三都の旅・6~お気に入りの(隠れた?)名建築 京都・奈良編

 仏像編に続き、建築編。
 今回も、例によって、訪れた順に。和洋、みんな織り交ぜて。


 全体の行程、寺院の概要等については、こちらの記事を参照しながら、ご覧ください。


 奈良の建物については、とっても見たかった元興寺をご紹介。

 あとは、みんな京都の建物です。



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 奈良



 元興寺極楽坊


 元興寺は、日本最古の由緒ある寺院として、奈良町一帯を占めていた巨大寺院でしたが、 今では、奈良町の町屋にひっそりと埋もれるかのように、元興寺(塔跡)と、元興寺極楽坊というそれぞれ独立したお寺が残っているだけです。

 かつての繁栄の名残りとして、
 興寺にはすばらしい仏像が、(仏像編参照・但し現在は国立奈良博物館に寄託)
 元興寺極楽坊にはここでご紹介するすばらしい建物が残されています。
 どちらも、奈良を代表するような、とてつもない価値を持った文化財です。


 古い街並みの、崩れかけた土塀を曲がると、突然がらんと空間が開けて、その建物が現れる。

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 元興寺極楽坊本堂

 かつては、巨大な講堂の背後に東西それぞれ2棟ずつの僧房が並んでいて、その東側前方の僧房だけが現存しています。(鎌倉時代、古様にのっとり、奈良時代の用材をそのまま使用して再建された)
 この本堂は、なんと、もともとはその僧房の付属仏堂にすぎませんでしたが、見ているとため息がでるほど、雄大で美しい建物です。

 正統的な行基葺屋根の美しい曲線。
 ほっそりとした柱。
 正面の柱が偶数ではなく、奇数(7本)となっている。つまり、正面の真ん中に柱がくるめずらしいかたち。大衆的な道場として、四方を開放することが前提となっているためか。

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 そして、正面前面を覆うこの繊細きわまりない格子。
 格子の街、奈良町を代表するような格子の王様。
 何もかもがすばらしい。

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 本堂の横に伸びている禅室
 切妻造の端正な建物。
 前述のように、もともとはこちらがメインの建物だった。

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 街中に無造作に建っているわりに、本堂、禅室ともに、国宝。


 しかし、元興寺極楽坊に残されているすぐれた建築は、実は、これだけではないのです。
 ここの宝物館には、もうひとつの貴重な国宝「建築」があります。

 残念ながら撮影禁止で写真はありませんが、
 五重塔小塔、が、それです。

 全長5・5メートル。実物の塔のだいたい10分の1程度の精巧なミニチュア。

 五重塔小塔と言えば、海竜王寺のものが知られてますが、こちらの方がより精巧で、細部の意匠についての省略がほとんど無い上、場合によっては制作年代もさらに古く、あの薬師寺東塔と並び、天平の五重塔の姿を現代に伝える貴重な遺産です。

 木造部分が極限まで忠実なミニチュアで、そのまま拡大すれば実際に塔が建てられる、とまで言われているのに対して、相輪だけは、なんと全体の3分の1をしめる大きさにデフォルメされており、第1級の工芸品としての美しさも追究されています。

 ほんとうに、見ていると、天平の昔がよみがえる。
 もうひとつの、「凍れる音楽」。



 京都



 1、広隆寺


 広隆寺は、仏像も最高でしたが、たくさんの木々や草花に囲まれて、清々しい境内のあちこちに点在する建物も、なかなか美しい。


 講堂。

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 太子堂。

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 しかし、境内の奥深く、竹林の中に、ふだんは静かに眠る桂宮院本堂(八角太子堂)こそ、
 広隆寺を、いや、京都を代表するような名建築。

 桂宮院入口の門。いつもは固く閉じられている。
 このずっと奥に、八角堂がある。

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 普段は拝観禁止。
 竹林の間から、ちらっと八角堂屋根だけがのぞける。
 鎌倉の円覚寺舎利殿と同じく、美しい屋根の曲線を見るだけで、建物の風格、美しさがひしひしと伝わってくる。

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 これが全景。(パンフの写真)
 飛鳥時代をしのばせる、八角円堂という聖徳太子ゆかりの古の形態を、鎌倉時代に、極限まで単純化させ、洗練させて、純和洋な姿に結実させた、日本建築史上に残る大傑作。

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 いつか、必ず見てやるぞ。

 注目情報!4、5、10、11月の日曜祝日のみ公開! 



 2、千本釈迦堂


 正式には、大報恩寺。

 このお寺も、今は、京の古い街並みの中に、静かに佇む。
 仏像のところでも書いたように、めずらしく権力者による創建でない、庶民の信仰から発展した大寺院だった。


 本堂(釈迦堂)

 往時の繁栄を今に伝える、素朴だが巨大な本堂。
 雄大にしなるようなお堂の造形は、思わず息を飲むのむほどの美しさ。
 寺に伝わるおかめ伝説によれば、このお堂の美しさは、ひとえに大工の棟梁の妻、おかめの機転と信仰のたまもの、とのこと。
(悲しいけど、ちょっとまぬけな伝説です)

 ところで、実は、これ、京都(京都府、でなく京洛)のあらゆる建築物の中で、最古の建物。(鎌倉初期)
 京都は常に戦乱が絶えることなかったので、意外と古い建築が残ってないのです。
 このあたりも、応仁の乱の激戦地だったにもかかわらず、この建物だけは、奇跡的に残されました。何と、柱には、刀や槍、矢などの傷が・・・・。

 権力者たちの寺がすべて焼け落ちた中で、庶民信仰のシンボルだったこのお堂だけが残ったのも、歴史の必然か?

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 窓と格子。
 やはり格子模様が見事。

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 庶民の釈迦堂らしく、(前述の奈良元興寺本堂と同じく)周囲の壁をすべて取り除き、外から
内陣を拝むことができるような構造です。

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 窓から境内を見る。左にでーんとあるのが、件のおかめ像。

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 引き続き、誰もが知っている、名建築中の名建築を、2つだけ。



 3、北野天満宮


 

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 拝殿

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 本殿

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 4、二条城


 唐門

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 車寄せ側から二の丸御殿を見る。

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 庭園から二の丸御殿をのぞむ。(大広間と書院)

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 二条城本丸御殿。
 本丸は、天守閣を含め、すべて焼失。 
 現在の建物は、京都御苑の旧桂宮御殿を移築したもの。
(本丸御殿の内部は、通常非公開)

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 二条城は、ほんとうは内部装飾がすごい。
 すべて撮影禁止。残念。
 以前、江戸城バーチャル映像DVDを購入したが、その幻の映像を現実のものとして見るかのようでした。



 京都は洋風建築の宝庫でもありますが、
 次に、特にすばらしかった洋風建築を、二つ、ご紹介。



 5、京都芸術センター(旧明倫小学校)


 烏丸錦小路をちょっと西に進んだあたりにありました。

 明倫小学校の校舎は、明治時代に建てられた、当時としては思いっきりモダンな、今見ると思いっきりレトロな、ステキな建築でしたが、廃校になってしまい、現在は校舎を残して(重要文化財)芸術センターとして利用しています。 


 外観

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 正面玄関

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 表側と校庭側

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 現在は、内部に、レトロなコーヒー店も。
 右は、庭で見つけた、学校だった頃の名残り。

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 6、龍谷大学(大宮学舎)


 京都駅の近く、西本願寺のすぐ横にあります。
 明治最初期の、擬洋風建築の名品中の名品。
 どう見ても、正統的な洋風建築にしか見えない圧倒的な完成度。


 正門。これも重要文化財。

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 旧本館。(重要文化財)正面ファサード。
 徹底して植物をイメージしたモチーフから、全体が構成されている。
 細部を観察し、植物関係の装飾を探すのが楽しい。

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 旧本館裏側。 

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 本館の両側を、北黌、南黌(重要文化財)が取り囲み、奥のほうで回廊で本館とつながっている。

 これは、北黌。

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 北黌入口。

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 南黌。真横から。
 
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 南黌内部。清潔で美しい。

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 守衛室。なんと、これも重文。

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 旧本館と両翼の北黌、南黌の位置関係。

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 関西の洋館では、他に奈良女子大の記念資料館がすばらしく、大好きなのですが、今回は時間の関係で見られず。

 ドラマ「鹿男 あをによし」に、ちょっと似た雰囲気の建物がちらっと出てきたので、はじめてっきり奈良女子大かと思ったのですが、よく見るとちがう。
 実は、千葉県館山市にある安房南高校で、別撮りロケをしたとのこと。
 ここにも、県指定有形文化財のすばらしい洋風校舎があるのです。

 ちなみに、この安房南高校は、わたしが甲子園に応援に行った安房高校と、この春、合併したそうです。



 最後に、そのすぐとなり。

 7、西本願寺


 唐門。(国宝)

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 飛雲閣。(国宝)

 有名な金閣、銀閣と比べても、決して負けない、3階建て楼閣建築の最高傑作。
 しかも、
 真っ白な障子とさまざまな形の窓を目立たせた外壁、
 池の中からそのまままっすぐ立ち上がる柱、
 やはりさまざまな大きさ、形の無数の屋根、
 それらが複雑に組み合わさった、左右非対称を基本とするその姿には、他に例が無い独特の美が感じられる。

 これほどの建築、しかも駅からすぐ近くにあるわりには、あまり知られていない。
 もちろん、国宝。

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 西本願寺が大改修中で、飛雲閣のある滴翠園に立ち入ることができないため、残念ながらこの建物も、屋根だけ。
 たくさんの屋根が複雑に組み合わさったこの建物の美しさは、さすがに一つの屋根だけではわからない。残念。











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カンタータ日記・奥の院

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カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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この記事へのコメント

koh
2008年04月13日 14:38
Noraさん、おじゃまいたします。
龍谷大学の建物、すばらしいですね。まったく知りませんでした。西本願寺が建てた大学なので、お寺さんの学校、という認識しかなかったです。こんな校舎があるとは。

大学本体は伏見稲荷大社の近くに移転してしまっていますので、大宮学舎のほうはもう現役ではないのでしょうね。

安房南高校というのはわたしのつれあいの出身校です。たしかに趣きのある建物だった、といっていました。昔も、裕次郎などが来てロケをしたことがあったそうです。
2008年04月13日 20:42
 Kohさん、こんばんは。
 
 京都・奈良には、他にも見たい洋館がたくさんあったのですが、ほとんど行く時間がありませんでした。龍谷大学(大宮校舎)が駅の近くで、よかったです。
 これらの建物は、外観もさることながら、植物をデフォルメした細かい意匠がほんとうにすばらしいです。機会があったらぜひご覧になってください。

 行ったのは平日の夕方近くでしたが、ちらほら学生さんらしき姿もみられましたので、まだ何らかの施設として使用していると思われます。
 記事の「旧本館裏側」の写真にも、下の方にちらっと、階段に座って本を読む女子学生?の方が写ってます。

> 安房南高校というのはわたしのつれあいの出身校です。

 奇遇ですね!南高は、校舎だけでなく制服もすてきだったと、連れが言っております。あのあたりはほんとにいいところですね。でも遠いです。今では、名古屋より時間がかかります。(笑)
 合併後も、建物がそのまま残るといいですね。できたら一度見に行きたいです。

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