ビーチ・アニマルは何の夢を見るのか?~テオ・ヤンセン展+早春の日比谷公園【復活節前第3日曜日】

 まだレントの最中につき、ライプツィヒのバッハはお休み中ですが、
(実際には、受難曲や復活節用カンタータの準備で、普段よりも忙しかったはずですが、わたしのカンタータ記事はほんとうにお休み)

 初期ヴァイマール時代の名作中の名作、アルトのためのソロカンタータ、BWV54があるので、お知らせだけしておきましょう。
 バッハが生涯手を加え続けた名作、BWV80の最初期の稿、BWV80a も、この日のためのものです。



  *    *    *    *    *



画像




 テオ・ヤンセン展 -新しい生命の形- at 日比谷パティオ特設会場

        ~4月12日(日)まで



 日本オランダ年 2008-2009の一環として、
 オランダ映画祭 2009や、
 ブリュッヘンのハイドン・プロジェクトなどとともに、
 開催されているもの。



 1週間前になってしまいましたが、3月7日(土)に、行ってきました。



▽ 日比谷パティオの会場
  さまざまな屋台が出て、ステージでは、ライブなども行われている。

画像




 テオ・ヤンセン(1948年生)は、デルフト大学で物理学を専攻。
 その後、フェルメールで名高いこの街で、画家として活動していましたが、
 1990年頃から、物理学を学んだ経験を生かして、ビーチ・アニマルの「創造」を開始、
 ビーチ・アニマルは、現在も進化をとげています。

 * 以下、この展覧会で、わたしが見聞きしたことを、わたしなりに書きました。
   もし、完全に勘違いしている部分やまちがいがあったら、ごめんなさい。



 ビーチ・アニマルとは、テオ・ヤンセンが創造したまったく新しい生物。

 生物だから、機械的な動力源をもたずに、自然界の力、例えば風力等をエネルギーに変えて、特定の運動を続ける。

 実際の生物が、さまざまな用途に対応可能なタンパク質から成り立っているように、ビーチ・アニマルは、原則的に、どのような形にでも変形し得るプラスチック・チューブのみを素材として形成されている。
 チューブには、骨格・筋肉となる太く硬質なパイプ状のもの(但し自在に変形可能)、神経となる細いホース状のもの、の2種類があるみたい。
 それらのチューブの中を、空気が流れることにより、ビーチ・アニマルは運動を行う。
 また、これらのチューブのユニットが、遺伝子そのものとなり、生殖、進化を行うことができる。 



 この展覧会では、これまでの進化の過程におけるさまざまな種類のビーチ・アニマルが、パネルやビデオ映像の説明付きで、展示されています。
 創作における道具や材料、イラストや設計図なども併せて展示されていて、なかなか見応えがある。
 完全文系のわたしには、わけがわからないけれど。



画像




 だけど、一番のハイライトは、何と言っても、現時点で最も進化した、(最新の)大型ビーチ・アニマル、

 アニマリス・モデュラリウス Animaris Modularius

 が、実際に動くのを目の当たりにできるデモンストレーションでしょう。(展示期間中の土日祝日のみ)


▽ アニマリス・モデュラリウス
  風をエネルギーとして、活動する。
  ただし、風が一定以上に強まると危険なので、強風時は自分で地面に杭を打ち込んで、体を固定する。
  (写真手前に、金槌と杭が見える)

画像



▽ 近づいて見ると、パイプ状のチューブだけでなく、
  ホース状の細かいチューブもびっしりと張り巡らされているのがわかる。(左)
  右は逆の方向から見たところ。  

画像
画像



 いよいよ、デモンストレーション。
  
 翼をはためかして、風を呼び込む。
 これまでのアニマルは、風等の力が働かないと動かなかったが、このアニマルは、右側の背中に乗っているペットボトルに取り込んだ空気を溜めておくことにより、常に活動できるよう、進化した。
 今回のデモンストレーションは室内で行われたため、無風なので、ペットボトルに直接空気を注入した。

画像


 プシューッと蒸気機関車みたいな音をたて、たくさんの足をわしゃわしゃと規則正しく動かしながら、迫ってくるモデュラリウス。
 そのあまりの迫力に、歓声があがる。

画像


画像


 また、これまでのアニマルは、海にはまると、止まってしまったが、
 このアニマルは、水に触れると、方向転換するよう、進化している。

 この後、方向転換して、戻っていった。



 また、小型ながら、実にスムーズな歩行が可能な、(BMVのCMに使用されたとのこと)

 アニマリス・オルディス Animaris OrdisAnimaris Ordis

 を、実際に押して歩行させることもできます。(本来は、帆に風を受け、歩く)


画像
画像



 この足の構造は、ヤンセン氏がコンピューターによる計算と実験をくりかえした結果、ようやく導き出したもので、
車輪による場合よりもずっと小さな力で重い体を動かすことが出来るらしく、この足を構成するユニットは、「遺伝子」としてこれ以降の多くのビーチ・アニマルに引き継がれているとのこと。
 ヤンセン氏は、自分が導き出したシステムを、さまざまなことに利用してもらうため、サイト上等で無料公開していて、実際に昨年の高専ロボコンで、そのシステムを使ったチームもあったそうだ。

 わたしは以前からロボコンの大ファンで、毎年、地方予選から全国大会まで必ずテレビで観ることにしていて、国技館まで決勝大会の観戦に出かけたこともあります。
 昨年のテーマは、多足歩行から2足歩行への進化、というものだったのですが、そういう意味では、正にこのビーチ・アニマルに深く関係するテーマだったわけで、そう言えば、同じようにわしゃわしゃと歩くロボを何回か見かけたような気もする。 



 その他のアニマルたち


画像
画像



画像
画像



 例外的に、木と鉄板によって作られたアニマル。(ヤンセン氏は、浮気した、と言っている)

画像




 ビーチに何種類ものビーチ・アニマルを放す。
 あるものは、自由に走り回り、
 あるものは、自分の仕事を黙々と積み重ね、
 あるものは、生殖を行って増えていく。

 長い間経ってから、見に行ってみると、
 あるものは元気に動いているが、あるものは死んでいる。
 黙々と土塁を作り続けるビーチ・アニマルによって、見事な土塁ができあがっており、
(これは海抜の低いオランダならでは)
 また生殖を重ねた結果、ビーチ・アニマルは無数に増えていて、中には、見たこともないようなビーチ・アニマルの姿も見られる。

 ヤンセン氏が夢見て、目標としているのは、そのようなことらしい。

 人類をはじめ、あらゆる生物が死に絶えてしまった、何百万年も後の世界。
 有機物がまったく消えうせたさびしい砂丘で、ただひたすら運動し、自分の役割をはたし続けるビーチ・アニマルたち。
 砂丘に風が吹く限り、彼らは動き続ける。



画像
画像




 もちろん、ビーチ・アニマルたちは、極めて高度な物理・数学的計算に基づく、緻密な設計の賜物なのですが、
 見るものに、そのような幻想を抱かせてしまうあたり、ヤンセン氏は、やはり、基本的にはすぐれたアーティストなのでしょう。



 公式HP



 公式MOVIE



  ☆    ☆    ☆



 この日も、春を探しに、すぐそばの日比谷公園へ。

 (冒頭に書いた通り、花などは、1週間前の状態です)



 江戸時代、外桜田と呼ばれたこの周辺は、北東に隣接する曲輪内の大名小路(現丸の内)に続いて、大名の広大な上屋敷が並んでいたところ。
 松平備前守(佐賀鍋島家)、松平長門守(萩毛利家)などの屋敷があったところが、現在の日比谷公園。
 ちなみに、大岡越前守の屋敷もこの周辺。

 公園の入り口、日比谷交差点のあたりに、日比谷御門(日比谷見附)があった。


▽ 今も残る日比谷御門付近のお堀。
  お堀の石垣を突き破って生えている樹がすごい。

画像




 日比谷交差点の入り口から、公園に入ってすぐのところに、わたしの大好きな建物がある。


 旧日比谷公園事務所


 明治43年竣工の、小さいながらも、瀟洒なたたずまいの、ドイツ風バンガロー建築。(都指定有形文化財)
 いかにもドイツの深い森の中にありそうな雰囲気の建物で、いつも、こんな家に住めたらいいな、と思っていた。
 しばらく都公園資料館として利用されていましたが、訪れる人もあまり無く、木立の中にそのままほっておかれてるような状況でした。


 それが、久しぶりに訪れて、びっくり。

 貸切ガーデンウェディング施設、「フェリーチェガーデン日比谷」

 として、生まれ変わっていたのです。

 いつも薄暗かった建物には暖かい明かりが灯り、その周囲は花のリーフで飾られている。

 周辺も雑草だらけだったのに、すっかり美しい庭になっていて、たくさんの花々が植えられて、イルミネーションがきらめいている。

 久しぶりに会った旧友が、りっぱになって、見違えてしまったような気分。
 ものすごくうれしかった。


画像



▽ 小さいがよく手入れされた庭から、側面をながめる。

 写真左の建物が旧日比谷公園事務所。
 奥(写真右)の建物は、旧日比谷公園事務所の外装に合わせて、新しく増築されたもの。 

画像



▽ 内部も美しく改装されていて、感激。やはり建物は、使われていないと。

画像



▽ すぐ隣には、カフェもできて、すっかりおしゃれスポット?としてにぎわっている。

画像




画像




 早春の花々


 梅

画像
画像



 ヒカンザクラ

画像



 これも?

画像



 オオカンザクラ

画像



 ミツマタ?(左)と水仙(右)

画像
画像



 彫刻みたいな藤の樹

画像




 なお、日比谷公園には、「巨樹探訪」でも紹介されている、都内で最大級の大銀杏があるはずなのですが、
 探したけど、見つからなかった。
 残念。

 
 かわりに、こんな元巨樹を発見。

画像




そのほかの「記事目次」

「全体記事目次」

カンタータ日記・奥の院

浅田真央さん情報・最新版

宮沢賢治記事目次

カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

画像





この記事へのコメント

2009年03月17日 20:44
明日日比谷公園の巨樹「首かけイチョウ」を友人と見に行こうと約束しているのですが、Noraさんに見つからなかったとは、絶望的ですね。
元巨樹を探してみます。
旧日比谷公園事務所も探してみます。

ビーチ・アニマルにはびっくりしました。
2009年03月18日 00:34
 tonaさん、こんばんは。
 お友達と巨樹探訪とは、なかなかオツですね。天気がよいといいですね。

 旧公園事務所は、日比谷見附側の入り口付近にあって、すぐわかると思います。
 「元巨樹」も日比谷見附のお堀の上です。枯れて折れてしまった元巨樹の両脇から、新しい樹が育っていて、けっこう迫力がありました。
 
 首かけイチョウは、松本楼のすぐそばにあるようです。だとすると、わたしもその前を通っているはずなのですが、きっとぼんやりしていたのでしょう。(笑)
 ちょっとすごい名前ですが、由来を読んだら、想像していたのとぜんぜんちがいなかなか感動的な話でした。
 首をかけてイチョウを守った本田博士は、明治神宮の森を作った人ですね。
2009年03月18日 16:54
Noraさん、ありがとうございました。
首かけイチョウが松本楼のそばにあると教えていただいたので、すぐわかりました。
元巨樹、藤、旧公園事務所もわかりました。
本田博士の本は1冊読んだことがあります。明治神宮を作った人とは知りませんでした。独特の方法で大金持ちになったのですね。

このあと文京区の方の巨樹と富士塚に回りました。
2009年03月20日 01:12
 tonaさん、昨日、今日と、いっぺんに春になったような陽気でしたね。
 昨日など、散策するのには、うってつけだったのではないでしょうか。 

 首かけイチョウ、ご覧になりましたか!
 ネット等で写真を見たら、ものすごい大木ですね。すぐ前を歩いていながら、あれに気づかないとは、おそらく、松本楼の10円カレーのことでも考えていたものと思われます。(笑)

 本多博士、一方で、「蓄財の神様」と呼ばれた億万長者だったとは、びっくりしました。(なお、正しくは、「本田」でなく、本多博士でした。失礼いたしました)
 正に、明治、大正、昭和と生き抜いた怪人のひとりですね。
 明治神宮の森は、当初、整然とした杉林を作るべき、という政府関係の思惑があったようですが、それに対して、本多博士を含む造苑グループは、都心に、原生林に限りなく近いいつまでも生き続ける森を、という目標を掲げ、100年後、さらにその後を見据えた気の遠くなるような植樹計画を断行したそうです。
 その結果が、現在のあの鬱蒼とした森で、もともとは、何も無いただの荒地だったというのだから、びっくりですね。

この記事へのトラックバック

過去ログ

テーマ別記事