♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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zoom RSS 究極のトロープスC、BWV126+2月のアルバム2 舞楽界のロ短調ミサ他〜お江戸の春編【復活節前8】

<<   作成日時 : 2011/02/26 23:58   >>

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 まずは、ニュージーランド大地震で被害に合われた方々にお見舞い申し上げます。
 一日も早く、被災された方々が救出され、美しい街が復興されることを願っています。



 さて、コラールカンタータ、最後の高峰への登攀、
 次なる頂きは、BWV126


 カンタータ第126番 「主よ、われらを汝の御言葉のもとに留めたまえ」 BWV126


 ついに、ここにきて、ルターのコラールが登場。しかも、2曲。
 同名のコラールと、「恵みもて我らに平和を賜わらんことを」。
 ちなみに、両者は、復活節の2大名曲、BWV6BWV42で、聞覚えのあるコラール。 

 第1曲〜第5曲までは、前者の第1節〜第3節により、第6曲終結コラールのみ、後者の第1節が歌われます。
 従って、コラール・カンタータとしてはイレギュラーで、第1曲〜第5曲でずっと展開されてきたコラールと異なるコラールが最後に歌われることになるわけです。
 さらに厳密に言えば、原コラールには、ヨーナスやヴァルターによる追加節も含まれていて、原コラールがそのような形で続けて歌われることが一般的だったとは言え、純粋なコラールカンタータと呼んでいいのかどうか。

 ただ、第1曲〜第5曲まで、前者コラールに基づく、戦いを象徴するような割と激しい音楽が続いたその果てに、
 雰囲気の異なる平安に満ちたコラールが登場するわけで、それはそれでその効果は絶大。
 ある意味、やはり究極のコラール・カンタータと言っていいんだろうな。


 さて、というわけで、
 トランペットが大活躍する、バッハのトランペット・コンチェルトとも言うべき華麗な冒頭大合唱を筆頭に、2曲の男声アリアなど、戦いを表す、緊迫感に満ちた技巧的な音楽がこのカンタータの大部分を占めるわけですが、
 先週ちらっと予告したとおり、
 全曲のちょうど真ん中に置かれた、トロープス・チタティーヴォ付きコラールこそが、その核心でしょう。

 これこそ、バッハの1年間にわたる、トロープス・コラールの総決算、第2弾。
 先週のも凝りまくっていたが、今週のもすごい。

 必死に何者かにすがりつくような第2曲・テノールアリアと、
 決然とした第4曲・バスアリア
 その間にはさまれた、
 第3曲、トロープス・コラール

 アルトとテノールによって歌われるが、もはや、どちらかがコラール、どちらかがトロープスという、これまでによくあったような単純な構成ではありません。

 アルトとテノールが交互に入れ替わってコラールとレチタティーヴォを担当し、
 しかも、それだけではない、一方がコラールを歌っている時に、もう一方が情感豊かな対旋律を歌う、という、考え抜かれた構成。

 1曲のコラールが、これだけ豊かにふくれあがるものか。
 まさに、モノフォニーからポリフォニーが誕生した瞬間を、五感で追体験するかのような、特別な音楽。


 今年聴いたCDは、BCJ盤。
 緊張感あふれる圧倒的名演。



 それ以外の、復活節前第8日曜日のカンタータ。

 初期のBWV18
 ライプツィヒ1年目のBWV181


 過去記事は、こちら。↓


 <復活節前第8日曜>

    復活節前第8日曜(BWV126他)
    復活節前第8日曜(BWV126他)



  *   *   *



 2月のアルバム、続き。

 今回は、春らしい和風な話題を集めたので、タイトルもお江戸の春編にしましたが、
 歌舞伎は浪花の話、雛祭りは東北中心、舞楽にいたっては、インドが起源?
 お寺だけ、江戸っ子自慢の名刹です。



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 順序が前後してしまいますが、まずは、今日観てきたばかりの舞楽から。
 
 あまりにもすごかったので。



 2月26日(土)


 舞楽 大曲 蘇合香 一具 [前編]、狛鉾  宮内庁式部職樂部

    @ 国立劇場


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 蘇合香(そこう)

 左方唐樂。
 起源は中国よりさらに遠く、インドのアショカ大王の薬草(蘇合香)にまつわる故事に来歴するとも言われる。
 全6楽章、3時間に及ぶ他に例を見ないほどの大曲で、それゆえにほとんど上演されることもなく、幻の舞楽と言われてきた。
 手持ちの「四天王寺 聖霊会の舞楽」という本には、かなりくわしく舞楽の楽曲が紹介されているのでいつも参考にしているが、この本の中でも、「現在では舞われていない舞楽」として紹介されている。
 実際、明治以降、公式に上演された記録が無かったのだが、昭和50年に部分的に復興上演。
 今回は36年ぶりの再演、しかも初の全曲復元上演となる。


 あまりの大作ゆえに、今回は、前半部の序(序の一ノ帖、三ノ帖、四ノ帖、五ノ帖、(二ノ帖は伝わっていない)の全4楽章)のみ。
 来年に、残りの破、急の2楽章、という2年がかりの上演。
 

 6人の舞人、巨大な大太鼓(だだいこ)を含む総勢19にもおよぶ管方によって、前半部だけとは言え、な、何と1時間15分!の長きにわたり、まったく休むこと無く繰り広げられた幻の舞に、ただただ圧倒される。
 ただでさえ、舞楽には、現実世界とは異なるような、独特の時間の流れがある。
 その緊張感あふれる、時が止まってしまったかのような時間が、ただひたすら果てしもなく、1時間15分も続くのだ。どんなにすさまじかったか、おわかりいただけるだろうか。
 もしかしたら、あまりの長さに、途中幾度か意識を失いかけたせいかもしれないが、まるで時空を超越した白日夢を見ているかのような、不思議な思いにとらわれた。
 

 曲だけ見ても、
 冒頭の、笛の鮮烈なソロに導かれるように、笙も含む全楽器総奏による和音がふわーっと空間いっぱいに広がる印象的な序奏から始まり、リズムがめまぐるしく変化し、交錯する部分あり、さまざまなメロディが複雑にからみあう部分あり、それぞれの曲ごとに、淡々と、しかし大きく盛り上がるクライマックスあり、と、じっくりと聴くと、これまで聴いたどの曲にも増して、バラエティに富み、内容的に充実している。

 「香は薬を調合して一剤となした名で、ゆえにこの曲には、序、破、急及び、延、早拍子、於世吹、只拍子、鼓類には、八拍子、七拍子、六拍子、五拍子、四拍子、三拍子、二拍子、一拍子、およそ楽体を備えている」、
 と、「樂家録」に記されているとのこと。(プログラムより)

 実際にあらゆる楽曲形式、リズム的にも、鞨鼓の八声の全奏法を一具に含む、その空前の楽曲の規模、
 そして、それゆえに実際には演奏されずにいた点など、
 どうしてもあのロ短調ミサ曲が思い出される。
 

 * 舞楽「蘇合香」については、この日のもう一曲の演目、「狛鉾」とともに、奥の院にくわしい記事を書きます。



 後は、順番に。



 2月3日(木・節分)


  二月花形歌舞伎

 「女殺油地獄」 

    @ ル テアトル銀座  (〜25日(金)千秋楽・すでに終了)

    与兵衛:市川染五郎&お吉:市川亀治郎


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 今回、歌舞伎を上演していた大劇場は、一般の劇場なのだと思うが、ロビー等、季節の飾りで豪華に飾り付けられ、たいへん華やか。

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 舞台も、花道はあるは、回り舞台はあるは、提灯も並び、本格的な歌舞伎小屋の舞台につくられており、
 幕が開くと、
 川岸に菜の花が咲き誇り、遠くに桜がたなびく、うららかな春の川面の情景。
 川面には、実際に船が行きかい、船に乗って遊ぶ客たちのドタバタがひとしきりあった後、
 回り舞台がくるりと回転、セットがバタバタと変化し、たちまち舞台は、先ほどの川の岸辺、桜の木の下の茶屋に早変わり。
 そこに主人公たちが登場し、土手からは、さきほどの船客があがってきて、物語が始まる、という寸法。
 回り舞台を最大限に活かした、春の気分満点の凝りに凝った演出。
 予習で昨年の歌舞伎座さよなら公演の録画を観たが、ふつうに茶屋のシーンから始まっていた。
 すさまじく気合いの入ったオープニング。しかも、特に物語り上は重要では無い部分。
 話が話だけに、前半で、十分華やかな気分を味あわせようという心意気か。


 そんな華やかかつのどかな舞台で、前半は、いかにも上方芝居らしい、どうしようもない馬鹿息子・与兵衛をめぐる、どたばた笑いあり、お涙ありの親しみやすい人情劇が進行。
 ここは、役者もみんな芸達者で、文句無しに楽しめた。
 どこか吉本新喜劇みたいな雰囲気でもあった。吉本新喜劇、TVでしか見たこと無いけど。


 そして、後半。
 舞台&物語は一変する。
 暗い深夜の油屋。
 常に物語の中心にいた馬鹿息子・与兵衛が、放蕩の末にどうにもならなくなり、金のために、一番お世話になっていたやさしい幼馴染の油屋のお上さん・お吉を殺害してしまう。
 この場面が壮絶な「油地獄」。
 観る者を一気に震撼させる。
 
 殺害シーンが見事に様式化していて、観ているほうは、まあ、スペクタクルな芸として観るのだが、
 それまでの雰囲気が、与兵衛が途方も無い馬鹿息子ながらも、いかにもどこにでもあるような人情物だっただけに、この結末はより衝撃的で、やりきれない。

 ふだんは、犯行後ズタボロになった与兵衛が夜の街に消えて幕、のようだが、
 今回の演出は、滅多に上演されない珍しい逮捕の段までやる「完全版」。
 
 ここで馬鹿息子が後悔・改心でもして、仏の慈悲にすがろうものなら、安易でありがちな結末になったと思うが、
 馬鹿息子、捕まっても、悔やまないどころか、悪びれもしない。
 この演出は良かった。やりきれないけれど、近松の意図も、反映されている?

 これまで観た歌舞伎の中では、最も現代にも通じるような物語だったかも。
 実に後味のよくない側面で、よくわかる、ということだが。 
 近松、恐るべし。 


 与兵衛役の染五郎さんは、見事に底抜け馬鹿息子を演じていて、最後は十分に恐ろしくて、はまり役。
 お吉役の亀治郎さんは、これまで生では見たことがなかったので、今回は、どちらかと言うとこちら目当て。
 美しいかどうか、というと微妙ながらも、不思議な?色気があって、存在感十分。
 完全な「芸」として殺害されるお吉さんを演じていて、それが救いにもなっていた?

 与兵衛のお母さん・おさわ役の片岡秀太郎は、もう浪花商家のお内儀さん以外の何ものでもなく、もと番頭で与兵衛の義理の父・徳兵衛役の坂東彦三郎さんとの夫婦ぶりは、さすが。
 
 与兵衛の恋人の芸者の小菊役の市川笑也さんは、市川高麗蔵さんが体調を崩したのを受けての一時的な代役だったようだが、こちらは、亀治郎さんとちがって?この世のものとも思えぬ美しさ。
 上記の冒頭・川面の舟遊びシーン、 笑也さんも船に乗っていたのですが、春爛漫のシーンに文字通り花を添えていました。


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 2月20日(土)



 百段雛まつり


    @ 目黒雅叙園・百段階段  〜3月3日(木)


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 目黒雅叙園の、名高い「百段階段」(雅叙園の昭和初期の木造旧料亭建築のうち唯一残存する部分で、99段の階段に沿って意匠を凝らした装飾も鮮やかな7つの部屋が並んでいる)の各部屋に、それぞれテーマに従って、その豪華な装飾に負けないような、華麗なひな飾りが展示され、京都、江戸それぞれをルーツとする雛祭りの歴史から始まり、山形地方を中心としたさまざまな雛飾りを見ることができる。
 山形は雛祭りが盛んで、春になるとそこら中の旧家や博物館、美術館等で、競い合うようにそれぞれ特色ある雛飾りの展示を行うが、それらが一堂に会しているのを、いっぺんに見ることができるのは貴重な体験。


 * 有料展示自体は撮影禁止。
   以下の写真はすべて、雅叙園本館のエントランスホールに関連展示されていたもの。



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 一般的なひな飾りとともに展示されていた「日本三大つるし飾り」が、華麗な上にやさしい温もりを感じさせ、雛祭りの雰囲気をいっそう華やいだものにしていた。

 写真左、福岡は柳川の「さげもん」と、山形湊町酒田の「傘福」。
 写真右、伊豆稲取の「つるし飾り」。

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 三大つるし飾り合作の大作つるし飾り

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 いろいろな飾り

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 * 百段雛まつりに関しては、奥の院の方に、他にも、今の季節にぴったりな、雛まつりの写真をたくさんのせました。こちら



 この日は、ついでに目黒にあるお寺を回った。



 五百羅漢寺


 以前記事にも書きましたが、来る3月15日より、東京江戸博物館にて、待ちに待った、狩野一信の五百羅漢図一斉公開!が、いよいよ始まります。
(公式HPは、こちら。すごいので、覚悟してご覧になるように)

 昨年から妙に羅漢さまに縁があり、京都などでも何度か拝観しましたが、
 せっかく目黒に来たのだから、展覧会予習の意味で、もう一方の東京を代表する五百羅漢を見ておこうと、
 久しぶりに訪れました。


 やっぱり、何度来ても、すごい。

 宗教性と、アミューズメント的な歓楽性とが高い次元で渾然一体となった、
(この点、前回書いた「禁欲的でない」バッハのカンタータにも通じる!)
 そんな、正にお江戸ならではのおおらかな宗教スポットを、見事に現代復活させた、類稀な名刹。

 五百羅漢はもちろん(実際には約300体が修復されている)、丈六釈迦三尊像や十大弟子等、有名な獏王像など、お江戸を代表する「親しみやすい」仏像群、そしてなによりも、その配置方法が圧巻。


 インド風本堂。

 五百羅漢がずらっと並ぶ回廊を抜け、たどりついたこの本堂の中では・・・・!

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 付近の大円寺も、五百羅漢の石仏で有名。せっかくなので、お参り。

 ここは、石仏もすごいが、実は、東京有数の仏像王国でもある。(秘仏で参拝できないもの多し)

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 * 五百羅漢寺、および大円寺等、目黒の寺院については、仏像関係を中心に奥の院に記事を書く予定です。



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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
Noraさま
こんばんは。深夜に恐縮です。
今、0時を回ったところですが、8時間遅れのドイツでは午後4時。
今から4年前の3月2日、正しく私が初めてライプツィヒの地に立った
時刻です。その2時間後に、聖トーマス教会で長年の夢であったバッハ
に会うことができたのでした。(笑
さて、今年も東京藝術大学バッハカンタータクラブの定期演奏会に行っ
て参りました(40周年記念・おめでとうございます)。バッハの若さ
溢れるBWV4、コレッリのクリスマス協奏曲を挿んでBWV20!!!
20番の第5曲のバスのアリアでは、なんと3本のオーボエが美しく歌
声に絡み、それをしっかりとファゴットとチェンバロが支えながらリズ
ムを刻んで行くという見事な音楽の流れに、思わずバッハの人間性を疑
ってしまうほどでした。(笑
クリスマス協奏曲に関係した心がほんわかするお話は、また何かの機会
にでも。。。。。。
Nacky
2011/03/03 00:08
追伸
前後してしまいましたが、私もニュージーランドの震災に対し
お見舞い申し上げます。
Nacky
2011/03/03 00:11
 Nackyさん、興味深いコンサートの感想、いつもありがとうございます。
 BWV20、ほんとうに豪華な名曲ですよね。
 ちょうど今、バッハがライプツィヒ2年目に作曲した「コラール・カンタータ年巻」のおしまいの方の曲を毎週ご紹介しているところですが、
 BWV20は、正にその約1年前、「コラール・カンタータ年巻」作曲の挑戦をバッハが開始した最初の1曲、(だからフランス風序曲で始まります)
 バッハも気合い入りまくりで、特別華麗なカンタータですね。
 しかも、創立40周年!の、カンタータを知り尽くしている東京藝大バッハカンタータクラブの演奏、
 さぞやすばらしいコンサートだったのではないでしょうか。

 ところで、最近、トマスカントルのカンタータ演奏をよく聴くのですが、改めて特別なものを感じます。
 やはり、あのあたりには、バッハの魂が残っているとしか思えません。(笑)
Nora
2011/03/04 02:25

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