わたしの漢詩入門・その3~辺塞詩・最果ての砂漠の詩

 これまでも何度か書いてきましたが、わたしは、中央アジアだとか西部アメリカの、平原や砂漠の風景が大好きです。

 
 モンゴルのホーミーや、中央アジアの民族音楽の数々、
 カンティガや吟遊詩人の歌などの中世の音楽、
 ボロディンやドボルザークの管弦楽曲や、
 さらには、チャーリー・ヘイデン(+メセニー)の「ミズーリの空高く」、などなど、
 種類はさまざまながら、そんなちょっと聴いただけでせつなくなってしまうような音楽が、似合う風景、
 そういう風景に、心からのあこがれるのです。
 そういう風景に接すると、言いようの無い郷愁を感じます。
 前世というものがあったとしたら、ひょっとすると、わたしはそういうところで暮らしていたのかも、などと思ってしまいます。


 漢詩の中にも、そのような風景、西域等の辺境の砂漠や平原、シルクロードの風景を歌った詩=辺塞詩が、やたらと登場します。
 どの時代の詩人も、
 異郷へのはるかなあこがれ、ものめずらしさを、中央から遠く離れるさみしさ、無念さを交えながら、切々と歌っており、どの詩も心に染み入ります。


 この漢詩入門、杜牧がすっかり気に入ったわたしは、杜牧の詩を中心に進めていこうと思ってましたが、
 今回は、ちょっと道草をして、
 そんな辺境の砂漠、平原を歌った、辺塞詩の代表的なものを、ご紹介することにしましょう。



▽ 中国の楽器。左、二胡と月琴。右、笛とラッパ。

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 これらの楽器は、決して西域のものではないのですが、
 西域の詩は、音楽が聴こえてきたり、踊りが目に浮かんできたりするような美しい詩ばかり、
 ということで、ちょっとのせてみました。
(昨年、横浜中華街で撮影・笑)

 次の詩は、実際に音楽そのものが主役です。



 胡笳歌 送顏眞卿使赴河隴  岑參    


   胡笳(こか)の歌 顔真卿の使いして河隴に赴くを送る

君不聞胡笳聲最悲  君聞かずや 胡笳(こか)の声 最も悲しきを

紫髯緑眼胡人吹   紫髯緑眼の胡人吹く

吹之一曲猶未了   これを吹いて 一曲なおいまだ了(おわ)らざるに

愁殺樓蘭征戍兒   愁殺す 楼蘭征戍の児

涼秋八月蕭關道   涼秋八月 蕭関の道

北風吹斷天山草   北風吹き断つ 天山の草

崑崙山南月欲斜    崑崙山南 月斜めならんと欲し

胡人向月吹胡笳    胡人 月に向かいて 胡笳を吹く

胡笳怨兮將送君    胡笳の怨みもて まさに君を送らんとす

秦山遙望隴山雲    秦山遥かに望む 隴山の雲

邊城夜夜多愁夢    辺城 夜夜 愁夢多し

向月胡笳誰喜聞    月に向かいて 胡笳 誰か聞くを喜ばん



 岑參(しんじん)は、盛唐の詩人。

 たいての詩人は、想像や伝聞で西域の辺塞詩を書いているのですが、
 この人は、安西節度使に仕え、実際に西域の辺境を放浪しているため、
 現実に自分の目で見たり、体験したことに基づいて、西域を歌った、ほとんど唯一の詩人と言われています。



 かの天才、王維大先生にも、すばらしい砂漠の詩があります。

 それほどの辺境というわけではないようですが、左遷され、涼州の砂漠の街に赴任していたことがあったのです。
 これはさらに砂漠の方に視察に行った時のもの。


 使至塞上 王維


単車欲問辺  単車もて辺を問わんと欲し
 
属国過居延  属国 居延を過ぐ

征蓬出漢塞  征蓬 漢塞を出で

帰雁入胡天  帰雁 胡天に入る

大漠孤煙直  大漠 孤煙 直に

長河落日円  長河 落日 円かなり

蕭関逢候騎  蕭関にて候騎に逢えば

都護在燕然  都護は燕然に在りと



 冒頭は、ちょっと読むと、単に状況説明をしているようですが、
 頷聯(3、4行目)で、自らをいきなり征蓬(転がる蓬の玉)、そして帰雁に重ね、視界は、大地と大空に大きく広がります。

 そして、有名な、頸聯(5、6行目)、 
 
  「大漠 孤煙 直に、

  長河 落日 円かなり」

 (砂漠に一筋の煙が真っ直ぐに立ち昇り、大河に落ちゆく夕日はどこまでも丸い)

 この2行がすべてです。

 単なる直線と円だけで、砂漠の美しくも悲しい情景を、一瞬にして描きつくしています。

 この2行を読んだ瞬間、そのほかの状況説明の言葉までもが、砂漠の風景をリアルに表現する装飾に劇変します。

 蕪村などの、最高の俳句に勝るとも劣らない、極めて音楽的、絵画的な詩だと思います。



▽ 大漠孤煙直 長河落日円
  西の果ての落日。ちょっと、モンドリアンのまね。
  あまりさびしいので、煙を2本にしてしまった。

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  * 参考 : NHK教育TV 「漢詩紀行」

     ちなみに、毎朝(月~金)、朝一で放送している教育TVの漢詩紀行、
     全122回、くりかえしやっているため、
     見始めた頃からすると、すでに2巡目に突入していますが、
     ちょうど、今週の金曜日、(1月25日)岑參の「胡笳歌」を放送予定。(第97回)



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この記事へのコメント

tona
2008年01月23日 21:54
Noraさん、こんばんは。
ずっと漢詩をご覧になっていたのですね。
私はアットランダムに見ていたのですが、全122回の繰り返しということを伺ったので全部きちんと見たいものだと思いました。
詩に合わせての絵のお上手なこと、砂漠の色合いが素敵です。
この詩を読むとシルクロードへ行ってみたいですね。
最初のNHKのシルクロードの番組では本まで買って(もう捨ててしまったのが残念)読み、その延長で早稲田の長澤教授の講義を早稲田のエクステーションセンターに聴きに通っていました。この頃の中国情勢でなかなか中国には足を踏み入れることが出来ません。
2008年01月24日 20:48
 こんばんは、tonaさん。
 漢詩紀行は、朝起きるのは不可能なので、毎朝録画してるのですが、最近、ちょっとさぼりぎみです。でも、実際の中国の風景や、中国語の朗読といっしょに、漢詩が味わえるのは、やはり格別です。

> 早稲田の長澤教授の講義

 それは、本格的ですね!
 わたしもTVのシルクロードはよく見ていました。あまりくわしくおぼえてませんが、ものすごくインパクトがあり、あの番組によって、今の砂漠に対するあこがれみたいなものが形成されたのかもしれません。音楽もよくおぼえてます。

 昔、上海には行ったことがあります。
 遊覧船で、長江に沈む夕日を見に行きましたが、見渡す限りの濁流でした。
 わりと都会の近くなのに、あのスケールですから、大陸の奥に行ったら、えらいことなのでしょうね。

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