♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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zoom RSS 音楽の王・ルブロワットの神髄に触れた!〜バッハ源流の旅・特別編【顕現節後第3日曜日】

<<   作成日時 : 2010/01/21 22:42   >>

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 今度の日曜(1月24日)は、顕現節後第3日曜日。

 カンタータは、
 第1年巻のBWV73
 コラール・カンタータのBWV111
 後期(3年目)のBWV72
 さらに後期(1729年)のBWV156
 の4曲です。

 BWV156は、おなじみ「冬のラルゴ」で始まる後期の名作。

 過去記事は、こちらこちら



 * 1月24日追記

 今年は、コラール・カンタータのBWV111と翌年のBWV72を聴きました。
 どちらも親しみやすいコンチェルト風の合唱で開始されまりますが、BWV111の合唱が引き締まって結晶化したような印象なのに対して、BWV72の方は、おおらかに、世界中に広がってゆくような雰囲気。
 どちらも良いアリアがそろっていて、聴き応え満点。




  *    *    *    *    *    *



 今回は、久しぶりの「バッハ源流の旅」シリーズ。

 フランドル楽派の巨人たちについて、デュファイとオケゲムに関しては、これまでしつこいくらい書いてきましたが、 ジョスカン・ルブロワット(デ・プレ)については、ほとんど触れてきませんでした。

 今回は、たまたま、ジョスカンのすばらしいコンサートに行ったので、「バッハ源流の旅」の特別編として、その時の感想を中心に、ジョスカンのことを少し。



▽ 「音楽の支配者」、ジョスカンの有名な肖像画
  音楽史に興味を持ち始めた頃、おぼえるために、「ターバン」と呼んでいた。なんて畏れ多い・・・・。

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 1月19日(火)

 立教大学大学院キリスト教学研究科開設記念コンサート

 「フェラーラのジョスカン」

  ジョスカン・デ・プレ ミサ「フェラーラ公エルコーレ」 (ミサ・エルクレス・ドゥクゥス・フェラリエ)

  〜グレゴリオ聖歌とルネサンス・ポリフォニーによるミサ形式の演奏会〜

    ヴォーカル・アンサンブル・カペラ

        at 立教大学池袋キャンパス チャペル



 立教大学は、これまで一般教養の教授として皆川達夫先生や樋口隆一先生などが在籍され、昔からなぜか妙に音楽教育に力を入れてきた大学だが、
 昨年、大学院にキリスト教学研究科が開設され、正式に、オルガンや合唱を始めとする教会音楽を履修することができるようになったとのこと。
 それを記念して、大学チャペルで行われた、実際のミサ形式のコンサート。



▽ 会場となった、古風な立教大学チャペル。

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 ミサ曲の場合、最近は、作曲された通常文に、グレゴリオ聖歌等に基づく固有文を加えて、実際のミサ全体を再現する形で演奏することが一般的になりつつあるが、(CDにおいても)
 ヴォーカル・アンサンブル・カペラ(以下VECと略す)は、かなり早い段階からその形での演奏を心がけてきた、日本における先駆け的な団体で、この点は、オケゲムの肖像と言われてきた有名な絵にあるように、全員でクワイヤブックを取り囲み、身体を寄せ合うようにして歌う演奏スタイルともども、このグループの高い信頼性を裏付ける大きな特徴と言えよう。

 もちろん、この日の演奏もその形式によるもので、フェラーラ公エルコレの宮廷における顕現節のミサという前提で、休憩もはさんで2時間近くにおよぶ長丁場の演奏会となった。



 2次元的、平面的なグレゴリオ聖歌に対して、ジョスカンによるポリフォニー部分になると、音楽は、突如立体的になって、運動を開始し、空間を満たす。
 その瞬間の、音楽が、単に空間だけでなく、胸いっぱいに広がっていくような興奮、充足感は、筆舌につくしがたい。
 もちろん、これは、デュファイなどでも言えることだが、この感じは、そのポリフォニーの完成度ゆえに、ジョスカンの場合、特に顕著である。

 まるで静謐な水面のさざなみのごとく、寄せては返し、寄せては返すように、単純な運動を繰り返すグレゴリオ聖歌。
 すると、突然、その水面から、巨大な波がわきあがり、波は次から次へと湧き上がって、ゆるやかな運動を続けながら、重なり合い、からみ合い、この世のものならぬ美しい模様を描いてゆく。
 これこそがジョスカンのポリフォニーに他ならない。
 やがて、その優美で壮大な波動は空間全体を満たしたかと思うと、次第におさまり、また、はじめのさざなみの水面が戻ってくる・・・・。

 その果てしないくりかえしが、「ミサ」ということになる。

 固有文付の演奏の場合、そのような何物にも変えがたい演奏効果、かつて、作曲当時の会衆が目の当たりにして、驚嘆を持って全身で受け止めた感動を、追体験できるのが何よりの魅力。
 通常文以外の固有文全部を通して聴くのはちょっと・・・・、という方は多いと思うが、固有文も、グレゴリオ聖歌だけではなく、中には、中世世俗曲に通じるような、生き生きとした「歌」も含まれている。
 過去を忠実に再現しよう、という、学究的な、あるいは、宗教的な面だけでなく、純粋に音楽的な面からも、固有文付演奏は、意味がある。

 この日の演奏は、そのことをあらためて力強く物語るような、見事な演奏だったと思う。


 それにしても、日本でこのような演奏を聴くことができるようになったとは・・・・!

 もう10年近く前になろうか、VECは、その頃から、金澤正剛先生などのレクチャーに実例部隊として参加したり、自身も盛んにレクチャー・コンサートを開いたりしていたが、
 そのころ、ちょうど古楽のおもしろさにとりつかれつつあったわたしは、こんなことをしてくれている人たちがいるんだ!と感激して、可能な限り、それらに足を運んでいた。
 最近はちょっと実演に接することからは遠ざかっていたが、久しぶりに聴いてみて、当初からするとまるでちがう団体みたいに、表現力豊かな実力派グループに成長していて、驚くとともに、涙が出るほどうれしくなった。

 タリス・スコラーズのように、技術的に完璧で、極限的、天上的な純白のハーモニーを響かせる、というのではなく、
 それぞれの奏者の個性がそのままぶつかり合い、からみ合い、時には一つになって、実にカラフルで芳醇な世界を描き出す、というか。

 VECの演奏に関しては、いまだに、アンサンブルの「不ぞろい」等を指摘する声もある。
 確かに技術的な課題も残されているかもしれない。
 ただ、実は、これまで主流だった、タリス・スコラーズのような、「そろいにそろった」完璧な演奏だと、特にジョスカンなどの完成されたルネッサンス音楽の場合、美しいことはこの上ないが、どうしても画一的な演奏に陥ってしまいがちなのだ。
 「一見」不ぞろいな、VECのような演奏の方が、実はバラエティに富んだ、ルネッサンス音楽の真の魅力を味わうのには適しているような気もする。  

 今回の演奏では、時にはたくさんの色彩がきらめくかのように感じられた、あたかも天上の花畑そのもののようなジョスカンのポリフォニー部分はもちろん、
 女声だけで歌われた、まるでカンティガや巡礼歌を彷彿とさせるような、奔放かつ美しいアレルヤ唱などで、VECの類稀な表現力を堪能することができた。



 この日の演目となった、ジョスカンの傑作中の傑作、

 ミサ「フェラーラ公エルコレ」 (ミサ・エルクレス・ドゥクゥス・フェラリエ)

 のすばらしさについては、いったいどう書いたらいいのだろう。

 この複雑怪奇とも言える構造と純粋な美しさを奇跡的に併せ持った作品について、(もっともジョスカンの場合、ほとんどの作品がそうなのだが)
 くわしく書くスペースはとても無いけれど・・・・。

 後年、ルターをして「音の支配者」と言わしめた、ジョスカン・ルブロワット。
 そのジョスカンが、ついに、当時ヨーロッパ最高と謳われていたフェラーラの宮廷聖歌隊音楽隊の楽長となり、名実ともに「音楽の王」となった、生涯の全盛期の大傑作。(たぶん)
 ほぼ全曲が、「フェラーラ公エルコレ」という言葉をそのまんま音符に移し変えただけのテーマから構成されているにもかかわらず、これほどまでに、自然で、豊かで、美しい音楽が築き上げられている、その不思議、というか神秘!
 制約の多い素材から、対位法技法の限りをつくして、極限的な美を生み出した、ルブロワットの音楽の職人としての神業。
 それは、遠くバッハにまで連なり、バッハが心から憧れ、目指したものでもある。


 さらに、ミサ終了後、圧倒的な感銘の中で、さらにジョスカンの名作モテット2曲の名演を聴くことができたのは、何と幸せなことだろう。

 1曲は、当初からプログラムに組まれていた、これもエルコレがらみの作品と想定される、ジョスカンを代表するモテット、「ミゼレーレ」。
 もう1曲は、アンコール。
 ヨーロッパ中で愛好されたリュート曲から復元された、マリア讃歌?
 声楽版を初めて聴いたが、実に美しく、キャッチーな佳曲。



 ちなみに、この日のプログラムは、1月に何回か開催された、VEC定期とまったく同じ内容。

 数回の演奏会で、完成の域に達したプログラムを、無料で聴けたのは、ほんとにラッキーだった。 



 これまで、タリス・スコラーズなどに代表される完全無欠な演奏を聴きなれていたせいか、ジョスカンと言うと、何だかどれも同じように聴こえてしまい、その技法のすさまじさは認めるものの、正直言ってそれほど熱心に聴いてきたわけではなかったけれど、
 この日のVECのような魅力的な演奏を聴くと、どうやらもう一度、根本から見直す必要があるような気がする。

 ジョスカンの「完璧なる音楽」と言えど、結局は「歌」と「歌」のからみあいであることが、あらためて見えてきた。


 VEC、ジョスカンのミサ全集という途方も無い航海に船出したばかり。
 どんな全集ができるのか、今後が大いに楽しみ。
 心から応援したい。



▽ これまでオケゲムを描いたものと言われてきた有名な絵。(手前右の一見してあやしい人物)
  VECの最大の特徴である、クワイアブックを囲んで歌うようすがよくわかる。
  オケゲムのことは、「鼻めがね」、と呼んでいた。

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 おまけ。

 当日のプログラム・ノート(VEC音楽監督の花井哲郎さん記)にものっていた興味深い話を。

 1497年にフェラーラ宮廷聖歌隊楽長のマルティーニが亡くなったことを受けて、エステ家当主エルコレは、大々的に後任探しを行いましたが、最終的に、当時のヨーロッパ最高の音楽家として、イザークとジョスカンの二人が候補に残りました。

 次のような推薦状がエルコレに送られました。

 「ジョスカンは確かにすばらしい曲を書くかもしれないが、気が向いた時に気が向いたようにしか作曲せず、しかも年棒が高い。
 それに対して、イザークは、注文に応じて短期間で優れた曲を書き、しかも年棒はジョスカンよりもずっと安い」
 (大意要約)

 もちろん、イザークを推薦するものですが、エルコレは、はじめの「ジョスカンはすばらしい曲を書く」の一言で、迷わずにジョスカンを楽長に迎えることを、決めたそうです。

 ただ、せっかく名誉あるフェラーラ宮廷聖歌隊楽長に登りつめたジョスカンですが、その後わずか1年で、ペスト禍の影響で、フェラーラを去ることになります。

 それでも、すでに年老いていたエルコレには、(そしてわたしたちにも)ミサ・エルクレス・ドゥクゥス・フェラリエとミゼレーレというかけがえのない贈り物が残されることとなりました。

 ジョスカンは、若い頃からのゆかりの土地、コンデに戻り、ここからジョスカンの晩年が始まります。

 

 上記ノートを書いた、VEC主宰の花井哲郎さんは、実に精力的な活動をなさっている方で、一時期は、わたしが行くコンサートのほとんどがこの方がらみと言ってもいいくらいの時もあり、いたるところでお姿をみかけました。
 VECのほか、
 デュファイをはじめとする中世ルネッサンスの世俗曲を、さまざまな楽器の伴奏付で演奏している、アンサンブル・デュファイ
 バッハのカンタータ全曲演奏を目指してライブ活動を続けている、バッハ・カンタータ・アンサンブル
 などの各団体の主宰でもあります。

 デュファイのシャンソンとバッハのカンタータ。

 こりゃ、応援しないわけにはいかない。(笑)



▽ ついでに、デュファイ大先生も。(左の人物)
  何て理知的でやさしそうなお姿・・・・。
  いかにも調子のよさそうなジル・バンショワに、「おいおい、それはちょっと言いすぎだよ」とか何とか言っている?

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 「バッハの源流の旅」の過去記事をご覧になりたい方、
 特に、偉大なるバッハの先達、ブルゴーニュ楽派の巨人たちや、時空の狭間の異郷に花開いたアダ花、魅惑のブルゴーニュ・シャンソンの世界について興味のある方は、
 こちらの目次の下の方を探してください。



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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
なんと、懐かしい。わが母校です。こんな研究科が出来たなんて。80年代に立教の英米文学科で学んだのですが、入学式後に顔合わせしたクラス担任が、皆川達夫先生でした。大学のクラス担任なんて、名ばかりで意味ないもの。学科が違うのになぜ担任だったんだろうと思います。だから学問的指導などのお付き合いもなく卒業。もっと、親しくしておけばよかったと、今になって後悔してます。
レイネ
URL
2010/01/24 04:57
 レイネさん、こんばんは。
 名ばかり、とは言え、皆川先生が担任だったとは、すごい話ですね。
 皆川先生、担任までなさってましたか。(笑)
 それにしても、大学のはじめの授業で、あんなに銀髪がりっぱな、日本人離れした先生がいきなり教室に入ってきたとは、さぞやびっくりなさったことでしょう。

 わたしは池袋周辺を主な活動範囲にしていて、立教大学にもよく行きますが、最近古い建物がかなり壊されて、新しい建物が増えました。
 久しぶりに訪問されると、驚かれるのではないでしょうか。
Nora
2010/01/24 23:28
Noraさん、おひさしぶりです。皆川さんは私のいた大学にも非常勤でいらしていたようで(わたしは聴講できず)音楽史の授業はいつもこの辺の時代で終わっていたそうです。試験はイントロ当てクイズだったとか。
かげっち
2010/01/25 12:20
Noraさま
お久しぶりです。
遅くなりましたが、本年もよろしくお願い致します。
年初早々、出張で上海に行っておりまして、本日、やっとコメント
させていただきます。
学生時代、「バロック音楽の楽しみ」が大好きで、一度、立教大学
に皆川先生の講義を拝聴させていただこうと潜入することを
試みたことがあります(勇気がなく失敗)。
その後、故鍋島元子先生にご紹介していただきました。
あの至福の一時は、今でも私の宝物です。
そして、昨年は11月のオルガンレクチャーコンサートで
楽しいお話を聴かせていただきました。
新年早々、皆川先生のお話で盛りあっていて嬉しいです。
Nacky
2010/01/28 00:12
> 試験はイントロ当てクイズだったとか。

 かげっちさん、
 イントロあてクイズ、ブルックナーだったら、自信あります。
 なにしろ、曲数が少ないので。
 バッハは・・・・、
(器楽曲も含め)同じような曲調のものが多いので、ちょっとムリですね。
Nora
2010/01/29 00:08
 Nackyさん、こんばんは。
 こちらこそ、今年もよろしくお願いいたします。
 上海とは、新年早々、お忙しそうですね。
 以前も書いたかもしれませんが、わたしは古い建物が好きなので、かなり前に、観光で行ったことがあります。
 最近のTV映像などを見ると、まったく別世界みたいに変貌をとげているようなので、一度再訪したいとは思ってるのですが・・・・。

 わたしは、残念ながら、「バロックの楽しみ」はあまり聞いたことないのですが、昔はバロックと言えば、「四季」くらいしか一般的でなかったのに、現在のようなバロック・ブームになったのは、皆川先生などの長年の努力の賜物なのではないでしょうか。

> そして、昨年は11月のオルガンレクチャーコンサートで楽しいお話を聴かせていただきました。

 調べてみたら、もう80歳を超えてらっしゃるようなのに、まだ、精力的に活躍なさってるとは、ほんとうに頭がさがりますね。 
Nora
2010/01/29 00:27

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