真冬の三鷹・調布散策~エルトゥールル号展+深大寺と鬼太郎茶屋(祝!元祖鬼太郎アニメ放送)

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 先週末は、寒かったですが、三鷹・調布近辺の、以前から行きたかったところを散策しました。
 三鷹は、昔仕事をしていたのでとても懐かしい街です。以前とあまり変わってなかったな。



 まず、tonaさんに教えていただいた、

 エルトゥールル号回顧展 ~ 日本とトルコ友好のかけ橋 ~

          at 中近東文化センター付属博物館 (~2月17日(日)まで)

 に、行ってきました。



 今から約100年前の19世紀末、全盛期の繁栄を失いつつあったオスマン帝国が、国の威信をかけ、当時の新興大国日本へ、最初の親善使節団を派遣しました。

 その使節団をのせ、はるばる日本までやってきた船が、エルトゥールル号です。

 エルトゥールル号は、旧式のフリゲート艦。
 様々な困難に直面し、当初の予定の倍近い約11ヶ月を要しながらも、ようやく日本に到着。
 無事目的を果たしました。

 ところが、その後、船の破損状況や、台風接近の気象状況から、日本政府が出航の延期を勧めたにもかかわらず、エルトゥールル号は、それまでの遅れを取り戻すべく、半ば強行軍で帰途に着きます。
 そして、案の上、紀伊半島の先端付近で大事故にあってしまいます。
 時に、1890年(明治23年)9月16日夜半。

 岩礁に激突し、大爆発をおこす、という大惨事でした。

 事故の時点で、大部分の乗組員(587名)の命が失われてしまいましたが、一部の人は奇跡的に助かり、近くの樫野埼の岩場に次々と漂着しました。

 何しろ深夜の事故です。警察や軍隊も当然与り知れない状況下で、遭難者の救助に当たったのは、地元大島村(現在の串本町)樫野の海の男たちでした。

 現場は断崖下の岩場。しかも台風が接近中。
 村人たちは、危険を顧みず、勇敢に人命救助にあたり、さらには自分たちの食料等を提供し、不眠不休で医療活動を行って、その結果、69名の尊い命が救われることになりました。

 未曾有の大事故に、明治天皇は大いに心を痛め、日本政府は、ただちに2隻の軍艦をトルコに派遣。生存者を無事送り届け、現地で大歓迎を受け、これ以降、日本とトルコの友好的な関係が始まったのです。

 日本では、エルトゥールル号の事故はほとんど知られていませんでした。
 わたしもイラン・イラク戦争の時、トルコ航空機による日本人救助のニュースを見て、初めて知りました。
 トルコでは、エルトゥールル号事件は、樫野の人たちの献身的な救助活動も含めていまだに語り継がれており、トルコの人が、日本人にとても友好的なのは、そのせいとも言われています。


 ▽ エルトゥールル号

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 エルトゥールル号の航路。

 先日、漢詩の記事で、シルクロードの話をしましたが、この航路は、まさに、海のシルクロードそのものであることがわかります。
 エルトゥールル号の旅は、スエズ運河、マラッカ海峡等の難所をいくつも越える大航海でした。 

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 決死の救助に当たった、樫野の海の男たち。何と、潜水服姿の人物も見られます。
 当時の村民たち、そしてその子孫たちは、
 「海に生きる者として、あたりまえのことをしただけ」と、その後もあまり多くのことを語らず、そのためか、この事故の救出劇については、日本ではほとんど知られていませんでした。

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 樫野は、現在の串本町。
 紀伊半島の先端、本州最南端の町で、黒潮の影響により、まるで南の島みたいに珊瑚礁が発達している、ダイビングのメッカです。

 かつてエルトゥールル号をかみくだいた奇岩も、今では青く澄んだ海といっしょになって、独特の美しい風景を織り成しており、いつか訪れてみたいところです。


 その後、日本とトルコの交流は深まり、多くの日本人がトルコを訪れました。
 トルコを紹介する様々な本も書かれた。

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 ▽ エルトゥールル号事件当時のイスタンブール金角湾。

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 中近東文化センター付属博物館は、企画展の他にも、常設展で、中近東のさまざまな古代文明の遺産を展示している、りっぱな博物館。
 紀元前何千年、というような古い時代のものが平気でごろごろ置いてあり、見応え十分。
 土曜日だというのに、それほど訪れる人もいないようでしたが、国際キリスト教大学付近の緑豊かな一角にあり、雰囲気もいいので、もっと宣伝すればよいのに。


 例えば、これは、センターのシンボルマークになっているLulika。
 右が実物ですが、紀元前2千年頃のエジプトで、すりつぶした砂や植物の灰で作られた、かばの焼き物です。
 その辺の雑貨店で売っててもおかしくないほど、かわいい。

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 これら(ぶらさがってるもの)も、紀元前何千年、という太古に、実際に使われていたハンコだそうです。

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 喫茶コーナーもこんなにすてき。
 テーブルの上の巨大なものは、この後にわたしが食べることになるシフォンケーキ。
 喫茶コーナーでは、串本町の海中写真展をやってました。

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 その後、調布の深大寺まで、足をのばしました。(バス利用)

 浮岳山昌楽院深大寺



 ▽ 美しい茅葺の深大寺山門。代表的な江戸建築。

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 深大寺は、733年の創建と伝えられ、東京で最も古いお寺の一つ。
 そもそもの起源は、深沙大王という水の神様を祀った祠で、深大寺の名もここから来ています。
 深沙大王は、もとはと言えば、天竺に行く三蔵法師を助けたと言われる神様で、西遊記の沙吾浄のモデル、との説もあるようです。

 現在も、境内の一角の、鬱蒼とした樹々に囲まれたところに深沙大王堂があり、
 異形の鎌倉彫刻、秘仏・深沙大王像が安置されています。


 これが、深沙大王堂。

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 水の神様を祀ってるだけあって、境内は、水が豊か。他にも、不動滝、弁天池などもある。
 正に水のお寺。
 水が豊富なので、おそばが有名になった。

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 このお寺の一番の見所は、何と言っても、都内でもめずらしい、

 白鳳仏、釈迦如来椅像

 明治になって発見されたもので、来歴がはっきりしていないため重要文化財となっていますが、その清らかで格調高い佇まいは、奈良や京都の国宝仏に比べてもまったく遜色ありません。東京で最も美しい仏像の一つなのでは、と、思います。
 新しく建てられた釈迦堂で、ガラス越しにゆっくり拝観できるのがうれしい。
(写真をクリックすると、大きな写真をご覧いただけます)

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 鐘楼。
 鐘の下部に、甕を3つ埋めた音響装置(右)がおもしろい。

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 石塔に彫られていた彫刻。
 太った人の足に縄をつけて、3人のチビがひっぱっている。
 いったい、何でしょ。

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 門前のそば屋通り。先ほど書いたように、たくさんの蕎麦屋が並ぶ。
 落語に登場するような、二八そば屋台風のお店も。(右)
 一番お客が入っているお店に入ったが、ものすごくおそばが細かった。
 深大寺そばの特徴なのだろうか。

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 最後は、今日一番のお目当て。
 深大寺門前にある、

 鬼太郎茶屋



 奥に見えるのが、深大寺山門。
 山門前のみやげ物屋通りに、鬼太郎茶屋はある。

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 2階の癒しのデッキ。
 深大寺の弁天池を見下ろす開放的な空間。
 思わず座布団で昼寝したくなってしまう。 

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 1階の座敷は、妖怪喫茶。
 ここでは、ちゃぶ台で、お茶や甘味が味わえる。
 ここも、妙にのんびりできる。
 壁には、水木大先生らの色紙とともに、なぜか諸星大二郎大先生の色紙も。
 さらに、障子のガラスの向こうには、妖怪たちの姿が・・・・。
 たまたま他にお客さんがいなかったので、まるで自分の部屋のように、すっかりくつろいでしまった。

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 わたしが頼んだ、
 目玉おやじの栗ぜんざい(目玉付き)と、塗り壁みそおでん。

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 冬支度のお父さんと水木大先生。

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 2階妖怪ギャラリーの展示物。他にもしかけなどがいっぱい。

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 障子に張り付いた目目連(もくもくれん)ににらまれる、サラリーマン山田氏。

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 鬼太郎茶屋で、まったりと過ごし、身も心も癒されました。



 ▽ 愛すべきキャラクターたちに囲まれる水木大先生。

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 水木しげる大先生のマンガはどれも大好きですが、
 一番好きなのは、
 「のんのんばあとオレ」、
 それから、やっぱり、「河童の三平」でしょうか。



 特報!!

 現在、TVアニメ、「墓場鬼太郎」放送中。
 東京では、木曜日深夜 0:45~、フジテレビ。

 元祖鬼太郎、というべき、貸本まんが「墓場鬼太郎」を、けっこう忠実にアニメ化した、ファン必見のアニメ。
 昭和のなつかしい風景と隣合わせに、水木先生独特の妖しくも美しい異世界がひろがる原作の魅力が、とてもよく表現されています。

 ここでの鬼太郎は、まったく正義の味方では無いので、良い子にはあまりおすすめできません。
 あまりにもふてぶてしくて、だらだらしていて、見ていると腹がたってきます。

 今、ちょうど、寝子さんという美少女(今後ネコ娘に変身)にめろめろになってるところです。 



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カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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この記事へのコメント

tona
2008年01月30日 08:36
エルトゥールル展の復習をしました。
わかりやすく纏められていて、tonaと違って、頭の良さを伺わせてくださいます。しかも見逃していたのも発見して私っていったい何を見ていたのだろうと、あきれたりしました。
深大寺も前に~山~院と2つも冠していたお寺だったのですね。
名前の由来も初めて知りました。
ここも見逃しばかりで今度植物園を訪れたときは、しっかり見てきたいです。「鬼太郎茶屋」もね。有難うございました。
2008年01月31日 01:00
 tonaさん、ありがとうございます。
 tonaさんに教えていただかなければ、このようにすばらしい博物館があることなどまったく気がつかなかったでしょう。
 エルトゥールル展も、思っていた以上に、展示が多角的で、充実していて、見応え満点でした。
 でもこの頃、tonaさんのブログのまねばかりしているので、ちょっと恐縮しております。興味深いことばかりなので、つい。(笑)
 深大寺では、鬼太郎茶屋でのんびりしすぎて、逆に、植物園にはまったく行けませんでした。もう少し暖かくなってから、ゆっくり行ってみたいと思います。
S君
2008年02月01日 11:10
>三鷹は、昔仕事をしていたのでとても懐かしい街です。

そうだったんですか!僕はその三鷹に住んでいます。深大寺にも子供を連れて良く行きます。池のほとりで亀を見ながらお団子を食べて、植物園に隣接した公園「自由広場」に行くのがお決まりのコースです。子供を遊ばせながらベンチに座って音楽を聴いたり、お気に入りの木々を眺めながら散歩します。

子供は一番下が小学3年生で、子供達の中で唯一、僕の散歩に付き合ってくれるのです。この子はNoraさんの怪獣の絵が大好きで、先日触発されて、自分でもパソコンで絵を描いていました。
2008年02月02日 14:08
 三鷹は公園などみどりも多く、天文台なんかもあり、ほんとうにいいところですね。
 わたしの青春の街です。なーんて。

> この子はNoraさんの怪獣の絵が大好きで、

 そういうことを言うと、調子に乗って描き続けますよ。(笑)
 でも、今の子どもたちも、古いウルトラ怪獣を知ってたりするのでしょうか。
 ほんとうは、リクエスト等あればお応えしたいのですが、今の怪獣等は、複雑で、なかなか描くのが難しいです。
 それにしても、小学3年生でパソコンとは、すごいですね。
S君
2008年02月04日 14:21
>ほんとうは、リクエスト等あればお応えしたいのですが、今の怪獣等は、複雑で、なかなか描くのが難しいです。

昔の怪獣ならよろしいのでしょうか?できたらウルトラQのペギラを書いて欲しいと息子は申しております。まあ、お忙しいそうなので無理にとは言いません。ウルトラマンもその前のウルトラQも小3の息子には本来縁遠い世界だったのですが、ユーチューブを見て一挙に好きになったようです。
2008年02月04日 15:07
 S君さん、どうも。
 
 ペギラ、目つきが悪いところがいいですねー。実に創作意欲をかき立てられます。
 息子さん、なかなかいいセンスなさってます。
 わたしはまったく忙しくないので、もう描き始めました。
 ちょっと(2、3日?)待っててね、とお伝えください。

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