ルードルシュタット歌詞集(カンタータ詩人その3)~三位一体節後第14日曜(BWV78、17他)

 台風は、東日本を縦断する、という最悪の結果になってしまいましたが、被害に合われた方には、心よりお見舞い申し上げます。


 今日は、三位一体節後第14日曜日。

 カンタータは、
 第1年巻のBWV25
 第2年巻の名作、BWV78
 後期のBWV17
 の3曲です。

 これまでずっと、暦にしたがってカンタータのお知らせをしてきましたが、
 厳密に言うと、今日から2年目に突入、ということになります。

 昨年の同日の記事は、こちら


 2年目は、
 1年目の記事を見て、書き足りなかったことや、思いついたことなどを、ちらっと書き足せばいいのですから、
 これで楽になった、あとは、好きなことを好きなときに書けばいいんだ、
 と、実は、よろこんでいました。

 ところが・・・・。

 1年目の記事を見て、真っ青に。

 ほ、ほとんど、何も書いていない。
 第1年巻のBWV25についてちょっとふれているだけで、
(おそらくその頃聴いて、気に入っていたのでしょう)
 天下の名作、BWV78のことなど、完全にスルーしています。
 恐ろしい・・・・。

 まあ、しかたありません。
 しばらくは、いろいろと、書き足していかなければならないでしょう。
 好きでやっているのだから、誰にも文句は言えません。


 さて、そのBWV78ですが、誰もが口をそろえて名作だ、名作だ、と言うので、
 おそらく、まちがいなく、名作なのでしょう。
 実際、ヴィオローネのピチカートのひときわ軽やかなデュエットなど、聴いているだけで心が弾んできて、すばらしい。
 と、いうわけで、やはり、わたしが今さら付け加えることなど何も無いないような気がしますので、(また?)

 今回は、後期の名作、BWV17と、
 その歌詞のもとになっている「ルードルシュタット歌詞集」について、紹介することにしましょう。

 せっかくなので、少し気合を入れて書きます。



 BWV17 「感謝のそなえものを捧げる者は」



 1725年、コラール・カンタータ年巻を完成させたバッハが、その後、しばらくの間、
 女流詩人ツィーグラーの歌詞を用いてカンタータを書いたことは、以前にも書きました

 しかしこの頃から、市当局との対立が次第に表面化してゆき、カンタータの作曲も極端に少なくなり、この年のクリスマスシーズンに、レームスやフランクといった以前からおなじみの歌詞作者の歌詞で何曲かの名作を書いた後、ついにその筆は、ぱったりと途絶えてしまいます。


 ただ、バッハはトマス・カントルですから、サラリーマンとして、毎週の礼拝の音楽は演奏しなくてはなりません。
 はたしてバッハはどうしたか。
 クリスマス・シーズンがあけた1726年の2月から、
 なぜか突然、毎週毎週、ヨハン・ルートヴィッヒ・バッハという作曲家のカンタータを、演奏するようになったのです。

 ヨハン・ルートヴィヒ・バッハ。
 ヨハン・セバスチャンの遠い親戚。
 セバスチャンとほぼ同年代で、マイニンゲンという街の宮廷音楽家+カントルでした。つまり、バッハと仕事もだいたい同じ。

 バッハが人の作品を上演するのは、よくあることでしたが、毎週、毎週、というのは異例なことです。


 そして、この年の6月、
 つまり、バッハにとっての年巻の始まりの時期から、バッハはまたまた突然、集中的にカンタータの作曲を開始します。

 このカンタータ群は、後期バッハの自由闊達な筆致による、豊潤としか言いようが無い傑作の宝庫です。
 その主な特徴は、以前書いたとおりですが、
 それ以外に、実はもう一つ、驚くべき特徴があります。

 なんと、形式的に、先ほど書いた、ルートヴィヒのカンタータとほぼ同じ形式の曲が多い、ということがあげられるのです。

 これについては、以前、バッハがルートヴィヒの作品に心酔し、その影響を受けて再び創作意欲を取り戻し、新境地を切り開いたのだ、というようなことが言われていました。
 これまで書いたような流れからすると、誰もがそう考えるでしょう。


 ところが、1970年代後半、おもしろいことにライプツィヒとマイニンゲンのちょうど中間にある、ルードルシュタットという街で、あるカンタータ詩集が発見されて、実情はちょっとちがう、ということがわかってしまいました。

 このカンタータ詩集には、ルートヴィヒのカンタータ、そしてそれを模してバッハが新たに作曲したとされていたカンタータ、その両方の歌詞が、すべて含まれていたのです。

 つまり、バッハが心を奪われたのは、ルートヴィヒの音楽ではなく、このカンタータ詩集そのもの、その内容だった、と、いうこと。

 これによって、「バッハに大きな影響を与えた作曲家」というただ一点で、それまで不動の地位を保っていたルートヴィヒの名声は、ガクッと落ちてしまいました。
 ただ、バッハがこの歌詞集の存在を知ったのは、ルートヴィヒの作品を通じてかもしれず、その意味では、影響を与えたことは、まちがいないのかもしれません。

 この後、豊かにふくれあがったバッハの創作力は、翌年の春の「マタイ」に結実し、
 それをもって、バッハのカンタータ創作は一段落、となります。


 ちなみに、以前、バッハの最初のカンタータとされていたBWV15は、
 どうやら、ルートヴィヒの作品らしく、
 このルートヴィヒ、無名な割には、バッハとものすごく深い因縁のある作曲家です。

 ただ、残念ながら、わたしは、ルートヴィヒの作品は一度も聴いたことがありません。
(BWV15以外は)


 ルードルシュタット歌詞集。

 2部構成で、前編に詩篇などの旧約聖書、後編に新約聖書の聖句を配し、徹底的にシンメトリーなのが特徴です。
 また、言葉も単語の多用など、音楽的でいかにも、バッハ好みですが、
 バッハが一番魅かれたのは、もしかすると、内容そのものだったのかもしれません。

 死やイエスへの思いなど、内省的な要素が少なく、
 神の無条件の愛や、それに対する無条件の信頼そのものを歌う、からっとして、底抜けに明るい歌詞。

 バッハの音楽も、それに呼応してか、気宇壮大で、のびのびと晴れやかな音楽ばかりです。
 ミサへの編曲が多い、ということは、以前にも書きましたが、このあたりにも秘密があるのかもしれません。



 さて、今日のカンタータのBWV17
 この「ルードルシュタット・カンタータ」の最後を飾る、そしてそれを代表するような、名カンタータ。

 この日の福音章句は、病気のことや、差別のことなど、とかく深刻になりがちなテーマなのですが、それ対してもたらされた救済を歌うこのカンタータの、
 なんと無条件で明るく、清々しいこと!


 冒頭大合唱。
 天馬空を行くようなのびやかなリトルネッロと、それに導かれる大フーガ。
 このフーガは、ミサ曲ト長調に転用されました。

 第3曲ソプラノアリアは、これまた空を渡る風のようにさわやか。
 2つのVnと、ソプラノの織りなす美しいコンチェルト楽章。

 第5曲テノールアリアは、よろこびあふれる感謝の歌。
 分厚い弦のオブリガートが、どこまでも晴れやかで、のびやかな、ガヴォット舞曲。


 全編、美しい光にあふれ、
 まるで、今日の、台風一過の秋空のようです。



 このような大らかな歌は、リヒターの独壇場と思い、リヒター盤を聴きましたが、
 意外ときびきびしたリズムで、ちょっとイメージとちがいました。

 逆にアーノンクールの全集盤は、ゆったりとのどかで、まるで秋空にとけ行くような美しさ。
 いつもの感じが逆転しているところがおもしろい。 



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この記事へのコメント

Nacky
2007年09月12日 23:14
Noraさま
こんばんは。
カンタータ78番ですね。
磯山雅先生がバッハに開眼されたということでも有名ですが、
私も、誰かに1曲だけ教会カンタータを紹介して欲しいといわれたら、
78番を推薦するでしょう。
ほんの20分強の中に合唱、デュオ、レチタティーボ、アリア、コラール
が贅沢かつ漏れなく盛り込まれており、ミサ曲ロ短調が、音楽の百科辞典
ならば、78番も音楽のミニ百科辞典といえるのではないでしょうか?
2曲のアリアに使用されるフルートとオーボエも絶妙です。
器楽曲として聴いても素晴らしいですね。
一般的には2曲目のデュオが人気のようですが、やはり私は厳粛な
冒頭合唱と心が洗われるような終曲のコラールが大好きです。
私はバスでしたが、一見地味とも思われるような冒頭合唱で、
他のパートに引きづられないように半音ずつ下げながら正確に歌う
ことには本当に至難の技でした。
2007年09月13日 21:40
 nackyさん。こんばんは。
 そう、78番です。
 今回のコメントも、ほんとに実際に歌われた方ならではのものなので、とても興味深いです。ありがとうございます。特に78番については本文ではまたあまり書けなかったので、なおさらうれしいです。
 
 この曲の冒頭合唱のシャコンヌは、ほんとうにすごいですね。
 シャコンヌなのに、コラールが美しく溶け込んでいます。
 次週の99番は、コンチェルトの中にコラールが溶け込んでいますし、
 このあたり、正に、コラール・カンタータの奇跡ですね。

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