早春の皇居東御苑~バーチャル江戸城登城

 日曜日の能登半島地震、被害にあわれた方には、心よりお見舞い申し上げます。
 一刻も早い復旧をお祈りしています。



 さて、東京は、ここ数日ですっかり春めいてきましたが、
 まだまだ早春の趣の強かったその前の週の日曜日、(3月18日)
 皇居東御苑に行き、江戸時代ののんきなお侍になったつもりで、バーチャル江戸城登城してまいりました。


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 先日、江戸東京博物館の江戸城展を見て以来、すっかり江戸城に魅せられ、いろいろと調べました。
 江戸城(本丸、二の丸)は、現在の皇居東御苑全体に広がっていたのですが、実際に、その跡を見て、在りし日の江戸城をしのんでみよう、
 というのが、今回の企画です。


 まず、現在の皇居東御苑の地図と、かつての江戸城の配置図を並べておきます。
 この2つを見比べながら、写真をごらんください。


▽ 現在の皇居東御苑

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  * 公園パンフの地図より











▽ 江戸城建物等の配置
  弘化2年(1845年)の本丸絵図に基づく。
 (ただし、明暦3年(1657年)の振袖火事以降、天守閣は無い)
  自作なので、あくまでも、概略です。

  ピンクの矢印は、今回のバーチャル登城ルート。

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 それでは、いよいよ登城です。


▽ まずは、大手門。
  代表的な外枡形門。有事の際は、
  枡形広場(高麗門(上)と渡櫓門(下)の間の空間)に敵を閉じ込め、上から攻撃する。

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▽ 道なりにゆくと、番所が並びます。
  (同心番所 → 百人番所 → 大番所)
  写真は、百人番所。
  最強と言われた伊賀組、甲賀組、根来組(鉄砲百人組)、25騎組が、
  常に交代で常駐していた最後の固め。

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▽ 番所を過ぎると、回り込むような急な坂道。かつては階段でした。
  このあたりにも、いくつもの門や櫓がありました。

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▽ 坂を上りきると、いよいよ本丸。
  手前から、本丸御殿、さらに、中奥、(将軍の居城)大奥、と続きます。
  写真を撮ってるあたりに表能舞台があり、
  年に一度の町入能では、町人たちもここまで来て、能をみることができました。
  下の絵は、本丸御殿大広間、将軍御座の再現CG。(江戸城展で購入したDVDより)

  はるか彼方に見える石垣が、大奥の隣にあった天守閣跡。(天守台)
  この広大な芝生の広場全体を、豪壮な建物がびっしりと埋めつくしていたのか、
  と、びっくりしたのですが、
  実際に現在の地図に古図を重ねてみると、(上図参照)
  それどころではなく、さらに両側の林の中にまで、建物は広がっていたようです。

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▽ 松の廊下跡は、左側の林の奥のあたり。
  (このすぐそばに石碑があります)

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▽ 天守台
  家光が建てた史上最大の天守閣、
  模型を見ましたが、色は真っ黒で、巨大かつ重々しい感じ。
  姫路城のように、華やかなものではなかったみたい。
  おそらく江戸の中心で、圧倒的な威容を誇っていたことでしょう。
  明暦の大火(振袖火事)で消失。
  江戸市街の復興を最優先して、それ以来再建されませんでした。
  下は、天守台からの本丸跡のをのぞんだところ。

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▽ 梅林坂より、二の丸の方に下りる。
  梅の季節は、見事だったろうな。

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▽ 二の丸へは、汐見坂からも下りられます。
  その名の通り、海が見渡せたそうです。
  こちらは、切り立った石垣が見事。(大規模な修復工事を行ったようです)

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▽ 二の丸は、引退した将軍(大御所)や次期将軍候補が暮らす離れで、
  やはり大奥がありました。
  こちらは、広大な庭園付きで、別荘という感じでしょうか。
  庭園は残っていて、無料で散策できます。
  申し遅れましたが、今日のルートは、すべて無料で見学できます。

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  水が多く、自然林の趣を生かした庭園は、まだ冬のいでたちで、
  しんとしずまりかえっていました。

  でも、よく見ると、あちこちに、春の気配が。

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  緋寒桜は満開。去年の沖縄旅行を思い出します。

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  張り詰めた冬の空気のせいか、、あるいは、あまり人気も無かったせいか、
  この庭園には、不思議なくらいに清々しい気配がみなぎっていました。
  歩いてると、さわやかな気分になってきて、
  思わず、カンタータのアリアを、口笛で吹いてしまった。(さすがに踊りはしませんでした)

  江戸城は、風水的に、考えつくされて築城された、という話を聴いた事があります。
  わたしは、そのようなことには、あまりくわしくないのですが、
  もしかすると、この不思議なまでにさわやかな気配も、少しは関係するのかも。

  そう言えば、去年の早春に桜を見に行った、沖縄の今帰仁(なきじん)城跡。
  そこでも、ちょうど同じような清々しさ、さわやかさ、を感じました。
  今帰仁城跡も、風水上最高とされるところ。
  琉球が統一され、さらに薩摩侵攻後、城でなくなってからは、
  ナチジンヌブイ(今帰仁上り)の対象として、
  沖縄でも最も神聖な聖地のひとつとなっています。


  ついでに、これは、その時見た、沖縄の緋寒桜。

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 まあ、本丸跡などは、ただの異様にだだっ広い野原ですが、
 いろいろ調べてから見てみると、まったくちがうものが見えてくる、と、いうお話でした。



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この記事へのコメント

2007年03月30日 06:27
Noraさん
思いがけずも楽しい体験をさせていただきました。
皇居見学は、小学校の修学旅行以来です(笑)

あっ!雷が!
一瞬電気が消えました。PCは大丈夫だったみたいですが、ちょっと怖いので今朝はこれまでに。ゴメンナサイ。
2007年03月30日 10:22
 おはようございます。
 Papalinさんのブログを拝見させていただき、心配していましたが、aostaさんのお元気そうな声を聞いて、少し安心しました。

 電気、大丈夫でしょうか。山のカミナリというのはいかにも怖そうですね。
 皇居ですが、地元に住んでいながら、本丸跡にまで入ったのは初めてです。
 あんなに大きな天守台が残っているとは、思いもしませんでした。
 文化祭か何かの準備をしてるみたいで、わたしも楽しかったです。
 地図も、かきましたし。(きたない・・・・)
2007年03月31日 11:41
こんにちわ。
非常に興味深いものを拝見させていただきました。

一応、都民なのですが、全然知らない世界でした。
「大手門って門だったんだ」、グーグルの地図で見て「半蔵門も門だったんだ」「宮内庁ってこんなところにあるんだ」と新しい発見が相次ぎました(笑)。いつも何となしに聞いている地名や単語が歴史に跡付けられていく気持ちよさ、というか、何というか・・・
なかなか惹かれますね。これは。面白かったです。
2007年03月31日 23:50
 いつもありがとうございます。
 このようなコメントをいただいてうれしいです。まとめたかいがありました。
 本丸跡の芝生広場は、ただ広々としていて気持ちよく、これからの季節などは、おすすめです。
 昔ここに、大奥や松の廊下があって、いろいろなできごとが繰り広げたとは、とても信じられないくらい。

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