年末年始の記録・3~初詣・小江戸川越、七福神めぐり、古建築めぐり+巨樹探訪・2

 早いもので、もう2月。
 今さら、ですが、書きそびれていたので。
 初詣(2回目)の記録。



 1月11日(日)

 川越七福神めぐり



 川越七福神は、小江戸川越の要所要所にちらばっていて、順番にお参りすると、川越の主な観光地を要領よく一巡できるようになっています。

 昨年、初めて川越まつりを見て感動しましたが、あまりにも人出がすごくて、街をゆっくりと見学することができなかったので、初詣(2回目)を兼ねて行ってみました。
 川越の街をゆっくりと歩くのは、ずいぶんと久しぶりのことです。


 川越駅の駅ビルにある東武トラベルで、
 東武バスの小江戸名所めぐりバス+川越市内主要区間の路線バスに乗り放題の一日フリー乗車券(大人300円)をゲットし、スタート。
(「小江戸川越クーポン」のマークのあるお店でフリー乗車券を提示すると、食事、お土産の割引サービスが受けられます)
 川越観光にはこの他にも、いろいろ便利そうな巡回バス等があるようです。

 
 地図等は、公式HPを参照してください。



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 第1番 妙善寺 (毘沙門天)

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 第2番 天然寺 (寿老人)は、少し離れたところにあるので、今回は時間の関係で、パス。(いきなり・・・・)
 
 バスで、喜多院の方に向かう。



 途中、通りかかった松江町の出世稲荷神社で、ものすごい巨樹発見。
 鳥居の両側に見事な銀杏。正面社殿の背後にけやき?
 もし東京だったら、「東京巨樹探訪」に載っていてもおかしくないような巨樹でした。 

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 このあたりは、巨樹が多い。左写真の左奥が今の神社。
 また、街のあちこちには、右写真のような倉庫が。
 川越まつりの時に、こんな巨大な山車を普段はどうしているんだろう、と思ったが、
 このような倉庫に収納しているのだ。

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 喜多院の方に歩いていくと、木造の不思議な塔が見えてきた。
 おー、あれが、有名な「時の鐘」か?と思って近づいていくと、何と、お蕎麦屋さんの入口でした。

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 第3番 喜多院 (大黒天)


 喜多院は、平安時代にまでその歴史を遡ることができる古刹。
 1538年、兵火によって全焼したが、天海上人が再興にあたって以来、徳川将軍家ゆかりの寺院として大いに繁栄した。今でも川越を代表する大寺院。

 1638年、再び大火で全焼。徳川家光がただちに再建に取りかかり、その際、江戸城の建物の一部を移築して、客殿、書院とした。
 従って、東京では跡形も無く完全に失われてしまった江戸城の遺構が、ここ川越に保存されていることになり、その意味でたいへん貴重。

 これは、東京では行われなくなって久しい天下祭の山車行列が、ここ川越にしっかりと引き継がれているのと同様のケース。
 
 川越が小江戸と呼ばれる所以。

(なお、江戸天下祭の山車行列は、平成15年に江戸開府400年イベントとして復活、その後も千代田区が主体となって隔年で開催しているようですが、まだ行ったことがないです。)


 その江戸城の遺構と言われる書院に立ち、本堂をのぞむ。

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 書院、客殿。

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 書院、客殿の内部には「徳川家光誕生の間」や「春日局化粧の間」がある。
 「誕生の間」の天井画は色あせてはいるが、以前に見た江戸城再現CG画像や、二条城の天井画を思い出させるには十分。
 幻の江戸城の一部が、こんなところにこうして現存しているを目の当たりにすると、ちょっとびっくりする。
 


 遠州流枯山水書院式曲水庭園。

 何やら難しい名前だが、大中小3つの飛び石の配置の妙により、見る位置によって遠近法が変化し、奥行きや風景ががらっと変わるところが特徴らしい。

 廊下左手から。

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 右手の方に少しだけ移動。わかりにくくてすみません。

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 ユーモラスな五百羅漢。

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 かんじんの大黒天だが、多宝塔の付近、とのことだったが、発見できず。
 まあ、お参りしたことにした。



 第4番 成田山 (恵比寿天)

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 かわった鐘楼。

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 第5番 蓮馨寺 (福禄寿)

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 このあたりから、歴史的な街並みが始まる。



 まずは、大正浪漫夢通り

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 そば屋とうなぎ屋。うなぎ屋は、何と3階建て。
 3階で食べられるのだろうか。

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 原田家住宅

 まるで重戦車みたいに重厚極まりない意匠。

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 山崎家住宅

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 川越商工会議所(左)と川越キリスト教会

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 いよいよ、蔵造りの街並み


 松崎家住宅

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 このような洋館も。

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 りそな銀行

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 どの店も、美しい正月飾りを店頭に出して、競い合っている。

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 これが本物の時の鐘(薬師神社)

 鐘のある上の方を見てみると、鐘突きの棒が屋根の上にはりだしている。
 屋根に登って突くのか?と思ったら、機械仕掛けでした。
 
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 蔵造り資料館

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 左は、地下の蔵。ちょっと怖い。
 右、登るな、と書いてあったが、登りたくても、狭いし急だし、で登れません。

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 川越まつり会館


 去年、実際に川越まつりを見たばかりだったので、とてもおもしろかった。
 本物の山車が、交代で展示されている。 

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 山車は、祭りが終わると、解体して収納し、また祭りの前に組み立てらしい。
 びっくり。

 未完になってしまった組み立て途中の山車。
 セリ上がりのしかけなど、とてもおもしろい。

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 昔の山車行列の絵。ちゃんと、諫鼓鶏がいる!
 
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 その他、囃子の種類などを、実際に聴いて比較することなどもできる。
 ここに来れば、山車のすべてがわかる。



 江戸時代、川越は、
 江戸北方の守りの要として、
 また、陸路(川越街道)、水路(新河岸川。今でも、新河岸という駅がある)で江戸と直接結ばれた物流の拠点として、
 大いに繁栄した。

 山車行列をそのまま存続することができた理由の一つに、裕福な商人層の存在があげられる。
 
 重厚な蔵造りの商店、住宅が立ち並んでいるのも、そのため。
 
 ただ、今見る蔵造りの建物のほとんどは、明治の大火の後、耐火性を考慮して建てられたもの。
 江戸期からの建物は、ほんのわずかしか存在していない。
  

 
 そのわずかに残る江戸期の建物、大沢家住宅。(国の重要文化材。写真一番手前)

 他の明治期の蔵造りの建物と比べると、すっきりしていて、だいぶイメージが異なる。

 それにしても、この通りは車が多い。

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 江戸横丁

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 菓子屋横丁

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 第6番 見立寺 (布袋尊)

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 第7番 妙昌寺 (弁財天)は、少し離れている。

 だいぶ遅くなってしまったので、省略。


 
 かわりに、巨樹のある寺、養寿院 

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 夕食は、蔵造りのお蕎麦屋さん。

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 何だか、初詣の七福神めぐり、というより、古い建物めぐりになってしまった。
 結局、五福神めぐりになってしまったし。



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カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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この記事へのコメント

かげっち
2009年02月11日 12:40
私の恩師が川越人なので、祭りの夜にお呼ばれしたことがあります。良い街ですね。演奏会に適した蔵なぞありそうな・・・
2009年02月13日 00:28
 かげっちさん、こんばんは。
 お祭り、わたしもこの前行きましたが、すっごい人出でした。
 川越の蔵造りの建物は、わたしが見た限りでは、個人の店舗や住宅がほとんどで、コンサートができるほど大きなものは無いようでした。
 でも、最近は歴史的な建造物でコンサートを行なうイベントも多いようで、そういうコンサートはまた一味違って、なかなかよいですね。
2009年02月14日 21:26
川越は2度尋ねましたが、七福神があるとは知りませんでした。
喜多院と時計塔とりそな銀行と菓子屋横丁と祭り会館とうなぎだけでした。
Noraさん、六福神まで回られたのですからいいことありそうですね。
1日乗車券など買い求める所も賢いなあと感心するばかりです。
2009年02月15日 23:23
 tonaさん、こんばんは。
 川越、東京にはすでに無くなってしまったものがいろいろとあって、おもしろいですね。

> 喜多院と時計塔とりそな銀行と菓子屋横丁と祭り会館とうなぎだけでした。

 だけ、とおっしゃってますが、これだけ回れば、見所はほとんど見てらっしゃるんじゃないか、と思います。
 わたしもほとんど同じところを見ました。
 七福神は、一つ一つのお寺は何でもないようなお寺なのですが(喜多院を除き)これらの見所を要領よく回れるようになっているのが、ミソのようです。

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