♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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zoom RSS 春にお別れ・ひび割れた名品〜昇天節(BWV37他) + 復活節後第6日曜(BWV44他)

<<   作成日時 : 2007/05/17 00:44   >>

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 5月17日(木)は、昇天節。

 わたしは、昇天節の音楽が大好きです。

 「必ずまた会えるよ」と、大切な人は約束してくれたけれど、
 すぐに会えないこともわかっている。

 初夏の香りあふれる、明るく晴れやかな音楽から、なぜか、別れのさみしさ、せつなさのようなものがひしひしと伝わってきて、たまりません。

 歌謡曲みたいですね。
 不謹慎な表現ですみません。でも、当のバッハも、明らかに感傷的になっています。


 昇天節の音楽の最高峰、昇天節オラトリオ BWV11は、
 例によって、その大部分が過去の自信作のパロディに基づいているのですが、
 2曲あるアリアは、2曲が2曲とも、
 バッハ全盛期1925年の結婚セレナータからのものです。
 つまり、ある意味、恋の歌、なわけですね。

(ちなみに、この2曲は、どちらも、たいへんな名曲。
 短調のアルト・アリアは、あのロ短調ミサに編纂された特別な音楽ですし、
 長調のバセットヒェン(通奏低音無し)のソプラノ・アリアも、この世のものとも思えぬ美しさ)



 さて、昇天節の音楽は、その圧倒的なまでの傑作、オラトリオ BWV11をはじめ、名作ぞろいですが、
 ここでは、

 BWV37 「信じて洗礼を受ける者は」

 を、ご紹介したい、と思います。



 BWV37は、
 目立たぬ小品ながら、
 コラール・カンタータ年巻前夜、
 第1年巻をしめくくるシリーズの中の白眉の1曲、名品中の名品。



 特に、冒頭合唱。
 しっとりと落ち着いた感じの小品ですが、モテット合唱を支えるのは、何から何までが、
 すべて2つのコラールに基づくモチーフ。
 さすがに、コラールカンタータ年巻開始前夜です。

 また、ややこしいことを・・・・、
 と、いう声が聞こえてきそうですが、わたしもバッハも、こういうのが好きなのだから、しかたありません。


 コラールがどのように使われているか、に主眼を置いて、
 音楽の構成をくわしく見てみると、
 
 冒頭から器楽で何度もくりかえさえるのが、ルターの「聖なる十戒」。
 これはイエスが去ったあとの弟子たちの活躍でしょうか。

 通奏低音に出るのが、おなじみ「あけの明星」。
 これはもちろん、イエスの再来の予言です。
(このコラールは、この後、第3曲で、はっきりと美しく歌われます)

 そして、十戒のコラールにちなんでか、ほとんど全曲が、
 声楽と器楽、合わせてなんと十声もの、独立した声部によって構成される、
 という、さすがのバッハでも、他に例が無いほどの緻密な楽曲になっています。


 そして、何よりも、驚嘆してしまうのは、このように複雑極まりない造りになってるのにもかかわらず、音楽がまったく自然で、今の季節にぴったりな、みずみずしい美しさにあふれている、ということです。



 さらに、次のテノール・アリア。

 これまた、とびっきりの美しさ。
 美しい景色の中で、明るく笑ってお別れ、といった風情。(歌詞はおいといて)
 「悲しいまでに美しい」とは、まさにこの曲のためにある表現のような気がします。


 ところが・・・・。

 実は、このアリアには、少し問題があります。

 このアリア、オブリガートの楽譜が、まるごと欠落しているのです。
 したがって、今聴けるヴァイオリンのオブリガートは、どれも、
 後世の手による復元版、
 と、いうことになります。


 これまでさんざん書いてきたように、
 バッハのカンタータは、めちゃくちゃに散逸していたのを、後世の研究者たちが、不断の努力によってとりまとめたものがほとんど、
 だから欠落も多く、「復元」というのは、避けては通れない問題なのですね。

 部分的に、どうしても発見されないものは、「復元」しよう、ということで、
 旧バッハ全集編纂時に、多くの楽曲が、演奏可能な状態にまで、復元され、
 その試みは現在にまで続いているのは、みなさん、ご存知のとおりです。


 BWV37のこのアリア、残された声楽譜からすると、バッハのアリアの中でもひときわ美しかったのではないか、と思われるので、この欠落はとても残念です。

 この曲は、カンタータにしてはめずらしく、19世紀にも人気があったと言われています。
 もしかしたら、その頃には楽譜があったのかもしれません。
 だとすると、「人気があった」くらいだから、よほど美しかったんだろうな、などとも、思ってしまいます。

 ミロのヴィーナスは壊れているからこそ美しいなどと言われますが、
 バッハの場合、わたしたちは、欠落部分を想像することさえできないのです。

 この曲が、バッハの特別な時期の作品である、ということと、
 その他の楽章の圧倒的な完成度、(地味で目立ちはしませんが)
 などからくる、過度な期待、完全な無いものねだり、ですね。


 ただ、考えてみれば、オブリガートは重要な要素ではありますが、この曲に足りないのはオブリガートだけです。
 BWV190や、先頃復元されて話題になった結婚カンタータBWV216などとはちがい、この曲の場合は、バッハ自身の手によるしっかりとした枠組みの中で、自由に想像力を働かせることができるわけです。


 復元には、新全集版(デュル&ヘルマン)の必要最小限の簡素なものから、
 コープマンによるほとんど作曲とも言える、饒舌な(でも美しい!)もの、
 BCJによるしっかりとした考証に基づくもの、
 まで、実に様々なものがあります。

 いずれも、それぞれがそれぞれの立場で、バッハへの愛情を込めて仕事をした結果です。


 見方を変えれば、1曲が何通りにも楽しめる、ということで、
 ある意味、ぜいたくな話。

 これまでは、楽譜の欠落をただ残念に思うだけでしたが、
 バッハが残してくれた枠組みの中で、大いに想像力を働かせる、というのも、
 バッハを聴く楽しみのひとつなのかな、とも思えてきました。


▽ 大勢の方の不断の熱意と努力により復元された、
  「完全なる音楽」、薬師寺の大伽藍
  (JR旅行パンフより)

画像




 なお、このBWV37のアリア、 
 わたしがこの前つくった、「春のカンタータ選集」のCDにも、もちろん入れました。
くわしい記事はこちら



 さて、昇天節のその他の曲は、

 2年目、ツィーグラー・シリーズのBWV128
 3年目のBWV43
 それから、冒頭にも書いた昇天節オラトリオ BWV11
 の3曲。

 いずれも、夏を先取りするかのような、華やかな外観の音楽ながら、
BWV128では、2本のホルン、BWV43では、3本のトランペット+ティンパニが活躍)
 その背後に、ふとさびしげな影をしのばせたような、名作ばかり。
 


 そして、さらに、ついでにお知らせしてしまいましょう。
 今度の日曜日(5月20日)は、復活節後第6日曜日、ということになります。
 
 まず、1年目。
 BWV37に続く、最後の定型カンタータ、
 真摯極まりない各楽章を、
 「インスブルック」の有名なメロディのコラールが締めくくる、BWV44
 2年目、ツィーグラー・シリーズ、
 ヴィオロンチェロ・ピッコロが登場するほか、
 4本のオーボエの活躍がめずらしい、BWV183
 以上の2曲です。

 〜訂正とお詫び〜

 BWV44と183の説明があべこべだったので、直しておきました。
 ウロおぼえで、確認もせずに書いてしまいました。ごめんなさい。
 この頃、多いなあ・・・・。気をつけます。




 これらの曲については、
 いずれ、また、あらためて。



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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
Noraさま
こんにちは。ご無沙汰です。
本記事を拝読し、昨日(5/18)、帰りにショップでJ.E.Gardiner氏のCD(BWV11,37,43,128)を購入し聴いてみました。
先に申し上げた通り、私、器楽曲からバッハに入ったものですから、カンタータのほとんどは、まだ聴いたことがないのです。
Noraさんのご指南で、季節感も楽しみながら聴くことができるのでLuckyです。
私は、20才の頃、チェンバロ協奏曲に足を突っ込んで2年ほど危険な目に逢いましたが、カンタータの世界も危険な臭いを感じます。
多忙につき、なかなかコメントを投稿できないのですが、毎日、拝読しておりますので、引き続きよろしくお願い申し上げます。
Nacky
2007/05/19 11:39
 こんにちは。
 お忙しいところ、コメントをいただき、ありがとうございます。
 しかも、カンタータの「危険な」世界に、(笑)
 どんどん足を踏み入れてきてくださっているようで、心からうれしく思います。
 このガーディナーのCDは、まだアルヒーフからリリースされていた頃のものですが、演奏は現在進行中のSDGシリーズと同様の、2000年巡礼ライブのものですね。
 あいかわらず、一発勝負の気合あふれるガーディナーの指揮と、
 特にこのCDの場合は、ソプラノのナンシー・アージェンタの、澄みきった歌声がすばらしいと思います。

 これから、いよいよ、大祭日、聖霊降誕節を迎え、
 その後は、バッハがライプツィヒにやってきた6月です。
 つまり、カンタータの各年巻が、ちょうどこの時期から始まるわけで、
 カンタータを系統立てて聴くには、絶好のチャンスでもあります。
 どうぞ、これからも、よろしくおつきあいください。
Nora
2007/05/19 21:53
こんにちは。

欠落、喪われたもの・・・
想像力を働かせることができる分、私にとっては必ずしもマイナスの要因ではないのですが。
こと音楽に関しては、ましてやバッハとなったら想像することなど、てんから不可能です。
失われているがゆえに、りイマジネーションを刺激されるミロのヴィーナスの美しさとは完全に別の次元で失われてしまったもの。
陽炎のようにとらえどころないその音楽のイメージ。
音楽において完全な復元は本当に困難なことと思います。
復元したいという情動に駆り立てるものがあればこそ、ですね。
aosta
2007/05/25 11:01
薬師寺大伽藍の復元。
これはもう偉業といってもよいのでしょうね。

「凍れる音楽」と形容される東塔、西塔の美しさ。
律動的なもこしのリズム。水煙に透かし彫りされた飛天は蒼穹の中で笛を吹き、花びらをまいています。風にたなびく薄いころも・・・
子供心にもその妙なる美しさに感嘆しました。

私が見たときにはまだ東塔だけが毅然と建っていましたっけ。
復元されてからは、まだ一度も訪れて降りません。


aosta
2007/05/25 11:31
 aostaさん、こんばんは。
 復元ということでは、
 ここ数年のブルックナーの復元(この場合、補完、ですね)には、心から、楽しませてもらいました。
 また、最近は、B.ウィルソンの「スマイル」や、「レット・イット・ビー・・・ネイキッド」など、「復元」されたロックの名盤がほんとうにすばらしい!
 ちょっと話がずれてしまいましたね。ごめんなさい。
Nora
2007/05/26 01:13
 aostaさん、わたしも、復元が完了した姿は見たことがありません。
 奈良はぜひ行ってみたいですね。
 でも、見たい仏像などが多すぎて、(わたしは実は仏像ファンです)とてもスケジュールがたてられそうにありません。
 わたしの好きな、唐招提寺の方が、今、修復工事中ですし。
Nora
2007/05/26 01:37
こんばんは。

BWV11のアルトのアリア。
バッハのアリアの中でも、最高に美しいもののひとつだと思います。
コントラルト歌手キャスリーン・フェリアー(古い?!)が歌っているものが一番好きです。
彼女のしっとりと深い声は、その内側から照り映えるように響いてきてこの特別な曲を何か神秘的なまでの美しさを感じてしまいます。
aosta
2007/05/28 21:36
 aostaさん、おはようございます。
 これはほんとうに、特別なアリアですね。美しくて、そして孤高、というか、孤独、というか・・・・。
 これが、本文に書いたように、もと結婚式用セレナータだったというのは、ちょとすごいですね。
 ロ短調ミサの最後にこれを選んだ、ということは、バッハにとっても特別だったのでしょう。
Nora
2007/05/29 11:46
 フェリアーのCD、聴いてみようと思い、探しましたが、見つかりません。確かあったはずなのに。
 マタイの例のアリアといっしょに収録されてたので、ミサ曲版だとばかり思ってましたが、オラトリオ版でしたか。でも、フェリアーにはその方があってる気がします。

 かわりに、エネスコのロ短調ミサの全曲盤を聴いてみましたが、これは、フェリアーをフィーチャリングした録音です。
 何と、ソプラノも含めて、女声のためのソロ曲を、全部フェリアーが歌っています。
 さらに、キリエのソプラノデュエットの第2ソプラノまでフェリアーが歌って、しかも、第1ソプラノが吹き飛んでしまうほど目立ってしまってる。
 ジャズやロックの世界にも、ちょと声を(音を)出しただけで、聴く者の心を鷲づかみにしてしまう、音楽の神に選ばれたような人がいますが、
 フェリアーなど、まさにそういう人なんでしょうね。
 でも、アンサンブルには向かない。(笑)
Nora
2007/05/29 12:09

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