♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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zoom RSS たまにはきちんと曲目解説・「いざ来ませ、異邦人の救い主」〜18(17、15)のコラール集+BWV62

<<   作成日時 : 2007/12/08 00:53   >>

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 みなさん、こんにちは。
 寒くなってきました。かぜがはやってますが、お体には気をつけてください。



 以前書いたとおり、ライプツィヒにおいては、アドヴェントの期間中、(待降節第2日曜日から第4日曜日まで)教会で華美な音曲を演奏することが禁じられていたため、
 これからクリスマスまで、ライプツィヒのバッハのカンタータは、お休みです。
 心静かに、クリスマスを待つ、ということなのでしょう。

 だとすると、バッハ先生、さぞ楽ができたのじゃないか、と思うかもしれませんが、
 決してそんなことはなく、クリスマス、新年に向けての準備で、大忙しでした。
 何しろ、クリスマスのお祝い(狭義)は3日連続で行われる上、広義のクリスマスは、年をまたいでずっと続くのです。
 春の四旬節同様、てんやわんや、カントルにとっては必要不可欠な「お休み期間」でした。

 一方、わたしはと言うと、毎週カンタータについて書かずにすんで、こちらはほんとうに楽なのですが、
 まあ、バッハを見習って、少し記事を書くことにします。



 アドヴェント。

 アドヴェント用のカンタータは、どれもこれも、名曲揃いですが、
 第2年巻(コラール・カンタータ)のBWV62も、コラール・カンタータを代表するような名曲の一つです。


 BWV62 「いざ来ませ、異邦人の救い主」


 もとになるのは、もちろん、ルターの待降節の名コラール、「いざ来ませ、異邦人の救い主」。


 第1曲

 いきなり、冒頭から、通奏低音がコラールのメロディーを奏し、さらに、他の器楽がそれをくりかえします。
 そもそも、細かくリズムを刻むオーボエとストリングスの動機からしてすでに、コラールの音型の変形。
 このように、合唱が登場する前から、音楽はびっしりとコラールに埋めつくされています。
 そして、いよいよ登場する合唱。
 各フレーズ毎に、ていねいに、技法の限りをつくした模倣が展開されます。
 いつものように、以上のリトルネッロ部分と合唱部分が繰り返される形で、曲は進んでいきます。

 音楽のいつまでも続く律動と、分厚くまったくスキの無いポリフォニーがあらわすのは、
 まるで、たくさんの人々が、これから起こる奇跡を目にするべく、大急ぎで駆けつけている様子、
 あるいは、全地が奇跡を目前にして、鳴動している様子、
 でしょうか。 

 古式ゆかしいコラールにふさわしい、古様式のコラール大合唱。


 第2曲
 
 極めて厳格な手法の前曲から一転して、バッハお得意の、明るく近代的な、テノールの舞曲アリアです。
 作曲手法は対照的ですが、明朗な気分は連続していて、ここでさらにふくれあがります。

 冒頭の飛び跳ねるようなダンスの音型、
 執拗にくりかえされるメリスマ、
 いずれも処女マリアの奇跡に対する驚愕をあらわしています。喜びとともに、びっくり、びっくり、といい続けているわけです。
 しかし、全体としては、どこかしっとりとした、やさしい美しさにあふれています。

 これも、ケーテンのこだまが聞こえる名舞曲。


 第3曲のレチタティーボ、

 第4曲の、オブリガート楽器とbcがずっとユニゾンを続ける力強いアリア、

 と、バスの曲が続いた後、
 いよいよ、この曲の核心とも言える音楽が登場します。

 
 第5曲

 デュエット(SA)のアリオーソ。

 淡い微光を帯びるような、神々しいストリングスをまとい、
 この曲で初めて女声(しかもデュエット!)が登場。

 短いレチタティーボながら、全曲中、もっとも美しい(とわたしが思っている)部分です。
 バッハの書いた、最高のレチタティーボの一つ、でしょう。

 淡くゆらめく燐光のようなストリングスの和音は、
 曲の最後に大きく広がり、
 この瞬間、光は、ついに全天に拡散します。
  

 そして、その光の中で、ルターの力強いコラールが堂々と全容をあらわし、前曲をしめくくります。


 
 ううん。いいですね。名曲です。
 格調高いもとのコラールの特徴を生かしきった、コラール・カンタータの名品中の名品だと思います。



▽ 寄り添うユリノキ。
  大好きな樹なので、ずっと撮り続けてますが、ついに、枝だけになってしまった。

画像




 さて、このカンタータの他にも、
 実は、このルターの待降節コラールに深く関係するオルガンの名曲があります。
 
 せっかくなので、今日は、この曲についても、ご紹介してしまいます。



 これまでに何度も書いてきたとおり、
 晩年、(というか、後半生の十何年もの長い期間にわたって)
 バッハは、ある意味カントルの仕事そっちのけで、やりたい放題、好き勝手なことをしていたわけですが、
 その中に、膨大な自作の編纂、推敲、出版活動があります。

 カンタータ等声楽・器楽曲の分野に関しては、オラトリオや、ロ短調ミサを頂点とする各ミサ曲、シュープラーコラール集、 

 クラヴィーア曲の分野に関しては、パルティータや平均律第2巻、ゴールトベルク、

 などなど。

 バッハが作品のおしまいに誇らしげに書き記したサインにちなみ、
 わたしは、勝手にこれらを、

 SDG作品群

 と呼んでいます。


 バッハがカントルの仕事を半ば放り出してくれたおかげで、
 これらの、正に人類の遺産と呼ぶにふさわしいような作品群が、わたしたちに残されたわけですが、

 バッハにとってもう一つの主要分野、見方によっては最も重要と思われる分野でもある、
 オルガン曲の分野においての、「SDG作品」が、

 18のコラール集

 です。

 わたしは、この曲は、ロ短調ミサや平均律第2巻とも並ぶようなたいへんな作品だと考えているのですが、
 みなさん名前くらいは知ってらっしゃるでしょうけれど、一般的にあまり演奏される機会が無く、全曲聴いた、という方は意外と少ないのでは、と思いますので、ここでちょっと概要や聴きどころ等を書いてみたいと思います。


 18のコラール集(ライプツィヒ・コラール集) BWV651〜668


 この曲集は、晩年に、相当長い期間をかけてとりまとめられましたが、ほとんどの曲に、ヴァイマール時代以前の原曲が存在することが確認されています。
 つまり、バリバリオルガンを弾いてその名をとどろかせていた頃の、思い出の曲たち、
 はちきれんばかりの輝きの満ちた青春の音楽を、
 最晩年の、前人未到の作曲技法によって研鑽しなおして、編纂した、
 という、最高のパターンの曲集なわけです。

 これがよくないはずありましょうか。

 小林義武先生の筆跡研究の結果、
 BWV651〜663が、1942年くらいまで、
 BWV664、665の2曲が、1946、7年!にまとめられたものと推定されます。
 残るBWV666、667が、弟子で娘婿のアルトニコル、最後のBWV668が無名氏による記入です。

 一般的には、BWV667までが、バッハ自身の意図によるもので、
(最後の2曲は、すでに楽譜が書けなくなったバッハにかわって、アルトニコルが口述筆記した)
 BWV668のあまりにも有名なコラールは後で付け加えられたまったく別の曲とされ、
 「17のコラール集」と呼ばれていますが、
 小林先生によれば、上記無名氏は、他ならぬバッハの娘、かつてコーヒー・カンタータのリースヒェンとされていた、エリザベート・ユリアーナ・フリデリーカである可能性もあり、
 そうなると、BWV666〜668は、娘夫婦による加筆としてまとめて考えるのが妥当であり、
 もともとは「15のコラール集」だった、ということになるのかもしれません。

 バッハは、シュープラー・コラール集等に続き、出版を念頭に置いていたようですが、それは実現されること無く終わってしまい、
 この曲集は、以上のように、バッハの全体構想自体がよくわからない、中途半端な状態のままで残されているわけで、
 それもあまり演奏されない理由の一つなのだと思います。

 でも、だからといって、この曲集を演奏しない、聴かない、というのは、あまりにももったいなさすぎる!
 なんと言っても、上記のように、他には類例の無いほどの、かけがえのない曲集なのですから。


 それでは、実際の音楽に耳を傾けてみましょう。

 これまで、バッハのオルガン・コラールについては、
 オルゲルビュッヒライン、と、
 シュープラーコラール集
 をご紹介してきました。

 例えば、カンタータに例えるなら、
 オルゲルビュッヒラインは、(ちょっと手の込んだ)終結コラール、
 シュープラー・コラールは、中間のアリア・コラール楽章、
 という感じでしたが、
 この18のコラール集は、カンタータの冒頭大合唱のオルガン版、
 と考えていただければ、まちがいないと思います。
 かんたんに言えば、コラールを素材にして、全曲が形成されている建築物。

 そして、カンタータの冒頭合唱がそうであるように、
 このコラール集の様式も千差万別、実にバラエティに富んでいて、
 正に、バッハのオルガン・コラールの集大成、コラールの百科事典、といった観があります。


 老巨匠ラインケンとのオルガン勝負?で、ラインケンの度肝をぬいたとされる、
 第2曲 「バビロンの流れのほとりに」 BWV653

 シューマンが、定旋律に施された装飾を「黄金の葉飾り」と絶賛し、
 メンデルスゾーンが、「このコラールさえ残れば生きていける」と語ったとされる、
(あれ、逆だったかな)
 第3曲 「装いせよ、わが魂よ」 BWV654

 バッハの「音楽言語」の集大成、ムジカ・ポエティカの極限の姿とも言える
 第15曲 「我らの救い主なるイエス・キリスト」(第2編曲) BWV665

 オルゲルビュッヒラインの若々しい珠玉のコラールに、自在の境地の加筆を加えて、
 さらに生き生きとして、輝きにあふれた、神品とも言える姿に昇化させた、
 第17曲 BWV667 「来ませ、創り主」 BWV667

 などなど、
 始めから終わりまで名曲揃いで困ってしまいますが、

 何と言っても、全曲の白眉、クライマックスは、

 冒頭ご紹介したコラール・カンタータ、BWV62でも使われた
 待降節のコラール、「いざ来ませ、異邦人の救い主」に基づく、
 3つのコラール編曲 BWV659、660、661


 と、それに続く、

 ドイツ語のグロリア、「いと高きところには神に栄光あれ」(クリスマスの讃歌でもある)に基づく、
 3つのコラール編曲 BWV662、663、664


 の6曲でしょう。


 有名な、BWV659、

 冒頭の、夜のしじまの響き。
 正に、待降節を象徴するかのようです。

 単に美しいばかりでない、淡い微光に包まれたような、超絶的な和音。
 
 来るべき夜明け、必ず訪れる夜明け、を待ち望む、夜の静かな鼓動、震え、さえもが感じられます。

 この曲は、ピアノ編曲でも知られ、例によってあのリパッティも愛奏していますが、
 この響きばかりは、オルガンでないと難しいかも。

 そんな、この世のものとも思えぬ響きの中に、あの古風な名コラールが、静かに溶け込みながら、滔々と流れます。


 待降節のコラール、
 BWV660、661、と編曲が進むにつれて、力強さが増していき、

 そして、
 やがて登場するのが、クリスマスにぴったりな、グロリアの3曲。

 
 まず、耳に飛び込んでくる、
 BWV662の、ワーグナーのパルシファルを予告しているとも評される、イ長調の不思議な明るさの響き!
 
 それから、シュピッタが「熱帯の色とりどりの花々が咲き乱れているかのようだ」と評したBWV663、

 バッハが書いた、最も美しくも清らかなトリオ楽章というべきBWV664。

 これら3曲の華麗さ、神々しさをあらわすのに、もはや言葉もありません。

 
 と、いうわけで、正に、待降節からクリスマスにかけて、
 今の季節にぴったりな、バッハの傑作オルガン曲。

 まだお聴きになっていない方、
 聴いたけど、どうも印象が薄かったという方は、
 ぜひ、この機会に、お聴きになってみてください。


 CDは、コープマンが、カンタータ全集の前に完成させた全集盤がすばらしい。

 まるで超一流のオーケストラが奏でる器楽曲のような演奏。
 この人は、いったい、何なのでしょう。すごい!

 合唱によるコラールもついてるので、コラールを聴いて覚えてから、
 変奏を楽しむことができます。


 全曲でなく、グロリアの3曲を中心とした抜粋になってしまいますが、
 東西の名匠、レオンハルトと鈴木さんの聴きくらべもできます。

 この2人のオルガンは、次元がちがいます。

 鈴木さんのオルガンやチェンバロも、ほんとうにすごい。
 本気で取りくんだら、誰もかなわないでしょう。
 レクチャーなどで、さらっと弾かれる断片等を聴いただけでわかります。

 BCJの始めの頃は、鍵盤奏者として、もっと集中して活躍してほしいものだと思ってました。
 今は、もちろん、カンタータを始めてくれて、ほんとうによかった、と、思って、一刻も早いカンタータ全集完成を、心から、応援しています。

 この2人の演奏で、曲集の核心であるグロリアだけでも聴けるのは、何て幸福なのでしょう!



▽ 公園の落ち葉と街灯。
  ほんとうは、アドヴェントらしく、雪景色でも使いたいのですが、
  東京ではそうもいかないので、雪のように降りつもった落ち葉の写真。

画像




 さて、最後に。
 もうすでに書いたことではありますが、コラールについて書いてきたので、ついでにもうちょっとだけ。
 別の待降節のカンタータ、BWV36も、やはり、上記ルターのコラールにちなむ、コラールの百科事典とも言うべき名作カンタータです。
 もとは、バッハ全盛期の世俗カンタータ、魅力あふれる舞曲アリアが並んでいるところに、晩年の大改作の折、上記ルターのコラールを中心にした、たくさんのコラール編曲をちりばめました。
 舞曲アリアとコラールから構成されている、めずらしいカンタータ。
 晩年のバッハの自由な精神のみが生み出しえた、名作中の名作です。
 BWV61、62のかげにかくれがちですが、ぜひ、お聴きになってくだい。

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
今回のNoraさんの記事もすごく充実していますね。ざっと読みましたが後で、じっくり読ませていただきます。それにしても、「シューマンが定旋律に施された装飾を『黄金の葉飾り』と絶賛し、メンデルスゾーンが、『このコラールさえ残れば生きていける』と語ったとされる第3曲 「装いせよ、わが魂よ」 BWV654は、私が最も愛するオルガン曲です。今朝はこのコラールを聴くとしましょう。ちなみに、私もバッハさえあれば生きていける人間です。
S君
2007/12/08 09:21
ところで、クリスマスが近づくと本当に心が躍りますね。幼児イエス・キリストは神様の愛の象徴だと思います。父なる神様とともに、天地宇宙万物を創造された偉大な神の御子イエス様が、弱い人間の姿をとって地上に下られたこと。その目的はただひとつ「死ぬため」だったのですから。イエス様以外に誰が「死ぬために生きる」ことができるでしょうか!これ以上の驚くべき愛はありません。 O Mensch,bewein dein Suende gross,Darum Christus seins Vaters Schoss Aeussert und kam auf Erden;おお、人よ、お前の罪が大きいことを泣け。そのためにキリストは父のふところから出て地上へと下られたのだ。
S君
2007/12/08 09:22
 S君さん。おはようございます。早速どうも。
 BWV654、ほんとうに美しいですが、18のコラール集は、他の曲も、どれも負けないくらいすばらしですね。
 なお、例によって、シューマン他の言葉は、まったくのうろおぼえで、著しく正確さを欠いている可能性があります。(笑)
Nora
2007/12/08 11:44
18のコラール、昔はヴァルヒャで良く聴いていました。ヴァルヒャはストップの選択がこれ以外は考えられないくらい適切で、端正で超然とした表現は宇宙の運行を感じさせました。

このところは、コープマンで聴いています。今朝もコープマンでした。テルデック盤ではなくそのひとつ前のノヴァーリス盤です。ヴァイガルテンのガーブラー・オルガンを弾いていますが、雄大で深遠な響きがします。彼のフレージングは生き生きと生命力にあふれ、音楽にキレとコクがあります。最上のバッハ弾きのひとりですね。

S君
2007/12/08 20:27
 コープマンのテルデック盤は、美しいのですが、楽器のせいか、録音のせいか、音が不安定に感じることがたまにあるので、わたしも曲によっては旧盤の方もよく聴きます。
 いずれにしても、よく考えたら、バッハのオルガン曲となると、わたしの場合、ヴァルヒャ、コープマン、アランなどの全集か、レオンハルト、鈴木さんなどのビックネーム以外はほとんど聴いたことないです。
 きっと、新しい魅力的な演奏もたくさんあるとは思うのですが、まったくわからないので、手が出ません。(笑)
Nora
2007/12/09 12:19
こんにちわ。
毎度もうしわけありませんが、こちらのページにリンクさせていただきました。
今回はBWV659です。上の素晴らしい文章を読めば読むほど、申し訳なく思ってしまうのですが・・・いつもすいません。

<追伸>
以前紹介していただいた「オルガン小曲集」の編曲版のCD、やっぱり買っちゃいました(笑)。最高でした。
たこすけ
URL
2008/07/16 12:50
 お。
 リンクのしかえし、じゃなかった、おかえしをしたら、こんなところにコメントが。
 今回は、また、チェロにぴったりですね。びっくりしました。すばらしい。今度あらためてごあいさつにうかがいます。

 オルゲルビュッヒライン、いいでしょう。
 たこすけさんのためにあるようなCDだと思い、早くお聴きになるように、ずっと念じ続けていた甲斐がありました。(笑)
Nora
2008/07/16 23:25

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