♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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zoom RSS ブルックナー初期交響曲の「初期」の一言ではかたづけられない諸相【三位一体節後第14日曜日】

<<   作成日時 : 2013/08/29 10:48   >>

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 7月に書いた、「上半期に聴いたCD・ブルックナー編」の補遺です。

 すばらしいCDが立て続けにリリースされたので。



 まずは、カンタータのお知らせから。



 今度の日曜日(9月1日)は、三位一体節後第14日曜日。


 カンタータは、

 第1年巻のBWV25
 第2年巻の名作、BWV78
 後期のBWV17

 の3曲です。3曲とも大名曲。


 過去記事はこちら↓


 <三位一体節後第14日曜日>

    三位一体節後第14日曜(BWV25他)
    ルードルシュタット歌詞集(カンタータ詩人その3)(BWV78、17他)



  ☆    ☆    ☆



 Profil&Hänsslerレーベル ブルックナー・コレクション


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 ハイティンクの6番ティーレマンの8番(どちらも、シュターツカペレ・ドレスデン)、ラウダンテス・コンソートのレクイエムなど、これまでご紹介してきた各曲の決定盤とも言える演奏、
 ティントナー(00番、0番)、テンシュテット(3番)やサンデルリンク(4番)、ヴァント(5番:ベルリン・ドイツ響、9番:伝説のオットーボイレンライブ)などの定評ある名盤、
 カラヤンのテ・デウムやリリングのミサ曲、
 ヘルゴラントや7番の超掘り出し物名演・・・・、

 その他、モテット、室内楽曲、ピアノ曲、オルガン曲まで、ブルックナーの主要作品を、ヘンスラー氏が、これまで自信を持ってリリースしてきた新録音、発掘録音を選りすぐって、まんべん無く網羅。
 正に、ブルックナーファン必携のセット。


 上記のように、このBOXに含まれるブルックナーの交響曲全集は、実にバラエティに富んだ、ある意味最強の全集と言ってもよい内容だと思いますが、
 その中にあって、ここで特に触れておきたいのは、いわゆる初期交響曲(1番、2番)を担当?している、シャラー&フィルハーモニー・フェスティヴァの演奏です。

 わたしは、ブルックナーの交響曲に関しては、基本的に、初期作は初稿に、後期作になればなるほど最終稿に、最も魅力を感じます。

 例えば、ブルックナーの1番には、よく知られるように、大きく分けて、初稿とされるリンツ版(1865〜1866年)と、例によって最晩年に大きく手を加えられたウィーン版(1891年)があります。
 これまで我々が聴いてきた、ノヴァークとハースによる「リンツ版」は、実は、1877年の改訂も加味されたもので、純粋なリンツ版とは言い難いところもあったようで、キャラガン校訂版の登場によって、このブルックナーのはじめの交響曲の、より原初の形に近い、真のリンツ版と言っていいものが聴けるようになったのは、正に歓迎すべきことでした。

 その第1番のキャラガン校訂版には、すでに、少し前のティントナー盤、最近のヤング盤などがありますが、
 このBOXには、徹底したキャラガン版使用の録音で知られるシャラー&フィルハーモニー・フェスティヴァが、満を持してリリースした定評ある最新録音が含まれていて、ブルックナーの「最初の交響曲」が本来持っていた斬新かつ鮮烈な魅力を、これまた鮮烈な演奏で満喫することができます。
(その革新性が、ブルックナー自身によって意識されたものであるかどうかは別の話ですが)

 ちなみに、2番も、同じくキャラガンによる最初期版。つまり、デッソフが、長すぎる、とあきれはてた、ブルックナーが作ったままの姿の試演版で、この後大幅な短縮等のあと、何とか正式な初演にこぎつけたわけですが、わたしなどは、この頃のブルックナーの音楽は、長ければ長いほど、わくわくしてしまう。
 1番と同じくティントナー、ヤング、そしてボッシュなどに次ぐ、録音。
 これもまた鮮烈ながら、真摯で、美しい名演。
 なお、アイヒホルン版も初稿と言われていますが、こちらは、デッソフ等の意見を加味した短縮初演版とのこと。


 ところで、ここで圧巻の演奏を披露しているフィルハーモニー・フェスティヴァは、ミュンヘン・フィル、バイエルン放送響、バイエルン州立歌劇場管等、ミュンヘンの主要なオーケストラの首席奏者をはじめとするメンバーによるオーケストラ。
 正に、ブルックナーを演奏するためのオケと言ってもいいと思いますが、
 こうして書けば、思いつく方もいらっしゃるでしょう。
 そう、このオーケストラ、あのはカール・リヒターのミュンヘン・バッハ管弦楽団を母体とするオケなのです。
 カール・リヒターのブルックナーへの夢が、ついにここに結実した!



 ブルックナーの初期交響曲の名盤について書いたところで、

 さらに、初期交響曲、第1番の、すさまじいCDを。

 1番、というか、ブルックナーのすべての交響曲の中でも、最高峰に位置すると言ってよいとんでもないCDが、登場してしまいました。 


 ブルックナー 交響曲第1番

  アバド指揮、ルツェルン祝祭O


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 昨年のルツェルン音楽祭ライブ。

 なぜかよくわかりませんが、ブルックナーの1番に特別なこだわりと愛着を持ち、実際得意としているアバド。

 今や世界最高峰と言ってもいいポジションに立つアバドが、すでに名演盤があるにもかかわらず、わざわざまた1番のCDをリリースする。
 このニュースを聴いた時は、さすがにちょっと驚いたものの、これまでリンツ版がお気に入りだったアバドのこと、上記キャラガン版が定着してきたので、録音したくなったのかな、と思いました。
 ところが、ここでアバドが使用したのは、直球ど真ん中のウィーン版。
 アバドは、逆に、これまでウィーン版を録音したことがなかったので、1番に関して、ブルックナーが到達した最終的な姿を、きちっと残しておきたかった、ということなんでしょう。

 ウィーン版は、すでに8番を書き終えた「大作曲家」ブルックナーによって、ていねいにていねいに改訂された作品。気の遠くなるような孤独な道のりの果てについに到達した唯一無二の作曲技法によって、若いころの魅力的な楽想を再構築した曲。
 そして、その曲を、今や、自由闊達、天衣無縫、孤高の境地に到達して、文字通り、揺るぎも無い大指揮者になっているアバドが、ありったけの愛を込めて、演奏している。。
 ブルックナー、そしてアバド、この両者の、長い長い創作活動の末に獲得した深い叡智のまなざしが重なり、化学反応することによって、その音楽の持つ威力が何倍にも増幅し、まるで初めて聴く音楽のような新鮮ささえ伴って我々の前に立ち現れた!
 もはや、とんでもないことになっています。
 なんという溌剌とした覇気、なんというやさしさ、慈しみの心、そして、すべてが自然でやわらかな風のように通り過ぎてゆく。
 ほんとうに、風のように何でもないです。うっかりすると、ただ通り過ぎてしまう。
 だけど、心の耳を澄ましてみて下さい!
 これはもう、かつて1番に関してずっと言われ続けてきたように、「まだブルックナー本来の宗教性は薄いが、個性はすでに認められる」なんていうレベルの音楽ではない。
 ブルックナー音楽の究極の形。
 現代のわれわれが聴くことができる、最高のブルックナーの音楽。

 ブルックナーのCDを1枚だけ選べ、と言われたら、このCDを選んでもいいです。
 いや、ちょっと言い過ぎました。でも、今は、ほんとうにそのくらいこのCDに感激しています。


 (なお、昨年のルツェルン音楽祭の1番は、すでに今年の春リリースされたアニヴァーサリーBOXセットの中の一曲としてリリース済みだったようです。
 アバドがわざわざ、頼んで、過去の演奏と差し替えてもらったみたい。グラモフォンのセットなのに。
 このことからも、この曲、演奏に対するアバドの思い入れが伝わってきます。
 ただ、同一演奏かどうかは不明)



 そして、

 このアバド&ルツェルン祝祭O、この秋、再び、わざわざ日本にやって来てくれます。

 演奏するのは、ブルックナー9番ほか。

 以前書いたように、わたしは、アバド&ウィーンフィルのブルックナー3番アダージョNo.2で、ブルックナー、というか、クラシック音楽に目覚めました。

 この演奏会、日本のブルックナー演奏史における一つの金字塔になるような予感がひしひしとしております。



 さて、以上、1番、初期稿と最終稿の決定盤とも言えるCDに関してご紹介しましたが、
 まずはじめの全集盤、
 ありったけの情熱と自信とをもって書き上げたにもかかわらず、それほどの成功をおさめることができなかった「交響曲第1番」が、ありのままの姿で、このように美しく、颯爽と鳴り響くのを聴いたら、ブルックナー、どんなにか喜ぶことでしょう。 

 そして、アバド版、
 そんな愛すべき処女作を、少しでも立派な大作にしようと、一生手を加え続けたその最後の最終形が、このように堂々と、他の晩年の成功作とみまがうばかりの姿で響き渡るのを聴いたら、ブルックナー、さらに喜ぶでしょう。感激のあまり泣いてしまうかもしれません。

 正に、再現芸術の究極の姿がここにある。



 かように、ブルックナーの初期作品、決して「初期作」の一言で片づけられない、キャリアの最初期から最後期にまでおよぶ、実に多種多様な魅力に彩られているのだ。
 そこには、初期にしか書きえなかった楽想もあれば、最晩年の、8番や9番にもけっして劣ることのない深い「精神性」もあふれている。


 8番や9番よりも、広大な裾野がそこに広がっている、と言ったら、信じますか??



 ついでに、

 1番、2番のキャラガン版を含む、初稿演奏で圧倒的な名演を刻印し続けているヤング姉さんが、ついに、0番をリリースしたので、ちょっとご紹介しておきます。


 ブルックナー 交響曲0番

  ヤング指揮、ハンブルク・フィル

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 いつものヤング節、全開!

 ゆったりとしたテンポの堂々たる演奏。
 「0番」だから、ということにまったくこだわることなく、他の大交響曲に向き合うのとまったく同じ姿勢で、このブルックナーの「2番目」の交響曲を、見事によみがえらせています。
 特に、歌の洪水のような、2楽章は圧巻。

 これも、ブルックナーに聴かせてあげたい!



 最後に、初期交響曲ではないですが、上記ブルックナーBOXのところでご紹介した、シャラー&フィルハーモニー・フェスティヴァの、中後期名作交響曲集もあげておきます。
 あんまりすばらしいので。


 ブルックナー 交響曲第4番、7番、9番

  シャラー&フィルハーモニー・フェスティヴァ


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 何と言っても、キャラガン補完4楽章完成稿の、2010年改訂最新版の第9番が聴きもの。

 ブルックナーの第9番補完版に関しては、昨年の今頃ご紹介した、ラトル&ベルリン・フィルのSPCM版による録音の対極にあるような録音。
 つまり、最もロマンチックでファンタジックな「作曲」的な要素がふんだんに盛り込まれた版の、最も真摯でていねい、ほんの少しのケレン味も無く、そこにある音楽に向き合った、誠実極まりない演奏。
 キャラガン版自体も、磨き抜かれてきた。
 例えば、コーダ、最強奏のコラールの再現に、第1楽章冒頭テーマ等が重なる、わくわくするようなアイディアはそのままに、一番最後の部分、2006年の時点まではあった、聴いていてちょっと照れてしまうような、いかにもブルックナー的な金管フレーズは削除され、ヘルゴラントのラストに限りなく接近した音楽になっている。
 昔の衝撃的なタルミ盤、すべてのブルックナーファンの夢の現実化ではあったけれど、文字通りの「一夜の夢」かでしかなかったあのCDから、版、演奏ともに、よくぞここまできたものだ、という感涙を禁じえません。
 それでもやはり、これは、「夢」でしかありませんが、十分に「リアル」な、失われたブルックナーの心をきちっと伝えてくれる夢。

 このような「夢」の演奏を、あのカール・リヒターの夢をひきついだオケが実現したことも、感無量です。

 4番、7番も、なぜ、もっと評判にならないのか、と不思議なくらいのスタンダードな名演。
 とにかくただひたすら音楽そのものに誠実。
 気宇壮大な響きによる、一気に吹き抜ける雄大な風のような演奏。
 総じて録音の残響が豊かで雰囲気満点だが、個々の音が混ざってしまうことは無い。



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