三都の旅・5~お気に入りの仏像 京都駅周辺編(少しマニアックな徹底ガイド)

 前回の奈良編に続き、京都編。
 例によって、訪れた寺院順に。

 全体の行程、寺院の概要等については、こちらの記事を参照しながら、ご覧ください。



  *    *    *



 京都



 1、広隆寺


 広隆寺は、聖徳太子ゆかりの、京都最古のお寺で、京都では、東寺や三十三間堂などについで、仏像が多いところです。


▽ 清々しい境内に足を踏み入れると、すぐ正面にある講堂。(赤堂)
  ここにも、国宝の阿弥陀如来が安置されている。


画像



 しかも、仏像の数が多いだけではなく、全体的な質の高さでもピカイチ。
 特にここの霊宝殿の仏像のすばらしさは、前回ご紹介した興福寺国宝館に匹敵します。


▽ 霊宝殿は、単なる宝物館でなく、
  境内の最奥の、苔に覆われた美しい庭園の中に位置し、お堂の形をとっている。
  すべての仏像は、礼拝の対象として、きちっとした順番で安置され、
  内部は、思わず息を飲むほど厳かな空間です。

画像



 霊宝殿の正面に祀られているのは、
 あまりにも有名な、弥勒菩薩半跏思惟像。

 よく言われることですが、魂、あるいは霊的な姿そのものを形にしてしまったかのような、その佇まいはたしかに魅力的です。
 備えてあった、ユリの花の清らかさがぴったりだった。
 この仏像を音楽に例えるならば、完全に、盛期ルネサンスの音楽、あるいは、フォーレ、ですね。


 でも、ここでは、その右隣の一回り小さな仏像に注目してみましょう。

 同じポーズをとる弥勒菩薩半跏像ですが、その表情から、「泣き弥勒」と呼ばれ、親しまれています。

 広隆寺霊宝殿 弥勒菩薩半跏像(泣き弥勒)

 その愛称のとおり、ちょっと困ったような、くしゃっと顔をゆがめたような、一目見たら忘れられなくなるユーモラスな表情。
 明確なラインでくっきりとまとまった体の造形。
 土偶などの古代の人形をも連想させる、原初的とも言えるエネルギーにあふれた典型的な飛鳥仏。

 まるで、となりの弥勒菩薩の子分みたい。ぶつぶつ文句を言いながらも、思いっきり頼りになる子分。

 見れば見るほど愛おしくなる、ちょっと不思議な仏像です。


▽ 霊宝殿の真ん中に並んでいる二つの弥勒菩薩像。
  もちろん、右が「泣き弥勒」。

画像
画像


                                    (お寺のパンフより)

                  
 
 この2体の弥勒仏の両翼には、大仏師定朝の愛弟子長勢作の十二神将像、月光・日光菩薩像、四天王像など、静かな迫力に満ちた見事な平安仏がずらっと安置され、これらももちろんすばらしいのですが、
 ちょうどそこから振り返ったところ、弥勒菩薩像の真向かいに、
 どどどーんと立ち並ぶ3体の巨像、
 これこそが、霊宝殿の拝観のクライマックスでしょう。
 
 一番右の千手観音立像は、翼のような脇手を大きく広げたたくましい巨像。
 これも傑出した仏像ですが、奈良で2体のすばらしい千手観音を見てきた直後では、いささか平凡な感じがしてしまいます。

 ところが、そのとなり、つまり真ん中に位置する、同じく千手観音の巨像、こちらは坐像ですが、これが、すごい!
 この像の迫力をどう表現したらいいでしょう!

 広隆寺霊宝殿 千手観音菩薩坐像

 破損が激しく、42本あったはずの手も、数本しか残っていません。
 しかし、そのはてしなく穏やかな表情、どっしりとした体躯、すべてが大迫力で、前に立つと、ただただ圧倒されてしまいます。
 傷つき、ざらっとした表面は、もはや木だか石だか土だかわからないような質感になっていて、それがまた、迫力を増す要因となっています。

 とにかく、何もかもが大きい、けたちがいのスケールの仏像です。
 定朝の師、康尚自らの作、とする説もあるようですが、ほんとうにそうかもしれません。

 前回ご紹介の二体にも匹敵する、この旅で再会した3つ目のすばらしい千手観音像。



 そして、さらにそのとなり、一番左に立っている仏像・・・・。
 これこそ、わたしが個人的に、あらゆる仏像の中で最も美しい、と思う仏像です。

 広隆寺霊宝殿 不空羂索観音立像

 3メーロルをゆうに超える巨像ながら、こんなに美しいプロポーションの彫刻を、わたしは見たことがありません。
 すっくとした長身で、日本の仏像ではめずらしい完全な八頭身。
 やせてもおらず、太ってもおらず、どこからどの角度で見ても、すっきりしていてまったく非の打ち所が無い。
 さらに、その体にふさわしい精悍な力に満ちた顔。
 まるで樹木の中にもとからあったものを、そのまま抜き出したかのような完成度。

 そして何よりもすごいのは、あらゆる装飾が省かれ、必要最小限のものだけで全体が構成されていること。
 装飾がすべて欠け落ちて、このような姿になった、と言う見方もありますが、だとすると、それこそ、時の流れの中で、自然の力が作り上げたのがこの姿だ、ということになる。

 体の表面は、上記千手観音像と同じく、時に刻まれた荒々しい質感で、巨体とあいまって、迫力にも欠けていません。
(なぜか、顔だけ真っ黒で、それもまた、不思議な迫力)

 その雄大なスケール、
 あらゆるムダが削ぎ落とされた、簡素な造形、
 完璧な美しさ、
 これらの点で、またロ短調ミサ曲を思い出してしまいますが、
 この像にかぎっては、一切の彫琢をせずに、まるで一息に彫り上げてしまったような、例えて言うなら一筆書きの書のような荒々しい勢いもある。


 この像のことは、いったい、何に例えたらいいのか・・・・!
 とにかく奇跡のような像です。



 最後に、この霊宝館には、とてもめずらしい薬師如来像が伝わっています。

 広隆寺霊宝館 薬師如来立像

 可憐な花模様をあしらった、極彩色の着物を着た、天部形の薬師如来像です。
 まるでお人形のようなかわいらしさ。

 残念ながら、厨子内に収められた秘仏で、1年に一度しか拝観できません。
 わたしも写真でしか見たことありませんが、その色彩の美しさ、品格の高さに打たれ、いっぺんでとりこになってしまいました。
 いつか見てみたい仏像の一つです。



 広隆寺には、仏像だけでなく、いくつかのすばらしい建物があります。
 その他も、境内や庭園等のたたずまい、巨木から、小さな草花にいたるまで、すべてが清々しくて、最高でした。
 今後、予定している建築等の記事の中でも、くわしくとりあげたていきたいと思います。



 2、千本釈迦堂


画像




 千本釈迦堂(大報恩寺)は、京都ではめずらしく、権力者が建てた寺院ではなく、庶民の信仰から発展したお寺です。
 北野・上七軒近くに静かに佇む姿には、いかにもそのような風情がありますが、ここには、かつての繁栄を物語る巨大な国宝建築があります。
 もの悲しくもちょっと笑ってしまう「おかめ伝説」のある、庶民のための施設ならではの特徴を持ったすばらしい建物。
 やはり、あらためて、建物の記事でご紹介したいと思いますが、
 宝物館に、仏師定慶(運慶の父康慶の弟子)作のすばらしい六観音像が安置されてますので、ご紹介しておきます。

 千本釈迦堂(大報恩寺) 六観音立像

 あまりにも完璧で、特に書くことがないほど。
 肌や、衣類など、まるで本物のよう。



 この宝物館には、足利義満が乗っていた車の車輪、というのが置いてありますが、
 その大きさには、びっくり。

 コンボイより大きいぞ。いったいどんな車だったのか。



 3、三十三間堂


画像



 三十三間堂(蓮華王院)は、清盛と後白河法皇ゆかりのお寺ですが、お堂や仏像のほとんどは鎌倉期の再建です。
 運慶の嫡男、湛慶のすさまじい意志が隅々まで行き届いた、他に類例の無い仏像群。  

 三十三間堂の仏像は、質、量、ともにすごすぎて、あまり書くことが見つからないくらいですが、二十八部衆の中に、特に好きな仏像があるので、ご紹介しておきます。

 三十三間堂(蓮華王院) 二十八部衆のうち、摩睺羅伽王 

 5つの目があり、頭に大蛇を巻きつけ、巨大な琵琶(リュートみたい?)を弾いている、というすごい姿ですが、なぜかとっても自然で美しい。
 
 二十八部衆の中には、他にも、楽器を持った天部・鬼神がいて、

  迦楼羅王(もとはガルーダ)・・・・・・楽器は横笛

  緊那羅王・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・楽器は瑠璃琴(鼓みたいなもの)

  神母天(鬼子母神)・・・・・・・・・・・・楽器は鈸子(ばす・シンバルみたいなもの)  
 
 などですが、
 これらはみな、特徴的で、ひときわ美しい。
 バンドができるな、これは。

 他には、婆藪仙人、摩和羅女等が有名ですが、
 蜃気楼をつかさどるという乾闥婆王、
 チビ龍をペットみたいに抱きかかえている難陀龍王、などが特徴的。



 4、六波羅蜜寺


画像



 六波羅蜜寺も、清盛ゆかりのお寺。
 有名な五条大橋からちょっとわきにはいったところにある、それこそ街中の小さなお寺ですが、ここも、知る人ぞ知る仏像の楽園。


 仏像ではないですが、教科書に必ず出ている僧形平清盛像、空也上人像、なども、みんなここにあります。
(上の写真の右側看板に、両像の写真が貼ってありますね)

 空也上人像は、口から、南無阿弥陀仏の小さな仏像を吐き出している、有名なもの。
 潤んだ瞳をして、少し前のめりに歩いている姿が真にせまっていてすごい。

 山で修業していた時、いつもいっしょにいた鹿が殺されてしまい、その悲しみのあまり、生涯にわたって、その鹿の角から作った杖をつき、毛皮を身につけていた、とのこと。
 そのあたりも忠実に再現されています。

 奈良で鹿をずっと見てきたので、思わず胸があつくなってしまいました。

 ただ、空也上人、全国を行脚してたかとおもいきや、どうやら、京都近辺だけをうろうろしていた様子。となると、きっと京都あたりでは、誰もが見たことあるような有名人だったんでしょうね。


 さて、仏像を紹介しましょう。

 これまで、大仏師、運慶、定朝ゆかりの仏師たちの作品を何点か紹介してきましたが、
 ここには、運慶、定朝本人、それぞれの作と伝えられる、二体のすばらしい地蔵菩薩像があります。

 それらを筆頭にして、ずらっと名作がそろっていますが、
 ここでご紹介したいのは、何といっても、これ。

 六波羅蜜寺 薬師如来坐像

 こんなに愉快で楽しい仏像も、めったにないでしょう。
 よく言われることですが、まるで先のとんがったスキー帽をかぶってるみたい。(ほんとは、頭と耳がそう見える)
 下弦の月、というか、ほとんど下向きの半円のようなほっそーい目をして、さらに、なぜか口を思いっきりとがらせています。

 思わず吹き出してしまいそうになりますが、見ていると、心がじんわりとあたたかくなります。
 とても、たよりになりそうな薬師様。
 ちなみに、国宝仏です。

 これまで、薬師如来を2つご紹介してきて、どちらも今回は拝観することができませんでしたが、3つ目にして、ようやくお目にかかることができました。



 と、いうわけで、

 以上、2回の記事で、
 3つの千手観音、
 3つの薬師如来、
 3つの壊れてしまった仏像、
 そして、わたしが最も愛する3つの仏像、
 などなど、をご紹介しました。

 バッハのまねして、わたしも数にこだわってみた。











そのほかの「記事目次」

「全体記事目次」

カンタータ日記・奥の院

浅田真央さん情報・最新版

宮沢賢治記事目次

カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

画像





この記事へのコメント

2008年04月09日 20:33
京都編もなかなかの力作、じっくり読ませていただきました。
広隆寺といえばあの弥勒菩薩しか頭にありませんでしたが、何と霊宝殿があってこんな素晴らしい仏像があるとは知りませんでした。
不空羂弱観音立像は洋ならミロのヴィーナスなのでしょうか。
行きたくなりました。
千本釈迦堂も行ってみたいです。
素晴らしいご案内をありがとうございました。
2008年04月11日 00:11
 tonaさん、こんなに長い記事をていねいに読んでくださって、とてもうれしいです。ありがとうございます。

 広隆寺不空羂索観音像は、あまりにも大きくて、しかも顔だけ真っ黒。はっきり言って妙な仏像ですが、見れば見るほど美しく思えてきます。
 ただ、個性的すぎて、好みが分かれるかもしれません。でも、霊宝殿には、あらゆる種類の、さまざまな優れた仏像がありますので、行かれて絶対に損は無いと思います。
 機会があったら、ぜひ!

 千本釈迦堂、建物も実にすばらしいです。(一応、建物編に記事を書きました)

この記事へのトラックバック

過去ログ

テーマ別記事