「小」ミサ聴き比べ&テキスト・カンタータのミステリー~三位一体節後第7日曜(BWV187、107他)

 今日は、三位一体節後第7日曜日。


 該当福音章句は、有名な、ガラリア湖畔での情景。
 イエスの奇跡で、7つのパンとわずかな魚で、4千人が満腹になった、という、気宇壮大な物語。
 さらに、パン屑を集めたら、7つの籠がいっぱいになった、というおまけつきです。



 この物語にふさわしい、いかにも豊かで雄大な音楽を、バッハは作曲してくれました。

 BWV187 「彼らはみな、あなたを待ち望む」

 後期ならではの、(1726年)円熟した筆致が生み出した、大作カンタータです。

 まるで天駆けるかのような自由な手法による、冒頭の大フーガ合唱。
 楽園の情景を現すかのような、夢と憧れに満ちた、第5曲ソプラノアリア。
 全曲を通じ、オーボエのオブリガートがついていて、オーボエ用の名曲としても知られています。

 聴いているだけで、気分が広々として、福音書の内容どおり、何だか満たされた気持ちになる、そんな音楽だと思います。


 また、この曲は、ルター派ミサ曲の重要な原曲の一つ。

 ルター派ミサ曲は、小ミサ曲などと呼ばれることもありますが、
 これまでも再三書いてきたとおり、
 かのロ短調ミサ曲と並び、バッハが、自信のある、選りすぐりのカンタータ楽章を後世に託そうとした、「大いなる再創造」のひとつ。

 つまり、その原曲であるBWV187は、バッハ自身も重要視していた、大のお気に入りだった、ということ。しかも、この曲の場合、ほとんどすべての楽章が、そのまま使われている、というのは、よほどのことです。
(他に、同様の例として、BWV102があります)

 BWV187の各楽章は、ト短調のミサ BWV235に取り入れられました。

 せっかくですから、この機会に、ぜひBWV235もお聴きになり、聴き比べをしてみてください。
 他の誰もが到達しえなかった、バッハ晩年の、神業としか言いようの無い作曲技法を楽しみましょう!



 さて、以上、長々と、熱く書いてきたくせに、
 わたしが、大好きで、今週おすすめしたいと思っているするカンタータは、実は別の曲です。

 BWV107 「なぜあなたは、悲しみうなだれるか」

 ライプツィヒ2年目(第2年巻)のコラール・カンタータ、
 目立たない小曲ですが、バッハ絶頂期の、しかも、最も気合の入っている時期の1曲。
 悪かろうはずがありません。
 地味ながら、美しさが凝縮されたような、名品中の名品です。

 冒頭合唱は、バッハの勝負調性、ロ短調のきわめて厳かなもの。
 ただ、マタイやロ短調ミサなどとはことなり、やさしく包み込んでくれるような、しっとりとした美しさにあふれています。
 
 その後は、4曲ものアリアが続く、何ともぜいたくな、異色の構成。

 どのアリアも格調高い美しさにあふれていますが、
 中でも、第6曲、テノール・アリア、ブーレ舞曲の美しさは、心が洗われるかのよう。
 清々しくも、軽やか。フワフワと漂うような気分は、他にちょっと例がないほど。
 あまりにも洗練されていて、とてもバッハとは思えない?

 再びロ短調が戻ってくる、終曲のコラールは、これまた美しさがこぼれおちんばかりの、シチリアーノ舞曲の伴奏付。

 
 もし、今週のカンタータから1曲、と言われたら、やはり、この曲、ということになるでしょう。



 さて、このBWV107
 アリアが4つも続いているのには、理由があります。

 それは、この曲が、コラールの各節をそのまま歌詞としている、
 「テキスト・カンタータ」だから。
 つまり、レチタティーボが作曲しにくいのです。
(1曲だけ、むりやり作曲してますが。)


 ただ、この「テキスト・カンタータ」という方式、これまでも書いてきたように、後年、コラール・カンタータ年巻を補完する際にやむをえずとられた方式だったはずです。
(後年には、もはやコラール・カンタータの歌詞を書くカンタータ詩人がいなかったわけですね)

 第2年巻作曲時には、もちろん、きちんとした詩人がいて、毎週毎週コラール・カンタータの歌詞を提供していました。
 だから、1724年のカンタータの中で、テキスト・カンタータは、この曲、1曲だけです。
(=たまたま、作詞者不在 or 間に合わなかった)
 
 一方、先週書いたように、この前の週、バッハ夫妻は、ケーテンに里帰り中?で、第2年巻(1724年)の「コラールカンタータ」はありませんでした。
 したがって、先週のコラール・カンタータ BWV9は、晩年に補作されたものですが、
 本来、テキスト・カンタータであってしかるべきなのに、こちらの方は、自由詩を持った、普通のコラール・カンタータです。
(=作詞者がいた)

 つまり、この2曲に関しては、通常とはまったく逆のパターン。
 しかもその異例なことが、教会暦上2週連続しておきているわけです。

 なんだか、あやしいです。
 「コラール・カンタータ」の作詞者は誰か?
 もしかしたら、このカンタータ最大のなぞの一つと何か関係あるのでは、と思い、以前、あれこれ調べてみましたが、
 もちろん同じようなことを考える人は山ほどいるわけです。(笑)

 結局、この時期に不在だったのが明らかなのは、他ならぬバッハ自身、というわけで、
 わたしたちが考えている以上に、作詞にしめるバッハの役割は大きかったのか、とあらためて実感したくらいで、ムダ骨に終わってしまったのは言うまでもありません。


 ちなみに現時点では、付属学校のA・シュトゥーベルという先生が、最有力候補のようです。
(この翌年の聖週間の頃、「コラール・カンタータ」の作曲が突然途絶えるのですが、ちょうどその頃に、亡くなったということです)



 この日のもう1曲のカンタータ、
 BWV186は、
 初期の待降節のためのカンタータBWV186aの歌詞を変え、レチタティーボとコラールをつけて転用した、第1年巻のもの。
 美しい短調のデュエット舞曲が魅力的ですが、詳細は、また今度。



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この記事へのコメント

2007年07月23日 00:05
こんばんわ。
毎度のことながら、勉強になる内容の記事、ありがとうございます。

107番は、106番を聴くついでに聴いていたくらいだったのですが、
いつからか、かなり好きな曲になっていました。
第一曲の出だしにもうくらくらと来てしまうのですね(笑)。
記事を参考に、歌詞と照らし合わせながら聴きました。
「チェロ弾き」(笑)としては第4曲の通奏低音のチェロのフレーズにかなり惹かれるのですが、なるほど「サタン」が出てくるのですね。だからこういう緊張感がある曲調になるのだと感じました。
第6曲のアリアは良いですよね。バイオリンとフルートのユニゾンというのが非常に独特の澄んだ音色で好きです。
2007年07月23日 16:13
 たこすけさん、こんにちは。
 第4曲のチェロ、力強い感じでよいですが、これは、おっしゃるとおり、サタンそのものを表してるんでしょう。その証拠に、テノールの歌がこれと「争っている」印象が強いです。

 第6曲、これもほんとにいいですね。
 浮遊感あふれるユニゾンだけでなく、第4曲であれだけ雄弁だった通奏低音が、ここではなんとピチカートになってしまっていて、さらに効果を高めています。

 これは、第4曲から続く曲全体の流れの中では、サタンが消え去って、こんなに清らかな世界がもたらされた、という、バッハ独特の「特殊効果」?でもあるんでしょう。
 たこすけさんのコメントを見て、ひさしぶりに聴きなおして、あらためて気がつきました。(原稿書く前にちゃんと聴けって・・・・)

 第6曲、こういう洗練された感じこそが、ブーレ等、バロック舞曲の醍醐味の一つで、
 思わず「やればできるじゃないか」と、肩をたたいてあげたくなってしまいます。(何様?)
 でも、バッハの場合、カンタータの中を探さないと、なかなか見つからない、というのが困ったところで・・・・。
2007年08月06日 00:55
初めまして、偶然拝見させていただきました。
実は2007/9/15(日)にカンタータ187番と102番、gmollの小ミサを歌います! 公演名は「バッハとパロディ」。
あまりにそのものズバリのブログ内容だったので、ついコメントしてしまいました。。。
a_o
2007年08月06日 00:57
誤:2007/9/15(日)
正:2007/9/16(日)

15日はゲネプロでした~ すみません。
2007年08月06日 21:55
 a_oさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
 原曲カンタータとミサを同時に聴ける、というのは、すばらしい企画だと思います。そして、両方を同時に練習して、歌う、というのは、それこそかけがえのない経験なのではないでしょうか。うらやましい!
 たいへんだと思いますが、がんばってください!

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