バッハ源流への旅・番外編 デュファイ「ス・ラ・ファセ・パル」再び~中世・ルネッサンス音楽の本のご紹介

 週末ですが、アドヴェントなので、カンタータについてはお休み。
 春のレントの時みたいに、好きな作曲家のことを気ままに書いていきます。
 と、いうわけで、またまたまた、デュファイ。 
 まずは、何も言わずに、聴いてみてください。
 500年以上前、15世紀半ばに、ヨーロッパ中で大ヒットした恋の歌です。

 演奏しているのは、たこすけさん。

 それではどうぞ →こちら



▽ ギョーム・デュファイ
  
画像




 いただいたコメントの中で、たこすけさんもおっしゃってますが、
 この曲の、各節のおしまいの6小節、ほんとうにすごい。

 まぶしいばかりの、メロディーとリズムの交錯、炸裂!
 これはやっかいだと思いますが、
 さすが、もと(永遠の?)ロック少年、たこすけさん、力技で見事に乗り切ってます。


 はじめの、3声が渾然一体となった、やるせなくも美しいメロディー、

        ↓

 突然雰囲気の変わる中盤の転換部、

        ↓

 そして最後のめくるめく結末。

 
 デュファイが、調性の概念がまったく異なる時代に、長調と短調の響きをほとんど本能的に使いこなしていたことは、以前書きましたが、

 こうして聴いてみると、彼は、後のクラシック音楽の展開部や華々しいコーダを先取りするかのような楽曲構成まで、これもおそらく本能的に、確立させてしまっているのですね。



 たこすけさんは、ヨーロッパの街や村の庶民の人々の間で、歌い、踊られたイメージで、この演奏をされたようですが、
 わたしが、コメントで、この音楽は、王侯貴族の宮廷の、しゅ・ち・にく・りん、で演奏されたものだ、と申し上げて、ちょっと水を差してしまったかもしれません。

 でも、だいじょうぶ。心配いりません。

 デュファイを突き動かしていたのは、
 それまでのあらゆる時代、あらゆる地域、あらゆる階級の音楽を統合し、新しい時代を切り開こう、という、芸術家としての精神に他なりません。
 
 これらの曲が実際に演奏されたのは、ごく一部の上流階級かもしれませんが、
 デュファイは、
 当時の一般庶民の音楽を、すみずみにいたるまで、その全身に吸収しているので、
 逆に一般の庶民の音楽の方から、大きな影響を受けているはずですし、
 そして、その上でさらに、
 遠い未来までをしっかりと見据え、
 わたしたちをも含む、あらゆる人々のために、これらの曲を書いたのです。

 実際、デュファイの死後しばらくすると、この曲は、ヨーロッパ中のあらゆる地域、階層において、実にさまざまな形で、写譜され、演奏されることになります。 


 
 作曲したギョーム・デュファイなど、フランドル楽派の天才たちについて、知りたいと思った方は、こちらなど、

 この曲について知りたいと思った方は、こちら、と、こちら、へどうぞ。



 この作曲家とこの1曲のシャンソンが、
 バッハという大海に流れ込む、西洋音楽の大きな流れの源流になりました。



 さて、今回、この「ス・ラ・ファセ・パル」のすてきな演奏をアップしてくださったたこすけさんから、
 デュファイ等、中世やルネッサンスに関する楽譜や参考図書について、何かよいものがないか、というご質問のコメントをいただきました。

 コメント欄は小さくて、書きにくいので、この場でお答えします。



 まず、楽譜についてですが、わたしは、何の演奏もせず、そもそも楽譜も読めないので、それほど持っているわけではなく、サイト等にもくわしくありません。ごめんなさい。

 このブログに掲載しているものは、ほとんどすべて、わたしがこれまで古楽等に関するさまざまな講座やレクチャーに参加して、その資料としていただいたものに限っています。
 それらがまだ他にも多少ありますし、今後インターネット上等を探して、順次増やしていきたいと思いますが、
 これについて、情報等知ってらっしゃる方はぜひ教えていただきたいと思います。



 参考図書についても、わたしは外国語もまったくダメなので、国内の本に限られてしまうわけですが、これといってきまった参考図書があるわけではありません。

 強いて言えば、やはり講座等でいただいた資料が中心になります。

 例えば、このブログでわたしが書いているデュファイに関することは、歴史的事実、音楽等から、こうだったにちがいない、と、わたしが確信している人物像をもとにしたものにすぎず、特定の出典があるわけではありません。
(そもそも、バッハもそう)
 つまり、学術的根拠はまるでないわけです。
 またまた、ごめんなさい。
(これは反省文か?)


 ただ、それでも、歴史的事実等を確認するのに、使用する資料がありますので、
 ここで何点かご紹介しておきます。

 よく知られたものばかりで、すでにご存知かもしれませんが、とりあえず。
 興味のある方は、ぜひ参考にしていただき、古楽のめくるめく世界に足を踏み入れていただければ、こんなにうれしいことはありません。



 まず、中世、ルネッサンス音楽の全体の流れがわかるもの


1、西洋音楽史体系 HERITAGE OF MUSIC

      Michael Raeburn 編纂、石井宏監修    学研

    ~ 第1巻 西洋音楽の誕生

  * 大型の豪華本。貴重なカラー図版満載。
    デュファイに関する記載も、意外とまとまっている。
  

2、西洋の音楽と社会

    ~ 第1巻 古代・中世 西洋音楽の曙

      James Mckinnon 編纂、上尾信也監訳    音楽之友社

  * それぞれテーマ、地域の異なる論文風文章を、時代ごとに並べたもの。
    海外のTVプログラムと連動した企画本。   
    ちょっとむずかしい。第1巻が、古代からデュファイ登場まで。


3、西洋音楽史 中世・ルネッサンス    皆川達夫著    音楽之友社

  * よく教科書として使われるもの。基本中の基本が要領よくまとめてある。


4、CD案内 キリスト教音楽の歴史    川端純四朗著    日本基督教団出版局

  * カンタータに関しても、すばらしい著作のある川端さんの本。
    これは、中世・ルネッサンスに限らず、古代から現代に至るまでの流れを追いながら、
    推薦CDを紹介したもの。
    世俗曲が無いのがちょっと残念。
      


 以下、細かい各論について、くわしく書かれたもの


5、中世音楽の精神史 グレゴリオ聖歌からルネッサンス音楽へ
     
      金澤正剛著    講談社選書メチエ126

  * 中世音楽に関して、古代のバックボーンから、
    ヴィトリ、マショーの登場(ルネッサンス前夜)まで、実にわかりやすくまとめてある。
    主要な作曲家、作品についての記載も、くわしくていねい。
    白黒だが、貴重な図版多し。
    わたしの座右の書。
    カルミナ・ブラーナから、マショーまで、著者おすすめのCDリスト付。


6、ルネッサンスの音楽家たちⅠ デュファイ、オケゲム、ジョスカン他

      今谷和徳著    東京書籍

  * 個々の作曲家の位置づけ、生涯、作品について、
    わたしが知っているかぎり、もっともくわしく記載されている本。
    全3巻をそろえれば、ルネサンスのほとんどの作曲家についてカバーできる。  
    各作曲家毎の作品、CD表付。これだけでも、価値あり。



 一応、音楽史の分野で、日本を代表する先生方の本を、並べてみました。(笑)
 4、5、6、は、実用的でもあり、とても有用。 



 最後に、古楽ファンのバイブルとして有名な、CDガイド本。


7、古楽CD100ガイド グレゴリオ聖歌からバロックまで    谷戸基岩ほか著    国書刊行会

 * この本にでている推薦CDを、ぜんぶそろえれば、
   りっぱなコレクション、耳で聴く音楽史百科事典ができあがります。
   わたしも、バロック以外は、全部そろえました。図書館で。(笑) 

   





そのほかの「記事目次」

「全体記事目次」

カンタータ日記・奥の院

浅田真央さん情報・最新版

宮沢賢治記事目次

カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

画像





この記事へのコメント

2007年12月15日 23:32
Noraさん、どうもありがとうございます。
丁寧な回答をいただき恐縮です。
リンクをはっていただいたのは全くもってうれしいのですが、デュファイを聴いたことがない人がはじめてここで聴いて「なんだこんなものか」と思われたら、Noraさんにも、Noraさんの中のデュファイにも本当にもうしわけなく思います。
あげられていた本については図書館で検索してみたら、意外にあるもので(笑)、早速3冊ほど予約をしました。勉強してみたいと思います。

(続く)
2007年12月15日 23:34

>デュファイが、調性の概念がまったく異なる時代に、長調と短調の響きをほとんど本能的に使いこなしていたことは、以前書きましたが

実はこの辺のことに非常に興味があるのです。
例えば、現代のわれわれであれば、何らかの音を聴く際に長調・短調の響き、その違いなどについては大前提になっていると思うのですが、それが実践としても理屈としても確立されていなかった時代の人には、一体どう聴こえていたのだろうか、というようなことです。
そうした感覚の違い、と同時に、それでも現代にも通じる普遍性とは一体何なのか、というような問題意識をまだまだ漠然としてですが感じているのです。
まあ、そんな問題意識がバッハとか、チェロとか、ギターとか、自分の生活にどういう関係があるのかは全く未知なのですが(笑)。

「バッハ源流への旅」の今後のシリーズにも大いに期待しています。
ありがとうございました。
Nacky
2007年12月16日 11:02
Noraさま
ご無沙汰しております。
今回も、関係ないのですが、最新のお題のページへコメントさせていただくことをお許し下さい。
私事で恐縮ですが、1984年の今日(12/16)、私は自らバッハ・デビューを致しました。ところは、神奈川県立音楽堂、八尋和美先生が指揮される横浜合唱協会の定期演奏会にて、その記念すべき第1曲目は、先日ご紹介いただきました「いざ来ませ、異邦人の救い主」(BWV61の方です)だったのです。
これまで、音楽そのものに耳が傾いてしまい、季節とか、ほとんど意識したことがなかったのですが、私は、教会暦の始まりと共に、バッハ・デビューを果たしたのですね。(笑
ところで、Noraさまっていったいどんなお方なのでしょう?
ウルトラセブンのイラストも拝見しておりますが、今度は、是非、私が好きな、エレキングとキングジョーも描いて下さい。m(_ _)m

2007年12月16日 12:00
 たこすけさん。
 いつもいつも、勝手なリンク等、お許しください。
 わたしは、この地上にデュファイの音楽を響かせるためなら何だってするつもりなので、あきらめてください。(笑)
(これ、確か、バッハの時も、言ったな) 

 生き生きとした、現代のわたしたちの音楽として、デュファイを弾いていただいたのがうれしくてリンクさせていただきました。
 たこすけさんの演奏を聴くと、これが500年以上も前の音楽か、と驚く方がほとんどなのではないでしょうか。日本では、室町時代ですから。
 過去の音楽の忠実な再現は、その専門家にまかせておけばよいのです。
2007年12月16日 12:42
> そうした感覚の違い、と同時に、それでも現代にも通じる普遍性

 わたしたちが心を動かす時、そこには必ず先天的な側面と後天的な側面があります。
 例えば、わたしたちが音楽を聴いて美しい、と思うのは、人間が長い長い歴史の中で代々育んできて、わたしたちにも引き継がれた精神が、そう思わせているのですが、(それはそれで感動的です)
 だけど、実は、音楽には、そうでない先天的、根源的な側面もあるわけです。
 つまり、ボイジャーが積んでいるグールドのゴルトベルクを、実際に宇宙人が聴いたとしたら、やっぱり何かを感じるだろう、ということです。

 たこすけさんがおっしゃったことは、このことと関係しており、
 つきつめて言えば、「音楽とは何か」という問題にもつながることだと思います。
 特に、バッハや中世・ルネサンスの音楽を聴くと、いつもこのことを考えてしまいます。
 バッハやデュファイたちが、音楽の根源にどこまで迫っていたか、それが、わたしの、永遠のテーマです。
 もっとも、音楽の演奏をしないわたしの生活にとっては、それこそまったく役にたたないことですが。(笑)
2007年12月16日 14:35
 こんにちは、Nackyさん。
 BWV61、ヴァイマールのバッハの大傑作、スタートを飾るのにふさわしい作品ですね!

> いったいどんなお方

 ご想像におまかせします、としか、言いようが・・・・。(笑)
 イラスト、ちょうど描き足そうかな、と思ってたので、
 とりあえず、かんたんなエレキングだけ、今描いてアップしておきました。
 一発勝負で描いたら、えらくメタボリックになってしまった。(笑)
(→右URL欄→)

 キングジョー、資料がないとムリです。
 こうなったら、こっそりと、順次新作をアップしていきますので、たまにのぞいてみてください。
Nacky
2007年12月16日 21:14
Noraさま
うぉ~!!
早速、エレキング、ありがとうございます。
あの怪獣、可愛いんですよ。
背景(舞台設定)もバッチリです。
2007年12月17日 22:13
 Nackyさん、背景、わかってくださり、とってもうれしいです。

 でも、今見直してみると、こいつ、戦う気ゼロですね。
 気さくにアイサツしるみたい。
 まあ、平和が一番、ということで。

この記事へのトラックバック

過去ログ

テーマ別記事