バッハの源流への旅・その3~デュファイ「アヴェ・レジナ・チェロールム」

 その2では、デュファイ(その他)のミサ「ロム・アルメ」について書きましたが、
 今回はその続き、デュファイの最高傑作、「アヴェ・レジナ・チェロールム」についてです。

 デュファイのミサ「アヴェ・レジナ・チェロールム」は、
 バッハにおけるロ短調ミサのような、生涯の総決算とも言える作品です。

 デュファイは、最晩年に同名のモテトゥスを作曲しましたが、
(2曲目のもの。この曲には「死にゆくデュファイを憐れみたまえ」の歌詞があり、自身へのレクイエムとも考えられています)
 さらにその後、この大ミサへとふくらませたわけです。

 実演を無視したかのような、破格の超大作。
 声部数や拍子の徹底したシンメトリー配置、超絶対位法技法の駆使、象徴音型の使用などなど、驚くほど多くのロ短調との共通点が見られます。
 というより、ロ短調の直系のルーツがここにあります。

 さらに、バッハは平均律で有名ですが、デュファイは、音楽史上ほとんど初めて、長調と短調を自在にあやつった作曲家です。
(もちろん、当時は調性などありませんので、あくまでもそれは、本能的、感覚的なレヴェルで、ということですが)

 最後のアニュエス・デイの途中で、それまで天国的で明るかった長調的世界に、ふうっと短調的な影がさします。
 それはちょうど、前述したモテトゥスの「死にゆくデュファイを」の引用部分に他なりません。
 それからゆっくりと、もとの天国的世界が取り戻され、曲が終わる。
(よくできすぎていて、時代的にあまりにもおかしいので、後世の加筆説まであるくらいです)

 この曲を聴いていると、デュファイによって開拓された大ミサの世界が、バッハによって見事に完結した、という両者の位置関係を、より強く感じることができます。


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 この曲は、曲の重要性の割には、実際に耳にする機会がほとんど無く、これまで幻の作品と言われてきました。
(ヴェラールが、アンサンブル・ジル・バンショワ設立前に録音した、バーゼル・スコラ・カントゥルム盤が、唯一の名盤として語り継がれてきました。
 わたしの愛聴盤も、このCDだけでした。)

 それが、少し前、(でもないですが)
 カンティカ・シンフォニアの超名演がリリースされて、長い空白を一気に埋めてくれました。
 イタリアのアンサンブルには、少し時代が早いかな、とも思ったのですが、さすが、マレットとブッケ。
 女声を含めた美しくも個性的な声楽アンサンブル+フィドル、トロンボーン等の器楽の伴奏付の極美の演奏です。

 ところが、このCDも、例によってあっという間に店頭から姿を消してしまい、あれれ、と思っていたところ、最近になって、なんと千円ちょっとの廉価盤で、最リリースされたのです!

 詳細はこちら。試聴ができます。

 http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1336112

 ・1曲目は、シャンソン「目覚めなさい。そして晴れかな顔で」
 ・2~6曲目は、そのシャンソンに基づく若いときのミサ
 (別名ミサ「シネ・ノミネ」)
 ・7曲目からが、ミサ「アヴェ・レジナ・チェロールム」です。

 いろいろなことをくどくどと書きましたが、理屈抜きに楽しめる、飛びぬけて美しい音楽なので、ぜひ聴いてみてください。
 でも、試聴は短いので、ちょっとわかりにくいかも。残念。


 さて、このCD、
 上記のように、最も初期の、以前「名無しのミサ」と呼ばれていたミサと、最晩年の「アヴェ・レジナ・チェロールム」がいっしょにおさめられています。
 これを聴くと、同じ人物の作品とは、いや、同じ時代の作品とは、とても思えない。
 そして、この時代を押し進めたのも、他ならぬデュファイ自身です。

 デュファイの中期の作品は、この「戦い」の記録でもあります。 
 そして、「アヴェ・レジナ・チェロールム」は、デュファイが最後に到達した、突き抜けた世界なのです。

 デュファイの生涯は、(実はバッハよりも10年も長いのですが)
 その始めから終わりまでが、新しい世界を開拓しようという、不断の戦いだったのではないか、とわたしは思います。


* この記事は、以前わたしがあるHPに投稿した文章をもとにしました。
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