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zoom RSS 青春のブルックナー、再び〜東京理科大学管弦楽団第58回定期【三位一体節後22】

<<   作成日時 : 2017/11/09 13:43   >>

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 2017年11月5日(日)


 東京理科大学管弦楽団 第58回定期演奏会


 ベートーヴェン 「コラリオン」序曲

 ウェーバー   「魔弾の射手」序曲

  (20分休憩)

 ブルックナー 交響曲第4番「ロマンティック」 
            (1888年第3稿=旧改訂稿)

 * アンコールは無し



  川合良一指揮、東京理科大学管弦楽団


    @ パルテノン多摩 大ホール


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 これまで聴いた理科大オケのライブは、どれもこれも皆すばらしかったが、その中でも最も心に焼きついているのは、2001年(もうそんな昔になるのか!)のブルックナー「ロマンチック」だ。
 古くは朝比奈さんやヴァントから最近のハウシルトやネゼ=セガンまで、これまで聴いたあらゆる4番の実演の中でも特別印象深いものの一つとして、今でも細部まで鮮やかに思い出されるほどで、この時の演奏のことは、このブログでも何度か書いてきた。

 従って今回の「ロマンチック」も、演奏会当日が来るのをどれだけ心待ちにしてきたことか。
 そして、それだけの甲斐はあった。
 かつての思い出の名演に迫る、すばらしいブルックナーだった。


 この学生たちのオーケストラが奏でるブルックナーの何がそんなに良いのか、
 十数年を経た今、再び得難い名演に接して、その秘密を垣間見ることができたような気がする。

 まず何よりも、30年に渡ってこの楽団を育て続けてきた常任の川合さんの指揮ありき、なのは言うまでもない。
 不思議なもので、これだけ長く聴いてくると、最近では川合さんの指揮姿を見ているだけで、川合さんの表現しようとしている音楽が、あたかも実際に聴こえているかのように感じられるようになった。
 そして、川合さんの表現は、年を重ねるごとに若々しく情熱的、エネルギッシュになってきて、それと反比例するかのように音楽の呼吸自体は深く大きくなっている。(つまり、理想的なブルックナー演奏の形にどんどん近づいている、ということ)

 楽団員の学生たちは川合さんの指揮に必死に応えようとして、川合さんの目指す音楽を奏でようとするが、始めはなかなかうまくいかない。
 これは学生オケではしかたがない、いつものこと。
 一昔前は、多少の技術的な問題がほとんどだったのに対して、今ではみんなうまいのだけれど、どこかちょっと醒めていて、なかなか音楽に乗りきれないようなところがあるのかもしれない。
 しかし、川合さんの熱い煽りを受けて、学生たちの気持ちもすぐに川合さんに追いつく。
 現実に鳴っている音楽が、川合さんを通してわたしの心の中で鳴っていた音楽と見事に一つになり、やがてはそれさえ超越して、さらに感動的に響きわたる。

 学生たちは、とにかく無心なのだと思う。
 聴かせたいメロディ、フレーズ、響かせたい音を、気合を込めて、心からの思いを乗せて、力いっぱい奏で続ける。ただただひたすらに。
 ブルックナーの場合、それだけで良いのだ。それが良いのだ。
 何も小難しいことを考える必要はない。心からあふれ出た音が自然に一つに溶け合って、誰もが想像もしなかったような音響として結実する。
 中世やルネッサンスの音楽は、一見演奏が難しそうだが(事実精緻の限りを尽くした演奏もそれだけ効果的ではあるのだけれど)、実はそれと同じようなところがある。
 根本がシンプルだからだ。
 これこそが、中世・ルネッサンスの音楽がロマン派全盛の時代に突如出現したかのような、ブルックナーの音楽の本質でもある。

 そして、この本質は、実演でこそ、その真価を最大限に発揮する。 
 指揮者の心が指揮者の動きとなり、それが一人一人の演奏者を揺り動かして実際の音となり、音は組み合わさり、重なって波動となり、それはやがてオケ全体に広がって、妙なる交響が鳴り渡る。
 ブルックナーの場合、その過程がとてもよく「見える」のだ。他のどんな音楽も基本的には同じではあるのだが、ブルックナーの音楽は、その見え方が際立っている。
 そのような音楽の根源のような過程を全身で「体験」できるのが、ブルックナーの音楽と言ってよい。
 そういう意味で、ブルックナーの音楽は、舞台の芸術なのだと思う。もちろんCDもすばらしいけれど、舞台で実際に「体験」するブルックナーのおもしろさは、何ものにも変えられない。
 生粋の舞台人だった朝比奈さんのブルックナー実演があれほどすばらしかったのも、そのためであり、舞台を楽しむとしたら、学生オケほどドラマティックなものも、また無いのである。

 ここぞという時には、かつて朝比奈さんがよくやったように、川合さんは大きな唸り声をあげる。
 それに導かれて、同じように気合のこもった音響が、若者たちの中から迸る。
 音楽がその場で構築されていく臨場感、面白さ。それを実際に目の当たりにする感動。


 かくして、夢のようなブルックナーが眼前に立ち現れる。

 大空を悠々と渡ってゆくかのようなブルックナーならではの旋律。大海原の波のように寄せては返す特徴的なフレーズ。
 さまざまなリズムや和音、対旋律がそれをキラキラと彩る。 
 燃えさかる火の玉のようなクレッシェンド、やさしい微笑みのようなモノローグ。
 そして、青春の打ち上げ花火みたいなクライマックス!
 わたしが心から望んでいたすべてが、目の前で確かに繰り広げられた。
 川合さんの経験に裏付けられた情熱に楽団員が見事に応えた、若々しいすばらしいブルックナーだった。 

 

 この日のプログラム詳細は、上記した通り。
 ベートーヴェン〜ウェーバーのロマンの香り高い序曲の後で、メインのブルックナーの文字通りの「ロマンティック」!しかも、特にロマン派風の色彩が濃厚な第3稿が来るというもの。
 考え抜かれたすばらしいプログラム。


 ベートーヴェンもウェーバーも、ロマンの時代の幕開けを告げるかのような、颯爽とした良い演奏だったことも記しておく。

 
 「ロマンチック」の第3稿(改訂版)は、ブルックナー・ファンにとってはクナッパーツブッシュの数々の名演によってすっかりおなじみなので、極めて自然に楽しむことができた。
 スケルツォやフィナーレに何ヵ所か、一般的に演奏される第2稿には無い部分、あるいは第2稿にはあるがカットされてしまった部分がある。わたしはブルックナーの場合、長ければ長いほどうれしいのだが、流れが流れが良くなっていると感じる方もいるだろう。こうした改訂版ならではの進行や変更されたオーケストレーションの響きがきちんと奏されていて、所々で今では却って新鮮な表情がはっきりと感じられ、とても楽しかった。

 そして、改訂版と言えば、何と言ってもフィナーレのシンバル
 純正な?ブルックナーファンの方には怒られるかもしれないが、わたしはフィナーレの始めのクライマックスの、このシンバルが大好きなのだ。
 シンバル担当のパーカッションの女性は、このフィナーレの一撃(コーダのはじめにもシャン、シャンと軽く鳴らすので、全部で「三撃」か)のためだけに長大な第一楽章〜第三楽章の間ずうっとただただ座っているわけで、(ちなみにこの方、一曲目と二曲目では、理科大女性打楽器奏者伝統?の見事なティンパニを炸裂されていらした)こういう時は果たして緊張しているのか、それとも手持無沙汰なのか、わたしには知るすべも無いけれど、とにかくわたしはドキドキしながら「その時」を待っていた。
 フィナーレに入って、川合さんが渾身の力で楽団を煽り、いまや楽団も全力でそれに答える。
 その頂点で、シンバルの方がやおら立ち上がり、ついに待望の「一撃」!
 心の底からしびれました。予想以上に効果的。わたしは戦時中のクナのベルリンフィルとのライブのシンバルの一撃が大好きなのですが、まさか実演でそれに迫る体験ができるとは・・・・!
 これだけでも、来た甲斐があった。


 ここでは書ききれない、そういうかけがえの無い瞬間が、理科大のブルックナー演奏にはたくさんあった。
 だからわたしは、理科大オケのファンなのだ。



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 多摩センター駅からまっすぐに伸びるなだらかな坂、パルテノン大通り。(左)
 鮮やかな紅葉とイルミネーションの準備。今の季節ならではの風景。中央遠くにはツリーも見える。

 坂を登り切った正面に、山に抱かれるようにしてそびえるのが、パルテノン多摩。(右)

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 向かって左側に大ホール。

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 終演後、パルテノンに登ってみる。


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 どれだけ展望がひらけるだろうとわくわくしながら登ったが、頂上は、木々に囲まれた池のある広場で、広大な丘の上の公園につながっているのだった。


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 従って、展望が開けているのは登ってきた大通側のみ。

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 登りきったところから、正面をながめる。

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 最奥には、千本鳥居みたいなものが。

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 池の最奥から登り口方向を振り返る。

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 一回り

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 パルテノンの夕景。

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  ☆    ☆    ☆



 最後になってしまいましたが、カンタータのお知らせ。


 今度の日曜日(11月12日、三位一体節後第22日曜日)のカンタータは、

 第1年巻のBWV89、
 第2年巻(コラール・カンタータ)のBWV115、
 後期、テノールのためのソロ・カンタータ、BWV55、

 の3曲です。

 コラールカンタータ年巻、少し前のフルートに続いて、ヴィオロンチェロ・ピッコロが活躍する機会が増えていましたが、その頂点とも言える晩秋の名品、BWV115の登場です。

 後期のBWV55は、珍しいテノール・ソロにための作品。

 バラエティ豊かな、バッハからの秋の贈り物が並んでいます。


 過去記事は、こちら↓


 <三位一体節後第22日曜>
      
    晩秋の思い(BWV115、55他)
    秋深し、憂愁の名作カンタータ・たまにはきちんと曲目解説(BWV115)





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