♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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zoom RSS 謹賀新年、いきなり曲目紹介〜BWV191を巡る初夢。バッハはいかにロ短調ミサを書き始めたか。【新年】

<<   作成日時 : 2011/01/01 00:45   >>

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 勝手な初夢。
 バッハはなぜロ短調ミサ曲を書き始めたのか


 以前書いた、「ロ短調ミサ曲の終曲が、なぜパロディのパロディなのかに続く、
 ロ短調ミサ曲なぜなぜシリーズ第2弾!


 ルター派教会のカントルであるバッハが、演奏の可能性がほとんどゼロに近い巨大なミサ・トータを「なぜ書き残したのか」については、上記「ロ短調ミサ曲の終曲が、なぜパロディのパロディなのかに書きつくしましたが、
 今回は、「なぜ書き始めたのか」、つまり、何がきっかけになったのか、についての、
 初夢、というか妄想みたいな、お気楽なお話。



 まずは、この「空想」のそもそもの発端となった、BWV191のことから。


 この前、クリスマスぐらいわたしも何かカンタータを聴かねば、と思っていたところ、
 gargyuさんの、降誕節第1日のためのカンタータ BWV191をお聴きになったという記事を読み、
 わたしも、

 カンタータ第191番 「いと高きところには神に栄光あれ」 BWV191

 を聴いてみました。


 タイトルからもわかるように、これは、Gloriaと三位一体讃美のドクソロジアを歌詞とするラテン語作品で、BC番号では、カンタータとは別扱いになっています。
 音楽も、何とミサ曲ロ短調のグロリアで聴き覚えのあるものばかり、という極めて特殊な作品。

 たいていの方は聴いたことが無いと思いますし、ロ短調ミサ曲でおなじみの音楽、ということもあって、わたし自身もきちんと通して聴いたことは無く、これをクリスマスに聴かれたとは、さすが、gargyuさん。

 
 第1曲 

 歌詞、音楽とも、1733年にザクセン選帝侯に献呈した小ミサ曲(キリエ+グロリア、以下、便宜上「ザクセン小ミサ曲」と呼びます)のグロリア第1曲そのもの。

 ロ短調ミサ曲は、このザクセン小ミサ曲そのものにそのまま続きを付け足す形でまとめられたものなので、 
 つまり、ミサ曲ロ短調第1部後半グロリア第1曲とまったく同じ楽曲、ということで、詳細に関してはいまさら説明不要でしょう。
 「天の協奏曲」とも例えられてきた、バッハの書いた最も輝かしい音楽の一つ。


 第2曲

 同ザクセン小ミサ曲グロリアの、第4曲、トラヴェルソのオブリガート付デュエット(S+T)のパロディ。

 歌詞が三位一体讃美のラテン語に変えられ、音楽も短縮されています。
 原曲では、「父」と「子」を象徴するデュエットだったのですが、
 この音楽、実際にはそれにトラヴェルソがからむ緻密きわまりない三重奏と言うべき音楽なので、
 歌詞と音楽の合一性は、より強固なものになったわけです。


 第3曲

 同ザクセン小ミサグロリア終曲大合唱の、第2曲と同様歌詞変更を含めたパロディ。
 基本的には同じ音楽ですが、歌詞に合わせてメロディのフレーズのアクセントやリズムが微妙に異なり、一番印象がちがうのはこの楽章かも。


 以上のように、BWV191は、ミサ曲ロ短調で最も華やかな音楽がそろっているグロリアの中の、さらにベスト・オブ・ベストと言うべき音楽を並べた、スーパー・ダイジェスト版、
 正に「天の協奏曲」完全版、と言うにふさわしい内容となっています。

 この形で通して聴くと、実に聴き応えあるのはもちろん、華やかで、クリスマスなどのお祝いにもぴったり。
 歌詞がちがうこともあって、ザクセン小ミサ曲(=ロ短調ミサ)とはまた異なる雰囲気を味わえ、かつ、ロ短調ミサの新しい魅力を発見する形にもなり、貴重な体験をすることができました。
 garjyuさんに感謝、です。


 このBWV191、クリスマス用の曲ではありますが、お正月にもぴったりな華やかな曲です。
 CDをお持ちの方、ロ短調ミサと同じか、などと言わずに、ぜひご一聴を。


 わたしが聴いたのは、コープマンの演奏。全集盤、最終巻の一つ手前の第21巻。
 バッハ晩年の自在の境地のカンタータが並ぶこのあたりの巻は、
 (それにしても、すごい番号ばかり。番号を見ているだけで、ドキドキしてくる)
 コープマンの自由で生き生きとした音楽づくりが(意外だとは思いますが)ぴったりとマッチして、第1年巻周辺とともに、コープマン全集の白眉とも言える内容になっていると思います。

 (ちょうどBCJが、これから、コープマンの後を追うように、ついにこの最後の「桃源郷」に踏み込んでいくわけですが、コラール・カンタータを中心に、研ぎ澄まされた緊張感で圧倒的な境地に達したBCJが、この何でもありの自由さを獲得できるかどうか、
 今年一番の見どころでもあります。)



 さて、カンタータを聴いていると、ロ短調ミサ曲などで聴きなれた音楽が登場することがよくあります。
 ご存じのとおり、ロ短調ミサ曲などに含まれる曲が、過去のカンタータのパロディによる場合が多いためで、これは、バッハが、機会音楽であるカンタータの傑作楽章を、普遍的なミサ曲などの形で後世に残そうとしたために他ならないわけですが、
 このBWV191の場合は、上記のとおり、また、gayjyuさんもご指摘なさってるとおり、ちょっと事情が異なります。
 
 このBWV191がまとめられ、演奏されたのは、1745年、バッハの最晩年です。
 ただ、だからといって、このBWV191は、逆にミサ曲ロ短調からのパロディ、というわけでもないのです。
 ロ短調ミサは、既存の1733年のザクセン小ミサ曲(キリエ+グロリア=第1部)と1724年のサンクトゥス(第3部)に、さらなる最晩年、亡くなる直前の1748年から1749年にかけて編纂した第2部と第4部を加えて取りまとめたものですから、BWV191演奏時の1745年にはまだ全曲としては存在していません。
 この頃バッハは、ラテン音楽に傾倒し、一般の礼拝やその他の機会でもさかんに小ミサ曲などを取り上げていましたから、1733年のザクセン小ミサの一部を転用し、ここで演奏したということになるわけです。

 このBWV191には、ミサ曲ロ短調とほとんど同じ音楽が登場しますが、
 BWV191とミサ曲ロ短調の間には、直接のパロディ関係が存在するわけではなく、両者は、1733年のザクセン小ミサ曲を母体とする、言うなれば双子の兄弟みたいな関係なのですね。



 以下が、勝手な想像。勝手な初夢。


 バッハがミサ曲ロ短調の構想を練り始めたのは、1740年代前半か中盤、いずれかの時期と言われています。

 BWV191の作曲、初演は、前記のとおり、1745年。
 これは、偶然の符合でしょうか。

 BWV191作曲にのために、ザクセン小ミサ曲を取り出してみたら、これが思いのほかによくできた曲。

 それもそのはず、これは、自分の信じる音楽を貫こうと、ライプツィヒ市で孤軍奮闘する日々の中で、ザクセン選帝侯の後ろ盾を得ようと、渾身の気合いを込めて作曲した自信作。
(結果は思い通りにはいかなかったんだけど)
 ここにすでに、最高のキリエとグロリアがそろっているわけだし、他に探してみたら、1724年(バッハ全盛期、コラール・カンタータの年)の大傑作サンクトゥスも見つかった。
 幸い手元には、ごく限られた機会にしか演奏されない膨大なカンタータ群が。
 これらを使って、ちょっとまとめれば、ミサ全曲がそろうぞ
 ミサ全曲を残すことができれば、ジョスカンやパレストリーナなど、心からあこがれる偉大なマイスターたちの列の末端に、自分も連なることができるかも・・・・、

 ・・・・というわけで、バッハ先生、ミサ・トータの編纂を決意した?



 まあ、これは極端な空想、根拠の無い初夢みたいなものかもしれませんが、

 この1745年時点で、バッハの頭の中にロ短調ミサの構想がすでに十分固まっていて、演奏される可能性の無いその大曲の一部となる音楽を、実際に演奏してみたかったのだ、ということは、大いに考えられることだと思われます。

 そういう意味での、文字通りのロ短調ミサ曲ダイジェスト、

 バッハの存命中、ロ短調ミサ曲全曲がこの地上に鳴り響いたことは、もちろんありませんでしたが、
 現実主義の筋金入り職人大作曲家、バッハのこと、BWV191と同様のかたちで、ロ短調ミサ曲の一部が、実際に演奏されたことは、けっこうあったのではないでしょうか。



 そんな、大バッハの畢生の大作、ロ短調ミサ曲を、全曲まとめて、しかもさまざまな演奏家の個性的な演奏で、日常的に気軽に楽しめるわたしたちは、何て幸せなんでしょう。


 今年もまた、その幸せをかみしめながら、毎日を過ごしてゆきたいと思います。



 最後に、

 取り急ぎ、新年1月1日用のカンタータのお知らせ。

 どの曲も、過ぎ去った1年を振り返り、新しい年を迎えたことを感謝する内容。

 第1年巻のBWV190
 コラール・カンタータ(第2年巻)のBWV41
 3年目のBWV16
 後期(1729年)のBWV171


 過去記事は、こちら


 <新年>

    新年のカンタータ(BWV41、171他)
    「熙代照覧」の富士山、江戸城と、新年のカンタータ (BWV41他)



 なお、わたしが最も愛するカンタータの一つ、BWV134の原曲、BWV134a は、教会カンタータではありませんが、ケーテン時代の新年祝賀用カンタータ。

 BWV134は、まぶしいコンチェルト風の典型的な復活節のカンタータですが、そういうわけで、新年などにもぴったり。
 さあ、気持を新たにがんばろう、という気持ちになれます。

 いろいろと前途多難な新年かもしれませんが、しばし、新しくさわやかな風に吹かれてみませんか。

 今年から、BCJの次のプロジェクト、世俗カンタータシリーズが始まりますが、その記念すべき第1曲目に、この曲が選ばれています。
 これも、とっても楽しみ。


 ついでに、BWV134に関する過去記事も、あげておきましょう。

 山ほどあるので、主なものだけ。こちらこちら



 それでは、今年もよろしく。



  ☆    ☆    ☆  



 冒頭の写真は、鎌倉のおなじみ明月院。

 紫陽花寺として、あまりにも有名ですが、実は、このお寺、その名前から、「月」や「うさぎ」にとことんこだわっているお寺でもあります。

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 境内のあちこちにちりばめられた、月やうさぎにちなんだものを探すのも、大きな楽しみ。
 庭にはかわいいうさぎの置物が置かれている他、大きなうさぎ小屋には、ほんもののうさぎまでが飼われています。

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 これらは、2007年秋の古い写真ですが、うさぎ小屋には、

 「うさぎの宇宙ステーション、ネロとユズ号の発射は満月の夜です」

 という、お寺にしては何ともロマンあふれる?張り紙が。??
 ネロとユズ号は、今でも元気に宇宙を飛んでるのだろうか。
 

 そんな明月院で一番の見どころは、開山堂のわきにある、明月院やぐら

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 間口7メートル×高さ3メートル×奥行き5メートルの、他にあまり例がないほど巨大なやぐらで、
 中央には美しい宝篋印塔が置かれ、
 正面の壁には、基壇、光背付の2体の如来像、
 その両側には16羅漢像が浮き彫りにされ、
 仏教施設としてのやぐらの形態を、ほぼ完全な形でとどめています。
 まさに、石のミニ寺院。

 東北横手の、有名な雪の「かまくら」の由来は、この鎌倉のやぐらなのではないか、
 という説があるのですが、
 このように美しく、内部空間の充実したやぐらを見ると、ほんとうにそうかもしれないな、と、思ってしまいます。 


 うさぎ年の初詣には、明月院などいかがでしょう。



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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
Noraさん、新年明けましておめでとうございます。

勉強嫌いが大人になっても直らないので、曲の背景を調べたり、歌詞の意味をきちんと理解しながら音楽を聴くのが、すこぶる苦手な私です。
クリスマスにBWV191を聴いて、ロ短調のグロリアと同じ音楽であることに驚いたものの、その成立過程については、きちんと調べることもなく、悶々としつつも、『まあいいか。いつか、そのあたりはNoraさんが書いてくださるだろう(来年のクリスマスあたりに)。』なんて他力本願にも思っていたら、新年早々に願いがかないました。

今年も、いろいろとご教示お願いいたします(←他力本願が直りそうもありませんね。)。
garjyu
2011/01/01 14:42
 garjyuさん、あけましておめでとうございます。

> 新年早々に願いがかないました。

 わたしの記事も特に何の根拠があるわけでなく、単なる想像、というか妄想にすぎないので、そう言っていただくと恐縮してしまいます。
 それにしても、バッハは、特にカンタータの場合、何でこの曲が??ということが多くておもしろいですよね。あれこれ想像するのはほんとうに楽しいです。
 garjyuさんのBWV191の記事をクリスマスに拝見して、おかげさまで、今回もあれこれ想像させていただきました。
 トラックバックしていただいたのにはまったく気がつかず、こちらからも新年早々トラックバックさせていただく形になってしまって、お手数をおかけしました。

 それでは、こちらこそ、今年もよろしくお願いいたします。
Nora
2011/01/01 18:47
Noraさま
明けましておめでとうございます。
新年早々、なんと素敵な初夢を。。。。。(笑
大晦日の夜、紅白終了後、何気なく3chにあわせたら、
アーノンクール氏のミサロの終曲(2010年の音楽シーン・抜粋放送?)
を放映していました。
丁度、0時を跨いで、この平和への讃歌で閉じて、そして幕明けた
新年・2011年が世界の人々にとって素晴らしい年になりますように
私も祈ります。
それでは、本年もよろしくお願い申し上げます。
Nacky
2011/01/04 00:11
「キリスト教は毎日聖書をよみ悩み苦しむ人のために祈る ことでやがてバッハの音楽や宗教画やルオーの絵画を理解できる様になります」とクリスチャンの友人から今朝いただいたメールです。
本当にそうだと思います。
バッハの音楽は年々確かに心に響くものがあります。

明月院、確かに兎年に出かけるのは良いアイデアですね。
ウサギの置物には気が付きませんでした。

tona
URL
2011/01/04 15:56
 Nackyさん、あけましておめでとうございます。
 
> 丁度、0時を跨いで、この平和への讃歌で閉じて、

 おー、それでは、昨年の聴き納めも、今年の聴きはじめも、アーノンクールのロ短調ミサでしたか。
 年の変わり目に、新しい年の平和に静かに思いを馳せるのに、こんなにふさわしい曲はないですね。
 教育TVも、なかなか乙なことをするものです。

 それでは、こちらこそ、今年もよろしくお願いいたします。
 今年がNackyさんにとって、よりよい年になりますよう。
Nora
2011/01/05 23:57
 tonaさん、あけましておめでとうございます。
 
 新年にふさわしいコメントをいただき、ありがとうございます。
 せめて新年だけでも、そのような敬虔な気持ちで過ごしたいものだ、と、しみじみと思いました。
 今年も、よろしくお願いいたします。いろいろなことを教えてくださるのを、楽しみにしております。

 どこかうさぎにちなんだお寺がないかな、と考えたら、明月院しか思い浮かびませんでした。(笑)月とうさぎのイメージなので、どちらかというと秋かもしれませんけど、まあ、うさぎ年だからいいでしょう。
 つい昨年末に鎌倉に行ったばかりですが、写真等をコピーしているうちに、また行きたくなてしまいました。
Nora
2011/01/06 00:10

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