マルコ受難曲~哀悼頌歌~そして、幻の、真・ルカ受難曲。

 聖金曜日。

 2つの偉大な受難曲そのものについては、特に何も書きません。
 これらの曲について、わたしなどが今さら何を言ってもしかたありませんし、受難曲についての思い、など、とても書ききれるものでもありません。
 お得意?のウンチク話でお茶を濁します。

 失われた受難曲のお話。


 バッハは、はっきりとわかっているだけで、3つの受難曲を書いています。
 おなじみのヨハネ、マタイの両受難曲、
 それから、マルコ受難曲です。
(もちろん偽作のルカ受難曲 BWV246 は、数に入れません)



 マルコ受難曲が作曲されたのは、1731年。
 マタイよりも後です。
 バッハ晩年によく見られる、オラトリオ等へのパロディによる自作編纂が始まった頃で、
 マルコもパロディを中心に作曲された、と想定されます。
 この曲は、われらがピカンダー君の歌詞だけが残されていて、音楽はすべて失われてしまっているのですが、
 以上のような理由から、歌詞の韻律研究等でパロディ関係をつきとめることにより、ある程度の復元が可能。実際にCDもあります。

 具体的には、
 アルトのための名作カンタータ BWV54
 哀悼頌歌 BWV198
 クリスマス・オラトリオ(これについては、クリスマス・オラトリオの方が後ですね)、
 などの音楽が使用されていたようで、
 この錚々たる曲目を見ただけで、マルコのすばらしさがしのばれます。
 結局、10曲の合唱とレチタティーボの音楽が不明ですが、とても残念です。


▽ ピカンダーのマルコ受難曲テキスト

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 それにしても、バッハはよほどBWV198が気に入っていたのでしょう。
 マルコだけでなく、バッハが心から慕っていたかつての恩人、ケーテン候の葬送音楽にも、その音楽を転用しています。
 生涯の、ここぞ、と言う時に必ず登場する勝負曲ですね。

 哀悼頌歌 BWV198 「候妃よ、さらにひとすじの光を」

 政治的な改宗に頑として応じず、信仰を貫ぬきとおしたため、不遇な晩年を送りましたが、国民からは「信仰の母」と慕われたザクセンのクリスティアーネ・エーバーハルディーネ侯妃。
 哀悼集会も、公のものではなく、学生・市民等が中心のとなって企画されました。
 その音楽を依頼されたのは、当時すでに市当局と対立していたバッハ。
 バッハはこれを何よりの誇りとし、自分の持てる力のすべてと、万感の思いを込めて書き上げたのが、この哀悼頌歌です。
 しかも、これは、侯妃の冥福を神に祈る宗教曲ではありません。
 タイトルからもわかるとおり、
 亡くなった侯妃の思い出を偲び、候妃に、見守ってください、と、直接語りかける、
 人間バッハの、赤裸々な魂の叫びです。
 ですから、専門的な分類上も、「世俗カンタータ」になっています。

 
▽ 哀悼頌歌楽譜

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 お気に入りのアリアでも紹介した「永遠の水晶宮」をはじめ、全曲、心からの愛惜の情をたたえた超大作です。
 バッハのカンタータの最高傑作は?と聞かれたら、
 この前のBWV1、80、82、140などとともに、必ずあげなくてはならない曲だと思います。
 心から慕っていた候妃、バッハの大恩人ケーテン候、それぞれの追悼音楽に使われ、
 最後には、バッハの3つ目の大受難曲へと昇華しました。

 でも、この受難曲、時の彼方に失われ、今は聴くことはできません。
 


 さて、その他の受難曲としては、
 初期のヴァイマール時代に、何らかの受難曲が存在していたことが想定されています。
 マタイ、ヨハネ(特に第2稿)の一部の曲が、ヴァイマール時代の作品からのパロディであることがわかっているからです。
(一般的に、ヴァイマール・カンタータと呼ばれているようです)

 ただ、これについては、複数のカンタータ等からのパロディである可能性も捨てきれず、決して確証のある話ではありません。



 そして、さらに、もう一曲。
 まったく別の受難曲の存在を、わたしたちに夢想させてくれる1つの作品があります。

 五旬節のところにも書いた、

 受難曲パスティッチョ BWV1088

 バロック時代、聖金曜日には、「受難曲パスティッチョ」を編纂し、演奏することが流行していました。
 これは、有名な作曲家の受難曲のいいとこ取り、ベスト版のようなもの、と考えればいいみたいですね。
 パスチィッチョとは、まぜあわせたもの、の意味。日本、というか、沖縄のチャンプルー、ということです。

 記録によると、
 バッハも、最晩年に、テレマン、クーナウ、アルトニコル、他の作曲家の受難曲+自作をもとに、パスティッチョを編纂し、演奏した、とされ、1965年にその楽譜が発見されました。
 これが、つまり、BWV1088で、
 ここには、五旬節のところに書いた、名作 BWV127の冒頭合唱(移調されたもの)と、新発見のバス・アリオーソが含まれています。
  
 それで、このBWV1088に収められているバッハ以外の作曲家の楽曲を見てみると、受難曲が中心になっていることから、
 当然、このバッハの手による2曲も、バッハの失われた受難曲からとられたのではないか、ということが考えられるわけです。

 これは、つまり、BWV127の冒頭合唱が、ここに収録される以前に、失われた受難曲等に転用されていた可能性を示唆するものです。
(例えそうでなくても、このことは、バッハ自身この曲を受難に係わる曲として大切に考えていたことを裏付けるものと言えます。いずれにしても、この曲の重要性を物語るもので、BWV127をこよなく愛するわたしとしては、何だか、妙にうれしいわけですが)

 もし、このBWV127が、失われた受難曲に転用されていたとすると、
 「マルコ」の失われた10曲の合唱曲+レチタティーボ等は、歌詞が判明してるので、
 それは、「マルコ」ではありえません。

 すると、「真・ルカ受難曲」か!?
 と、いうことになります。

 「真・ルカ受難曲」の存在については、わざわざ4人そろえる必然性が薄い、として、否定的な見方が強いようですが、
 バッハの場合、性格上、ムリにでも絶対にそろえたような気がします。
 わたしには、わかる。(笑)

 いずれにしても、幻の受難曲への夢ははてしなく脹らみます。



 カール・フィリップ・エマヌエルがまとめた「故人略伝」には、
 バッハの残した作品として、「5曲の受難曲」の記載があります。

 以上見てきた、
 ヨハネ、マタイ、マルコ、ヴァイマール、
 そして、真・ルカ、で、ちょうど、計5曲。

 「故人略伝」には、「5年分のカンタータ」との記載もあり、
(ご存知のように、現在、3年分のカンタータしか、発見されていません)
 ほんとうにこの資料は、わたしたちに、果てしない夢を与え続けてくれてるわけです。

 いつか、真・ルカ受難曲か、ピカンダー年巻か何か、ごそっと見つからないかなあ。



 * 参考文献:小林義武さんの論文「バッハによる受難曲上演について」(1997年)ほか



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この記事へのコメント

koh
2007年04月07日 22:42
インドから帰ってきました。やはりインドはカレー、カレーです。ひとつおいしかったのは、グリルドチキンというもの。タンドリーチキンというのはよく知られています。チキンに種々の香辛料やヨーグルトなどをすり込んで、タンドリーというつぼのようなものの中で焼くものですが、グリルドチキンは単純に塩味だけで焼いたものです。これがシンプルながら、なかなかいけます。チキンそもののがおいしいのかもしれません。

それから、やはりおいしいのはナンですね。これは日本のインド料理店でたべるものとまったくちがいます。これも小麦粉そのものがちがうのでしょう。

マルコ受難曲、復元版というCDがあります。ジョゼフ・ボーク指揮ワルシャワ・シンフォニエッタ・オーケストラ、ワルシャワ室内オペラ合唱団の演奏です(伊・ボンジョヴァンニレーベル)。

まあ、珍盤に属するようなものでしょうが、なかなかいいですよ。
BWV120の第4曲のソプラノアリア(原曲がBWV1019aのもの)も入っています。
2007年04月08日 18:03
 おかえりなさい。
 インド、やっぱり、カレーですか。(笑)
 ナンやチキン、お話をうかがってるだけで、食べたくなってしまいました。
 ナンなど、日本でも、お店によってはおいしいのもありますが、やはりちがうんでしょうね。
 でも、いくらなんでも、インドは遠すぎるなあ。
2007年04月08日 18:34
> マルコ受難曲、復元版というCDがあります。ジョゼフ・ボーク指揮ワルシャワ・シンフォニエッタ・オーケストラ、ワルシャワ室内オペラ合唱団の演奏です(伊・ボンジョヴァンニレーベル)。

 かんじんの音楽の話を忘れてました。(笑)
 CDをご紹介していただき、ありがとうございます。
 本文では、CDのこと、まったく触れなかったので、せっかくだから少しだけ。

 他にも何種類かあるようですが、わたしは、
 ブリリアント全集にも収録されたグッドマン盤と、
 コープマン盤を聴いたことがあります。
 グッドマンは、カンタータなどで、あのコントラルトのシュトゥッツマンとよく共演している指揮者ですね。
 グッドマンのは、ちゃんと哀悼頌歌なども登場し、演奏もしっかりしたもの。
 コープマンの方が、入手しやすいとは思いますが、こちらはもとの曲も全曲自分で選曲し直して、レチタティーボもすべて自分で作曲した意欲作。
 歌詞はもちろん「マルコ」ですが、コープマン作曲の別な曲、と言った方がいいかも。

 ボーグのものも、ぜひ聴いてみたいです。ちょっと探してみよう。

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