♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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zoom RSS 秋深し、憂愁の小型チェロ・たまにはきちんと曲目解説(BWV180、115)〜三位一体節後第22日曜

<<   作成日時 : 2007/11/02 20:20   >>

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 今度の日曜日(11月4日)は、三位一体節後第22日曜日。

 カンタータは、
 第1年巻のBWV89
 第2年巻(コラールカンタータ)のBWV115
 後期のめずらしいテノール・ソロ・カンタータ、BWV55
 の3曲。

 昨年の同日の記事は、こちら
 記事の中で、秋のカンタータの特徴を総括しています。



▽ 今日の写真は、すべて、東京の秋。

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  *    *    *



 さて、今日は、久しぶりに、「たまにはきちんと」シリーズを書きます。
 まだ、3回目です。ほんとに、たまにはきちんとしないと。

  
  
 今回、初めて、コラール・カンタータをとりあげます。
(コラール・カンタータの詳細は、こちら


 1724年の、バッハの第2年巻=コラールカンタータ年巻。

 コラール・カンタータ、
 何度もくりかえしますが、素材は、たった1曲のコラールです。
 たった1曲のコラールを、深く深く掘り下げ、内容上も、音楽上も、最大限に発展させて、カンタータの全曲を構成する、
 バッハがかたくなにこの手法を追究し続けたため、はじめのうちは、やはり、絶対音楽的で真摯な雰囲気の曲が多かったのですが、
 実りの秋を迎えるとともに、曲調も彩りを増して、どんどん豊かに、自由になり、後期の作風を先取りするかのような曲が見られるようになってきます。


 これにはもちろんいろいろな要因があるのですが、
 実は、楽器の名人の存在、というのが大きいです。

 これまで見てきたように、夏には、トラヴェルソのたいへんな名人がライプツィヒに滞在していたらしく、トラヴェルソの超絶技巧の曲が続きました。


 そして、それが一段落すると、今度は、いよいよ、
 ヴィオロンチェロ・ピッコロ(小型チェロ)、
 バッハのカンタータのオブリガート楽器の中でも、正に女王というべき楽器がついに登場します。
 初期のカンタータも含めて、バッハがこの楽器を使うのはまったく初めてなので、おそらくこれも、誰かとんでもない名人がやってきたのでしょう。


 今日ご紹介するのは、このヴィオロンチェロ・ピッコロが活躍する2曲。

 先々週の、ヴィオロンチェロ・ピッコロが初めて登場する記念すべきBWV180
 それと、今週のBWV115
 の2曲です。

 これらは、前述のように、コラールカンタータでありながら、すでに、バッハ後期特有のの何者にもとらわれない自由闊達の気風が漂い始めている、たいへんな名曲です。

 どちらも、実りの秋、彩りの秋にふさわしく、豊穣な美しさにあふれていますが、
 BWV180の方は、アリアがすべて長調の舞曲、
 BWV115の方は、アリアがすべてしっとりとした短調曲、
 と、好対照の2曲でもあります。
 タイトルも同じような感じですが、若干のニュアンスの違いが曲の性格のちがいをあらわしています。



 それでは、秋の代表的カンタータをお楽しみください。



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 BWV180 「装いせよ、我が魂」


 この日の福音章句は、王の婚宴のたとえ話。
 本来は、天の婚宴に招かれる花嫁にふさわしいよう、魂に装いせよ、という内容のようですが、
 この曲においては、天上の饗宴の美しさ、そこに招かれる喜びを、無条件に歌い上げています。

 もとになるコラールは、フランクの同名のコラール。(メロディはクリューガーの賛美歌)
 カンタータの全7曲は、コラールの全7節にそのまま対応し、
 第1、3、7曲には、原コラールの歌詞、メロディがそのまま使われ、
 第2、4、5、6曲は、歌詞、メロディをさまざまな形でパラフレイズした素材によって、構成されています。
(これが、コラールカンタータの基本形です)

 コラール・カンタータを100%味わいつくすには、
 もとになるコラールのメロディを歌えるくらいにおぼえてから全曲を聴くと、よいです。
 終曲で、コラールの基本形がそのまま歌われますので、まず、それを聴いておぼえましょう。


 <冒頭合唱>

 3連音が特徴的な、素朴だけれど優雅なステップを思わせるリズム。
 そのゆるやかなリズムに乗って、2本のリコーダー、オーボエ、コールアングレという、ほかに例が無いほど贅沢な木管の四重奏が、清らかな和音を奏でていきます。

 スメントの言葉を借りれば、「花嫁の純白の衣装」を思わせる清々しさ。

 和音が次々と展開していくにつれ、眼前に、美しい世界が広がっていくかのようです。
 おそらく、「聴くと美しい光景が思い浮かぶ音楽」No.1でしょう。

 天上の聖なる饗宴の情景。
 さらには、そのまわりを包む、野原、海、星空へ。
 世界は、加速度的に、どんどん広がっていきます。

 やがてそこに加わるコラール。
 天上の荘厳な世界そのものが、ついにその全貌をあらわしたかのようです。
 すべての声部で繰り広げられる精緻な模倣が、その空間の超絶的な広がりを、感じさせます。

 この陶然とする開始部分だけで、もうこの曲のすべてが決定付けられた、と言っていいでしょう。

 あとは、もう、その天上世界で繰り広げられる、夢のように美しい舞曲が延々と続くばかり・・・・。

 
 <第2曲・テノールアリア>

 いきなり、喜びに満ちあふれたとびっきり美しい舞曲の登場です。
 通奏低音の刻む、心の扉を叩くノックのリズムに乗って、フルートが、それこそ天にまで舞い上がるようなダンスのモチーフをくりかえします。
 それにつられて、テノールも、
 扉を開けて!扉を開けて!と、楽しげに歌いだします。
 
 何の陰も曇りも無いハ長調。
 情緒あふれる復活祭などの舞曲と異なり、
 もはや、この世のものではない、どこまでも透明に澄みきった舞曲。
 天使や妖精の踊り、とでも言ったらいいのでしょうか。
 バッハの時代の様式をはるかに飛び越えた、不思議な音楽、と評された方もいらしゃいます。
 わたしも、ブルックナー第9のスケルツォなんかとけっこう近い世界なのではないか、などと思ってしまいます。


 <第3曲・レチタティーボ+コラール>

 短いレチタティーボの後、ソプラノがそのまま続けてコラールを歌います。
 第2曲の、扉を開けて!という呼びかけに花嫁が応えるコラール、という形。
  いつものように、コラールには、メンデルスゾーンが「金色のつた飾り」と評したバッハお得意の装飾が施され、さらに、ヴィオロンチェロ・ピッコロの心にしみわたるようなオブリガートがついています。
 ソプラノとヴィオロンチェロ・ピッコロとbcが親密にからみ合い、花嫁のふるえるような喜びが、そのまま伝わってくるかのようです。
 やがて、その3声は、最後の歌詞で、ひとつにとけあいます。
 いつも言うことですが、そのままシュープラー・コラール集に入れたくなってしまうような美しさ。

 冒頭の合唱といい、このコラールといい、
 普段聴きなれ、歌いなれたコラールが、かくも美しく変容して響きわたるのを聴き、ライプツィヒの人たちの心は打ち震えたのではないでしょうか。
(そうでもないか)


 この後、2本のリコーダーの伴奏が美しい<第4曲・レチタティーボ>が、よろこびをかみしめるかのように歌われ、
 それから、いよいよ、婚礼の饗宴のクライマックス、

 
 <第5曲・ソプラノ・アリア>

 冒頭合唱と同じ、フルオーケストラが、まぶしいくらいに明るい「生命の太陽」の讃歌、ポロネーズを奏でます。
 光の饗宴!喜びの炸裂!
 ソプラノをまじえての踊りの輪は、いつまでも続きます。


 踊りがおさまると、今度は、bcだけの<第6曲・レチタティーボ>が静かに歌われ、最後のコラールを導きます。
 後半のアリオーソでは、より静けさが増しますが、実は、そこには、コラール旋律が見え隠れしていて、聴衆は、コラールへの期待に胸を高鳴らせます。
(これもコラールカンタータの典型的な技法のひとつです)
 そして、


 <第7曲・コラール>

 これまでさまざまな形に変容して奏でられてきた、豊かな恵みのコラール、光り輝くコラールが、
 ついにありのままの姿を現します。
 丁寧に丁寧に和声付けされたコラールは、明るく超越的な響きの全オーケストラ合奏を従えて斉唱され、大きな安らぎに押し包まれたような、満ち足りた気持ちのなかで、
 全曲が閉じられます。



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 さて、BWV180は、実りの秋、豊かな秋を象徴するような喜びにあふれた名曲でしたが、
 次のBWV115は、ちょっとさびしげな、物思いの秋にピッタリな1曲、と言えるでしょう。
 冒頭で書いたとおり、こちらは今日のカンタータ。



 BWV115 「備えて怠るな、我が霊よ」


 この日の福音章句は、
 自分がふだんそうしてもらっているように、隣人を憐れみ、許しなさい、という内容。
 あたりまえですが、とてもたいせつなことだと思います。
 それにふさわしく、このカンタータも極めて真摯な音楽が並んでいます。

 もとになるコラールは、フライシュタインの同名のコラール。
(メロディは、当時のドレスデンの宗教歌曲集所収の世俗歌曲)
 第1、6曲には、原コラールの第1節、第10節が使われ、
 中間の第2〜5曲の歌詞は、コラール第2節〜第9節の歌詞を、パラフレイズして構成されています。
 BWV180のように厳密ではないですが、このようなのも、典型的なコラールカンタータの形式です。


 <冒頭合唱>

 朴訥とした歩みを思わせる、弦とbcのユニゾンのオブリガート主題の上に、
 フルートとオーボエの、まるで飛び回るように軽やかなリトルネッロが加わります。

 リトルネッロは生き生きと駆け巡り、やがて、それに導かれるように、コラールが登場。
 
 細やかなリトルネッロに対応するかのように、各行ごとのコラールの模倣も、
 BWV180よりさらに技巧的で精緻です。

 このようにさまざまな特徴のパートが同時に進行しているため、音楽は非常に立体的で、大きな広がりを感じさせ、まるで雲ひとつ無く澄みわたった青空のようです。

 でも、それは、美しすぎてどこか悲しい、晩秋の青空。

 その証拠に、後に続くアリアは、この曲の場合、すべて短調なのです。

 
 <第2曲・アルトアリア(シチリアーノ)>

 バッハお得意の、短調のシチリアーノ。
 嬰ハ短調の長い長い音楽。

 分厚いオーケストラの悠然としたリズム。
 メロディーもまた、お得意のモチーフ(「マタイ」の「ペテロの後悔」の場面の有名なアルトアリアにも登場)を使ったもので、短調の悲壮感よりも、おおらかな慰めのようなものを感じさせる。

 この豊かな音楽に全身を包まれ、歌詞にある「まどろみ」に身を任せていると、
 中間部の「刑罰」をあらわす厳しい音楽に、はっとさせられてしまう。
 目をさませ、という戒め。


 それから、目覚めよ、と再び繰り返す第3曲・レチタティーボに続き、
 戒めを受けての心からの祈りのアリア、
 バッハの短調のアリアの中で、最も美しいと思われる名アリアが、いよいよ登場します。
(何だか他のアリアの時も、そんなこと書いたような気がするな)



 <第4曲・ソプラノアリア>

 繰り返しますが、心からの祈りのアリアです。

 バッハの勝負調性、ロ短調。
 ここに来て、ヴィオロンチェロ・ピッコロが、ついにその威力を全開にさせます。

 フルートとヴィオロンチェロピッコロの、ポツポツとさびしげな2重奏。
 まるで果てしない荒野をトボトボと歩いているかのような寂寥感。
 ヴィオロンチェロ・ピッコロ特有の響きが、心にしみいります。

 ここに、静かに静かに、ソプラノが加わり、
 メロディー、歌、というより、長く引き伸ばした動機のようなものをオブリガートに重ねていきます。
 まるでソプラノ自体も、一つの楽器になったかのよう。
 オブリガートとソプラノが一体になって、親密で、極めて内省的な室内楽が奏でられます。

 目の前には果てしない荒野、振り返っても果てしない荒野。
 でも、一人ではない。

 どこまでもさびしい音楽ですが、その中心には、暖かい光が確かに灯っているのです。


 それにしても、何という美しい音楽でしょう!

 先週、記事に書いた、ペルゴレージのスターバトマーテル第1曲をさえ、早くも予感させるような音楽です。


 この後は、祈りが確かに聞き届けられることを告げる明るいアリオーソの第5曲・レチタティーボに続き、
 第6曲・終結コラールが力強く歌われ、全曲を閉じます。
 


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 さて、以上、2曲、細かく見てきたわけですが、
 カンタータは、1曲1曲、こんな風にドラマがあるわけですね。
 オペラを1曲も書かなかったバッハですが、そのかわり、何百という魂のドラマを書いているのです。

 これを書くに当たって、今回も、ちゃんと聴いてみました。

 今回、わたしが聴いたのは、コワン盤。

 やはり、ヴィオロンチェロ・ピッコロの演奏に関して、この人の右に出る人はいません。
 先日ご紹介したガンバのピエルロとともに、天才です。
 全体の演奏も、素朴ですが、室内楽的で美しく、言うことありません。

 ちょうど、BWV180BWV115がいっしょに収録されています。
 もう1曲のカップリングは、これも少し前にご紹介したダイアログ・カンタータ、BWV49。
 ここでも、ヴィオロンチェロ・ピッコロが活躍。

 名曲の名演奏、このCDも、カンタータファン必携。(笑)

 他のCDでは、コープマンのものも忘れることはできません。
 これらのように美しいカンタータでは、やはり、飛びぬけているように思います。



 さて・・・・、と。
 恐ろしいオレ竜の悪夢に一晩うなされましたが、もう、だいじょうぶ。
 よく考えたら、昨年はほとんど逆だったわけで、これで五分と五分。
 また、一からがんばって、来年こそ、勝負だ!

 ・・・・などと書いているうちに、まただんだん悲しくなってきた。(涙)
 まあ、また、来年のお楽しみ。



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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
昨日までは練習を控えていましたが、今日はちょっと声を出しました。のどと気管支がまだ痛いですが、何とか明日は声が出そうです。祈るような気持ちです。というか祈っています。

今回はすごい充実振りですね。写真もとてもきれい。心が洗われます。Noraさんの心のきれいさを反映しているのかな。内容は明後日、ゆっくりと見ます。今夜は115番を聴きながら早めに寝ます。
Skunjp
2007/11/02 21:13
 Skunjpさん、こんばんは。

> すごい充実振りですね。

 はは・・・・。
 日本シリーズ、まさかの幕切れにけっこうがっくりきてたのですが、それを振りはらうべく、気合で書き飛ばしました。(笑)
 でも、野球などで、一喜一憂できる、というのは、ほんとうにしあわせなのでしょうね。

 のど、このまま、よくなるといいですね。
 どうか、明日(もう今日か)の演奏が、歌うみなさんにとっても、聴くみなさんにとっても、すばらしいものになりますように。 
Nora
2007/11/03 01:04
ありがとうございます!

今、演奏会から帰ってきました。喉が痛かったのですが、奇跡的に声が出ました。最後のアーメンコーラスが終わるころには感動の嵐でした。スタンディングオーベーションを受けました。
Skunjp
2007/11/04 00:33
 Skunjpさん。

 おつかれさまでした。よかったですね。
 きっと、熱気あふれるコンサートだったんでしょうね。
 わたしも、意を決して(?)とりあえずCDを聴いてみることにします。
Nora
2007/11/04 01:16
Noraさま
野球はNoraさまにおかれましては残念な結果でしたが、どうか元気を出して下さい。
これからオフシーズンでが、でも、きっと選手たちは、もう来季に向けて意識を高めていることと思いますよ(笑)。
さて、10/27のお題はその前にコメントさせていただいた私にも応えて下さったものかと勝手に受けとめております。
それにも関わらず、遅くなってしまいましたので、こちらにお礼かたがたコメントさせていただきました。
「ペルゴレージ」のお話は本当に参考になりました。
今、バッハを除いて最も興味のある音楽は、バッハが多大な影響を受けたという観点でペルゴレージ、そしてバッハを大変尊敬し、影響を受けたという観点でショパンです。
西洋音楽の横(地域)と縦(時代)の構図が何となく見えてきて(かなり大袈裟な表現ですが)、益々、楽しくなって参りました。
Nacky
2007/11/04 12:33
 Nackyさん、やさしいお心遣い、ありがとうございます。
 日本シリーズ、あまりの幕切れに、思わずこの記事のタイトルにも「憂愁」などと言う言葉を使ってしまいました。180番は、あんなに明るく美しい曲だというのに。まあ、115番の方は、少し憂愁かも。

 ペルゴレージですが、Nackyさんの前のコメントを読み、その内容とピッタリの曲があったのを思い出しました。また、他の方からも、ちょうどペルゴレージに関するコメントをいただいたので、みなさんにぜひ知っていただきたく、ご紹介させていただきました。ありがとうございました。

 ショパンもいいですね。この夏よく聴きました。
 さきほどフィギュア・スケートを見たら、浅田真央選手がショパンの曲ですばらしい演技をしていて、思わずほろりとしてしまいました。
 あの競技は、ほんとに音楽のウェイトが大きいですね。
Nora
2007/11/04 22:40
読み応え、聴き応えのある記事を本当にありがとうございます。

180番は以前もコメントを入れたように大好きなのですが、
いつもはそんなに丁寧に聴いているわけでもないから、
このようなありがたい解説を読みながらすこし丁寧に聴いて新しいことを発見できたりする時間は最高です。

なんか腕がむずむずと・・・まずいなあ(苦笑)。

ちなみに、ペルゴレージ、その存在を先日の記事ではじめて知ったのですが、注文しちゃいました。やれやれ・・・(笑)。

たこすけ
URL
2007/11/05 10:09
 たこすけさん、
 わたしも、たこすけさんのコメントを読んで、聴きなおしたら、BWV180がますます魅力的に思えてきて、それで再びとりあげたのです。
 こちらこそ、ありがとうございます。

 ペルゴレージ、
 国内盤は、すでに廃盤でしょうし、今は、輸入盤も、手に入れられる時に手に入れないと、あっという間になくなってしまいます。
 わたしも、それで、どれだけ苦労したかしれません。
 というわけで、なぞのCDセールスマン(?)としては、容赦なくしつこくいきたいと思ってます。覚悟するように。(笑)

 でも、家計に響かない範囲でね。
Nora
2007/11/05 22:57
こんばんわ。
今回は180番のコラールをやったのですが、またリンクさせていただきました。
毎度事後報告でもうしわけありません。よろしくお願いします。
(リンクしなさいと誰かに言われているような気になってしまうのです(苦笑))
たこすけ
URL
2008/02/16 22:18
 たこすけさん、すばらしい演奏+リンク、ありがとうございます。

 バッハは、たいていコラールをベースにしてカンタータをつくっていますが、たこすけさんが記事にお書きになったような、1曲のコラールから全曲すべてがつくられる「仕事のやり方」をしたのは、ほとんど1724年から25年にかけてのシーズン、1年間だけです。(=コラールカンタータ)
 とはいえ、毎週毎週ほぼ完璧に書いたので、コラールカンタータは、相当な数にのぼり、バッハを代表する傑作群となっています。
 正に人間技とは思えない仕事ぶりですが、きっと、バッハも、何かにとりつかれていたのでしょう。
Nora
2008/02/17 01:53
 (つづき) 
 この180番などは、さらにそれを代表するような傑作です。
 たこすけさんの演奏によって、コラールをおぼえた上で、全曲を聴き、この曲の真髄に触れる方が少しでも増えれば、こんなにうれしいことはありません。

 ついでに、
 この曲と同じく、小型チェロが活躍する曲は、こちらにリスト・アップしてあります。
 参考までに、右URL欄に貼り付けておきます。
Nora
URL
2008/02/17 02:00

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