう。
 風に舞う雪のかけら。
 岩手山までそのまま続いているような雄大な雪原。
 今でも、この演奏を聴くと、その時の情景があざやかによみがえってきます。
(農場の広大さを十分認識していなかったため、この時はあぶなく遭難しかかりかしたが)


▽ 小岩井農場。これは春の写真。(あれ、秋だったかな?)

画像



 でも、これが、春から秋にかけてだったら、何といっても、オーケストラの、あの瑞々しい響きがふさわしいのでしょう。
 わたしはこの曲にかぎっては、どの演奏も好きなのですが、やはり定評のある、ブルーノ・ワルターの演奏は、別格のような気がします。

 ご存知のように、ブルーノ・ワルターは、戦争でものすごく苦労した人です。
 ユダヤ人の中では、比較的運が良かったほうかもしれませんが、愛する故郷を追われたことに変わりありません。

 最晩年、ワルターのために、特別に、録音用オーケストラが用意されました。
 高齢ですでに引退していたワルターですが、彼をあたたかく迎えてくれた新天地への感謝をこめて、宝物のようなたくさんのステレオ録音を残してくれました。
 「田園」は、その中でも最高の一枚。
 よく、「やさしさにあふれた演奏」と言われますが、わたしが感動するのは、その背後に隠されている強さです。


  *    *    *


 さて、いきなり「田園」の話をしたのは、
 今度の日曜日に、
 バッハの「田園」といわれる名作カンタータ、わたしの大好きなカンタータが登場するからでもあります。

 今度の日曜は、復活節後第2日曜。

 当日の該当章句が羊飼いの話なので、いまの季節にぴったりの、パストラーレ風ののどかな曲がずらりと並んでいて、カンタータファンにとって、まさに「バッハの田園の日」ともいうべき特別な日となってます。

 中でも、第1年巻の、

 BWV104 「イスラエルの牧者よ、聞きいれたまえ」

 は、全編パストラーレの、春のカンタータを代表するような名品。
 バッハにはめずらしいくらい、屈託の無い明るい音楽。
 つまり、これこそが、バッハの「田園」です。


 この曲に関しては、フリッツ・ヴェルナーのステレオ、モノラルの、新旧両盤が、極めつきの名盤です。

 ワルターと同じく、このヴェルナーもまた、戦争に関する印象深い逸話のある人です。

 ヴェルナーはドイツの合唱指揮者。
 第2次大戦中は、音楽政策の担当将校として、占領下のフランスに赴任。
 慰問目的の勤労奉仕として、フランス人音楽家を、ドイツ国内や戦地に派遣するのも、彼の重要な任務のひとつでした。
 ところが、彼は、断固とした信念を持って、任務の遂行をしませんでした。
 よっぽど要領が良かったものと思われます。
 そして、彼のこの「職務怠慢」によって、
 戦時中も、フランンスで、フランス人によるフランス音楽が奏でられ続けました。

 戦後、アルヒーフと並ぶ古楽レーベルの雄、仏エラートが、
 リヒターの選集に先駆けて、カンタータ選集を企画しました。

 トランペットのモーリス・アンドレを始めとして、フルートのラ・リュー、オーボエのピエルロ、シャンボン、ファゴットのオンニュ、そして、オルガンのマリー=クレール・アラン、
 フランスを代表する錚々たる名手たちが、勢ぞろいしたのですが、
 彼らが口をそろえて指揮者に指名したのが、
 それほど有名でないドイツの合唱指揮者、ヴェルナーでした。

 彼らは、まるで旧友どおしのように、再会を喜び合ったといいます。
 そして、幸運なことに、ヴェルナーは、国際的なスターではなかったものの、
 ハインリッヒ・シュッツ合唱団の創設者であることからもわかるように、ドイツ合唱音楽のプロ中のプロでした。

 このメンバーによって、代表的なカンタータ、約60曲が録音され、国籍と、さらには厳しい時代をも乗り越えた真の友情に基づく、すばらしいカンタータ選集が誕生しました。
(このセットは、長らく入手困難でしたが、
 最近、10枚組5000円+α 程度(輸入盤 )の超廉価なボックス・セット×2セットで再発され、話題になったので、ご存知の方も多いと思います。)

 リヒターのような、強烈な個性はないですが、いずれも、穏やかな、美しい演奏ばかり。
 このBWV104は、その中でも、例えようもないやさしさをたたえた最高の演奏だと思います。
 そして、わたしは、先ほどのワルターの場合と同じように、このヴェルナーの演奏にも、あのリヒターにも決して負けないような、ある種の強さを感じるのです。


▽ ヴェルナーのカンタータBOXセット(Vol.1)
  クリックすると、曲目が見ることができます。

画像


  Vol.2の曲目はこちら
  BWV104は、Vol.1にステレオ新盤、Vol.2にモノラル旧盤収録。
  どちらも名演。


 ワルターやヴェルナーに感じる、やさしさの背後にみなぎる大きな大きな強さ。
 わたしの信頼するある方は、それを「慈愛」と表現されました。
 やさしさから自然とにじみ出る慈愛。

 個人的なことですが、わたしの大学時代のゼミのテーマは、音楽と政治のようなことでした。 これについてはきりが無いので、あまり触れないようにしたいのですが、たくさんの音楽家が、自らの信念に従い、「戦争」という怪物と「戦って」きたことを、学びました。

 戦争に限らず、大きな悲しみを知っている人は、とても強いと思います。
 それらの人のやさしさは、ただのやさしさではない、何よりも強い、鋼のようなやさしさです。

 今週は、天気と同じように、暗い事件が続きました。

 わたしは無力なので、
 このような、何物にも負けない、真のやさしさを持った音楽を聴きましょう、
 と、言うことくらいしか、できません。


  *    *    *

 
 この日のもう1曲、2年目の、

 BWV85 「我は良き牧者なり」

 も、知名度はそれほどでもありませんが、
 ソプラノからバスまで、ソロのアリアが4曲も並ぶ豪華版で、おすすめです。
(正確には、第3曲のソプラノの楽曲は、かなり装飾されてはいますが、実際は、コラール。
 さらに、他に一曲だけレシタティーボがつきます。)

 始めこそ、寄り添うような2本のオーボエが美しくも悲しい、少し翳りのあるアリアから始まりますが、だんだんとこの祭日特有ののどかな雰囲気が取り戻されてゆく流れになっており、アリアが並んでいるだけにしては変化にとんでいて飽きさせません。

 この曲もBWV1の直後の曲。
 それまでとりつかれたように、「コラールカンタータ」ばかりを作曲してきたのに、突然のこの自由さは、いったいなんなのでしょう。
 春になって、心境が変化した?
 この後、しばらく女流作詞家ツィーグラー台本のカンタータが続くので、それを考えると、よく言われるように、台本作家側の理由なのかもしれませんが・・・・。
 バッハにいったい何があったのか、とても興味深いです。

 この曲も、やはりヴェルナーが名演です。
 前記したフランスの奏者たちの演奏が夢のように美しい。



 残りの1曲、

 BWV112 「主は我が誠実なる牧者なり」

 は、だいぶ後になってから、例の「コラールカンタータ年巻」を完全なものにするため、
 今ご紹介したBWV85のかわりに作曲されたものです。

 つまり、完全な「コラール・カンタータ」で、ちょっと聴いただけでは、第2年巻のものだ、と言われてもわからないかもしれません。(さすがに、音はだいぶ整理されていますが)
 ただ、後期の曲なので、もちろん、名曲。
 この曲については、いずれまた。


 
 最後になりますが、今日ご紹介した3曲は、小難しい話を抜きにしても、文句なしにすばらしい春のカンタータばかり。

 ライプツィヒ2年目のバッハのカンタータは、来週からしばらく、
 ツィーグラー台本の少しマジメな曲が続きますので、
 今のうちに、美しい春の野辺で憩いましょう。



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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
Noraさま
こんばんは。
「バッハの田園の日」・・・いい言葉ですね。Noraさんのブログは、まるで言葉の宝石箱のようです。それに、カンタータの心のこもった解説、聴かなくてもその良さが伝わってくるようです。
私もバッハの音楽が大好きなのですが、でも、実は、音楽が好きなのか、それを作ったバッハ自身が好きなのかがわからない状態に陥っております。
先月初めのことですが、聖トーマス教会でバッハに会って参りました。
Nacky
2007/04/20 01:46
> 先月初めのことですが、聖トーマス教会でバッハに会って参りました。

 ええええ!なんてうらやましい。
 わたしもいつか行ってみたいですが、
 できたら、1723年の聖トーマス教会に行ってしまいたい。
 帰ってこれなくてもかまいません。

 でも、わたしもよく、自分の部屋でお会いしてるような気が・・・・。
 つい先日も、誕生日のお祝いをしました。(笑)

> 音楽が好きなのか、それを作ったバッハ自身が好きなのかがわからない状態に陥っております。

 これはとてもよくわかります。
 常に音楽に接していると、作曲した本人も、まるで、知り合いのように思えてきてしまいます。いつもいっしょにいるように感じるのも、そのせいでしょう。
 特に、バッハの場合、作品に人柄がそのまま反映されてるような気がするのですが。
Nora
2007/04/20 14:30
Noraさま
コメントが前後してしまいましたが、ヴェルナーのお話、素敵ですね。
フランスのエラートのレコード、若い頃、集めました。パイヤールのバッハです。モーリス・アンドレ、ラ・リュー、マリー=クレール・アランと懐かしい巨匠のお名前のパレードですね。
Noraさんのお部屋にもきっとバッハは住んでる筈です(笑)。
私は、どちらかというと、バッハに現代に来て欲しいです。そして、300年の時を越え、その当時は想像の中の世界に過ぎなかった遠い異国(日本)で、そして全世界で、沢山の人々が「あなたの音楽で生かされている」事実を教えて上げたいのです。
私の住む横浜の華やかなデパートのCDショップをご案内し、ラインナップされた作品の数々を見せて上げたいのです。
なんて妄想をいつも描いております。
 
Nacky
2007/04/21 00:25
> 遠い異国(日本)で、そして全世界で、沢山の人々が「あなたの音楽で生かされている」事実を教えて上げたいのです。
私の住む横浜の華やかなデパートのCDショップをご案内し、ラインナップされた作品の数々を見せて上げたいのです。

 実はわたしも、まったく同じことを考えています。
 コメントをお返ししようと試みましたが、これについては、ちょっと書ききれないので、近いうちに記事にさせていただきます。(笑)
Nora
2007/04/21 11:00
Noraさん、
全く違う話で申し訳ありませんが、今日たまたま、BWV106番のソナティナが耳に入ってまいりました。

静かに深い哀しみ。はらはらとと頬にかかる涙。
でもその顔には何故か静かな微笑が浮かんでいるような、不思議な輝きに満たされた曲でした。
哀しみと喜びがゆっくりと手を組みながら静かに歩んでいるような曲、とでも言ったらいいのでしょうか。
リコーダーの響きがなんて美しいのでしょう。胸にしみるような曲です。
この暖かなリコーダーの音色に耳を傾けていると哀しみの中で、かすかにきらりと光っている小さな希望のようなものを感じてしまいます。

Noraさんのブログでこの106番についての記事があるかしらと、探し始めたのですが、途中で断念いたしました。
また明日にでも(もう「明日」ですが)再度探検に伺います。
aosta
2007/04/24 01:16
 ほんとに検索なさると申し訳ないので、とりあえず早めにお答えしますが、実は、ほとんど書いた覚えがありません。(きっぱり・笑)

 わたしが代わりに探させていただきましたが、
 始めの方の「お気に入りのアリア・1」の冒頭と、
 「カンタータの山の宝探し・3」の最後の方に、
 それぞれ、ちらっと、ほんの一瞬登場しているくらいでした。

 BWV106は、バッハ最初期の追悼用カンタータ。
 「バッハのレクイエム」、として知られる名曲中の名曲です。

 ソナティーナ、ほんとうにすばらしいですね。
 全体がほのかな微光に包まれて、まるで、天の情景そのもののようです。
 バッハは心からのあこがれを持って、悲しみの先の世界を描いてるわけで、aostaさんがお感じになった不思議な二面性は、そのへんからくるものなのでしょう。
 バッハの最高の器楽曲として、これをあげる方が多いのもうなずけます。
Nora
2007/04/24 11:09
 このソナティーナ、もちろんリコーダーが主役ですが、この曲のこの世のものとも思えぬ響きの秘密は、実は、ヴィオラ・ダ・ガンバにあります。
 BWV106は、ソナティーナ以外でも、全曲にわたって、ガンバが大活躍しますので、
 CDでは、現代最高のガンンバ奏者、フィリップ・ピエルロ率いるリチェルカール・コンソートのものが、絶対的なおすすめ盤です。
 そのほか、ソナティーナだけを単独で演奏しているCDなども、あるようです。
Nora
2007/04/24 11:14
 ここから先は反省文。 

 すでにお気づきかもしれませんが、このブログの記事は、ケーテンやライプツィヒ(+ケーテン起源)のカンタータにばかり過剰に偏向していて、初期のヴァイマール以前のカンタータの記事はほとんどありません。
 したがって、BWV106のような名曲についても、まったく触れられてない、という事態に陥ってしまっています。

 これは決して意図したものではなく、自然にそうなってしまったのですが、どうやら次の理由によるものと思われます。

 1、初期カンタータは真摯な内容を持つ上に、
   驚くほど完成度が高く、
   わたしのようなお気楽ファンにとっては、
   記事にするのがたいへん。

 2、逆に言えば、
   BWV106を筆頭に、BWV4、21、61など、
   よく知られた名曲ばかり、で、当然よい解説等も多く、
   わたしなどがあらためてご紹介する余地がない。

 などと、だらだら言い訳してますが、
 これを機会に、今後は心を入れ替え、なるべく幅広い記事を書いていきたいと、決意を新たにしている次第であります。(笑)
Nora
2007/04/24 11:27

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