コラール・カンタータについて その2 + 三位一体節後第18日曜(BWV96他)

 今週は三位一体節後第18日曜日。
 テーマは、神への愛、隣人への愛のたいせつさ、というようなことです。

 「コラール・カンタータ」はBWV96
 先日ご紹介したBWV99と同じく、コンチェルト風の冒頭合唱が聴きどころ。
 今度の楽器は、愛らしいブロックフルーテです。
(正確には、フラウト・ピッコロというそうです)

 4年目のBWV169は、アルトのためのソロ・カンタータ。
 こちらの冒頭シンフォニアと、第5曲アリアは、「カンタータの山の宝探し」で書いたように、ほんとのコンチェルト楽章。
 BWV1053とほぼ同じ音楽。ただし楽器はオルガン。
 オルガンは、全曲にわたって活躍します。
(通奏低音としてではなく、独奏オブリガート楽器として)
 4年目のカンタータは、どんどん自由さを増して、これから数週間、魅力的なソロ・カンタータやダイアログ・カンタータ(2重唱)が続きます。


  *    *    *


 今日はお知らせはこれだけにして、
 今後、曲のご紹介をしてゆくのに必要なので、「コラール・カンタータ」について、また少しだけ書いてみたいと思います。
(日ハムも優勝して、少し元気なので)


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 みなさんご存知のように、
 ライプツィヒのトマスカントルになったバッハは、はじめの数年の間、そのすべてを、カンタータに捧げます。
 文字どおり、身も心も、捧げた、と言ってよいでしょう。

 歌詞を用意し、(もちろん歌詞作者は別にいますが、この段階からバッハが深くかかわっていたことは周知の事実です)作曲を行い、楽譜を準備し、練習を行い、礼拝で演奏する。

 これを、少なくとも2年間は、毎週毎週きちっとくりかえしたのです。
 おかげで、この2年間だけで、100曲を超えるカンタータが残されました。
 しかも、そのすべてが名作、傑作ばかり。
 まさに、バッハの創作人生における、全盛期にちがいありません。

 これは、一方で、カンタータの「年巻」を整備しよう、という努力でもありました。
(以前少しふれたように、教会暦は初秋の顕現節から始まりますが、バッハの年巻は、就任時期との関係で、下半期から始まる点は、注意が必要)

 よく指摘されることですが、バッハは、カンタータの年巻全体を、ひとつの巨大な作品として意識していたようです。

 それでも、第1年巻は、就任直後、ということもあり、ケーテン作品のパロディや様々な実験、試行錯誤を含み、驚くほどバラエティ豊かな反面、全体としてのまとまりにはかけています。

 それに対して、第2年巻は、第1年巻の経験を経て、より高い次元でまとまった年巻をつくろう、という意志に基づき書き進められたようで、
 ひとつの作品としての有機的とも言えるつながりが強固です。

 第2年巻は、とびきり優美なフランス風序曲をはじめとする、まったく異なるタイプの冒頭合唱を持った、4つのカンタータによって開始されます。
 そもそもフランス風序曲は、バッハが意を決して何かを始めようというときの合図です。
 しかも、ご丁寧なことに、4つのカンタータの各々の合唱のコラール定旋律は、それぞれ4つの異なる声部に振り分けられています。

 くわしく書く余裕はありませんが、この4曲には、他にもいろいろと関連したしかけがありますので、ぜひ、お聴きになって探してみてください。

 そして、何よりも注目すべきなのは、年巻のすべての曲において、
 音楽についても、歌詞についても、ひとつのコラールを徹底して掘り下げ、あらゆる作曲技法を駆使することによって発展させて、全曲を構成する、という手法がつらぬかれているということです。

 第2年巻にも、第1年巻におとらず、実に様々なタイプの曲が含まれますが、
 この、たった1曲のコラールから全曲のすべてがなりたっている、という1点のみは、何があっても頑なに守られています。 

 前回まとめましたが、このようなカンタータを、「コラール・カンタータ」といいます。
 第2年巻が「コラール・カンタータ年巻」と呼ばれる所以です。
(わたしも最初はかんちがいしてたんですが、最初にコラールが基づく合唱が置かれていたり、最後をコラールで締めくくる曲を、すべて「コラール・カンタータ」というわけではないんですね)

 後年、カンタータをほとんど作曲しなくなってからも、あるいは、作曲したとしても、まったく自由な手法によるようになってからも、
 バッハは突然思い出したかのように、「コラール・カンタータ」を作曲していますが、(BWV14140などなど)これはまちがいなく、第2年巻を補完しよう(ひとつの完全な年巻=作品として、完成させよう)という意思のあらわれと考えられます。

 バッハは、晩年、新作カンタータににまったく関心を示さなくなってしまいますが、それでも、コラール・カンタータ年巻の補佐、改作だけは行い続けました。
 そのおかげで、わたしたちは、晩年の貴重なカンタータを聴くことができるわけです。

 当然ですが、それらのすべてがまた、大傑作であることは言うまでもありません。

 このように、「コラール・カンタータ年巻」は、バッハの生涯の全盛期が刻印された、また、バッハが生涯にわたって完成させようとし続けた、そんな生涯最大最高の作品、ある意味、音楽史上空前の大作というべものなのです。

 指輪上演には4夜かかるかもしれませんが、バッハのカンタータ年巻はまるまる1年分、わたしたちの生活全体を、包みこんでくれます。

 そしてその最後の大トリを飾るのが、、あの累世の大作、ヨハネ受難曲(第2稿)や復活祭オラトリオなどの作品群です。

 わたしは、バッハの作品をひとつ選べ、と言われたら、まよわず「コラール・カンタータ年巻」、と答えます。
 それじゃ反則、と言われたら、やはりカンタータの総決算であるロ短調ミサでしょうか。


 なぜバッハが、そんなにもコラールにこだわったか、については、長くなるので、また、折にふれて、あらためて書いてゆきたいと思います。
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この記事へのコメント

ANNA
2013年10月01日 16:36
Noraさん、こんにちは。

先日は、楽器表象のご説明ありがとうございました。
BWV96のカンタータ、最近の朝の目覚めの音楽として聴いています。
ブロックフルーテの音色が小鳥のさえずりのようで、一日の始まりの音楽
にぴったりだわ~と気に入ってます。




2013年10月04日 11:44
 ANNAさん、こんにちは。

 BWV96の冒頭合唱、ほんとうに清々しいですよね。今の季節にぴったりです。
 ライプツィヒ2年目のこの時期のコラールカンタータは、フルート等が活躍する曲が多く、その透き通った音色を聴いていると、カンタータが季節の音楽であることを実感します。
 BWV96の冒頭合唱は、リコーダーですが、テノールアリアのフルートも、なかなか味わい深いものがあります。

 上の記事ではCDのことにまったく触れていないので、この場を借りて、BCJ全集のこの時期のコラールカンタータは、前田りり子さんの存在もあって、全集の白眉とも言える出来栄えになっていることを付け加えておきます。
 BCJの第2年巻=コラールカンタータ、特に今くらいの秋から冬にかけて、コラールカンタータ年巻を、一つの大きな「作品」としてとらえた、集中度、結晶度が素晴らしいと思います。

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