バッハの最後のカンタータは?その1

 BWV80に関連して、バッハの最後のカンタータはどの曲か?
 という話題を少しだけ。 

 畢生の「大作」、コラール・カンタータ年巻をひととおりまとめ終えた後も、バッハはカンタータの作曲を続けます。
 それまでのように、毎週必ず、といったペースではなくなりましたが、
(これについては、もしかしたら、単に残されていないだけなのかもしれません)
 形式上も、内容上も、より自由度を増した、円熟の筆致に基づく魅力的なカンタータが、少なからず生み出されたことは、ソロ・カンタータのところでお話したとおりです。

 ところが、3番目の年巻がだいたいそろい、マタイを完成・上演させた、1727年の春ころから、バッハは突然カンタータの作曲をやめてしまいます。
(これについても、もちろん、残されていないだけなのかもしれませんが)
 3年分のカンタータがそろい、とりあえず礼拝での演奏に困ることはなくなり、また、ヨハネ、マタイ等の大作も完成させて、文字通り、燃え尽きた、ということなのでしょう。
 しかし、実際には、このころから激化した、市当局との対立、批評家からの攻撃等が、直接の契機になったようです。

 いずれにしても、それ以降、バッハは、カンタータへの関心を完全に失ってしまい、
 残された時間は、

① 自作の編纂、推敲、出版、
② コーヒー店での学生オーケストラの指導、演奏活動、
③ そして、対位法技法の追求

 以上の3点に費やされることになります。

 教会音楽に関しても、いつでもどこでも上演され、後世に残る可能性の高いラテン語作品、オラトリオに興味が移行し、自作カンタータの、ミサやオラトリオへの再編に、没頭するようになるわけです。

 従って、1730年代以降のカンタータは、ほんの数える程度ですし、晩年にいたっては、ほとんど存在しません。

 カンタータは、創作力が旺盛だったケーテンでの数年間が空白時代になってるので残念だ、という主旨のことをおっしゃる方がいますが、これまでくりかえしお話してきたように、カンタータの山の中には、実にたくさんのケーテンの珠玉作が埋もれています。

 これを言うならば、
 むしろ、晩年こそが、真の意味での、カンタータの空白時代、なのです。
 わたしは、バッハの晩年が特別好きなので、これはとても残念なことです。

 でも実は、幸いなことに、さまざまな偶然や、いろいろな理由から、ほんのわずかではありますが、晩年のカンタータも、ちゃんと残されています。
 そして、それらのすべてが、たいへんな傑作と言っても過言ではありません。
 その1曲1曲が、晩年のバッハの前人未到の境地をあらわす、かけがえのない作品なのです。

 バッハの晩年のカンタータ群は、数も少なく、一部を除いてはそれほど知られてはいませんが、まさにカンタータの奥の院とでもいうべきもので、バッハファンなら、ぜったいに聴いておかねばなりません。

 ここでは、それらのカンタータを、少しご紹介します。


  *    *    *


画像



1、テキスト・カンタータ
 (コラール・カンタータ年巻を補完するカンタータ)


 晩年のバッハのカンタータのほとんどは、
 「コラール・カンタータ年巻」(第2年巻)の補完のために作曲されたものです。
(言わば、穴埋め)
 くりかえしになってしまいますが、バッハは、コラール・カンタータ年巻を、ひとつの巨大な作品と考えていました。
 だから、コラール・カンタータ年巻を意識的に作曲した1724~25年のシーズンに、何らかの理由で穴を開けてしまった祝祭日のための曲を、
(その理由のほとんどは、本人が不在だったり、そのシーズンに当該祝祭日がなかったり、と、ほんとうに、たまたまの偶然ばかりなのですが)
 その後も、徹底して「コラール・カンタータ」の手法によって、作曲し続けたのです。

 ただ、かつて、1曲のコラールから見事に全曲を構成してみせた歌詞作者は、その時にはもう、存在していませんでした。
(それが誰であるかは、現在も確定していません。ただ、バッハ自身が歌詞作成にも深く係わっていたらしいことはまちがいないようですが)
 だから、バッハは、もう歌詞を用意することさえやめてしまって、
 コラールの全詩節を、そのままカンタータの歌詞にする、という、かなり乱暴な手段をとりました。

 このようなカンタータを、特に、
 「テキスト・カンタータ」
(=コラールの全詩節をそのままテキストとするカンタータ)
 と、呼んでいます。

 この場合、当然さまざまな制約が生じるはずなのに、
(レチタティーボなどもつけにくい)
 実際には、どの曲も、晩年のバッハの自由な心と、円熟の極みの作曲技法とがそのまま投影された、正に、自在の境地の神品、というべきものになっています。

 → BWV19211217797

 また、この他にも、もちろん、通常の歌詞を持つ補完コラール・カンタータもあります。
 どれも、真の意味での「自由」を獲得した、すばらしいカンタータです。

 → BWV914014


 これらの補完カンタータのうち、最後のものは、BWV14です。(1735年)

 ちょうどバッハが、対位法の探究に深く没入し始めた頃の作品なので、
 対位法好きのわたしにとって、もうたまらない作品ですが、
 なんでまた(この時代に)日常の教会の礼拝でこんなに手のこんだややこしいものを歌わせるのか、と考えると、少しひっかかるものもあります。
 でも、ジョスカンやオケゲム、あるいはそれ以前の中世の宗教曲はそれこそこんなものではなかったのですから、まあ、けっして不思議ではないんですが。
 いずれにしても、バッハと対位法の問題を考えるとき、この曲の存在はとても重要ですし、純粋な音楽としても、とてもすぐれています。

 そして、名曲中の名曲、BWV140も、この種のカンタータなんですね。
 しかも、かなり後のものです。

 BWV14にしても、BWV140にしても、
 これらの曲を聴くことができるのは、まあ、ちょっとした「偶然」のおかげ、というわけです。

                                                 (つづく)
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