♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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zoom RSS 唯一無二の伽藍と仏像群・当麻寺参拝記ダイジェスト後篇〜’16晩秋奈良旅行・旅のしおり4【顕現節後3】

<<   作成日時 : 2017/01/21 23:16   >>

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 明日、1月22日は、顕現節後第3日曜日。


 カンタータは、

 第1年巻のBW73
 第2年巻(コラール・カンタータ)のBWV111
 その翌年のBWV72
 後期のBWV156
 の4曲です。

 ゾロ目カンタータに知られざる名曲あり!究極のゾロ目カンタータ、BWV111、
 みんなが知っている冬の名曲、冬のラルゴ、BWV156、
 などなどが登場。


 過去記事は、こちら↓。


 <顕現節後第3日曜>

    冬のラルゴ・その1(BWV156他)
    顕現節後第3日曜(BWV72、111)
    顕現節後第3日曜(BWV72、111)
    ゾロ目CK、BWV111



 年をまたいでしまいましたが、今日は、昨年末の奈良旅行記の最終回をアップしておきます。


 旅の最後に訪れた當麻寺(当麻寺)の途中から。




  ☆    ☆    ☆



 西南院を出ると、もう目の前に、巨大な曼荼羅堂がどーんと建っている。

 いよいよ、當麻寺(当麻寺)の中心伽藍を拝観する。


 仁王門と門を入ってすぐ正面にある鐘楼については、すでに書いた。

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 鐘楼の先をずっとまっすぐに進むと、中心伽藍、正面の本堂に突き当たることになるのだが、
 前にも書いた通り、中心伽藍の拝観受付は本堂にある。
 (堂内を拝観しなければ、基本的に當麻寺本体の境内の参拝は無料)
 本堂で受付をすますと、まず本堂を拝観し、その後、講堂、金堂と案内される。
 つまり、これから、本堂から仁王門の方へと、逆に戻って拝観してゆくことになる。


 国宝・本堂(曼荼羅堂)


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 當麻寺最大の建築。

 当初は奈良時代(あるいは平安初期)建立の小さな千手堂だったが、曼荼羅が祀られるようになってからは、曼荼羅信仰の高まりにとともに改築、増築が繰り返され、ついに平安末期の永暦2年(1161年)に、現在見ることのできる、豪壮な典型的中世建築の姿となった。
 背面に閼伽棚と呼ばれる増設部分がある。

 内陣(旧堂部分)には、當麻曼荼羅を奉懸するための巨大な厨子(国宝・當麻曼荼羅厨子)が置かれ、当初はもちろん名高い国宝・綴織當麻曼荼羅(根本曼荼羅)が懸けられていたが、現在は室町時代の文亀本當麻曼荼羅が祀られている。
 ちなみに當麻曼荼羅には、全部で五百九十九もの仏や菩薩、飛天等が描かれている画かという。
 比較的状態の良い文亀本でも、残念ながら細部はよく見えない。
 それよりも圧巻なのは、その厨子だろう。
 六角宮殿形の、それ自体が建築と言ってよい巨大な建造物で、その作成は平安初期以前にさかのぼると思われる。古代の特色が色濃く残された造形には、天平建築を彷彿とさせる音楽的な美が漂う。
 鎌倉時代の仁治3年(1242年)には大改修が施され、その際に蒔絵や螺鈿細工を惜しげもなく使用した壮麗な扉や須弥壇が付け加えられた。
 扉の絵の下に蒔絵で施された結縁者の名前には、藤原頼経(四代将軍)や北条泰時とともに、例によって源頼朝の名も見られる。
 この須弥壇、その装飾はかの中尊寺金色堂のものとも並び称される華麗さで、その上雄大な造り、観ている内に時間を忘れてしまう。


 仏像としては、厨子の向かって左側の須弥壇上に、鎌倉時代の大きな阿弥陀立像(来迎仏)。
 何とこれは、人間がすっぽりと被ることのできる構造のめずらしい仏像。かつては練供養において、行道面を被った菩薩たちの本尊として、実際に使用されていたという。
 向かって右側の須弥壇上には中将姫坐像。頭巾を被った二十九歳像。小さな厨子に入れられ、右側の方を向いて安置されているため、右側方向に回り込まねば拝観できない。
 その中将姫像が見ている方向、すなわち内陣の向かって右側の間(織殿間)には、優美な平安時代の十一面観音立像。中将姫が曼荼羅を織るのを手伝ったという伝説があり、織姫観音と呼ばれる。
 反対側、左側の間には、役行者像。奥の院の役行者は何と立ち上がって雲に乗っていらっしゃったが、こちらはちゃんと座っている。しかし、大きくて凄みがあり、大迫力。
 

 本堂は東側を向いて建ち、従って、その正面にあるお寺のメインの入り口、仁王門は東大門ということになる。


 本堂から、金堂(右)と講堂(左)を見る。

 金堂と講堂は、本堂前の広場に、本堂と垂直になる向きで並んで建っている。
 どちらも南都焼討に遭い焼失、奈良時代の様式を踏襲しつつ、鎌倉時代に再建された。

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 金堂と講堂の間、はるか彼方正面に見える小さな建物は娑婆堂と呼ばれるお堂。
 練供養では、曼荼羅堂(西側の彼岸)からこの娑婆堂(東側の此岸)まで、「来迎橋」と呼ばれる120メートルにおよぶ長大な架け橋が渡され、周囲を会衆が埋め尽くす中、當麻曼荼羅から抜け出してきたかのような来迎行列が、曼荼羅堂から娑婆堂へと中将姫の魂を迎えにゆく。


 講堂


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 本堂の次には、講堂に案内される。
 (基本的に自由に拝観できるが、係りの方がいっしょに来て、説明の録音テープをかけてくださる)

 本堂より規模が一回り小さいが、よく似た建築。窓が一つも無い外観は、いかにも奈良風。


 堂内は、密度の濃い平安仏の世界。
 本尊は2メートルを超える定朝様の阿弥陀坐像。一点の曇りも無い美しさ。
 向かって左に、地蔵菩薩立像。よく観ると子供のような顔をしているのだが、がっしりとした2.4メートルを超える巨像。こんなに堂々たるお地蔵様もめずらしい。平安風の落ち着いた佇まいだが、衣紋の迫力等から、鎌倉仏の可能性もあるという。
 向かって右側にも、お地蔵様のような像。一見するとお地蔵様だが、寺伝では妙幢菩薩立像(お地蔵様の別名)とされる。左のお地蔵さまと比べるとかなり小さいが、お顔、姿、ともにものすごく優美で静謐な雰囲気。こちらはまごうことなき平安仏。
 その他、平安時代の多聞天立像、不動明王立像、小さな阿弥陀坐像、鎌倉時代の千手観音などが、所狭しと厨子上に並んでいる。
 なお、かつてこの講堂には紅玻璃弥陀坐像もいたらしい。(現在奈良博に寄託)
 上記妙幢菩薩立像も含め、密教色の濃い仏像空間だったことがわかる。
 當麻寺では金堂の仏像があまりにも名高いが、講堂も、金堂とはまったく異なる個性的な仏像空間であり、必見!
 これまで長い間仏像遍歴をしてきてきてわかったことの一つに、「スター仏の影に名仏像あり」ということがある。その典型。

 
 講堂を拝観した後、いよいよ次は名高い国宝の弥勒仏&四天王が祀られている金堂へ。

 金堂は先ほどの写真のように本堂(曼荼羅堂)の前に講堂と並んで建っているので、講堂の正面から出てそのまま向かいの金堂の入り口に入る。
  

 金堂


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 金堂は、窓が無いことに変わりは無いが、講堂よりも一回り小さく、屋根の組み物が高く造られているので、どこか軽やかな雰囲気がある。

 講堂の方に向かって開いた扉(上の写真)から内部に入る。

 入った瞬間、面食らってしまう。
 目の前に荘厳な仏像空間が広がるかと思いきや、そこにあるのは薄暗い壁。回り込むと、仏像群は今入ってきたのとは反対の方向を向いて並んでいた。
 本堂前の空間が中心だと思うから、一瞬驚いてしまうが、考えてみれば講堂と金堂が同じ方向を向いて建つのは当たり前の話。

 もともと、金堂および講堂が向いている南側が、正面、寺院のメインの入り口だったのだ。


 表側に回り込み、堂内空間が目に飛び込んできた瞬間、思わず息を飲んでしまう。
 やはりすごい!

 こちらは、堂内が講堂よりも狭いこともあり、より濃密な白鳳仏の世界。
 どっしりとした丈六仏、国宝・弥勒仏。現存するものでは、日本最古の弥勒仏であるとともに、日本最古の塑像でもある。
 頭と身体のバランスがほとんど1対2くらいに見え、戦火をくぐり抜けてきたその姿は傷だらけだが、力強さと若々しさにあふれ、光背の飛天の美しさと相俟って、弥勒仏ならではのさわやかさがしっかりと感じられる。
 そして、その周りを固めるあまりにも名高い、こちらも2メートルを悠に超える四天王立像。こちらは脱活乾漆像で、日本に現存するものでは法隆寺像に次いで2番目に古い四天王像。三国志の世界から抜け出てきたような、他に例のない姿、ほんとうにかっこいい。
 残念ながら、四天王のうち広目天と鎌倉時代の補作である多聞天は修理中だったが、4体揃っていたら、堂内の密度はさらにはちきれんばかりに増幅していたはずだ。
 弥勒仏の真ん前に平安時代のりっぱな不動明王がいて、正面からだと弥勒仏がほとんど観えないところがおもしろい。


 金堂。講堂や本堂がある広場からすると、裏側になるが、こちら側が正面。

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 従って、金堂の前の灯篭も、本堂の前のメインの空間からすると、金堂の裏にあたるところに建っている。
 今では裏側にひっそりと建つこの石灯籠もたいへんなもの。何と日本最古!
 こちらが伽藍の正面だったのだ。


 講堂&金堂が向いている方向を観ると、はるか先に門らしきものが。

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 この門は塔頭の一つの門で、現在は残念ながらこちらの方から寺の中に入ることはできない。
 かつてはこちらの南側の方がメインの入り口で、南大門があったのだろう。
 そうなると、仁王門〜本堂の軸の片側一方だけに建っていて妙な感じだった東西二つの塔も、南北を貫くメインの通路の両側に建っていることになり、実にバランスがいいことになる。

 もともと地図を見ると、こちらの方に大阪と奈良を結ぶ  街道が通っているし、南側から寺をのぞむと、背後に霊山二上山を背負う形になる。

 かつての當麻寺は、街道から二上山を結ぶ南北のラインを軸に、典型的な伽藍を配した格式高い古代寺院だったのだ。


 それが、中将姫伝説に象徴される曼荼羅堂(もと千手堂)への民間浄土信仰が高まるとともに、現在の仁王門〜本堂〜奥の院(この奥の院も実際には當麻寺のものではなく実は浄土宗知恩院の奥の院)を結ぶ東西のラインが寺院のメインの軸になった。

 つまり東西の古代寺院のラインと南北の民間信仰霊場のライン、二つのラインが十字のようにそのまま重なって出来上がったのが、現在の當麻寺の伽藍で、
 それこそが、當麻寺を訪れた時に感じる不思議な違和感の原因であり、當麻寺ならではの唯一無二の特殊性でもある。  


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 境内をふりかえる。

 右側の木立の間に、娑婆堂がある。
 名高い練供養会式(5月14日)の時には、ここからはるか先に見える曼荼羅堂まで掛橋が渡され、その下を会衆がびっしりと埋め尽くす。
 そして、正に奥之院の宝物殿で観てきたばかりの、二十五菩薩の来迎の情景が実際に演じされるのだ。いつか一度観てみたいものだ。

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 最後に、中心伽藍と仁王門の間に横たわっている中之坊(もと松室院)を拝観する。


 こちらは、書院内陣が4年に1度の特別公開中。
 ふだんは写経・写仏をする時以外は入場できない写仏道場も5日限定で一般拝観者に特別公開中で、近代日本美術の歴史が集約されたような天井画も楽しみ。
 さらに、ここの庭園・香藕園は、東塔に隣接し、東塔をながめる絶好のポイントであることでも知られている。

 そして、霊宝館では、何と、思いがけず3つ目の仏像パノラマとの出会いが! 


 中之坊


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 書院等の建物や庭


 東塔のさまざまな風景がゆっくりと堪能できる。

 東塔は西塔よりも早く、奈良時代には造られていた。
 3重ばかりか2重までが2間で、軽やかでリズミカル、実に「音楽的」な古代の塔の塔の典型。

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 客殿(写仏道場)


 もとは松室院という塔頭だったが、昭和4年に、中之坊客殿として、大勢の人が集まって法要や法話等ができる施設に改修された。
 設計には薬師寺金堂の基本設計を担当した大岡實もかかわっているとのこと。


 天井絵(昭和の天井絵及び平成の天井絵)


 中之坊客殿が完成した時、当時なぜか中之坊に居候していたという若い画家たちが、日頃の感謝の気持ちから、改修祝いに格天井を飾る絵を寄進したいと申し出たのが始まりとのこと。
 これまたなぜか、たまたま中之坊を訪ねてきた前田青邨が、そういうことなら、と世話役を申し出て「飛鴨」を寄進。
 それ以降、昭和から平成にわたって画家たちの意志は引き継がれてゆき、今では3間に及ぶ大広間の天井が、それぞれの世代の画家たちが心を込めて描いた個性的な作品でびっしりと埋め尽くされており、その様相は近代日本画史の縮図とも言え、壮観。
 
 テーマ、画風等、一枚一枚工夫が凝らしてあって、観ているだけでおもしろい。
 前田青邨の「飛鴨」の普遍的な格調高さから始まって、時代が下ってくるにつれ、どんどん作風が多種多様、バラエティ豊かになるのがおもしろい。

 一般参拝者に対しては、5日間限定の特別公開中。ラッキーだった。

 (建物内は撮影禁止だが、天井絵だけは、撮影OKだった)


 左は、比較的時代が新しい仏間に近いエリア。
 色彩やデザインが新鮮。

 右の写真の手前やや右寄りにあるのが、前田青邨の「飛鴨」
 一切の誇張や作為を省き、ただ一点の曇りも無くただただ飛ぶ鴨そのものを描き切った、傑作だと思う。

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 奈良らしい柿の絵。隣のバナナも斬新。

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 そして、最後にサプライズが待っていた。


 霊宝館


 中将姫伝説に係る展示を中心に、時代も種類も異なる実にさまざまな寺宝が並べられている。

 興味深いものばかりだったが、中でも目が釘付けになったのが、

 薬師浄土羯磨曼荼羅

 小さな厨子だが、中を覗き込むと、不思議な岩だらけの異次元空間みたいな風景。
 その真ん中に、薬師如来。それを取り囲む、月光・日光菩薩、十二神将、その他象に乗った仏、普賢菩薩?

 奥の院で、阿弥陀来迎と弥勒来迎の仏像パノラマを観てきたばかりだが、ここでまた、今度は薬師如来に係る仏像パノラマを拝観することができるとは・・・・!
 小さくてかなり傷んでいる厨子ではあったが、このような種類のものを拝観した記憶はそれほど無いように思える。

 當麻寺の歴史と信仰の深さを改めて思い知らされた瞬間だった。


 落ち葉の道

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 水面

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 その他の塔頭


 宗胤院

 植物の密度がものすごく濃いい庭に、弥勒菩薩らしき仏像が佇む。

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 帰り道。


 参拝後、門前のこちらのお店で、ちょっと遅いランチ。

 茶房 ふたかみ

 甘味のお店だが、にゅうめん(そばもあり)と柿の葉寿司のセット、カレー等の食事ができる。

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 車窓から見る二上山。

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 橿原神宮前駅で見た、橿原神宮上空に出現した大チンダル。

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 今回の旅では、興福寺、當麻寺、とそれぞれの二つの塔を観てきたが、

 帰りの車窓から見えた二つの塔。


 薬師寺(解体工事中でない新しい西塔の方)と東寺の塔。

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 おみやげ。

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