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今度の日曜日(10月16日)は、三位一体節後第17日曜日。 カンタータは、 おそらく第1年巻のBWV148、 第2年巻(コラールカンタータ)BWV114、 後期のBWV47、 の3曲。 先々週のBWV99、そして先週のBWV8、今週のBWV114と、 第2年巻のコラール・カンタータは、いまの季節にぴったりな、静謐な美しさに包まれた神品が続きます。 どの曲もフルート&トラヴェルソの活躍が印象的。 BWV114は、第3曲以降のオブリガートが失われており、その点が残念。 過去記事はこちら。↓ <三位一体節後第17日曜> 涸れた谷川にて鹿が水を慕うように(BWV148他) 三位一体節後第17日曜(BWV114他) ![]() 映画もそうだが、最近、クラシック音楽等もTVで楽しむことが多くなった。 地上波のN響アワーなどはこま切れのことが多いので、もっぱらBSとなる。 毎朝(月〜金)、NHKBSプレミアムで放送しているクラシック倶楽部、日曜の朝、やはりNHKBSで放送している特選オーケストラライブは、必ず録画し、流して見て、必要があればじっくりと鑑賞し、保存しておく。 ジャンルは、オーケストラやピアノはもちろん、さまざまなアンサンブル、ソロと多岐にわたる。 声楽も意外と多く、たまには民族楽器なんかも。 曲目も、古楽から現代音楽まで幅広く、有名曲から、タイトルも聴いたことないようなマニアックな曲まで、 演奏者も、世界の超一流アーティストから、きわめて身近な存在まで、 ・・・・と、ほとんどCDを買う必要がなくなってしまったくらい。 例えば、昨年から録画を始めたばかりなのだが、すでに、ベートーベンやショパン、ドビュッシーのピアノ曲、ブラームスの室内楽などは、主だった曲を、トップスターや新進気鋭の日本人アーチストのさまざまな演奏で聴きくらべができるくらいになってしまった。 従って、心に残る演奏も数多く、それらのうちのほんの一部についてはこれまでも書いたこともあったが、とてもすべては書き切れないのが残念。 いずれゆっくりと、かんたんなメモだけでも書きたいとは思うが、 この夏、土曜深夜放送の「プレミアム・シアター」で、ちょっと種類の異なる世界のトップ指揮者3人の、それぞれ十八番とも言える舞台を観て、心の底から感銘を受けたので、 ここでは、とりあえず、その感想を書いておくことにしきます。 この「プレミアム・シアター」、時々、早ければその週に行われた世界各地の演奏会や来日公演のライブ、あるいは発売中のDVDやブルーレイと同じライブなどを放送することもあり、高いお金を払ってそれらの演奏を聴いている人がいるだろうに、申し訳なく思ってしまうほどですが、 この3つの演奏会は、特にすごかった! まずは、やはりこの人の演奏から。 グルック 「オルフェオとエウリディーチェ」 (パリ・オペラ座バレエ版) ピナ・バウシュ振付、パリ・オペラ座バレエ団 ヘンゲルブロック指揮、バルタザール・ノイマン・アンサンブル&cho 2008年2月16日 @ ガルニエ宮 わたしが聴いたヘンゲルブロックのオペラは、パーセルの「妖精の女王」、モーツァルトの「牧人の王」に続いてこれが3作目だろうか。これが一番よかった。 以前ご紹介した、「エイシスとガラテア」みたいな、歌手とダンサーが二人で一役をつとめる、バレエ&オペラの複合版みたいな舞台。 やや冗長で、演技の動きも少ないバロックから前期古典派のオペラには、この方式はぴったりなのかも。 そして、このバロックから前期古典派こそ、我らがヘンゲルブロック氏の独壇場のレパートリー。 さらに、音楽と舞踏とが一体になったような総合芸術みたいなライブも、かつての伝説のロ短調ミサの頃から、彼が一貫して目指してきて、最も得意とするところ。 この時点ではまだかなり残っている銀髪をなびかせながら颯爽と登場したその瞬間から、最後のカーテンコールまで、実に呼吸の深い、それでいて一瞬も緊張感のとぎれることのない音楽をたっぷりと堪能させてくれます。 その生き生きとした音楽と一つになって展開する、今は亡きピナ・バウシュの手によるファンタジーあふれる舞踏。 冒頭と最後、オルフェオは結果的に2度もエウリディーテを失ってしまうことになるのですが、(このバレエ版において) それぞれの場のオルフェオの切々とした悲しみ、 有名な「精霊の踊り」を含む、冥界の花園のあまりにも妖しい美しさ。 やはりこのあたりが必聴&必見場面か。 どちらも、ハープのこの世のものとも思えぬ響きが、音楽&舞踏によりいっそうの幻想味を加えています。 それにしても、名高いアリア「エウリディーテを失って」などで見せた、明るい長調の響きの彼方にのぞかせる、ぽっかりと開いた闇の深さ! もちろん古楽オケなのに、ほんとにこれが古楽オケなのか?と思えるような、現代オケでも最近ではあまり聴くことができないほどの、筋金入りのロマンの香りあふれる響き&表現こそが、ヘンゲルブロックの真骨頂。 この天性のロマン性が、現代オケのシェフとなった今、どのような花を咲かせてくれるのか、 ほんとうに楽しみ。 そんな今大注目の、ヘンゲルブロック&NDR響ですが、 rbhhさんの記事によると、 NDR響常任就任第2回目のコンサートで、ついに、というか、早くもブルックナーの6番を指揮したようです。 インターネットラジオで生放送されたようですが、わたしは残念ながら、旅行中で聴くことができませんでした。 取り返しがつかない、というのはこのことか、と、ちょっとがっくりしましたが、縁があれば、また必ず聴くことができるでしょう。 ただ、、就任第1回目、記念すべきコンサートの、天満空をゆくエロイカを中心としたライブ映像は、rbhhさんのこちらの記事のおかげでじっくりと楽しむことができました。 (ライブ映像の配信期間は終了してしまったようですが、練習風景はまだご覧いただけます。) あいさつがわりの、ハンブルグがらみの「バロック音楽の花束」もさすがだったし、ガーシュインやコール・ポーターもは華やかで楽しかった。 それにしても、どんな音楽でも、こんなに楽しそうに演奏する人は見たこと無い。これこそが、「音楽」の原点。 この人についてきたわたしは、やはり正しかった。 でも、この人、デビューの頃から、レア曲、珍曲発掘に異様なまでのエネルギーを費やし、限りない喜び、生きがいを感じている節があり、 NDR響のシリーズでも、上記したとおり、第1回目ではいきなりコール・ポーターのミュージカルをやったり、第2回目では、ブルックナーの6番だけならまだしも、わざわざレクイエムまで演奏したり、と、そんなところはちっとも変ってないようで、それがどこまで受け入れてもらえるのか、ちょっと心配ではあるけれど。 NDR響とのコンビの第一弾CDも、天下のソニー・クラシカルからリリースされています。 こちら。 (HMV ONLINE) 一応ロマン派ど真ん中ながら、あいかわらずちょっとひねくれたプログラム。 ジャケットの、必要以上に明るい笑顔がまぶしい。 このCDについても、いずれきちっとご紹介しましょう。 なお、ここでご紹介したグルックの名演、DVDもリリースされていますので、興味のある方はぜひ。 こちら。 (HMV ONLINE) いくら髪の毛が少なくなっても、ついてゆきます。 がんばれ、トーマス。 R.シュトラウス 「影のない女」 ティーレマン指揮、ウィーンフィルほか。 2011年 ザルツブルク音楽祭ライブ これもすごかった。 しかも、何と、実際の上演の1週間後、というぜいたくなライブ放送だった。 ふつうのスーツ等を着た登場人物が登場したので、よくある現代劇に置き換えた演出か、とはじめは思い込み、こんなにも浮世離れした壮麗な音楽のオペラまで現代風アレンジというのは、ちょっと興醒めじゃ・・・・、と、半ばあきれたのだが・・・・、 とんでもなかった。 どうやら、基本的に、この「影のない女」という作品そのもののレコーディングをしている、という舞台設定らしく、そこで繰り広げられるさまざまなできごとに、実際の「影のない女」のストーリーが重層的に重なってきて、最後には一つになる、というややこしい演出だったようだ。 つまり、歌われている歌詞の物語と、実際に舞台で進行している物語とが、微妙に異なる、というとんでもない現象が生じていたわけで、いくらできたてほやほやの映像とは言え、そのあたり注釈してくれないと、まったくわけがわからないぞ。 (さらにこれは、CDではさらにわからない、というか、CDで聴く限りは、一般的な「影のない女」、ということになる) ただ・・・・、 ティーレマンの音楽が、そのようなことはどうでもいいような、何もかも吹き飛んでしまうような、すさまじい演奏だった。 もう、途中から、大きな大きな音楽の流れ、一つ一つの楽器の鮮やかな調べに全身を包まれ、気がついたら、フィナーレ、間抜けにもTVの前で涙を流しながら拍手していた。 この最後のシーン、大詰めの第3幕第4場、「霊界にひろがる風景」の場面がすごかった。 ここで、ついに重層的な世界が一つになり、 まるで、美しい夢のようなコンサート会場における演奏会形式の上演を観ている体になるのだが、 ここに来て、演出上のあらゆる疑問や不満もいっぺんで吹き飛び、ただただ、シュトラウス&ティーレマンの、文字通りの魔法のような音楽を楽しむことができた。 また、それを楽しむにふさわしい場面になっていたと思う。 この人は、いったいどこまで大きくなるのだろう。 ヘンゲルブロックとはまたちがう意味で、大きな畏敬の念とともに、今後とも見守っていきたい。 同時期に、バイロイト音楽祭の「ジークフリート」が、なんと生放送された。 こちらも、舞台をネズミの国?に移した斬新な演出とのことだったが、 もとの舞台を一度も見たことがないし、曲自体全曲通して聴いたことがなく、よく知らないので、とりあえず感想は差し控えておく。 そう言えば、ヘンゲルブロックもバイロイトデビューを飾ったはずだが、 どうだったんだろうか。 ストラヴィンスキー 「火の鳥」、「春の祭典」、ほか ゲルギエフ指揮、マリインスキー劇場 サンクトペテルブルク白夜祭2008 ものすごくオーソドックスな、堂々たる舞台だった。 格調高い中にも、ロシアの、土くさい、そして郷愁を誘う何とも言えない空気感が漂い、 「春の祭典」なども、ゲルギエフならではの生き生きとした鮮烈な演奏ながら、どこか牧歌的で、この曲の初演時になんでそんなに大騒ぎになったのか、不思議にさえ思えてくる。 「火の鳥」はたびたびフィギュアスケートの音楽にもなるので、言わばそのルーツを堪能した。 主役の火の鳥を踊った人が、しなやかかつ気品のある身のこなしで、ほとんど本物の火の鳥と化していた。 昨年末、レニングラード国立バレエ(ミハイロフスキー劇場)の「くるみ割り人形」を見に行った。 このレニングラード国立バレエ、日本ではなじみ深く、舞台もとても楽しめ、感銘を受けたが、超一流と言われるマリインスキー劇場などは果たしてどんな感じなのか、と、気にはなっていたのだ。 今回、マリインスキー劇場のライブを見て、こちらは生の舞台ではなく、曲目も異なるのでもちろん単純な比較はできないが、舞台の美術も含めて、それほど大きなちがいは無いように感じられた。 これはもちろん、マリインスキー劇場の舞台が思ったほどではなかった、というのではなく、レニングラード国立バレエの舞台が、殊の外すばらしかった、ということだろう。 どちらも、奇抜な演出などなく、素朴とも言える舞台だが、伝統というものは、時としてそれだけで大きな力になるのだ。 ![]() |
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ご無沙汰しておりましたが、お変わりございませんか? |
aosta 2011/10/21 11:56 |
aostaさん、こちらこそご無沙汰しています。 |
Nora 2011/10/22 21:40 |
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