♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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help リーダーに追加 RSS バッハとともに生き続けるペルゴレージ〜スターバト・マーテル+三位一体節後第21日曜、宗教改革記念日

<<   作成日時 : 2007/10/27 02:10   >>

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 明日の日曜(10月28日)は、三位一体節後第21日曜日。

 カンタータは、
 第1年巻のBWV109
 第2年巻(コラール・カンタータ)のBWV38
 後期のBWV98188
 の4曲。

 ただでさえ盛りだくさんなのに、
 さらに、

 10月31日(水)は、宗教改革記念日。

 カンタータは、
 BWV80、(コラールカンタータですが、第2年巻とは一概には言えない)
 後期のBWV79129
 の3曲です。

 あまりにも名曲が多すぎて、こうして書いてるだけで、すっかりやる気を失ってしまいました。
 過去記事をごらんください。

 三位一体節後第21日曜日

 宗教改革記念日  

 宗教改革記念日(BWV80)の記事から「バッハの最後のカンタータは?」()に続く計4回は、
 バッハの最晩年とバッハ親子をめぐる連続ものになってます。
 相当気合を入れて書いたのですが、BWV80の記事など、なぜかヒット数が、カンタータ記事の中で、一番少ないようです。(泣)

 時間と体力のある方は、ぜひ、見てくださいね。



  *    *    *



 さて、最近、たまたまペルゴレージやスターバト・マーテルに関するコメントをいくつかいただいたので、
 今日は、ずっとご紹介したかった、ペルゴレージがらみのバッハの隠れた名曲のことを。



 ペルゴレージ。

 この若くして亡くなった天才作曲家に対して、バッハがほとんど憧れと言ってよいような感情を抱いていて、
 その作品を徹底して研究、演奏したばかりか、
 なんと、
 自分の生涯の総決算であり、全作品の集大成というべき大作、ロ短調ミサにおいて、
 最も大切な核心とも言うべきクレドの、誕生、受難、復活の音楽のうちの誕生の部分に、
 ペルゴレージからインスパイアされた新作、というか、ほとんどそのままの音楽を使用した、
 ということは、以前にも書いたとおりです。

 今では、誰もが西洋音楽史上最大の作曲家の一人と認めるバッハが、作曲技法上前人未到とも言える境地に達していたその最晩年に、なおも、こうして若い流行作家の音楽を吸収しようとしていた、ということは、実に驚嘆すべきことです。

 あたかも、ペルゴレージに音楽の未来を重ね合わせているかのようにも見えます。



 そんな特別な関係にあった、(バッハの片思いですけど)バッハとペルゴレージですが、
 それを端的に象徴するような曲が、

 詩篇51 「いと高き神よ、我が罪を消し去りたまえ」(ミゼレーレ) BWV1083

 です。


 
 これは、かんたんに言うと、ペルゴレージの遺作、あの名曲、スターバト・マーテルを、バッハが、自分の教会で演奏するために、編曲したもの。

 カンタータ作曲に情熱を失っていた晩年のバッハが、他の作曲家の作品を演奏することは、よくある、というか、むしろそちらの方がふつうの事だったので、
 なんだ、単なる編曲じゃないか、と思われる方も多いでしょう。

 ところが。

 実は、この編曲が、ただごとではないのです。


 これまでくりかえし書いてきたように、バッハのパロディは、単なる再利用などではなく、晩年のバッハのみが習得しえた神がかり的作曲技法を惜しげもなく投入した、偉大なる再創造と言うべき性格を有するものなのですが、
 このスターバト・マーテルの編曲も、
 あたかも自作の重要作のパロディであるかのように、ていねいにていねいに、精魂込めて行われています。

 正に、新たなる創造と言ってもよいレヴェルの編曲。


 まず、歌詞を詩篇に変えていますから、メロディーの細かいところに変更が加えられているのは当然です。
 ただ、この時点ですでに、単に言葉とメロディーを整合させるだけではあきたらず、ついでに、音の進行や、楽節の集束のさせ方等に、実に細かい変更を加えています。

 次にオーケストレーション。
 室内楽的な原曲に、実に精緻なストリングスの編曲を施して、常にシンプルな部分と響きの豊かな部分が代わる代わる現れるようにしており、驚くほどメリハリのきいた音楽になっています。
 さらに、バッハのことですから、もちろん、ヴィオラ等の内声部を徹底的に補強。
 以上の変更から、結果的に、原曲の近代性がさらに強調されることになり、どこか古典派のセレナードなどを思わせるような、きわめてモダンな響きが創出されています。
 バッハがそれを意図したかどうかは疑問ですが。
 
 そして最後、
 最も重要な点、
 これは歌詞上の整合ともかかわるのですが、
 バッハは、全12楽章の原曲の一部を、(最後の方)切り刻み、並び替えて、
 わざわざ、14楽章の音楽に作り変えています。

 みなさんお気づきだと思いますが、数学マニア?のバッハにとって、
 14は、自分自身の数字。
 バッハは、生涯にわたって、これはと言う作品、ここぞと言う時、
 とにかく勝負の際に、必ずどこかにこの数字を刻印しているのです。

 なんでまた、他人の作品に、と思いますが、
 とにかくバッハにとって、この編曲は、それだけ重要なものだった、
 あるいは、よほどこのスターバト・マーテルが気に入っていた、ということ。 


 以上いろいろと見てきましたが、いずれにしても、これらの編曲によって、あのスターバトマーテルが、より普遍的な姿に生まれかわわっていることは、まちがいない、と思います。 
 もちろん、原曲の持つ、多少荒削りだけど新鮮な部分が、(それが原曲の一番の魅力でもあるのですが)失われている、という側面もあるでしょうけれども。
 いずれにしても、この曲は、バッハ晩年の手によるスターバト・マーテルとして、独自の価値を持っており、もっともっと親しまれてよい曲だと思います。



 詩篇51にきざまれた、バッハの14のサイン。
 ミサ曲ロ短調核心部分への、ペルゴレージ作品の転用。

 これらの驚くべき事実を目の当たりにすると、
 ちょっとSFやファンタジーっぽくなってしまいますが、
 ペルゴレージの死後、その魂が、ほんとにバッハに乗り移ってしまったのでは?
 などと空想したくなってしまいますね。

 この前、コメントにも書きましたが、バッハが、プロテスタントの枠を超えた、ラテン語作品に
傾倒し始めたのも、ちょうどペルゴレージが亡くなった頃からだ、と想定されるのです!

 今度、そういう小説か、まんがでも書こうかな。


 まあ、それはともかく、
 ペルゴレージが晩年のバッハに決定的な影響を与え、
 その精神は亡くなった後もバッハの中で生き続けて、吸収、昇華され、
 やがて両者の精神は、西洋文明史上の不滅の金字塔、ロ短調ミサに結実した、ということは、動かしがたい事実、と言えるでしょう。

 
 
 と、まあ、いかにもロマンティックに、長々と書いてきましたが、
 最後に、ちょっと種明かし。

 ペルゴレージは、大流行作曲家。
 その早すぎる死によって、その名声は、さらにヨーロッパ中にとどろきわたりました。

 片や我らがバッハ氏は、一地方都市のトマスカントル。
 しかも、ほとんど職務を放棄している変わり者です。

 バッハが、大スター、ペルゴレージに夢中になって、なんとかその作品を自作に取り入れようとしたとしても何の不思議も無く、
 まあ、実際はそんなところなのでしょう。



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        ↑ クリックすると、詳細データを見ることができます。



 さて、とびっきりの名曲であるにもかかわらず、あまり知られていない曲に、
 あの天才ヘンゲルブロックのCDがあるのは、なんという幸せでしょう!

 まるで、高原を引き抜ける風のように、清新でしなやかな美しさ!

 BWV1083ということだけでなく、特に名盤の多いスターバト・マーテルの中でも、特に美しい演奏の一つ、と言ってもいいのではないでしょうか。

 この人は、カンタータはほとんどやらないくせに、このような曲ばかり、しっかりと録音してくれてます。きっと目立ちたいのでしょう。
 スカルラッティとドゥランテのめずらしいコンチェルトとのカップリング。
 この人、ほんとに何がしたいのか。

 ご存知のように、ヘンゲルブロックには、ロ短調ミサの超名盤もあります。
 レオンハルトを別格にすれば、わたしは、いまだに、このCDが最高だと思っています。

 この機会に、ペルゴレージがらみの2大名曲を、ぜひ、ヘンゲルブロックの颯爽とした演奏で!



 おまけ。

▽ こちらは、この前ちらっとご紹介した、原曲の、究極の2大決定盤。
  左、アレッサンドリーニ盤。右、リチェルカール・コンソート版。
  ヘンゲルブロックのドイツ風名演に対して、生粋のラテン的名演。

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コメント(18件)

内 容 ニックネーム/日時
 またおわびです。
 宗教改革記念日は、10月31日です。
 10月が31日まであるのを忘れてました。
 本文は修正済みです。申し訳ありません。
Nora
2007/10/28 10:41
Noraさん、今晩は。

今日はレコード屋に行き、ヘルゲンブロックのカンタータ150番を他を横目で眺めながら、待望のミルンズ/147番他をgetしました。これから聴きます。楽しみです。

さて11/3(土曜日、夜)は、いよいよ私たちの合唱団のメサイア公演です。一年間この日のために頑張ってきました。あつ〜い演奏を聴かせるつもりです。

ところでチケットが2枚余っています。もしNoraさんがいらっしゃるなら差し上げたいのですが。ホールは音響のすばらしいことで有名なミュゼ川崎です。川崎駅前にあります。いかがですか?
http://www.christ-shukai.net/messiah.html
(上記サイトは昨年のもの)
Skunjp
2007/10/31 20:08
 Skunjpさん。こんばんは。
 11月3日は仕事になりそうで、行けそうもありません。ごめんなさい。
 でも、毎年メサイヤを歌い続けるSkunjpさんたちもすごいですが、それだけ歌ってもまったく飽きない、と言わせるメサイヤという作品も、すごいですね。
 かくいうわたしは、メサイヤ、全部聴いたことありません。(笑)
 機会があったら、おすすめのCDなどもおしえてください。
 ヘンデルを始めとする、バッハ以外のバロックの作曲家のことを、わたしはあまりにも知らなすぎるので、やはりそのあたりが、今後のテーマかな、という気はしています。またいろいろと教えてください。

 モントリオール・バロック、ゲットされましたか。
 奇遇ですね。わたしは今日、やっとヘンゲルブロックをゲットしました。
 また感想を言い合いましょう。本音を書きにくいときは、こちらにどうぞ。(笑)
Nora
2007/10/31 23:19
そうですか、それは残念です。直前に風邪をひいて、今家でこれを書いています。今日中に直って元気に本番を迎えたいと思っています。

メサイアは特別な曲ですね。歌っていて毎回、霊的な感動があります。最後のアーメンが響き渡ったあと、ホールの上空に神々しい存在をいつも感じます。

ただ、歌うのは好きな曲ですが、聴くのは好きではないです。なぜなら、うちの合唱団の演奏ほど感動できる演奏が他にないからです。うまい、という意味ではありません。むしろ下手です。でも感動があるんです。(CDあげましょうか?)

しかしそれでは、一般的な意味でのおすすめCDになりませんので、今まで聴いてきた中で、(うち以外に…笑)最も感銘を受けた演奏は、ヤコープスです。
Skunjp
2007/11/01 08:07
(つづき)ヘンデルの演奏には2種のタイプがあります。昔ながらのロマンティックでスケール大だけどちょっと眠くなる演奏と、スポーティでカラフルかつ刺激的な演奏の2種です。

前者はNoraさんにはお勧めしません。ただ後者もいたずらに効果ばかり狙って空疎な感じを受ける演奏が多いです。なぜでしょう?メサイアは相当ひねらないと受けないと勘違いしているのでしょうか?(アー○ン○○ルなどその最たる例です)

まあでも、昔ながらの正攻法ではこの長丁場、若干たいくつになるのも事実で
、その辺の間隙をバランスよく埋めているのがヤコープスでしょう。

ヘンゲルブロックが録音してくれないかなー。
Skunjp
2007/11/01 08:18
 Skunjpさん、早々とお答えくださってありがとうございます。
 お体に気をつけて、当日はがんばってください。(確か、前もちょうど風邪ひかれてましたね。お大事に)

 ヤーコプス、早速さがします。図書館で。
 ところで、ヘンデルですが、今、オペラアリアに夢中になってます。(少し前に記事に書きました)聴けば聴くほど、この人はただものじゃないな、という思いが強くなってきました。

> 前者はNoraさんにはお勧めしません。

 わたしは、表向きは新しい演奏ばかりお奨めしてますが、個人的には、「ロマンティックでスケール大」な演奏、意外と好きです。
 こちらでは、けっこう熱烈に書いたりしています。(笑)
 これからは、そういう方面も、ぜひ。
Nora
2007/11/01 12:05
こんばんは。
今回の記事、アップされてすぐに拝見したのですが、BWV1083番のCDを見つけることができずコメントが書けませんでした。
今日、めでたくそのCDを発見し早速聴いて見ました。
流れるように繊細で透明な印象のペルゴレージとは、一味も蓋味も違うバッハの「スターバト・マーテル」ですね!
バッハとペルゴレージの関係については、すべてNoraさんに教えていただくまで、全く存じませんでした。最晩年においても常に一番新しい物に挑戦して止まなかったバッハの熱い信仰に根ざしたあくなき情熱に触れた想いです。
しかも若々しい冒険心に溢れたバッハです。
aosta
2007/11/03 00:12
 aostaさん、お聴きになりましたか!
 スターバト・マーテルがお好きなaostaさんにはぜひ聴いていただきたかったので、よかった。

> バッハの「スターバト・マーテル」ですね!

 そうなのです。
 ほとんど自分の作品にしてしまってます。
 バッハがここまであからさまに14のサインを刻印するのはよほどのことなのですが、人の作品ですからね。まったく何を考えてるんだか。
 熱心なスターバトマーテルのファンの方からは、こんなにしちゃって、とお叱りを受けそうですが、ロ短調ミサのEt incamatus estにつながる重要な作品として、ご紹介させていただきました。
 まあ、ちがう作品にはなってしまってますが、これはこれで独自の美しさを持つ第一級の音楽作品だと思います。
 気に入ってくださって、うれしいです。
Nora
2007/11/03 02:10
おはようございます。
あれから、何べんも繰り返してこのバッハを聴いています。
ざんねんながら、お勧めのヘンゲルブロックの演奏ではなくではなく、ブリリアントですが・・・
正直、バッハがペルゴレージのこの曲を編曲していたなんて、全く知りませんでした。ラテン的なペルゴレージのスターバト・マーテルが、バッハ的ドイツ的な「強靭なしなやかさ」とでも言うべき美しさによって、新しい音楽になっています。どちらがいいと比べる物ではなく、私にはそれぞれが夢のように美しく敬虔なスタバート・マーテルです。

>今度、そういう小説か、まんがでも書こうかな。

しっかり、聞いてしまいましたよ。(読んだ、というべきか・・・)
さて、いったいどんな展開になるのでしょう!
ハイライン風のしっとりした叙情的なSFになるのかしら。
当然文章も絵もNoraさんなんですよね!
aosta
2007/11/04 06:31
 aostaさん。こんばんは。
 ペルゴレージとバッハの共作というだけで大変なことだと思うのですが、残念ながら、この曲はほとんど知られていません。
 原曲がすばらしすぎるのかな。でも、原曲を愛する方にこそ、この曲を知ってほしいのです。あの大バッハが、異国の若者の才能に恋焦がれ、こんなものをつくってしまったということを。

 ヘンゲルブロックはいつか必ず聴いてほしいです。
 ヘンゲルブロックは、ちょっとあのカルロス・クライバーに似ています。
 絶対に自分の気に入った曲しか録音しませんが、一度気に入ってしまうと、100%の情熱を持って全力投球し、誰も到達し得ないような次元の演奏をなしとげます。
 彼は古楽器派ですが、とても古楽器とは思えない自然でしなやかな響きも、どこかクライバーを思い出させます。
 しつこいようですが、ロ短調ミサとともに、ぜひ。

 でも、わたしは聴いてませんが、ブリリアント盤もすばらしいかもしれません。ブリリアント全集は、かくれた名盤の宝庫ですから。
Nora
2007/11/04 22:12
> しっかり、聞いてしまいましたよ。

 しまった。「誰か書いてくれないかな」に訂正します。(笑)
 でも、わたしなどは、ほんとにおもしろいんじゃないか、と、思うのですが、一般の方からすると、ほとんど興味ないかもしれませんね。

 ハインライン。わたしの最も愛するSF作家です。
 過激で好戦的な側面ばかり強調されますが、「しっとりして叙情的」と言ってくださって、とてもうれしいです。
Nora
2007/11/04 22:21
こんばんわ。
ヘンゲルブロックとリチェルカール・コンソート版のCDが今日手に入り、早速聴いているところです。

バッハのBWV1083では最後の「アーメン」が2回繰り返され(原曲では繰り返さない)、しかも2回目はなんと長調なのですね。バッハ流の「スターバト・マーテル」の解釈なのかなと一瞬思いましたが、編曲した歌詞の詩篇51というのが最後「賛美」を大きく歌い上げるものだから、そうしたのでしょうか。
ただそうであるにせよ、バッハが原曲の歌詞の意味を全く無視していたのでもないと思いたいですね。根拠は全くないのですが。
たこすけ
URL
2007/11/08 23:44
上から続きます。

どこかに”愛する子をなくした母”への晩年のバッハの思いーーー2人の妻とも腹を痛めた子どもの半分を幼くして亡くしている、その2人の真横にバッハは一緒にいたのですからーーーが反映していたのではないかなと、そうであって欲しいなと思いました。
それこそ、晩年の年老いたバッハがかつての妻、マリアを思い出しながら、さまざまな思いをもって長調のアーメンを付け加えた・・・とまあ、そこまで考えるにいたっては、完全に独りよがりな妄想なのですが(苦笑)。物語としては、アリかな、と(笑)。上の記事がうつったかな?
いずれにせよ、長く聴き続けられそうな素晴らしいCDでした。
紹介していただきありがとうございます。

たこすけ
URL
2007/11/08 23:45
 たこすけさん。こんばんは。
 毎度、ありがとうございます。

> バッハが原曲の歌詞の意味を全く無視していたのでもないと思いたいですね。根拠は全くないのですが。

 バッハのパロディは、決して、既存の音楽の形だけの再利用ではありませんでした。必ず原曲の歌詞やその他の内容を十分にふまえ、原曲の精神を、最大限に尊重し、利用するのが常でした。

 ですからこの場合も、たこすけさんが、そうあってほしい、と思われたとおり、詩篇51は、バッハにとって、正にスターバト・マーテル以外の何物でもなかったのだと思います。
 根拠は何だ、と言われると困ってしまいますが、とにかくそうなのです。(笑)
(つづく)
Nora
2007/11/09 22:41
 バッハは、聖母マリア=はるかなる女性的な存在に対して、明らかに憧憬のようなものを抱いていました。(本人は認めようとしないかもしれませんが)
 マリアの祝日のカンタータやマニフィカトに対する、ちょっと普通でない意気込み、そして何よりも、それらの作品の圧倒的な完成度が、それを物語っています。

 しかし、ルター派教会では、マリア崇拝自体が否定されている。
 書ける曲が、限られている。
 そんな時、大ヒットしていたのが、このスターバト・マーテル。しかも超一流の天才による大傑作。
 バッハがこれを見逃すはずはずありません。
 当然、そのまま演奏するわけにはいきませんが、編曲しても、この曲は、バッハの心の中では、(例え無意識にせよ)あくまでもスターバト・マーテルだったのではないでしょうか。
 そのように考えて初めて、記事に書いたような、バッハのこの曲に対する異常なまでのこだわりが説明できると思います。
す。
(まだまだ続く)
Nora
2007/11/09 22:43
 さらに言えば、わたしは、バッハ晩年の、ラテン語作品全般への傾倒さえもが、ルネッサンスへの憧憬とともに、はるかな女性的なものへの憧憬によるものだったのでは、と、疑ってますが、それはまた別な話。

 さて、わたしは、これまで、このバッハの憧憬は、幼い頃に母親を亡くしたことによるのでは、と考えてきました。
 ところが、さすが、主夫のたこすけさん、
 バッハにとって、二人の妻は、実のおかあさん以上に、一番身近な「母親」なのかもしれません。
 目からウロコが落ちました。ありがとうございます。
 何だか、どんどん、物語がふくらんできました。
Nora
2007/11/09 22:46
バッハの編曲によるペルゴレージのスタバトマーテル、
20年ほど前にミュンヘンで聞いて以来、
「いつか挑戦を」と野望を抱いていたものです。
出来れば来春にプログラムしたいと思っています。
その前に楽譜が…。
Evangelist84
URL
2009/06/27 07:01
 Evangelist84さん、
 20年も前にお聴きになったのですか。さすがドイツは本場です。
 わたしは存在は知っていて、ずっと聴きたいと思っていたのですが、このCDでやっと聴くことができました。
 演奏会、実現目指してがんばってください。日本では、詩篇51としての演奏は、まだまだ珍しいのではないでしょうか。
Nora
2009/06/29 22:21

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