♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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zoom RSS アバド(とマーラー)を、すっかり見直す。その他、もろもろの今月のCD+三位一体節後第4日曜日

<<   作成日時 : 2008/06/13 09:18   >>

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 こんな風に、一人の指揮者について何か書くのは初めてです。
 しかも、クラウディオ・アバドについて書くなど、自分でも予想だにしていませんでした。


 以前書いたとおり、わたしは、クラシックも何もかもまったくわけがわからない頃、偶然FMで、アバドの指揮するウィーン・フィルの、「交響曲第3番アダージョNo.2」の世界初演を聴いて、ブルックナーにのめりこみました。

 それ以降、クラシック音楽をちょこちょこ聴くようになりましたが、
 そのころは、まだカラヤンやバーンスタインなどが現役で、その他にも、個性あふれ、スケールの大きな、ある意味強烈すぎるほど強烈な、ちょっと恐い指揮者たちがバリバリ活躍しており、それに比べると、アバドやハイティンクなどは、豊かな才能は感じさせるもののいかにもこじんまりとまとまった感じがして、それほど注目することはありませんでした。

 特にアバドは、グルダとのモーツァルト・ピアノコンチェルトの共演など、大好きな名演はいくつかあったものの、
 その後、ものすごく期待していたベルリン・フィル常任就任後の演奏がちょっとしょぼかった(当時のわたしの耳には)こともあって、はっきり言って、それほど好きでない指揮者の一人、になってしまいました。

 その後、わたし自身も一般のクラシック音楽をあまり聴かなくなり、
 最近は、アバドも病気をしたりして、その動向がほとんど伝わらなくなってきて、
 わたしの頭から、アバドの名はすっかり消え去っていました。


 アバドの名前がわたしにとって親密なものになってきたのは、今年になってからのことです。
 S君さんやmyさんなどから、アバドのブルックナーは良い、というコメントをいただき、昔のウィーン・フィルとの4番や7番を聴いてみたところ、これが実にすばらしい!

 オケがウィーン・フィルということもあるとは思いますが、そのウィーン・フィルの最上の美質を、定評あるベームの名盤と同様、あるいはそれ以上に引き出した、のびやかさと繊細さを併せ持った理想的とも言える演奏でした。

 しばらくの間、ラテン的とも言えるくらいに明朗な、この美しい演奏に、どっぷりとはまりこみました。

 いつもの食わず嫌いで、このような名演に気がつかなかったわたしは、ほんとのマヌケです。
 そう言えば、わたしをブルックナーの世界に導いてくれたのも、他ならぬアバド&ウィーン・フィルだったんだな、と、あらためてしみじみと思い出し、アバドさん、すみません、と心からあやまりました。
 この前の「ブルックナーの愛聴盤」の記事にも、ちゃっかり入れさせていただきました。


 と、いうわけで、アバドについては、つい最近になって、この人は、ほんとうに才能あふれる人だったんだな、と、思い知ったわけですが、
(読んでる方からすれば、今さら何を言ってるんだ、こいつは、と、お思いでしょうが)

 そんなこんなで、
 ちょうどその他の演奏もいろいろと聴いてみたい、
 と、思っていた矢先のことです。

 つい最近、rbhhさんのブログで、アバドの最新ライブの映像を拝見させていただきました。

 昨年真夏のルツェルン音楽祭のライブ、曲は、マーラーの交響曲第3番です。

 You Tube の映像だったこともあり、この時は感想等書かなかったのですが、画質、音質、ともにあまりよくない映像ながら、すでにただならぬものを感じてはいました。

 そしたら、折りしも先週の月曜日早朝。(未明)

 NHKBSで、このライブの実況を放送したので、あわてて、全曲、きちんと観てみました。
 (もちろん録画して)

 驚きました。心の底から感動し、愕然としました。

 わたしが見る限り、アバドは、いつの間にか、とんでもない大指揮者になっていました!
(何を今さら、と思われる方、ほんとうにごめんなさい)


 そもそもわたしはマーラーのシンフォニーが苦手で、3番などもほとんど聴くことがありませんでした。

 第1楽章の夏の行進曲や、中間の声楽付の楽章、最後のうっとりするほど美しいアダージョなど、なかなか、というか、かなりよいとは思うのですが、
 全体的にいくらなんでも長すぎ、全曲のコーダなども、ちょっと大げさすぎる気がして、ついつい遠慮してしまっていたのです。
(じゃあ、ブルックナーはどうなんだ?というつっこみは置いといて)


 それが今回、聴き始めたとたん、画面に釘付けになり、時を忘れて夢中になり、気がついたら、もう最後のコーダになっていた。
 これは、もう、曲のよさとアバドのよさが、見事に一つになった結果でしょう。


 冒頭楽章、夏が、まぶしい真夏が、悠々と押し寄せてきて、その瞬間、身も心も巻き込まれてしまったかのようになって、
 それ以降、美しいシーンが次々と現れては消え、現れては消え、
 いつの間にか、早くも、あの陶然とした、夢見るようなアダージョ、
 ああ、終わらないで欲しい、いつまでもこうしてこの音楽に包まれていたい、という願いもむなしく、コーダ、
 と、いう感じ。


 そして、そのコーダ、前述のとおり、かなり大げさなコーダで、わたしは、正にこの部分こそがちょっと苦手だったのですが、ここでのアバド、ほんとうにすごかった。

 たいていの指揮者は、これでもかこれでもか、とオケをあおり、自分自身も髪を振り乱して興奮して(髪のある人は)、見ていて思わず恥ずかしくなってしまうようなところですが、
 アバド、音楽が高揚するにつれ、表情が静かに、やさしくなっていきます。
 どんどんどんどん、やさしくなっていきます。
 ひょっとしたら、単に疲れてしまっただけか。そんなことないな。

 ここでのアバド、まるで、日向で幸福そうに微笑む老人みたい。その静謐な瞳で、楽団全員を見渡し、的確な指示だけを与えます。
 すると、不思議なことに、楽団員の方は、どんどんどんどん白熱していき、すさまじい演奏をくりひろげる。
 いかにも、アバドのもとで指揮するのが幸せでたまらず、その指示にひっしに応えようとしているかのよう。
 そうして、熱演が熱演につながっていく。加速度的に。

 実に悠然としたテンポの、この世のものとも思えない壮絶なコーダ。

 最後の一音が完全に消えるまで、アバドは穏やかな表情で、オケ全体を見渡し続けていました。

 そして音が完全に消え去ってから、すべての演奏を無事終えたことを感謝するかのごとく、手を祈るように組み合わせて、まるで泣きそうな顔で、しばらく目を閉じてから、ようやくゆっくりと手を下ろしました。

 その間、かなーり長い間、オケも客席も、しん、としずまりかえったままです。
 永遠とも思える時間。

 それから、ようやく、地鳴りのような拍手が湧き起こりました。


 このありさまは、今ではもうめったに見ることができない、まごうことなき大演奏家のコンサートならではのもの、と言っていいのではないでしょうか。

 アバドは、今や、きっと、一つ一つの演奏を、かけがえのない一期一会、一生一度のものと考え、大切に大切に指揮しているのでしょう。
 最後の感謝の表情が何よりもそれを物語っています。
 そんな演奏がすばらしくないわけありません。

 97歳で力尽きるまで、いつも、決して微動だにしない巌のような精神力で、ブルックナーの大曲を指揮し続けた、朝比奈さんを思い出してしまった。


 そして、今、心の底から願うのは、
 現在のアバドによる、渾身のブルックナーを聴いてみたい、ということです。
 どうだろう。あまり、興味ないのかな。

 
 
 と、いうわけで、アバドをすっかり見直してた、というか、アバドに夢中になってしまったわたしは、
 さっそく、何か、アバドのCDを購入してみることにしました。

 ありました、ありました。
 今年は、カラヤン100歳で盛りあがってますが、アバドも75歳の記念と言うことで、CDがけっこうリリースされてました。

 何と、モーツァルトの交響曲集を買ってしまった。ワルター&コロンビア以来かもしれない。(いつのことだ?)
 これを、今月のCD、一押しの1枚、ということにします。


 モーツァルト 交響曲選集(第29、33、35、38、41番)

        クラウディオ・アバド指揮、モーツァルト管弦楽団


画像



 アバドが手塩をかけて育てている若いオーケストラ、その名も、モーツァルト管弦楽団による最新盤です。
 今回は、何と、あのカルミニョーラも、コンマスとして友情参加。
 カルミニョーラがソロの、Vnコンチェルト全集も同時リリースとのこと。

 前置きがあまりにも長くなったので、かんたんにすませますが、
 ちょっと聴くとまったくなんでもないようなのですが、あのグルダとの超名演や、ワルターの最後のコロンビア録音などを彷彿とさせるような、幸福感いっぱい、楽しさいっぱいの演奏だと思います。
 小編成オケの響きも、とびっきり瑞々しく、鮮烈。
 少し前に書いた、レオンハルト大先生と、若いカフェ・ツィマーマンとの共演を思い出してしまった。
 「魂が震撼するような凄絶な表現」など、どこにもないかもしれませんが、アバド、ここでは、はなからそんなものは目指していない。
 このような音楽は、これでいいのだ!(と思う)
  
 曲も割りと好きな曲ばかりだし、わたしは、モーツァルトの交響曲は、これがあれば、もうしばらくは何もいりません。


 写真右は、75歳記念CDの、マーチ&舞曲集。アバド自身の選曲によるアンソロジーだそうです。
 たまったポイントがあったので、この笑顔にひかれて、ついでにゲットしました。
 ああ、いい笑顔だ。 
 この手のCDは初めてでしたが、内容も、むちゃくちゃ楽しかった。
 モーツァルトのそりすべり、いいですよー。



 マーラーの3番も同時に見直したので、購入しました。(持ってなかった)
 ハイティンク&シカゴ響、今や世界最強コンビのライブ。


 マーラー 交響曲第3番

        ベルナルド・ハイティンク指揮、シカゴ交響楽団


画像



 始めに書いたように、ハイティンクも、はじめ過小評価していた一人でしたが、
 その後、ウィーン・フィル他とのブルックナーの名演等に接して、
 (このブログでも何度も書いてきたように)ハイティンクの方は、かなり以前から、すでに一生ついていく覚悟は決めています。
 今、現役では、ヤルヴィおじいさんとともに、もっとも好きで、心から信頼している指揮者です。

 最新ライブはほとんど聴いてますが。これは、曲が曲だけに聴かずにいたもの。

 もちろん、たいへんな名演。
 それにしても、シカゴ響、すさまじい。
 まぶしい、まぶしすぎる!
 もう、何の言葉もいらないような、圧倒的な迫力の、アバドのライブに十分迫るような演奏だと思います。
 映像が無いせいか、最後がやはり、ちょっと照れくさかったけれど。
 そのあたり、もしかしたら、現時点では、アバドの方が、ひとつひとつの演奏にかけているものが大きい、ということでしょうか。

 ただ、いずれにしても、この人は、何の奇もてらわない堂々とした正攻法で、ブルックナーもマーラーも、立派にこれ以上ないくらい響かせるのだから、もはや、真の大家と言っていいな。


 それから、
 この3番のフィナーレ、アダージョですが、ほんとうに、すばらしい。
 ただ滔々と、美しいメロディーを歌い続ける曲、というイメージがあったのですが、
 このハイティンク盤や、それからアバドの演奏を聴き、実は、対位法的側面にもものすごくこった、実に見事な音楽だということがわかりました。
 ここまで来ると、これはもうわたしの領分の音楽、と言ってよい。
 聴けば聴くほどおもしろい。30分など、何でもありません。(笑)



 モーツァルトとマーラーだけではなんなので、最後に、ブルックナーを1枚。


 ブルックナー 交響曲第4番 

        シモーネ・ヤング指揮、ハンブルグ放送交響楽団


 以前の記事で、大絶賛したシリーズの続編。
 この録音の演奏会は、わたしがヤングを知るきっかけになったものなので、リリースを楽しみにしていたCDです。
 その後ヤング初体験となった3番のCDの時のような衝撃は、さすがに薄れましたが、(もともと、4番の場合、第1稿は、3番の場合ほどおもしろくない)
 でも、堂々とした名演であることに変わりありません。
 (上記のように)基本的に、4番の場合は、最終稿のほうが断然すぐれているような気がしますが、(フィナーレなんか特に)
 これまで気がつかなかったような美しいシーンを、次々と目の前に繰広げてくれてくれていることにも、心から感謝したい。
 特にスケルツォなどはまったくちがう音楽なので、それを聴くだけでも価値あり。
 ふくよかで実に大らかな、何よりもとびっきり美しい「ロマンチック」。
 これから、どんどん後期の曲に入っていきますが、はたしてどんな演奏を聴かせてくれるのか、全集完成がとっても楽しみ。
 ああ、できれば一度、生ヤングが聴いてみたい。



画像




  *    *    *



 忘れるところでした。
 最後になってしまいましたが、
 今度の日曜日は、三位一体節後第4日曜日。

 カンタータは、

 初期のBWV185
 第1年巻のBWV24
 第2年巻のコラールカンタータはありませんが、
 後年補完のテキスト・カンタータの名品、BWV177があります。


 おー。名曲ばかりだ。しまった。何か書けばよかった。
 かわりに、過去記事、見てください。こちら


 名作BWV24がいいのはもちろん、BWV177も、この前ちょっと書いた、テキスト・カンタータの名品です。真ん中に連なるアリア、すばらしい!



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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちわ。
モーツァルトの29番は大好きです。極端に言えば29番とレクイエムがあればモーツァルトはいいかな、というくらいに。あ、でもピアノ協奏曲の20番も。いや、魔笛も・・・(笑)。
アバドがベルリンフィルをふった29番のビデオ、もう20年位前のやつらしいですが、がウチにあります。残響を結構大きくとっていてそれがいまいち好みではないのですが、アバドの指揮っぷりと幸せそうな表情は堪能できます。素人にもわかりやすいと言うか、見ているとつい嬉しくなってニヤニヤしてしまいます(笑)。
そんなアバドとモーツァルトの29番と、加えてカルミニョーラ(!)ですか。たまらんですね、これは。
またまた素晴らしいCDの紹介で、ありがとうございます。

追伸:バイクの記事の写真差し替えました。アドバイスありがとうございます。
たこすけ
URL
2008/06/13 10:26
 たこすけさん、どうも。29番、いいですねー。

> 極端に言えば29番とレクイエムがあればモーツァルトはいいかな、というくらいに。

 モーツァルト、わたしは別に何も無くてもよかったのですが、この頃は成長して、まあ、あってもいいかな、と、思うようになりました。
 アバド、まるで解脱してしまったかのようで、すごいですよ。前からこうだったのかな。
 カルミニョーラとのコンチェルト集には、VnとVaの二重協奏曲も収録されていて、この曲は意外と好きなのでぜひ聴いてみたいのですが、ちょっともう手が回りそうにありません。

 写真ははじめ、めんどくさいなあ、と思って、超巨大写真をそのままのせていたのですが、容量がどんどん減ってきたのであわてて修正するようにしました。
 ウェブリの記事ですが、ここにいろいろとかんたんな方法がのってました。(右URL欄)
Nora
URL
2008/06/14 00:10
>アバド、まるで解脱してしまったかのようで、すごいですよ。

そうですか。アバドは大病から復活して、何かふっきれたものがあったのでしょうか?

僕自身はアバドは好きな指揮者の一人で、ブルックナー(ただし僕は4番、7番のみ評価)は言うに及ばず、シューベルトやモーツァルトも素晴らしいと思います。ベルリンフィル時代はおおむね不評ですが、でもモーツァルトなどは柔軟で新鮮な価値観を生み出しており大好きです。グルダとのピアノ協奏曲も素敵ですね。グルダは「退屈だった」と言っていたそうですが、これはまあ、アバドの人間的なまっとうさ、善良さの現れだろうと解釈しています。僕は4曲とも(グルダともども)最高の名演だと思います。

モーツァルト管弦楽団との最新の演奏も良さそうですねー。それからお隣のCDジャケットの表情の良いこと!



S君
2008/06/14 17:31
ヤングは4番も出しましたか。これは興味深いです。ぜひ聴いてみたい! ところで、僕は最近、今まで苦手だった4番に開眼しました。それは、エノッホ・ズゥ・グッテンベルク/クランク・フェアヴァルトゥング管弦楽団を聴いたことがきっかけです。

グッテンベルクはマタイなどでも賛否両論の渦巻くユニークな解釈が印象的でしたが、このブルックナー4番もレーヴェ改訂版の採用だったり、またそれ以上にノンヴィブラート奏法がとても斬新で、ある意味、実に変わった演奏ではあるのですが、僕は清らかな表情(とくに第二楽章)のチェロの歌に心底惹かれました。

厚ぼったい対位法の織物ではなく、透明でシューベルティアンなロマンティシズムが強調されているところに、この4番の魅力と秘密を教えられた気がします。たとえば、普通だと押しの一手で強調されるオスティナートも、グッテンベルクはひとつひとつ微妙なデクレッシェンドをかけるので、波が繊細にひたひたと打ち寄せるような趣があったりとかで、聴いていて気持ちが伸びやかになる演奏です。
S君
2008/06/14 17:37
補足です。

クラング・フェアヴァルトゥング管弦楽団とは、ベルリン・フィル、ミュンヘン・フィル、バイエルン国立歌劇場、シュトゥットガルト州立歌劇場ほか、ドイツ有数の団体から、グッテンベルクの音楽に惚れ込んで集ったメンバーによって構成されたスゴ腕オーケストラだそうです。さもありなん!奏者の演奏レベルが極上です。昨夜もゆっくり聴き直してみました。レーヴェ改訂版ということでしたが、どう聴いても普通の版と変わったところがなく、調べてみるとブックレットの記載ミスで、実際はハース版で演奏されているようです。

まあ、しかし、誰にでもお勧めできる一般的な意味での名盤ではないので念のため。
S君
2008/06/15 10:14
もちろんアバドはマーラーも良いですね。あれは昔のウィーンフィルとの盤ですが…。アバドはブルックナーの新録音をぜひ期待したいですね。

>そして音が完全に消え去ってから、すべての演奏を無事終えたことを感謝するかのごとく、手を祈るように組み合わせて、まるで泣きそうな顔で、しばらく目を閉じてから、ようやくゆっくりと手を下ろしました。

祈るように、というより実際に感謝の祈りをしていたのではないでしょうか。
S君
2008/06/15 10:17
 S君さん、こんばんは。
 本文にも書きましたが、マーラーのライブを見たりライブCDを聴いたりした限り、アバドは、一回一回の演奏を、それっきりのもの、かけがえのないものとして、たいせつにしているように思います。
 それが病気を経験したせいかどうかはわかりませんが、そのようにして生きている人は、とても強く、そして信頼できると思います。
 演奏にもそれがにじみ出ている気がします。これから、どのような演奏を聴かせてくれるのか、ほんとうに楽しみです。
Nora
2008/06/15 19:52
 グッテンベルクの情報、ありがとうございます。これはもう、即購入します。(笑)
 グッテンベルクは合唱曲の指揮者、みたいなイメージだったのですが、こんなCDを出したんですね。
 コメントを読ませていただく限り、オケ、解釈、ともにあまりにも魅力的で、すぐにでも聴いてみたいですが、わたしはリヒターやヘレヴェッヘのブルックナーも好きなので、そういう意味でも、大いに期待しています。

 4番の第1稿は、もとの音楽自体が、初めて聴くとちょっと拍子抜けですね。
 3番と同じものを期待するとがっかりするかもしれません。終楽章なんかは、最終稿はあれだけりっぱなのに、あれ、これで終わっちゃうの?って感じ。でも、ヤングはなかなかおもしろく聴かせてくれて、やはり、スケルツォなどが聴きどころです。
Nora
2008/06/15 20:11
4番に開眼したようで、昨夜はラトル/BPOを聴きました。以前、ハイドンに比較してブルックナーはダメだとか、さんざんけなしたやつです。聴き終わった感想は、「ごめんなさい!」でした。僕はいったい何を聴いていたのか。こういう経験をする度に、自分の耳のふがいなさを恥じ入るばかりです。

特にフィナーレが圧巻でした。この楽章の第2主題は聴いていていつもちょっと恥ずかしくなるのですが、ラトルだと全然そんなことがありません。それは主に適切なテンポと表情のおかげなのですが、非常に素晴らしいテーマにきこえます。
S君
2008/06/16 13:21
続き

ラトルはこの第2テーマをひとつのキーとして扱います。つまり、第一主題とのコントラストと同時に、この上ないマッチング感を演出しているのです。そうして構成された演奏は音による大河ドラマそのもので、手に汗握るドライブ感と、その反面、ちゃんと感涙を誘うような圧倒的山場にも欠けません。(それは弦による第2主題がアクセントの付いたデタッシュで表現される所ですが)

ところが、ラトルが凄いのは、それが決して計算尽くではなく、あたかもライブのような感興の高まりと自然な流動感に満ちている所なんです。いや〜ラトルという人は、実にしたたかにして偉大な指揮者ではあります。
S君
2008/06/16 13:22
 S君さん、こんにちは。
 わたしたちは、ほんとうに、「ごめんなさい」が多いですね。(笑)
 でも、納得なさるまでお聴きになるところが、S君さんのすごいところで、わたしは、アバドを、第1印象だけで×にして、とんでもなく長い間聴きもしなかったです。
 ほんとうに、ごめんなさい、です。
 ラトルについて、わたしは、以前、S君さんのご意見に対し、記事の中で一応擁護してるみたいで、よかった。(笑)
 くわしい聴きどころを書いてくださってありがとうございます。
 早速そのあたりをポイントにして聴きなおしてみます。
Nora
2008/06/17 10:01

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