「プレシオスの鎖」とフーガの技法~紀元前1千年の地理と歴史+三位一体節後第23日曜(BWV163他)

 明日の日曜日(11月11日)は、三位一体節後第23日曜日。

 今日のカンタータは、

 初期のBWV163
 第2年巻(コラール・カンタータ)のBWV139
 後期のBWV52

 の3曲です。

 去年の同日の記事は、こちら



 先週、ちょっと気合を入れすぎて、ちょっとつかれてしまったので、
 今週は、カンタータについては、ちょっとお休み。
 ひさしぶりに、バッハの器楽曲に関する話を。



 「フーガの技法」

 について。



 西洋音楽対位法芸術の最高峰。
 もちろん、バッハの器楽曲を代表するすばらしい名曲ですが、
 実は、わたしはちょっと苦手です。

 それはひとえに、この「フーガの技法」が、おなじみE君の大のお気に入りだったから。

(誤解の無いように繰り返しますが、曲自体は魅力あふれるたいへんな名曲です。念のため)



 E君、いつも、
 この始めから終わりまでずっと同じような長い長い曲を、くりかえしくりかえしかけていました。
 そして、
 たった一つのテーマから、いくつものテーマが生み出され、それらが、伸びたり、縮んだり、反転したり、逆行したりしながら、さまざまな規則で追いかけあったり、重なり合ったりする、
 バッハが追究した、文字通り、「フーガの技法」の詳細を、
 さも自分が作曲したかのごとく、得意そうに説明するのです。

 それから必ず、もうしつこいくらい、
 これがバッハの最後の作品であり、
 もはや視力もほとんど失ってしまったバッハが、自信が極めた対位法の奥義を後世に残すべく、最後の力を振り絞って書き進めた白鳥の歌だ、
 しかし、最後の大フーガの途中で、ついに力尽き、未完に終わってしまった・・・・、
 というようなことを、涙ぐみながら、熱く語るのでした。

 わたしは、もちろん感心したふりをして相槌を打っていたのですが、そのうちにいいかげんうんざりしてきて、いやになってきました。
 そんなわけで、今でもこの曲を聴くと、E君の涙と興奮で血走った目が、すぐに思い浮かんでしまう、というわけです。

 まあ、今では、わたし自身が、こうしてE君とほとんど同じようなことをしているわけですが。
(もっとひどい?当時のわたしは、こんなことになるとは夢にも思わなかった)



 さて、この「フーガの技法」、
 今では、みなさんご存知のように、決して白鳥の歌などではなく、その大部分が、かなり早い時期、1740年初頭(ゴルトベルクの頃)かあるいはそれ以前に書かれたものであり、
 バッハが最後の力を振り絞って書いた(そして見事完成させた)のは、あのロ短調ミサ曲に他ならない、と、されています。


 小林義武先生が、気が遠くなるような長い研究の積み重ねの末に発表された、この学説を知った時、
 わたしは、すぐに、E君のことを思い浮かべました。

 あのE君の感動は、いったい何だったのか。
 E君が、あれだけ心を動かした要因としては、もちろん音楽自体のすばらしさもあるんでしょうが、「白鳥の歌」だという前提も、あったはずです。
 では、あのE君の感動は、まちがいで、意味のないものだったのか。


 ロ短調ミサの方が好きなわたしは、
(昔よく、ロ短調と「フーガの技法」、どちらがバッハの最高傑作か、なんてばかなことを議論した)
 はじめは意地悪く、E君、ざまみろ、とか思ってしまいました。
 しかし、今では、わたしは、あの時のE君の感動は、まぎれもない真実であると、思っています。
(くれぐれも言っておきますが、決してE君の肩を持ってるわけではありません)

 例えば、小林先生の学説が発表される前に亡くなった方にとって、「フーガの技法」は、永遠にバッハの白鳥の歌なのです。
 その方が「フーガの技法」を白鳥の歌として聴いた感動は、絶対に揺るぎないもの、かけがえのないものであり、これは真実意外の何物でもありません。

 同じように、E君の、学説を知る前の感動も、知った後の感動も、等しく真実なのではないでしょうか。



 さまざまなことを調べようとして、よく古い雑誌や本を見ることがありますが、古い雑誌や本に書いてあることは、間違いである場合があります。
 特に美術専門書や、音楽専門書の場合、
 そもそも、その時代の風潮がある上、新発見があったり、当然と思われていたことが否定されたり、
 また、真贋の逆転も、日常茶飯事のようにおこるため、
 とくに現在との乖離は大きい。

 よく、現在の常識とまるで異なることがことがおおまじめに書いてあったりして、思わずほほえましくなってしまったり、ひどい時には笑ってしまったりもする。
 
 ただ、その時にそれ書いた人、読んだ人にとって、それは真実であり、
 特に、例えば雑誌を読んで、それをふまえてそこに書いてあった芸術作品等に接し、感動したような場合、その感動は、決してまちがいでもかんちがいでもなく、
 まぎれもない真実、と言っていいのでは、と思うのです。



▽ 岩手軽便鉄道(宮沢賢治全集第12巻・筑摩書房 表紙より)

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 「銀河鉄道の夜」に、有名な、「プレシオスの鎖」のくだりがあります。

 カムパネルラを失って、慟哭するジョバンニに、
 「大きな帽子をかぶった青白い顔の痩せた大人」がやさしく話しかける場面。

 映画「2001年宇宙の旅」の、あの後半30分を先取りするような精神宇宙の炸裂が描写され、銀河鉄道の中でも特に印象的なシーンの一つです。
 「プレシオス」という言葉自体、よく聞くようでいて、実はそんな言葉はどこにも存在せず、昔から議論のたえない部分でもあります。
 初稿からずっと存続しながら、亡くなる直前になってまるごとカットされてしまったので、(第4次稿)御存じない方もいらっしゃると思います。

 痩せた大人は、1冊の大きな本を、ジョバンニに見せます。
 その本には、あらゆる時代毎の真実が書かれています。
 男は、紀元前二千二百年頃、紀元前一千年頃などのページを開いて、それぞれの時代に信じられていた地理や歴史(や科学)を示し、それらは現在のものとはまるで異なるが、その時にはまぎれもない真実であったことを説明します。
 そして、ジョバンニがこれから立ち向かっていく真実の探求の実験が、その本すべてのページ、つまりあらゆる時代、あらゆる人にとっての真実にわたるものでないといけない、と告げるのです。
 それこそが、「プレシオスの鎖」を解く事なのだ、と。



 始め、これを読んだ時は、もちろん何を言ってるのかわかりませんでしたし、今でもまだ、何だかよくわかりません。
 ただ、荘厳で美しい言葉の順列、言葉の交響曲として、何だかすごいなあ、と、ただただ、圧倒されるばかりです。



 でも、「フーガの技法」とE君のことを考えると、なぜか、この、「プレシオスの鎖」のことが思い出されます。


 わたしが今知っていること、E君がかつて信じていたこと、そのどちらもが真実であるとして、バッハの音楽は、そのどちらの心をも揺り動かす力を持っている。
 そのどちらの真実にもわたって作用する普遍性を有しているのです。
 そして、そうである以上、同じような力を持った演奏というのもまた、あるのではないか。
 そのようなものを追究していくことこそが大切なのではないか。

 これは、あまりにも身近な例かもしれませんが、
 賢治が、「プレシオスの鎖」で言いたかったのは、もしかしたら、そのようなことなのかな。
 そんな気がしてくるのです。



 わたしが認識している「現在の時点での」真実からすると、
 先ほど書いたように、「フーガの技法」の大部分は、対位法への興味が絶頂の時期、力がみなぎっている時期に、おそらくバッハが心から楽しんで書いた曲集です。
 だから、わたしも、最近増えてきた、音楽のよろこびに満ちた、ある意味底抜けに明るい「フーガの技法」の演奏を楽しもうと思います。



▽ 「明るく楽しい」、アレッサンドリーニの「フーガの技法」の名盤。(左)
  右は、BWV51のアージェンタの名盤でも知られる、サンブル・ソヌリーの、
  「音楽の捧げ物」。
  こちらはほんとうに最晩年の作品ですが、やはり「明るく楽しい」演奏。

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 このような演奏を当時のE君が聴いたとしたら、果たしてどう思うでしょう。
 思いっきり眉をひそめるのでしょうか。
 それとも案外気に入るかな?


  
 ところで、「銀河鉄道の夜」と「フーガの技法」、
 作者が長い期間をかけて手を加え、なお、未完である、という点で、似通ったところがあると思っています。


 さらに言えば、「銀河鉄道の夜」とロ短調ミサ曲。

 賢治は筋金入りの法華宗信者(というより法華経信奉者)ですが、その賢治が、最後の10年間にずっと書き続けた「銀河鉄道」の、誰の目にも明らかな、キリスト教への傾倒。
 プレシオスの鎖のくだりで、痩せた大人は、さらに、こうも言います。

 「みんながめいめい自分の神様がほんとうの神様だと言うだろう。けれどもお互いほかの神様を信じる人がしたことでも涙がこぼれるだろう」

 一方、それと同様に、ロ短調ミサ曲も、やはりバッハ晩年の汎キリスト教性(もちろん異論はあるとは思いますが、さらに言えば、汎宗教性?)を象徴しています。

 言うまでもなく、賢治の童話や詩は、そのほとんどが、法華経の精神につらぬかれたものです。でも、わたしは、宗教的視点からその作品を見つめるのがあまり好きではありませんし、その必要はまったく無いとさえ、思います。
 そうしなくても、賢治の書いた言葉そのものが、はちきれんばかりの魅力にあふれています。
 そうありたい、そうあるべきだ、と狂信的なまでに熱望する存在に、まったくなれなかった賢治。
 しかし、彼は、言葉の天才でした。

 そして、それと同じように、わたしはバッハのカンタータでさえ、自由に聴いていい、と思っています。

 「銀河鉄道」とロ短調ミサの存在が、わたしにその姿勢を貫く勇気を与えてくれます。

 ちょっと話がわき道にそれてしまいましたね。


  
 たび重なる改訂、未完ということでは、
 ブルックナーの名前も、思い浮かびます。

 「銀河鉄道」とブルックナーの第9、これも、ほんとうによく似ています。
 作品に接した時に広がる世界が、何だかとても近い気がする。

 賢治とブルックナーは、それ以外にも、ほんとうに共通したところがあるように思いますが、それについてはまたいつか。



 前回もそうでしたが、E君のことを書くと、なぜか最後は、賢治のことになってしまう。
 学生時代に、ちょうど、夢中になっていたからでしょうか。 
 


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カンタータ日記・奥の院

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カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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この記事へのコメント

Skunjp
2007年11月12日 13:48
>わたしはバッハのカンタータでさえ、自由に聴いていい、と思っています。

その通りだと思います。私はよく思うのです。理解と感動とは別だと。バッハを研究し深く理解しているけれど、感動しない学者のような人がいるとしたら、さびしいですよね。結局、「どれだけ理解しているか」より、「どれだけ感動できるか」、そちらの方が尊いと思います。

ただ、理解という点に限って言えば、カンタータ理解には、歌詞の理解がからんでくると思います。これはどうしても避けられない。バッハが何を表現したかったかというと、つまるところ「主のご栄光」だし、歌詞の十全な表出だったと思うのです。アリアはともかく、レチタティーヴォを、歌詞を見ないで聴いたらよく理解できない。

そして、カンタータ歌詞の理解という点についても、書いてある日本語が理解できたからといって、内容が理解できたとは限らない。たとえば人間の最大の問題である「罪」についてバッハはよく作曲していますが、いったい「罪」とは何か?ということです。
Skunjp
2007年11月12日 13:50
よく「信仰者でないとバッハは理解できない」と主張する人がいますよね。信仰を持つ前の私なら、ひどい差別発言だと思ったでしょうが、今はある意味、まるっきりそうではないんじゃないかと思うようになりました。もちろん信仰がなくてもバッハに深く感動することは可能です。ただ、信仰を持ってバッハのカンタータを聴くと「別の窓が開く」感じで、その喜びと慰めはまた格別であることも、日々の自分の体験として否定できないわけです。そのために信仰を持つ、というのはちょっと本末転倒だけれども、さっきも言った「罪」の問題、それに「死」という人間の2大問題を解決していただくことは、音楽や芸術というものを超えて、私たちの幸福の根本にかかわってきます。バッハがカンタータを作曲した目的のひとつも、ここにあったのではないかと思います。福音史家バッハですね。
Skunjp
2007年11月12日 13:50
それにしても、E君の存在は興味深いです。私にはE君のような友人はいませんでしたが、私自身、E君的なところがあるので、嫌われないように注意しなければと思っています(笑)。

「フーガの技法」について言えば、これを聴き始めの中学の頃、唐突に途切れる最後にやけに感動していた記憶があります(未完でなかったら、あれほど感動しなかった…)。まさに文学的な聴き方ですね…。最近の私は、純音楽的なエマーソンSQで良く聴きます。
2007年11月12日 16:27
 Skunjpさん、こんにちは。
 カンタータは宗教曲ですから、Skunjpさんのおっしゃるとおりだと思います。ほんとうに、そのとおり、なのです。
 でも、クリスチャンでないから、どうせわからないから、と、カンタータを敬遠されてる方が多いのも、事実です。
 ご存知のように、わたしは、クリスチャンではありません。
 絶対的な造物主の存在は否定しませんし、罪や死についても人並以上には考えているつもりではいますが、地球上のどの宗教にも属すものではありません。
 ちょっとおおげさですが、そのような立場で、どこまでカンタータの魅力を語れるか、一般の方に、どこまでカンタータを聴いていただけるか、という挑戦が、このブログの大きなテーマだと思っています。
 ただ、そうなると、わたしが独善的な考えを一方的に書き続けてもあまり意味が無く、Skunjpさんや、そのほか、真摯な信仰を持った方のご意見というのが、とても貴重なのです。
2007年11月12日 16:30
(つづき)
 ただ、わたしは上記したような立場に立っていますので、コメントくださった御意見にまっこうから反対したり、失礼なことを申し上げることも多々あるかと思います。
 どうか、以上の事情を鑑み、広い心で受け止めてくださるとうれしいです。
 特に、細かい曲の内容等に関しては、わたしの記事は、特にクリスチャンの方にとって、物足りない、と思います。読んでくださる方のためにも、期待しておりますので。(笑)

 なお、このことに関するわたしの考えのありのままを、(とりあえず中間報告みたいなものですが)春ごろ、記事にしました。
 よろしかったら、ごらんください。異論、反論があるのは、承知しておりますが。(笑)
(→右URL欄→)
2007年11月12日 16:43
 フーガの技法の途切れる箇所、E君も大好きでした。(笑)
 いろいろな録音を次々と聴かせては、
 この唐突な感じがいいんだ、とか、これも感情がこもっていていいな、
 などと言うのです。
 わたしは、何も中断箇所に感情をこめなくてもいいのに・・・・、などと思ってました。

 Skunjpさん、まさか・・・・。
 いやいや、「S君」でしたね。ホッ。

 わたしはというと、問題の中断箇所を何事も無く通り過ぎ、3つのテーマの上に基本テーマが堂々と重なる、ヴァルヒャの補完版が大好きでした。
 それにしても、フーガの技法、聴けば聴くほどよい曲ですね。
Skunjp
2007年11月12日 17:51
>どうか、以上の事情を鑑み、広い心で受け止めてくださるとうれしいです。

いや、こちらこそ、広い心で受け止めてくださって感謝します。私も何も事を荒立てようと思ってあれを書いたわけではないので(笑)。Noraさんの記事はクリスチャンである私にとって物足りないどころか、逆に非常に勉強になります。ですから、私のコメントにかかわらず今後もドンドン書いてくださいね。m(_ _)m 

私もNoraさんのブログ、というかNoraさんとのブログを通してのお付き合いがとても楽しみなのです。ですから、手加減して書くのはかえって失礼と思い、書きたいことを書いていきます。ホント、こんなことは誰の掲示板にも書かないでしょう。Noraさんにだから書けるのです。
Skunjp
2007年11月12日 17:57
ちなみに私はE君ではありません。S君です(笑)

今夜は家に帰って、「フーガの技法」を聴いてみましょう。私は実は「フーガの技法」を最も沢山持っているんです。あのほろ苦いテーマの中に、こよない甘美さを感じるのは私だけでしょうか。

(それで、別ページもじっくりと家に帰って読ませていただきます)
2007年11月12日 21:26
> 手加減して書くのはかえって失礼と思い、書きたいことを書いていきます。

 しまった。かっこつけすぎた。なるべく手加減してください。(笑)
 まあ、根がお気楽なので、基本的にはのんきに音楽のことなど語っていきたいと思っていますので、よろしく。

 と、いうわけで、
 フーガの技法ですが、
 わたしは、グールドの、最晩年のゴールドベルクの含まれる「ラスト・セッション」のものが、一番好きです。(ビデオでリリースされたもの)
 同じセッションに含まれる平均律のすさまじさについては、これまでさんざん書いてきました。(→右URL欄→)
 平均律は、CDにもDVDにもなってませんが、フーガの技法の方は、幸いCD化されていますね。
(全曲でないのが残念ですが、例の最後のフ-ガも録音されています)
Skunjp
2007年11月12日 23:07
>しまった。かっこつけすぎた。なるべく手加減してください。(笑)

だいじょうぶですよ。わかってます(笑)。かなりお騒がせしたと思いますので、Noraさんのこのトピックにつけるコメントしては最後にしたいと思います。(そのうち、昔の書き込みにちょっとコメントしたいと思います。あ…これも、ご心配なく)

先ほどアルトゥールさんの4/10のコメントを読んで本当に謙虚な方だなー、と頭が下がりました。私の場合は、いわばもっとお気楽にバッハのカンタータと付き合い始めたわけですので…。 とにかく中学生の頃からバッハが好きで、わけもわからず聴いておりました。特に好きだったのはカンタータ56番です。人生の苦しみが襲ってきた時、この曲を聴いて何度涙を流したことか。その後で、心が洗われたようになり、幾度しんから癒されたことか…。
Skunjp
2007年11月12日 23:08
今から思えば、「理解」という意味では全くおぼつかなかっただろうと思います。しかし私は思うのです。曲と付き合うのに理解は関係ないのだと。私たちは一生かけてバッハと向き合い理解していくのではないでしょうか。それは常に「過程」であって、ついに一生かけても本当には理解できないと思います。でも「好き」だから聴く。それで良いと私は思います。

たとえば好きな人と一緒にいたい。最初からその人を理解できているわけではありませんが、でも、その人と語り合いたい。声を聴きたい。思想を聞きたい。そうして、だんだんに理解が深まっていく。私にとってバッハはそのような存在です。

今夜はグールドのフーガの技法を聴きながら寝るとしましょう。ではNoraさん、皆さん、おやすみなさい。
2007年11月13日 09:06
>ああ、ごらん
あすこにプレシオスが見える
おまえはあのプレシオスの鎖を解かなければならない

この賢治の文章を読むたび私は旧約聖書のヨブ記の一節を思い出します。

「すばるの鎖を引き締め
オリオンの綱を緩めることがお前にできるか。
時がくれば銀河を繰り出し
大熊を子熊と共に導き出すことができるか。
天の法則を知り
その支配を地上に及ぼす者はおまえか。
             <ヨブ記38:31~33>

Noraさんも仰るとおり、「銀河鉄道の夜」にはキリスト教的な思想や聖書を思わせる言葉が随所に見受けられますね。
不思議な男はこの世の真理、神秘について語ります。この文章が削除されてしまったことは、私にとっても残念なことですが、作品としての完成度という観点から見たら、この場面は少々冗長に過ぎたのかもしれません。
2007年11月13日 09:09
>それと同様に、ロ短調ミサ曲も、やはりバッハ晩年の汎キリスト教性(もちろん異論はあるとは思いますが、さらに言えば、汎宗教性?)を象徴しています。

法華経からキリスト教、さらにはそれさえも超えた宇宙的とも癒える視点で世界を慈しんだ賢治の世界と、バッハ。
今まで結びつけて考えたことはありませんでしたが、本当に胸に落ちる言葉でした。

それにしても、聖書にある、この宇宙の記述の美しいこと、壮大なこと!
「わが上なる輝ける星空とわが内なる道徳律」
カントのこの言葉を連想いたします。
2007年11月13日 09:33
「福音史家バッハ」について。

私の親しい友人であり、Noraさんもご存知の(笑)Sさん。
彼は信仰とは全く別なところ、ただ音楽が好き、合唱が好きという理由だけでバッハやブルックナーを歌っていた方でした。
けれども最初のうちこそ、音楽的な美しさに魅かれていたものの、時間と共にそこにあるものが音楽だけではないこと、かくも美しく音楽を響かせ、歌っている自分をも高いところへと導く、何か強い力のようなものに出会われたのです。
それが何なのか知りたい、という思いが、キリスト教との出会いに繋がりました。
言葉の意味を知ることはとても大切だと私も思います。
またSkunjpさんの仰る、キリスト教の「罪」そして「死」の概念は一般的なそれと大きく異なることも判ります。しかしそうしたキリスト教的な概念を知らないままで聞いても、バッハの音楽は宗教的高みへと聴く人を誘う音楽なのではないでしょうか。
信仰のある人が聴けば、よりその信仰は深みを持つものとなり、信仰のない人が聴いても、宗教的感情に魂を揺り動かされる音楽、それがバッハなのかもしれません。

ながながと失礼をいたしました。
2007年11月14日 09:38
> 私たちは一生かけてバッハと向き合い

> 信仰のない人が聴いても、宗教的感情に魂を揺り動かされる音楽

 どんな年代に聴いても、どんな立場や姿勢で聴いても、バッハの音楽は必ず応えてくれる、
 それが、この記事で一番書きたかったことだったので、とてもうまくまとめていただきました。
 Skunさん、aostaさん、ありがとうございます。
2007年11月14日 10:25
> 賢治の世界と、バッハ

 賢治の音楽好きは有名ですが、賢治の生活は豊かでしたから、わたしたちの想像をはるかに超えて、賢治はクラシック音楽のレコードを聴いていました。

 蓄音機に顔を突っ込んで、手を振り回して音楽を聴いていた賢治。
 でも、バッハだけは、別です。
 バッハ(とそれ以前の音楽)は、今ほど一般的でなかったので、大部分は聴いていないはずです。

 わたしは以前、バッハを聴くと、いつも、これを賢治に聴かせたかった、賢治が聴いたらどう思っただろう、などと思っていました。
 できれば、いっしょに聴きたかった?
2007年11月14日 10:26
 賢治のことをもう少し。

 プレシオスの鎖については、プレシャスだとか、
ペルセウスがとか、いろいろな説がありました。
 すばるもプレアデスですから、確か有力説でしたが、
 わたしは、「プレシャス」(Precious)を、星の名前っぽくローマ字読みしたのかな、と思っていました。賢治、けっこうそういうのが好きなのです。

 ただ、わたしにとっての賢治は、学生のころ、暗記するくらい読みまくった、新修宮沢賢治全集(ちくま書房刊)がすべてで、そこで止まってます。

 まさに、わたしにとっての賢治の真実は、この記事に書いた一昔前の真実ですので、もし、その後の発見や新説等、ご存知の方がいらっしゃたら、教えてくださるとうれしいです。
S君
2007年11月14日 17:33
宮沢賢治といえば、「なめとこ山の熊」が出合いでした。それから好きになって主に童話を中心に読みました。独特の不思議で優しい世界が好きでした。高校生になって詩作(?)にふけるようになると、朔太郎、犀星とともに賢治の詩を読み、「朔太郎・犀星・賢治もどき」を沢山創作。…今となっては恥ずかしい思い出です。

暗記するほど読みまくるなんてすごいですね。それから賢治が豊かだったとは驚き。貧乏のうちに死んだと思っていました。(晩年?)
S君
2007年11月14日 17:59
今ちょっとなつかしくなって、ネットで「どんぐりと山猫」を読んでいましたら、どんぐりの裁判でこんなくだりがありました。「よろしい。しずかにしろ。申しわたしだ。このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちゃくちゃで、てんでなっていなくて、あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらいのだ。」 これなんて、マタイ伝の有名な個所そのものですね。「子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です」。驚きました。
2007年11月14日 18:37
> それから賢治が豊かだったとは驚き。貧乏のうちに死んだと思っていました。

 賢治の実家は、質屋で裕福でした。
 いろいろ複雑なのですが、簡単に言うと、それに反発して、家を出て、無茶な理想を追い求め、体を壊して亡くなりました。
(賢治の代名詞とも言える「農民生活」も、実は、実家の別宅のようなところでしていました)
 最後は実家に戻り、家族にみとられ、家族に詫びながら、亡くなったそうです。

 以上、「ん十年前の真実」ですが。

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