バッハの源流への旅・その1~初期フランドル楽派(デュファイ、オケゲム、ジョスカン)

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 その音楽は、自然そのものです。

 たとえようもなく、たおやかで、のびやかで、まるで大河のように滔々と流れ、やがて銀河を思わせる大きな渦になって空間全体を満たします。
 決してロマン派の音楽などではありません。それは、たった4人の人間の声による音楽です。

 しかも、それは、たったいま生み出されたばかりの清冽きわまりない音楽です。
 その証拠に、その音楽を聴くと、
 窓を開け放った瞬間に広がる、見渡す限りの美しい世界を見ているような気分になります。
(それは、ときには海であったり、野原であったりしますが)

 それなら、バッハのロ短調などは、宇宙そのものといってよいのではないか、とおっしゃるかもしれません。
 確かにそうでしょう。

 でも、その音楽を聴いて感じるのは、
 たとえば、気の遠くなるほどの長い間、ずっと暗闇の中にいて、外の世界をまったく知らない人が、初めて目にした風景、そしてそこに吹く風、なのです。
 そんな特別な感動を体験できる、
 そんな音楽を、わたしは他に知りません。

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 次の音楽は、対照的に、自然とはまったくかけはなれた音楽です。

 各声部は、ある時には、あらゆる自然の法則や秩序から解き放たれて、ただひたすらたゆたい続けます。そこには共通するメロディーやリズムが無いばかりか、フレーズやアクセントまでもがバラバラです。

 またある時には、思いっきり不自然な、異常なまでに厳格なルールに基づいて、頑固に進み続けます。

 いずれにしても、各声部は、完全に独立して、それぞれが意志を有する生き物のように、運動を続けるのです。
 いつまでもいつまでも、それは続きます。

 聴くものは、始めはとまどい、途方に暮れます。
 でもやがて気がつきます。いつしか、心の中いっぱいに、それまでに感じたことの無い抒情のようなものがひろがっていることに。
 そして、大きな大きなリズムのようなものが刻まれ始めていることに。

 そのリズムによって、聴く者は、高みへと高みへと導かれてゆきます。
 この「高みへ導かれる」という一点において、どこかベートーヴェンの音楽に通じるものがあるかもしれません。

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 さらに次の音楽は、この世界でもっとも完璧、と言ってよい音楽です。
 あらゆる余計なものは取り除かれ、ただただ美しいもの、純粋なものだけがそこにあります。
 まったく影の無い光の世界、とでも言うべきでしょうか。

 その音楽はあまりにも透明なので、聴く者は、音やその他何もかもが消え去って、淡く光る波動のようなものに全身を包まれているかのような錯覚にとらわれてしまいます。

 この音楽にくらべれば、モーツァルトの音楽など、あまりに人間くさいものです。

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 こんな音楽を、聴いてみたいとは思いませんか?
 まるで空想の世界の話のようなことを、長々と書いてしまいましたが、これらの音楽は、確かに存在します。
 わたしたちが思い浮かべる音楽とはかけ離れているかもしれませんが、実在するのです。

 以上は、
 ギョーム・デュファイ、
 ヨハネス・オケゲム、
 ジョスカン・ルブロワット、
 この3人の作曲家の、それぞれのミサについてのありのままの印象を、順番に綴ってみたものでした。

 言うまでもありませんが、この3人は、前期フランドルの大作曲家です。
 密接な師弟関係にあり、3代でルネッサンス音楽の基礎を築きあげ、完成させました。

 バッハが、彼らをはじめとするルネッサンスの大作曲家たちに心からあこがれ、彼らの後に自分の名を連ねようと、亡くなる前にロ短調ミサをまとめあげたのは、疑いもない事実です。

 この3人、特にギョーム・デュファイのミサを聴いたことがない方は、ぜひ一度聴いてみてください。
 ミサのオリジナルにふれることにより、
 ミサとはどのようなものなのか、
 なぜバッハが、自分の全生涯をかけてまでミサ曲をまとめようとしたのか、
 理屈ではなく、心から実感できると思います。

 デュファイのミサを聴くことにより、
 デュファイによって開拓された大ミサの世界が、バッハによって完結した、という両者の位置関係がよくわかることでしょう。

 デュファイは、中世を統合して、ルネッサンスの扉を開け放ちました。

 バッハは、バロック以前のすべてを統合した、と言われています。
 でも、それから、何かの扉をあけたのでしょうか。
 難しいので、今はまだ考え中ですが、バッハはあまりにも偉大すぎて、そこで終わってしまっている?
 ほんとうに、バッハは海なのかもしれません。


 今後は、この3人の音楽などについても、個別にご紹介てゆきたい、と思います。
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