♪バッハ・カンタータ日記 〜カンタータのある生活〜

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zoom RSS 浦島3部作・Fスペクターとディランと〜あがた森魚の2010年代計画(前半)を総括・旅の終わり篇

<<   作成日時 : 2017/03/14 23:35   >>

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 新しい旅立ちの季節に。



 毎年恒例。

 バッハのカンタータが無い時の、「最近聴いたCD」の感想文。

 今年は、最近どころか、ここ何年か(足かけ4年!)にわたって聴き続けたCDから。



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 我らがあがた森魚さん、
 現在、ニュー・アルバムを1年1枚発表するという「あがた森魚の2010年代計画」実行中!

 2010年の「内田裕也」や2011年の「エリカ」の頃からこの壮大な計画が具体化していたのかどうかは知りませんが、
 2012年の「コドモアルバム」を皮切りに、「男と女のいる舗道」、「ぐすぺり幼年期」、そして「すぴかたいず」と、1年1枚どころではないすさまじい勢いでリリースが続き、これまで本ブログにおいても、形ばかりではありますが感想をアップしてきました。

 ところが、「すぴかたいず」以降、偏にこちらの気合が足りないせいで、あがたさんのすさまじい創作エネルギーに追いついてゆけず(言い訳になってしまうが連作だったせいもある)、感想のアップが滞ってしまっていました。
 もちろん、いつものようにアルバムは身近に置いて何度も何度も聴き直し、感想メモもその都度書き綴ってきていたので、ここいらでそれをまとめてアップしておこうと思います。

 なるべく簡素に、わかりやすく、と思ったら、何だか結局また形ばかりの物になってしまいましたが、とりあえず2017年3月、現時点での記録として。



 まずは、2014年(LPリリースは2013末)の「すぴかたいず」のおさらいから。


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 このCD、
 どこか突き抜けた感のある完成度を目の当たりにして、実に感慨深いものがあった。
 特に、萩原朔太郎の詩を歌にした「固い氷を破って夜汽車の窓で」の凄絶なまでの美しさ!
 「愛しの第六惑星」や「ヒロシ君」級の大切な歌が今になってまた増えるとは・・・・!
 2012年のデビュー40周年記念コンサートツアー&ライブアルバムの時には、あがたさん、ついにここまで到達なさったか、と、そのそれまでの音楽活動の総決算とも言えるようなライブ、CDに接した感動、熱い思いを記事に書いた
 この40周年の時は、自分がずっと聴き続けてきた音楽が想像をはるかに上まわるクオリティで総決算されるのを目の当たりにして、あまりの何だか自分自身もこれで一区切り、みたいな気持ちになったものだ。
 しかし、その後も一歩も立ち止まること無くなおも前進を続けるあがたさん!



 「すぴかたいず」だけでも、正に驚嘆を禁じ得ないところだが、信じられないことに、あがたさんの高次元レヴェルでの邁進はその後もさらに止まることが無かった。
 2014年末から2015年にかけて、浦島シリーズのCD3枚を立て続けにリリース!

 この浦島3部作
 ボリューム、内容ともに、かの「永遠の遠国」や「日本少年」と十分並び得る、モニュメンタルな大作だと思う。
 まさかこの期に及んで、このようなかけがえの無い贈り物を受け取ることになろうとは。こんなな幸せが他にあるだろうか。
 ファン冥利に尽きる、とはこのこと。あがたさんのファンでほんとうによかった。


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 一枚目、「浦島64」

 フィル・スペクターのトリビュートアルバム。
 CDをかけた瞬間からまごうことなきフィル・スペクターサウンドが炸裂!
 あがたさんとフィル・スペクターの熱烈ファンのわたしにとっては、夢のようなアルバムだ。まさかこんなアルバムを実際に聴く日がこようとは・・・・!
 もっとも、あがたさんとフィル・スペクター、根は同じところにあるのだから、必然と言えば必然、この至福の音の饗宴は、なしとげられるべくしてなしとげられたと言える。

 ここで響き渡るフィル・スペクターサウンドは、オリジナルの音の壁、ナイアガラ、と言った次元を遥かに超越して、絶え間なく、隙間なく降り注ぐ、空いっぱいの流れ星の如き様相を呈している。
 オリジナルのスペクターサウンドは、言うまでも無く恋の気分を盛り上げるためのもの。
 ところが、ここにおける「スペクターサウンド」は、あがたワールドを確かでリアルなものとして表現するという目的、ただただその一点に向かって作用している。すべてが100パーセントそのベクトルに向かって働いている。
 過去と未来、郷愁と憧憬、あるいは慣れ親しんだ懐かしい街角と遥かな宇宙の彼方とが見事に直結して混在する摩訶不思議な世界、めくるめくあがたワールド。その独特の世界にスペクターサウンドがどれほどふさわしいことか。その世界がどれほど美しく彩られていることか。

 アルバムの前半では、「十字路十秒港町」「夢が叶えられる街では」など、それこそ夢のように美しいメロディ、せつない歌詞が、硬質なきらめきにあふれていたスペクターサウンドに彩られ、あがたさんの圧倒的な歌声によって歌い上げられる。
 たまらない。ほんとうにたまらない。
 「夢が叶えられる街では」は、現時点のあがた作品マイフェイヴァリットベスト10に入ってしまうかも。
 それがアルバムの終盤近くになると、次第に音楽の響きは、黄昏の薄明、さらには深海の闇に溶け込むようになってゆき、その中で、前半聴いてきたさまざまなメロディが幻の木霊のように浮き沈みする。
 完璧な構成。

 細野晴臣、武川雅寛を始めとするバンドメンバーもすごい。ヴァージンVSや日本少年の薫りを随所に感じさせるコーラスもたまらない。
 それをまとめあげたサイケテイストの超スペクターアレンジ!(プロデューサーは「すぴかたいず」に続き窪田晴男)
 しかしながらこれ、ライブで再現困難なんじゃ??

 古い小樽の街の絵ハガキ(ミニサイズ)付。


 二枚目、浦島65BC

 こちらは、ディランのトリビュートアルバム。またまた夢の如きアルバム。
 ディラン・ファンの立場からしてももちろん見逃せないが、1枚目とは打って変わって、楽曲自体はストレートなあがた流ロックンロールが主体となっており、この点も感涙もの。
 ディラン風フォークロックを始め、アメリカの古いトラディショナルソングのカヴァーも含まれる。
 ただ、ヴァージンVS風のサイケ調テイストはあいかわらず炸裂しており、疾走感あふれるロックンロールやカントリー調の楽曲が、このアルバムにおいても次第に美しい薄明の中に溶け込んでゆく。
 多彩なソロ楽器やコーラスの即興とも思える自由な交響の中に、心から絞り出されてくるかのようああがたさんの唯一無二のヴォーカルがからむ。
 それらが織りなす波動は大きなウネリとなり、時として恐ろしいほどだが、それと同時に常に不思議な静謐さが漂っているところが独特。

 ディランの誕生日(時間)に合わせてリリース発表を行い、ライク・ア・ローリング・ストーンが世に出たちょうど50周年の日にリリース、
 「岩を 祝おう」というあがたさんお得意の不思議なダジャレによる脱力バースデーソングによってアルバムが始まる、という徹底的な凝りよう。
 始めから終わりまで、これでもか、これでもか、とボブ・ディランその人をテーマにしているが、単にディランへのリスペクトやそのオマージュ作品と言うのではなく、誰よりもアーティストとしてディランの近くで歩み続けてきたあがたさんならではの複雑で深い思いが、楽曲に叩きつけられるように刻印されており、それが聴いているこちらにもそのままぶつかってくる。
 ディランがさらりと歌った、Don’t think twice it’s all right という言葉が、あがたさんの場合、(ディラン、あなたはDon’t think twice it’s all right って言ったじゃないか!という意味で) 魂の叫びのように幾度も幾度もくりかえされる。
 さらにディランそのもの以外にも、このアルバムにおいては、時の流れということも大きなテーマとなっており、「ディラン」という言葉と「時間」という言葉が最後には一つに重なり合う。(これも、だじゃれ・・・・?いや、韻を踏んでいると言っておこう)

 ディランとあがたさん、50年という歳月を歌い続けてきた二人。
 その悠久の時そのものを体感する特別な一枚。

 今度は、古いニューヨークの絵ハガキ付。


 以上の2枚、熱烈なフィルスペクターファン、ディランファンでもあるわたしは、かけがえのないプレゼントとして受け取った。


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 そして、


 三枚目、浦島65XX

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 ディラン、さらには銀河系からの旅立ちを歌ったという最後の一枚。
 前2作を貫いていた尋常ならざる気合、研ぎ澄まされた緊張感は、もはやここでは全く感じられず、ゆるい。とにかくゆるい。いや、ゆるいというのではないな。肩の力が抜けている。曲、歌唱ともども、脱力して自然体。
 冒頭の7分近くに及ぶ「太陽がくれた海の日々」(この曲は、ラストにもインストヴァージョンとして再登場)など、聴いているとまるで自分も光あふれる波間に揺蕩っているような気持ちになってくる。
 フィル・スペクター&ディランの呪縛から解き放たれ、さらにはただそれだけではなく、重力ややありとあらゆる縛りから見事に離脱した楽曲、そして歌声。
 誰にも到達し得ない自由闊達、天然自然の境地。
 しかし、それでいて、アレンジに関しては、コーラス、器楽が混然一体となった凝りに凝ったクオリティ、それに包まれて、一つに溶け合って、何物にも捕らわれず、自由に遊ぶあがたさん。
 まるで絶頂期のヴァージンVSを思わせる楽しさ。
 あたかも、彩光無限の地が、ここに再び出現したかのようだ。

 また、本作には、前2作に付けられていた、丁寧な本人やプロデューサーによるライナー、解説、(あまりにも字が小さくて結局細かく読まなかったが)そして絵ハガキも何も付いていない。
 ただ、CDと歌詞&クレジットだけ。

 なお、近年常にあがたさんとともにあり、一心同体とも言える見事なパフォーマンスを見せてくれていた武川さんだが、上記2作ではほとんど全体的に重要な役割を担っていたのに、この浦島65XXでは、冒頭の2作(+「太陽がくれた海の日々」インストヴァージョン)だけに参加して、そこで参加が途切れてしまっている。
 これがリリースされた当時、危機は完全に脱してリハビリを始めたというニュースは聴いていたものの、本当に心配したのをおぼえている。


 以上、「浦島」3部作、
 寝る前などに耳を傾けていると、青春時代に「日本少年」や「遠国」を聴いて心を揺さぶられていた頃の感覚が鮮やかによみがえってくる。
 そういう意味でも、「浦島」3部作は、ここにきて生み出された、それらの大作に並ぶ大傑作なのだ。



 しかし、

 これだけでは終わらなかった・・・・!



 続く。こちらへ。



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