♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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zoom RSS クリスマスとブルックナー〜幻の「アダージョNo.2」(交響曲第3番)を求める旅・たどりついたところ

<<   作成日時 : 2007/12/22 01:53   >>

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 今週も、また、好きな作曲家のこと。
 そうです。ブルックナーです。
 クリスマス目前、ということで、
 クリスマスにも関係した、ブルックナーの思い出、
 それから、最近リリースされた、すばらしいCDのことを。



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 ブルックナー3番の思い出については、実は以前から、いつか書きます、と言い続けてきたのですが、
 最近、S君さんから、突然「アバドのブルックナー」についてのコメントをいただき、
 またこの頃すっかりお世話になっているrbhhさんが「ブルックナーの初稿」に関する記事をお書きになって、
 関係することがたまたま見事に重なったので、わたしもちょっと書いてみることにしました。


 
 小学生の終わりか、中学生のはじめ頃、
 つまりあのE君とまだ出会っていない時です。

 クリスマスプレゼントでラジカセをもらいました。

 妙なレーザーみたいなアンテナがごちゃごちゃついた、おもちゃみたいなやつでしたが、
 わたしは、うれしくて、ビートルズ、カーペンターズ、「ニューミュージック」など、はやっていた定番ものから、なんだかあやしげなものまで、とにかく片っ端からカセットに録音しまくり、いつも聴いていました。


 ある時、なぜかたまたま、ブルックナーの交響曲を録音しました。
 なんでまた、そんなこどもが、というツッコミが聞こえてきますが、
 とにかく、何でも録音してましたし、
 ベートーベンやチャイコフスキーなどでなく、
 ブルックナーという響きがいかにも格調高い気がして、ブルックナーを聴いてる、なんて言うと、なんだかかっこいいかな、と思ったのです。
(バカです)

 せいぜい10分くらいだろうと思ってたので、カセットの残りがみるみるなくなりそうになったのにはびっくりしましたが、なんとか全部録音することができました。
 ひとつの楽章だけだったのです。十分長いですが。

 今でもおぼえてますが、SideAに、ピンクレディーやフランシス・レイの「エモーション」(これは妙にさわやかなムード音楽)などがごちゃごちゃ入っていて、SideBがブルックナー、という妙なテープができあがりました。


 実際にそれを聴いてみて、わたしは、呆然としました。
 それまで、ちゃんと交響曲、というか、クラシック音楽を聴いたことがなかったので、
 ほとんどこれが、クラシック初体験。
 そもそも、音がたくさん聞こえることが衝撃でした。
 どうやら、100人くらいで一つの演奏をしているらしい。
 「交響曲」というのは、何てゴージャスで、そしてきれいで、かっこいい音楽なんだ、
 と、すっかり心を奪われてしまいました。


 ところが、この時の演奏、実はただの演奏ではありませんでした。

 この演奏こそ、忘れもしない、

 ブルックナー 交響曲第3番「ワーグナー」 第1稿のアダージョNo.2

      クラウディオ・アバド、ウィーン・フィルによる世界初演の実況ライブ

 だったのです。


 この3番のアダージョNo.2は、かんたんに言うと、
 アダージョ(第2楽章)だけに存在する、第1稿と第2稿の中間稿。

 初稿のアダージョに、最終稿では削られてしまったタンホイザーからの引用があることはよく知られています。
 これは、どこまでもどこまでも連綿と続く、正に天馬空を行くような、ブルックナーならではの壮麗な対旋律がついた、すばらしい音楽なのですが、
 このアダージョNo.2は、第1稿の大失敗に血迷ったブルックナーが、そんなに魅力的なタンホイザーの引用部分を、そっくりまるごと、タンホイザーと寸分たがわぬ形に変えてしまった、ふつうではとても考えられない驚愕の音楽です。
 そうすれば、みんな喜んで聴くとでも思ったのでしょうか。


 つまり、何のことはない、
 わたしは、大作曲家、ワーグナーの大名曲、「タンホイザー」に、すっかりメロメロになった、とも言えるえわけです。
 まあ、もちろん、他にもたくさん、感動した箇所はありました。


(余談ですが、実はこのブルックナー3番の初稿には、
 ドヴォルザークのシンフォニーに登場するのとそっくりなフレーズも、いくつか見られます。
 さては、と思ってましたが、よく調べると、ドヴォルザークの方がずっと、後みたい。
 疑って、ごめんなさい)



 幸か不幸か、(たぶん不幸だな)
 初めて心を奪われたクラシック音楽が、こんなにややこしい音楽だったことから、
 その後の、わたしの、このアダージョNo.2を求める長い長い旅、
 さらには、わたしの一風変わったクラシック音楽遍歴が始まることになりました。



 その後、他の作曲家の交響曲やクラシック音楽を聴いてみましたが、なんとなくピンとこなくて、わたしのテープコレクションも、クラシック以外のものばかりが増えていきました。
 でも、このブルックナーのテープだけは、すりきれるくらいに聴き続け、
 わたしのブルックナーへの思いは、ますます大きくなっていきました。


 ついにわたしは意を決して、この曲のレコードを買うことにしました。
 クラシックのレコードを買うなど、そのころのわたしにとっては、車や家を買うのと同じくらいの覚悟がいることでした。

 緊張して恐る恐るレコードショップに行き、お店のやさしいおじいさんに教えてもらって、買ったのが、

 ベーム、ウィーンフィルの3番のレコード。

 初めて買ったクラシックのレコード。

 ところが、大切に大切にかかえて持ち帰り、どきどきしながらかけてみて・・・・、

 がっくり。(涙)

 ちょっと、(というか、だいぶ)曲がちがうのです。
 だいたい、わたしの好きな部分(タンホイザーの引用)がありません。
(あたりまえです。この頃、録音は最終稿(と改訂稿)しかなく、ベームのはもちろん最終稿です。でも、この頃のわたしに、版のことなどわかるはずありません)

 さては、あのじいさん、まちがえたか。
 わたしは早速復讐しようと思いましたが、曲目を見ると、ブルックナーの3番でまちがいない。

 これは、いったいどういうこと・・・・????????

 こども電話相談室に電話してやろうかとも思いましたが、たぶん採用してくれないだろう、と直感的に思い、踏みとどまりました。


 あのテープの音楽のレコードが、どうしてもどうしても、ほしい!


 必然的に、これ以降、わたしは、ブルックナーの版の問題を調べていくことになりました。

 まだそんなに版についての資料も無い頃で、まったく手探りの状態です。
 一つ一つ資料を調べて積み上げていきました。
 そうしているうちに、おもしろくなってきて、生来の凝り性から、どんどんのめりこんでいきました。


 わたしがブルックナーの版について多少くわしいのは、ひとえにこの理由によります。

 この時の体験が、今のわたしの、ある意味マニアックな音楽への取り組み姿勢に、大きな大きな影響を与えているのは、まちがいないと思います。 


 はじめがっくりしたものの、
 ベームのCDはもちろんすばらしくって
 版のことがわかってくるのと平行して、
 当然のように、ブルックナーへの熱もさらに高まっていきました。

 ヨッフムにすばらしい曲の数々を教えてもらい、
 クナッパーツブッシュやシューリヒトによって、全身が崩れてなくなるような衝撃を味わい、
 まあ、そのような、型どおりのプロセスをたどって、
 やがて、りっぱな?小型ブルックナー・オタクが誕生したわけです。


 それでも、あのアダージョNo.2と再会することは、決してありませんでした。
 あたりまえです。
 この世にまだ、そんなレコードは存在していないのですから。

 テープは、再生不可能なところまで、すりへっていきました。



 少し長くなってしまいました。
 後は、かんたんにいきましょう。



 数年後、
 ついに、インバルの第3番初稿の世界初録音のレコードが発売!
 わたしは号泣しました。

 わたしは、探し続けてきたもの、求め続けてきたものと、ついに、めぐりあうことができました。
 しかも、それは、見違えるばかりの美しい姿に変容していました。
 あのタンホイザーの引用が聴けたばかりでなく、それがブルックナー以外には書けない精緻な対旋律によって、夢のように美しく飾られていたのです。
 しかも、演奏は、それを最大限に生かしきった見事なもの!
(後からわかったことですが、インバルは、アバドのアダージョNo.2世界初演とほとんど時を同じくして、この初稿を世界初演しているのです。
 つまり、この録音は、満を持して、のものだったわけです)


 さらに数年後、
 今度は、とうとう、アダージョNo.2そのものが、
 あの朝比奈隆さんの手によって、日本初演されました。
 わたしは、もちろん、東京カテドラルまで聴きにいき、またまた号泣しました。
 これまで聴いたこともないような、細部にこだわらない、堂々たる大演奏。
 比類なき壮大さを誇るカテドラルの堂内が、まぶしい光でいっぱいになったかのように思えた。

 これ以降、朝比奈さんが21世紀はじめに大往生なさるまで、東京で行われる朝比奈さんのライブに行き続けることになります。

 
 その後、
 朝比奈さんの、アダージョNo.2の上記カテドラルライブのレコード化、CD化、
 ティントナーの、初稿決定盤のリリース、
 この前記事にしたばかりの、内藤さんの、日本初のピリオド奏法による、第1.5稿世界初演ライブ、
 と、その都度、わたしは、うれし涙を流し続けてきました。



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 そして、今回、

 話題の女性指揮者、

 シモーネ・ヤングさん指揮、ハンブルグ・フィルハーモニーの、

 3番第1稿のCDがリリースされ、

 かけがえのない宝物がまた一つ、増えました。


 これについては、リリースされて話題になっているのは知っていましたが、
 わたしは女性指揮者というのはほとんど聴いたことがなく、もしかしたら、最近よくある話題優先のアーティストかな、などと思い、どうしようか迷っていました。

 そんな時、rbhhさんが、ご自分のブログのコメントに、
 ものすごくすなおに、ヤングのライブがすばらしかった、ということを書いてらっしゃるのを読んで、わたしも迷わず聴いてみることにしました。


 ほんとうに聴いてよかった。
 
 rbhhさんもおっしゃってますが、ヤングのブルックナー、とにかくどしっとしていて、安定感があります。

 しかも、これまでの男性指揮者とちがい、響きがものすごく、ふくよかで、やさしい。
 各楽器も、それぞれがしなやかな歌を歌うかのよう、
 まるで人間の声のように聞こえます。

 これは、女性指揮者という先入観からくることかもしれませんが、
 わたしは、ブルックナーを聴いて、大きな大きな母性のようなものを、初めて感じました。

 ものすごく細かいところまで、響きを美しく磨きぬいているので、あの最晩年のヴァントやチェリビダッケを思い浮かべる方もいるかとも思いますが、
 決して、硬質でなく、冷たくもない、
 まず、わたしの心をとりこにしたのは、むしろ、(聴いたのはこの3番だけですが)
 例えようも無いようなおおらかさ、だったのです。

 心から身を任せられる、
 それがブルックナーの演奏では一番重要なことだと思います。

 そういう意味で、おおらかな母性を感じさせるこの演奏は、これ以上ない安心感にあふれています。


 大いなる安心感


 ちょうど、ブルックナー3番のアダージョには、

 ブルックナーが子どもの頃、母親から教わった歌や、クリスマスに歌った歌が、盛り込まれています。
 ブルックナーは、きっといっしょうけんめい、それを書き留めたのでしょう。
 上記のように、この曲は、生涯にわたって、何度も何度も改訂されましたが、
 ワーグナーの引用が削られても、それらの歌が削られることは、ただの一度もありませんでした。

 これらの素朴で懐かしい歌の数々が、このCDでは、なんとやさしく、美しく響くことか!


 そういう意味で、この曲、このCD、クリスマスにもぴったりだと言えます。



 rbhhさんは、ヤングさんの記事のコメントで、ブルックナーのモテットのすばらしさについて書いてらっしゃいますが、まったく同感です。
 これも以前書いたことですが、ブルックナーのモテットは、どれもみな、ルネッサンス音楽にそのまま通じるような純粋な美しさをたたえています。
 そして、ブルックナーのシンフォニーをよく聴くと、
 そのままそのようなモテットにしてもおかしくないようなフレーズや、対位法的なからみを、もういたるところに発見することができる。

 rbhhさんは、記事の中で、「いくつかの好きな部分」という表現を使ってらっしゃいますが、
 わたしも、そんな自分だけの「好きな部分」を見つけて、ブルックナーのシンフォニーを聴いています。
 そして、そんな「好きな部分」が山ほど見つかるのが、この、3番の初稿。


 まだ、聴いたことがない方は、この機会にぜひ。

 

 なお、シモーネ・ヤングさんは、今後、初稿による、全曲演奏、CDリリースを目指すそうです。

 その企画自体、失敗続きで自信が無く、自作の改訂ばかりしていたブルックナーへのやさしさにあふれています。
 これは、今後がほんとうに楽しみ。目が離せません。



 さて、
 これまで書いてきたように、わたしは、バッハや古楽以外のクラシック音楽については、それほど聴きませんし、くわしくもありません。

 でも、以上のような理由から、ブルックナーは、別なのです。
 ブルックナーは、E君と出会い、バッハを教えてもらう前から、聴いていた。


 その他には、シベリウスも、そう。

 シベリウスも、E君から直接言われるまでもなく、
 わたし自身が、福永武彦の「死の島」などの影響で聴き始め、
 福永武彦にはまりこむのといっしょに、はまりこんでいった作曲家です。


 だから、ブルックナーとシベリウスの二人は、
 わたしにとって、バッハ以上に、「特別な」作曲家、心の作曲家、でもあるのです。



 さあ、いよいよクリスマス。 

 アドヴェントの間に、ほんとは、このシベリウスや、
 さらにはこの頃よく聴いているハイドンやヘンデルのことも書いてみたかったのですが、
 あっという間にクリスマスを迎えることになりました。

 また、次の機会にあらためて、ということで。



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英語の海を泳ぐ
2007/12/22 10:48

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コメント(27件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。ブルックナーとは関係ない内容で申し訳ないのですが、以前コメントさせていただいたことのある者です。このほどBCJのバッハの「ミサ曲ロ短調」のCDを聴き、自分のブログに書いたのですが、Noraさんのことを思い出してトラックバックさせていただきました。よろしければご覧いただましたらうれしいです。

ちなみに、私はブルックナーは苦手です。何度聴いても爆睡してしまします。ただ(今考えると信じられないのですが)十数年前はバッハの「マタイ」もそうだったことを思えば、いつかは開眼する日も来るのかなと思っています。何かブルックナーを聴くコツ(?)のようなものはあるのでしょうかね。
子守男
2007/12/22 10:59
Noraさんのブルックナーへのなれそめ。非常に興味深く読みました。出会いって不思議ですね。ある1曲がふと心を捉え、次第に深く浸透し、いつのまにその曲、その作曲家が当人のかけがえのない存在に育っていく。これは偶然とはいえ実は偶然ではなくて、天の配剤とでも言うべきものではないかと思います。出会うべくして出会った。Noraさんとブルックナーの出会いに、そんなものを感じました。
S君
2007/12/22 19:17
そしてブルックナー。昨日は3曲も聴き、今朝も1曲聴きました。ちょっとしたディクト状態です。いろんな指揮者の演奏を聴きましたが特に今、注目しているのはアバドです。Noraさんもアバドのことを書いておられますが、この指揮者のブルックナーは実に素晴らしいと思います。実は彼のブルックナーは今回初めて聴きます。ブルックナー向きではないと勝手に決めていたからです(というかブルックナーに関してはベームとヨッフム、それにジュリーニしか興味がなかったのです。)アバドのブルックナーで凄いのは、フレーズのひとつひとつが突然生き物のように動き出し、大らかな歌い出すように感じられる点です。野放図のスケール感はなく、いわば古典的解釈ですが、音楽的バランスは完璧だし、ひたすら美しいし、自然ないぶきにも欠けないし、まあ今のところこれがマイベストです。
S君
2007/12/22 19:32
ヤングのことも心に留めておきましょう。先日ミュージックバードで録音しそびれてしまいました。惜しいことをしました。図書館に出ないかなー(まあ無理かな)。私のブルックナーとのなれそめは仕事でした。昔オケマンでしたので。 まず4番で好きになり、それから8番を朝比奈さんで演奏するという幸運に恵まれ、決定的に愛好する作曲家になりました。8番のアダージョで涙が出ました。7年間のオーケストラ生活でこんなことは後にも先にもありません。
S君
2007/12/22 19:38
おっと、ディクトではなくアディクトでした(笑)。朝比奈さんの演奏もこの際、聴いてみましょう。この人はCDの人ではなく、実演の人だと思うのですが…。 とにかくスケールがでかい!温かく大きい宇宙的な音楽でした。その点、アバドとは正反対かな。
S君
2007/12/22 19:44
 子守男さん、お久しぶりです。憶えていてくださり、また、すばらしい記事をトラックバックしていただき、ありがとうございます。BCJのロ短調については、近々改めてそちらにもコメントさせていただきます。

 記事にも書きましたが、わたしの場合、ブルックナーに関しては、バッハのように集中して聴くというのでなく、響きや音のつらなりに、全身をゆだねる、という感じでしょうか。
 ブルックナーのシンフォニーには、すばらしいモテットや室内楽がたくさんできそうなほどのモチーフがふんだんに盛り込まれています。次々にあらわれるそれらのモチーフを楽しむのは、自然に身をまかせて、例えば登山などをして、景色を楽しむのにも似ているような気がします。
 だから、聴きながら居眠りするのも好きです。ちょうど草原などで昼寝しているような気分になります。さすがにコンサートではもったいないですけど。
Nora
2007/12/22 20:59
(つづきです)
 なんでもない経過句などにひそんでいる、そんな自分だけのお気に入りのモチーフをたくさん見つけるのも、ブルックナーを聴くコツだと思います。
 音楽がそこまでくると、わくわくしますし、それをどのように演奏しているかで、自分にあった指揮者かどうか、判断することができます。
Nora
2007/12/22 21:02
 S君さん。さっそくどうも。

> 8番を朝比奈さんで演奏するという幸運に恵まれ

 おおおおおお。これは、恐れ入りました。 
 わたしは、朝比奈さんが東京にいらっしゃったときは、大阪フィルに限らずに、あらゆる在京オケのコンサートにも行きました。
 やはり、8番が一番多かったので、もしかしたら、わたしも、S君さんの演奏を聴いて涙する幸運にめぐまれたかもしれません。というか、可能性はすごく高いです。感動です。
(いつの演奏かは、おっしゃらないでください。わからない方が、あれこれ想像できて、楽しいような気がします)

> この人はCDの人ではなく、実演の人だと思うのですが…。

 あはは。おっしゃるとおりですね。
 記事でご紹介したCDも、まあ、すばらしい演奏ですが、実演の感動とは次元がちがいます。
 この人は、指揮姿を舞台で見て、実際の音を聴いて、感動が何倍にもふくれあがるタイプの人ですね。CDは、ある意味、思い出のアルバムでしかない。
 だから、今、ちょっと、さびしいです。
Nora
2007/12/22 21:33
 ヤング、いいですよー。
 びっくりしました。ティントナーよりいいかもしれない。ぜひお聴きになって、感想を聴かせてください。
 なんとか、実演も聴きたいなあ。
Nora
2007/12/22 21:34
ヤングは2番が図書館にありましたので、さっそく借ります。

ところで2番といえば、先日子供を公園で遊ばせながらベンチに座って聴きました。落ち葉が風で転がる中、公園のそのベンチだけに陽が当たっていました。寒いようなあったかいような、2番はそんな曲だと感じました。特に冒頭のシンシンと雪が降るような出だしが好きです。そして何と言っても、あの美しすぎる第2楽章!ヨッフム/ベルリンフィルも良いですねー。
S君
2007/12/26 14:11
図書館でバレンボイム/シカゴ響のブルックナー全集がありましたので借りて聴きました。さっそく9番をかけましたが、う〜ん…。バレンボイムは嫌いな演奏家じゃないのですが、これはだいぶ若い時の演奏らしく、意欲がナマでかなり違和感がありました。9番はワルター/コロンビア響もわたし的には、はずれでした。あの薄いオケがどうも…。

ブルックナー9番でNoraさんのお勧めCDがありましたら教えてください。あと9番以外にもコレ!というのがありましたらぜひ!
S君
2007/12/26 14:18
 S君さん、どうも。
 冬の陽だまりの公園と2番、いいですねー。
 あの開始といい、アダージョといい、2番で早くも、ブルックナーは生涯の必殺技を確立してしまったような気がします。
 ヤングは、初稿の全集を目指しているようですが、2番はどうだったか。わたしもぜひ、聴いてみましょう。

 9番、実は苦手です。さりげなく爆弾発言してますが。(笑)
 すごい曲だというのはまちがいないのですが、他の曲にはたくさんある、わたしだけの「お気に入りの聴き所」が、なぜか極端に少ないのです。
 始めから終わりまで、すごすぎる、というか。
 特に、フィナーレがついてないと、ダメです。
 逆に言うと、フィナーレが付いてるCDは、みんな好き。特に、アイヒホルンと、アーノンクール。(→右URL欄→)
Nora
URL
2007/12/27 00:32
すごい爆弾発言ですね。でもわかりますよ(笑)。9番は「偉大なる自然」を超えて「神秘なる宇宙」まで行ってますからね(笑)。私は9番フィナーレが大好きで、あの厳かなコラールが鳴り響くと五臓六腑が感動にフルフルとしびれます。このまま死んでもいいかな、とも思います。というか、天国へ導きいざなわれるような音楽ですね。

ヤングの2番を聴きました。ちょっと私はダメみたいでした。ひょっとして3番は良いけど、2番はダメなのかもしれない。アイヒホルンには以前から期待しており、今度借りるつもりでしたので楽しみです!(アーノンクールもブルックナーは良いですね…爆弾発言)
S君
2007/12/27 17:11
ヤングの2番良いですねー!
今朝聴き直してみてそう思いました。この人のブルックナーは従来型の名演とは違う切り口です。だから一度聴いたくらいでは良くわかりませんでした。

まず、従来型ブルックナーと違い、細かくテンポが動きます。フレーズの最後でリタルランドがかかったり、クレッセンドとともにアッチェルランドされたり。フッと小さなタメがあったり…。 表情ももちろんこれに連動するように変わっていきます。ひとことで言うと「息づくようなブルックナー」ですね。単に女性的というんではないんですが…。 最初はこれにめんくらいましたが、慣れると実にナイーブで自然な感じがします。その点、インテンポで剛直なヨッフムあたりとは随分違います。
S君
2007/12/28 09:49
(つづき)それに、ヤングのブルックナーにはブラッシーな金管の咆哮がないように感じられます。でも、実際には金管の咆哮がないのではなく、常に弦のオブラートに包まれているので、そう感じるだけであって、決して壮大な盛り上がりに欠けるわけではないのです。結果、ドッシリと大きな音楽なのに優しい包容力があります。

とりわけ変わっていると感じたのは、時に音楽が止まる点です。でも調べてみると、これは初稿特有のゲネラルパウゼなのですね(改訂稿ではほとんどのゲネラルパウゼが削除されています)。ヤングはこれを忠実に生かしているのです。逡巡とためらい。ブルックナーの初期に特徴的な「無防備なまでの正直さ」が見事に現されていると思いました。

ヤングの演奏は従来のブルックナー観を変るようなインパクトがあります。この人、ただ者ではないですね。ぜひとも3番も聴いてみたいです。
S君
2007/12/28 10:24
 いつもはそんなにいそがしくない事務所も、今日は、大掃除等。やっと昼休みなので書いてます。
 明日からは、家でまた大掃除。あー、どこかに逃げてしまいたい。

> ドッシリと大きな音楽なのに優しい包容力があります。

 そうなんですよ!それが言いたかったのです。いつものことながら、漠然と感じていたことを、全部文章にしていただきました。ありがとうございます!
 ありそうで無かった感じですよね。けっこう理想の響きなので、感激しました。
 2番は、第1弾とのことで、多少手探りな部分があったのかもしれません。(まだ未聴)
 また、S君さんがはじめ感じた違和感は、初稿自体が持つ休止のせいかな、とも思ったので、コメントでお答えしようかな、と思ってたら、これも、御自分で気づかれたようで。ほんとに恐れ入りました。
 ヤングはワーグナー指揮者だそうで、3番では、もう「ヤング節」全開で、堂々とした音楽を繰り広げてます。
 ぜひお聴きになってみてくださいね。
Nora
2007/12/28 12:44
 アイヒホルンの9番フィナーレ、まだでしたか。
 例のコラール、すーーっごいですよ。ほんとに宇宙の彼方に行ってしまうかもしれませんが、帰ってらしてくださいね。
 アイヒホルン盤は、フィナーレがすごすぎて、1〜3楽章の記憶がほとんどありません。(笑)
Nora
2007/12/28 12:45
>いつもはそんなにいそがしくない事務所も、今日は、大掃除等。やっと昼休みなので書いてます。

お忙しそうですね。私は今日は仕事納めで凄く暇です(笑)。事務所といえば、経費節減のため来春、新宿から多摩の方に移転します。スペースは半分になるけど賃貸料は四分の一になるとかで社長は喜んでいます。私も殺伐とゴミゴミした都会が嫌なので凄くうれしいです。サンサンと陽の当たるキレイで明るい事務所だそうです。

真っ先に図書館を調べました(アハハ…)。移転のために遠くなって行けなくなる図書館が2地区。逆に行けるようになる図書館が2地区。2勝2敗で引き分けというところ。…アイヒホルンもありますよ(笑)。

思い起こせばNoraさんにご紹介いただいた図書館通いも一年半になり、すでに500枚ほど焼きました。とても感謝しています!
S君
2007/12/28 15:13
今朝はシノーポリでブルックナー5番を聴きました。すごく驚きました。何と明晰な演奏なのでしょう!原始霧の層まで見分けられる感じです。対位旋律のひとつひとつが生きて絡み合っています。第二楽章のフルートソロの独白でさえ独白にはなりえず、常にクラリネットや弦の対位旋律が寄り添ってくる。それは、すべてにわたってそうで、どんなに音楽が錯綜しても、すべての旋律が気味が悪いほどクリアに透視できるのです。

かといって各声部がバラバラかというとそうではなく、全部が一体化して、ひとつの生き物のようになっているのです。5番という怪異で巨大な美しい生物が、手足をそれぞれ様々に動かしながら、しかしひとつの総体として目の前に生きて躍動している感じです。あまりの芸術的面白さに耳が釘付けになってしまいます。
S君
2007/12/29 18:59
シノーポリのブルックナーは特異です。自然の景色が見えないのです。切り立つ岩山、山の冷気、神秘の森が見えてきません。そのかわり何が見えるか?それは、あくまで音楽的総体としてのオーケストラです。圧倒的に磨かれた音像が目の前に見えます。それは巨大で美しい「オーケストラ音楽」という生き物なんです。

かくしてシノーポリのブルックナーは、登山や自然といった副次的な楽しみから離れて、あたかもバッハやハイドンを聴いているような音楽的感興がわきます。シノーポリがブルックナーで表現したかったものは、「リズムと対位法」ではないのだろうかと思いました。これもまた素晴らしいブルックナーの表現ではあります!
S君
2007/12/29 19:05
 わたしが昔行ったのは7番でした。オケがウィーンフィルで、クラーバーのピンチヒッターということもあったのでしょう、いかにもわたし好みの、ひたすら美しいウィーンのブルックナーでした。
 5番ですか。おもしろそうですね。お書きになった感想を読んで、とても興味がわいてきました。残された遺産を、聴いてみることにしましょう。
 でも、こういう人は、年齢を重ねてどのように変化していくかが楽しみなのに、(例えばブーレーズやアーノンクールのように)早逝がほんとうに残念ですね。
Nora
2007/12/30 01:26
またまたブルックナーの話題です。最近、ものすごく気に入ったのはシューリヒトです(3番と9番)。この人の演奏は他の指揮者と全く違う。音楽が生きもののように呼吸しているのです。

よく聞いているとテンポが音楽の局面によって微妙に変わります。変わるというか、どんどんアクセルをかけていくような感じです。でも、そうであるなら速くなるばかりでしょうが、実際はそうではありません。どこかでゆるめているのでしょうね。ともかく、この息もつかせぬ「ドライブ感」は素晴らしい!音楽が推進力に満ちています。

それから、歌うフレーズでさかんにアクセントを効かせます(9番の第3楽章)。これが精悍な趣を音楽に与えます。シューリヒトを「枯れた指揮者」とコーホー先生はおっしゃっていますが、チト違うのではないかと思います。
S君
2008/01/15 13:52
ドライブ感といえば、この旅の間に聴いたラトルのハイドンにも似たものを感じました。

とにかく機械のようなインテンポとは正反対の世界。音楽のありようによって細かくアクセル&ブレーキがかかります。たとえば運転でも道路の状況によって細かい速度の変化があるように、音楽も状況に応じてテンポが細かく変わるのは当然ではないか、とさえ思うようになりました。ところが、ラトルのようにはっきりと、それをする指揮者はまれで、最近気づいた例では他にシューリヒトくらいです。

ともかく音楽が極めてヴィヴィッドで、斬れば血が噴き出すような「生きもの感」があります。この生きた音楽に比べれば、他の演奏家の音楽はどこか死んでいる感すらあります。
S君
2008/01/15 14:01
聴いたのはラトルの割と最近の演奏で、ハイドンの交響曲88番〜92番の2枚組(ベルリンフィル)。これは、私が今まで聴いてきたハイドンの交響曲演奏で間違いなく最高の1枚です。たとえば88番「V字」の第三楽章をお聴きください。相当きこしめしたハンガリーの農民たちが、それでも精一杯の伊達男を気取ってダンスをしている、その得意げな顔が目に見えるような演奏なのです。僕はこんなリアルな演奏を聴くのは生まれて初めてです。 

90番なども面白いですが、このアルバムの白眉は92番「オックスフォード」でしょう。演奏芸術はどこまで、世界の深さ、高さ、細やかさ、リアルさを表現できるのか、その限界を打ち破った演奏です。 …恐るべしラトル!
S君
2008/01/15 14:15
 シューリヒトは一時すごく夢中になりました。S君さんのコメントには無かった8番なども、よかったです。
 演奏は、正におっしゃるとおりですね。よく、イン・テンポ、とも言われてましたが、不思議でしかたなかった。(笑)
 でも、逆に、何十回も聴いていると、いろいろなことをやっているのがすべてわかってしまって、新鮮さがうすれてきて困ってしまいました。
 この人も、実演の人かも。

> たとえば88番「V字」の第三楽章をお聴きください。

 そんなこと言われても、ありまへんがな。(笑)
 さっそく図書館に行ってみます。

 さて、ハイドン、そのうち記事を書こうと思ってますが、とりあえず、また、ブルックナーを書いてしまいましたので、そちらもよろしく。
Nora
2008/01/15 22:40
シューリヒトはちょっと聴きにはインテンポですが、その実、非常に動的な感じがします。不思議です。わたし的には「ドライブ感」というしかないですね。

先日、ヘレヴェッヘの7番を聴きました。これも不思議な演奏です。脂気が抜けてさっぱりしたブルックナーです。当時はこんな響きだったのでしょうか?ここまであっさりやられるとメンデルスゾーンみたいで、ブルックナーらしくないですね。でも「ブルックナーらしさ」って一体何なのでしょう?そんなことを考えてしまう演奏でした。それはそうと、Noraさんの新しいブルックナーの記事はどこにあるのでしょうか。(まだ未掲?)


S君
2008/01/16 18:05
 ごめんなさい。
 昨日の夜、CDを聴きなおしたり、絵を描いてたりしてたら、止まらなくなってしまいました。一応、先ほどアップいたしました。
 ヘレヴェッヘ盤のことにも、ちょっとふれています。
 そもそも、まったくヴィブラートが無かったそうですから、こんな感じになるのでしょうけど、ほんとかいな、という気もしますね。
 まあ、わたしは、好きですけど。
Nora
2008/01/16 19:22

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クリスマスとブルックナー〜幻の「アダージョNo.2」(交響曲第3番)を求める旅・たどりついたところ ♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜/BIGLOBEウェブリブログ
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