♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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zoom RSS 昇天節〜ひび割れた名品、再び・ロ短調ミサと薬師寺大伽藍(BWV37、128)+ダラダラした日常・4月

<<   作成日時 : 2008/05/01 11:44   >>

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 季節はすっかり初夏らしくなってきました。
 GW真っ只中、もうすぐ連休後半も始まりますが、みなさん、いかがおすごしでしょうか。


 あぶなく忘れるところでした。

 今日、5月1日(木)は、昇天節。

 カンタータは、
 1年目の定型カンタータ、BWV37
 2年目、ツィーグラー・シリーズのBWV128
 3年目のBWV43
 それから、カンタータではないですが、
 昇天節オラトリオ BWV11。 


 そして、さらに、今度の日曜日(5月4日)は、復活節後第6日曜日、ということになります。
 
 カンタータは、 
 1年目、BWV37に続く、最後の定型カンタータ、BWV44、(またまた、インスブルックのコラールが登場)
 2年目、ツィーグラー・シリーズ、BWV183
 以上の2曲です。


 過去の記事は、こちら



 昇天節のカンタータは、傑作ぞろいですが、わたしが特に愛する、

 カンタータ第37番「信じてバプテスマを受ける者は」 BWV37

 は、アリアの楽譜が不完全なため、何らかの方法で補完を行い、「復元」しなければ、実際に耳にすることはできません。
 わたしのように楽譜が読めない者でも、このすばらしい音楽に接することができるのは、正に復元のおかげです。
 バッハのカンタータには、実はこのような作品が意外と多いのです。

 これまでもさんざん書いてきましたが、
 わたしたちが普段普通に聴いている(いわゆる完全な形とされている)カンタータも、実は、めちゃくちゃに散逸してしまっていたのを、後世の研究者たちが、不断の努力によってとりまとめたものがほとんど。
 バッハ研究者の方々が、一曲一曲、膨大な時間と手間を費やして、ざまざまな作業、検証を行なっているわけで、
 わたしたちが今お気楽にカンタータを楽しめるのは、バッハ自身や、演奏家はもちろんですが、このような研究者の方々の努力の、長い長い積み重ねのおかげでもあるわけです。

 バッハのカンタータは、だからこそまだまだ欠落も多く、不完全な作品も存在するわけで、復元というのは、避けては通れない問題なのですね。

 復元、特に補完については、賛否両論ありますが、復元作品を聴くということは、バッハ自身の作品+バッハの作品に対する愛情に裏打ちされた、関係者全員の努力の結果、そのすべてを聴く、ということに他ならず、だからこそ、わたしは、復元作品を聴くということは、とても意義深いことだと思っています。
 もちろん、補完を含む復元作業にも賛成です。

 そもそも、かのロ短調ミサ曲自体、
 はたして、これは一つの作品なのか、
 もしこれがミサ・トータだとして、バリバリのプロテスタントのはずのバッハが書いた、この作品は、いったい何なのか、
 というところから出発して、
 気の遠くなるような時間と、大勢の研究者のたゆまぬ努力が費やされた結果、
 ようやく、現在のように、バッハの生涯の総決算、西洋音楽の最高峰の「作品」としての位置づけを獲得し、形が整えられ、演奏されるようになったわけです。
 つまり、究極の「復元」作、と言ってもよいのではないでしょうか。


 バッハの場合は、楽譜が失われてしまったケースが多いのですが、
 モーツァルトのレクイエムやミサ、ブルックナーの第9などの未完作品でも、同じようなことが言えるような気がします。
 この場合、どうしても第3者の補作が必要になりますが、それが無ければ、その音楽を音として聴くことはできない。
 モーツァルトのレクイエムやブルックナー第9フィナーレを聴けない、ということは、かけがえがない大切な宝物を失ってしまう、ということでしょう。


 昨年の記事では、そんな、「ひびわれた名品」と言うべき、このBWV37のアリアについて取り上げ、
 それに関連し、最後に、薬師寺の大伽藍をご紹介しました。
 これもまた、究極の「復元」作品。

 薬師寺伽藍の復元は、戦国時代に焼け落ちて以来の宿願を、1960年代から、40年近くかけて実現した、民意による大事業でした。

 ご存知のように、かつて薬師寺伽藍は、往時の絢爛さを完全に失いながらも、「凍れる音楽」東塔その他の残された建物が、流れ行く時代の中に厳然と立つ姿が独特の美を感じさせ、愛されてきました。
 東塔ただ一基が、ぽつんと川辺に佇む姿があまりにも印象的だったため、復元に関しては、賛否両論喧々諤々の議論が繰広げられ、
 また、当時の風景を知る方は、いまだにその美しさが心に焼き付いて離れないそうです。

 ただ、いずれにしても、最後の法隆寺宮大工、西岡常一棟梁を始めとする大勢の方の不断の努力によって、薬師寺大伽藍は、ついに「完全なる音楽」としての姿を取り戻しました。

(すべての伽藍の設計、監督をした、西岡常一棟梁は、まさにこの仕事のために、この世に残されていたような方でしたが、すべての完成を見ずに、亡くなってしまいました。)
 
 つまり、これも、とてつもなくスケールの大きな「復元」だったわけですね。
 

 だけど、そう言っている一方で、わたし自身も、
 長い時代の風雪に耐えているものの美しさ、
 滅びゆこうとしているものならでは、完全でないものならではの美しさ、
 に、強く惹かれるのも事実です。
 もし、薬師寺の以前の姿を、一目でもこの目で見ていたなら、もしかしたら、複雑な思いをしたかもしれません。
 先日の奈良旅行では、久しぶりに、わたしが心から愛する、「ひびわれた名品」の代表とも言える仏像の数々と再会することができたので、それらをご紹介いたしました
 これらの仏像は、おそらく、これからも、このまま、完全ではない姿であり続けることと思いますが、「完全な名品」に決して負けない、いや、それ以上の美しさを持っています。


 まあ、結局、どんな形であろうと、良いものは良い、ということ。 

 「復元」されたもの、と、
 「ひびわれた名品」そのままのもの。

 どちらも、それぞれの、かけがえのない価値を持っているのではないでしょうか。


 実にさまざまな工夫によって、実際に耳にすることができるBWV37のアリアをお聴きいただきながら、
(ほんとうに各CDによって、まったく異なるので驚いてしまいます)
 これらの記事もご覧いただければうれしいです。



 このBWV37BWV11(オラトリオ)を始めとして、昇天節のカンタータは、ほんとうに傑作ぞろい。
 
 今日は、もう1曲、2年目・ツィーグラー・シリーズの、BWV128も、かんたんにご紹介しておきましょう。

 カンタータ第128番「ただキリストの昇天にのみ」 BWV128

 昇天節は、初夏にふさわしい、明るく晴れやかな大祭日ですが、その日のためにバッハが用意したカンタータは、明るさの背後に、別れのさみしさ、せつなさのようなものがひしひしと感じられるものばかり。
 このBWV128も、フル編成のオーケストラによる大作ながら、なぜかしっとりとした情感が印象的な、昇天節のカンタータを代表するようなすばらしい曲です。


 冒頭合唱は、2本のホルンと3本のオーボエが活躍し、十分華やかなはずなのですが、何度もくりかえされるせつない動機が胸に迫りますし、
 第3曲のトランペットのファンファーレも、なんだかジャズの即興みたい。
 そして、歌詞からすると、次はいつものように、喜びの舞曲でも炸裂してよさそうなのに、ここで登場するのが、心にしみいるロ短調のデュエット!
 このデュエットが、ほんとうに、すばらしい。
 バッハも気合が入ってますし、(ロ短調がその証拠)
 あまりテーマが美しいので、レーガーか誰かがこれをもとにピアノ曲を書いていたような気がします。(わたしは聴いたことない)

 このデュエット、歌詞もすばらしいものです。女流詩人、ツィーグラーの、面目躍如。

 と、いうわけで、実に、昇天節ならでは、の、名曲だと思います。
 ぜひBWV37と合わせて、ぜひお聴きになってみてください。


 ちなみに、この曲をしめくくるコラールのメロディーは、
 4声コラール「おお神よ、汝、義なる神よ」 BWV398
 のメロディーで、
 様々なコラールの定旋律として使われる、わたしの大好きなものです。
 全編せつなげなBWV128は、この旋律のコラールで力強く結ばれます。
 この賛美歌は今後も、度々登場します。



  *    *    *



 おまけ。
 最近撮った写真を中心に。
 昨年6月以来久しぶりの、ダラダラとした日常についてのダラダラとした記録です。



 近所の公園の新緑。

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 この公園は、隠れたつつじの名所です。
 施設と一体化したような、人工的な感じがすごいでしょう。
 もうほとんど終わってしまった。

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 ハナミズキも多い。この花はほんとうに美しい。
 もうすっかりおぼえました。この前の写真は、咲き始めだったようです。

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 そう言えば、そろそろ今年も、ゴーヤを植えなければ。



 ゴーヤと言えば、スーパーや八百屋の店頭に、安いゴーヤやナーベラーがどんどん出始めました。

 さっそく、ナーベランブシーをつくりました。
 以前書いた、ゴーヤンブシーのレシピの、ゴーヤを、ナーベラにかえれば、だいたいOK。
 ンブシーは、ナーベラの方があうかも。

 ナーベラーは皮をむいて輪切りにし、水につけて、アクをぬく。皮は食べるには固いので、残さずきちんとむく。

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 各デパートの物産展も、今がピーク。



 全国 味の逸品展、再び。


 イートインのラーメン、後半は、中村家にかわって、井出商店の和歌山ラーメンでした。
 濃厚なしょうゆとんこつスープ、かまぼこ入りなのが特徴とのこと。
 ごはんのおかずにして食べることが多いらしい? 

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 後半には、その他、巨大佐世保バーガー等も登場。

 巨大と言えば、バケツプリン(前半出店)を見られなかったのが残念。
(購入して食べるかどうかは別にして)
 


 初夏の大北海道展


 とにかく、すさまじい人気で、すっごい人でしたが、果敢にチャレンジしました。


 ものすごい行列の果てにようやくありつけた、前半のイートインのラーメン、
 道外初出店、(こういうのに弱いのだ)札幌・凡の風の、塩。

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 今回の主な収穫。
 左、有名な蟹工船のかに豪快弁当。かにの形に切られたバラン?がかわいい。

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 一番、おいしかった、札幌・忍月ガーデンのあわびごはん。↓

 ごはんは、酢飯でなく、あわびだしの炊き込みご飯。
 あわびの他に、種類(値段)毎に、いくら、かに、うになどがのっている。

 わたしが買った時は、閉店間際のタイムサービスということで、いくらを、さらにどさっどさっどさっと山のようにのせてくれた。
 いくらであわびが見えなくなってしまったので、写真も、いくらを少しどけて撮った。
 のせてくれたときは、悲鳴をあげるほどうれしかったが、
 食べて見ると、いくらが多すぎて、ほとんどいくらの味。(笑)
 これはこれで幸せ。

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 全国味の逸品会(池袋西武)は、すでに終了。
 初夏の大北海道展は、〜5月6日(火)まで。連休いっぱい続きます。
 体力、気力ともに自身のある方は、ぜひ。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ひび割れた名品「BWV37」と薬師寺の大伽藍の対比面白かったです。
私が修学旅行で行ったときは東塔がぽつんとだったのかしら。忘れてしまいましたが、高田後胤さんが私たち学生に説教していた姿だけは印象に残っています。
先日行ったときは立派に復元されていましたね。
西岡常一さんの本も感動して読みましたが、その想いをこの伽藍にみるべきだったのですね。何事も後の祭りですが、でもこうしたことを知り得ただけでも私にとってはすばらしことです。
ありがとうございました。
今年もゴーヤ頑張ってください。
tona
URL
2008/05/05 08:49
 tonaさん、こんばんは。
 tonaさんは、復元前と復元完了後を、両方ご覧になっているのですね!それこそ、すばらしいことだと思います。
 薬師寺には、何度も訪れていますが、すべて復元の途中で、復元がすべて完了した姿は、まだ一度も目にしていません。
 この前の旅行では絶対に行こうと思っていたのですが、日光月光菩薩が、行き違いで東京に行ってしまっていたので見送ることにしました。
 今度、真に完全な姿を見るのを、楽しみにしたいと思います。

 ゴーヤ、ちょうど今日、プランターに植えました。
 まだ、つるも出ていないので、室内です。去年はまあまあの作柄でしたが、さて、どうなるでしょう。
Nora
2008/05/05 23:09

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