バッハの最後のカンタータは?その2

2、BWV30、大作オラトリオ?


 BWV14の後にも、たった1曲だけですが、新作カンタータが存在します。

 BWV30

 冬至のクリスマスには、大作クリスマス・オラトリオがありますが、それに対して、こちらは、夏至のお祭り、聖ヨハネの日(6月30日)、のための大作。

 この曲は、パロディですが、元ウタの世俗カンタータ自体も、1737年という時期の作曲であるため、現存する中では、正真正銘最後のカンタータと考えてよいと思います。

 ただ、この時期に、ポツンと1曲だけ、カンタータを作曲するのも妙な話ですから、バッハ自身は、一連のオラトリオに属するものと考えていたのかもしれません。
 大きな祝日のための曲ですし。

 また、世俗稿にも、教会稿にも、ピカンダーがからんでるらしいことを考えると、
 クリスマス・オラトリオと同じように、最初からパロディを想定して、世俗稿を作曲したのでは、と、わたしは疑っています。

 ここには、「コラール・カンタータ」とはまったく異なる、ある意味突き抜けた広々とした世界が広がっています。
 この曲に関しては、対位法への没入と並ぶ晩年の特徴である、最新様式への傾倒、ということがよく言われますが、とてもそれだけでは片付けられない何かがあるような気もします。

 聴けば聴くほど味わいが増してくるような、「良い曲」です。

 実はその後にも、世俗カンタータは存在します。
 有名なBWV212(農民カンタータ)などがそうです。
 農民カンタータの作曲は、なんと、1742年!
 ゴールトベルク、平均律2、そしてフーガの技法等、この時期の作品は、一つ一つが、人類の宝のように大切にされてるのに、この曲のあつかいはいったいなんなんだろう、と思いますが、ここではとりあえず、教会カンタータが対象、ということで、詳細はまた今度にします。


  *    *    *


3、それ以降、最後の断片の数々


 その後は、もう、完全な新作カンタータは残存せず、断片や、パロディ、既存曲の部分的書き直しだけになってしまいます。

 BWV200のアリア、BWV34などがそうですが、
 いずれもすばらしい。ほんとうに、すばらしい、としか、言いようのない音楽です。


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 さて、バッハのカンタータにおける最後の仕事の一つが、
 BWV80の冒頭楽章だということは、宗教改革記念日のところで、書いたばかりですね。

 このBWV80は、もちろん、ルターに関連するカンタータですが、
 実は、ルターがらみの曲が、もう1曲、あります。

 BWV69

 バッハは亡くなる直前の1748年に、
 BWV69aを、参事会がらみのBWV69に直して上演しているのです。
 もちろん、このときに付け加えられた音楽は、カンタータに限らず、わたしたちが現在聴くことのできる、バッハの最後の音楽の一つ、ということになるでしょう。

 具体的には、第2曲、第4曲のレチタティーボと、終結コラール、の計3曲です。(他にもアリアの楽器変更等もあり)

 市参事会がらみの曲づくりは、バッハの重要な職務の一つですが、この時期に、まだこんな仕事をしているとは、見上げた「サラリーマン魂」ですが、
 実はこれは、決してそんなに生易しい音楽ではありません。

 ヨレヨレの筆跡で記載されているというその音楽は、それだけで、この西洋音楽を代表する天才の白鳥の歌というべきものです。

 弦楽伴奏付きの第4曲レチタティーボも、もはやこの世のものとも思えぬほど美しいアリオーソがすばらしいですが、
 なんといっても、涙なしに聴けないのが、終結コラール!

 バッハは、もとのコラールを、愛する「ルター」のものに差し替えました。

 そして、同じくルターのカンタータ、BWV80は、息子のフリーデマンの手によって、
「3本のトランペットとティンパニ」を含む形に編曲されたのでしたが、
 この曲は、バッハ自身の手によって、「3本のトランペットとティンパニ」を含む、堂々たる7声部の音楽に編曲されました。

 バッハの最も力強く美しい終結コラールの一つです。


        父と子が、私たちを祝福してくださいます。
        聖霊なる神が、私たちを祝福してくださいます。

            (ルター作、「願わくば、神我らを恵みて」 第3節より)



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