国際的大スターの帰郷~9つのドイツ語アリア集その1・ヘンデル入門ラストスパート【三位一体節後第21】

 この前すでにお知らせしたように、10月最後の日、10月31日(土)は、宗教改革記念日。

 カンタータ等は、こちらの記事をごらんください。


 引き続き、月があらたまった今度の日曜日、11月1日は、通常通り、三位一体節後第21日曜日です。

 まず、第1年巻のBWV109

 コラール・カンタータ(第2年巻)は、BWV38
 古様式を多用した、格調高い一品。

 後期作品も2曲ありますが、がらっと雰囲気が変わって、どちらも、今の季節にぴったりの、聴いていると、小春日和のおだやかな陽射しに身を包まれるかのような気分になってくる美しい佳曲です。

 BWV98も、全体的にしっとりとした感じが何とも言えないですが、
 BWV188の第2曲、テノール舞曲アリアは、秋を代表するような名アリア。ちっとも知られてないけど。

 同じような感じの、こちらはほんとうの春の名作アリア、BWV146の第7曲男声だけの舞曲デュエットとセットで、「お気に入りのアリア」シリーズとして、ちょっとくわしい記事を書きました。

 いつかの春頃に記事を書いたので、ちょっと場所がわかりにくく、恐縮ですが、

 こちら



  *    *    *    *    *    *



 早いもので、10月も、もう終わり、今年も残すところあと2ヶ月。

 ヘンデル・イヤーの今年、せっかくの機会なので、バッハを糸口にして、大いにヘンデルの世界に親しもう、
 と、いうことで、いろいろな音楽を聴いてきました。

 そのちょっとマヌケな顛末については、「バッハ・ファンのヘンデル入門」として、これまでちょこちょこと書いてきましたが、
 まだまだ書いていないことも多いし、
(「イタリアン・カンタータ」などについては、案の定、原稿が途中でとまったままになっています)
 最近もいろいろな曲を聴いて、それらの中には、当然感想を書いておきたい曲やご紹介したい曲がけっこうあるので、
 一応、ラストスパート、とういうことで、これからちょっとがんばっていきたい、と思うだけは思っている今日この頃であります。



 そこで、まずは、ずっと何か書きたいと思っていた、というか、バッハ・ファンとしては、「イタリアン・カンタータ」と並び、どうしても触れざるを得ない、知る人ぞ知る名作から。

 ヘンデルをよく知っている方の中には、ヘンデルの最高傑作としてあげる方までいらっしゃるような作品ですが、その割には、謎の多い、究極のびみょ~作品、です。

 ちょうど、すばらしい新譜が発売されたので。



 9つのドイツ語アリア集 HWV202~210



 音楽史上、ヘンデルは国境・民族を越えたコスモポリタンの大スターとして位置づけられていますが、
 今年、ヘンデルを集中的に聴いてきて、常に強く感じたことは、(わたしが聴いた限りではありますが)
 ヘンデル、その華麗なる活躍の割には、基本的に、というか、音楽的な根幹は、
 まごうことなきドイツ人だ、ということです。

 自らも明確にコスモポリタンを志向し、二十歳そこそこで、単身イタリアに赴き、その修業時代からいきなりイタリア語&イタリア趣味のカンタータやオペラを書きまくったヘンデル。
 その膨大な作品の中には、ごく限られた初期の習作的作品以外には母国ドイツ語の作品がほとんど見当たらず、
(何と、主要作品では、この9つのドイツ語アリア集と、例のブロッケス受難曲だけとのこと)
 これでは正にコスモポリタン以外の何者でもないようではありますが、
 イタリア修業以前、作曲家としての基本が形成された、多感でもっとも重要な時期に、ヘンデルが影響を受けたのは、当然ドイツ人のテレマンであり、カイザーであり、マッテゾンに他ならず、実質的にヘンデルという作曲家を育てたのは、ハレの教会であり、ハンブルグのオペラ劇場でした。

 従って、彼の音楽の根幹にドイツ的要素が色濃いとしても、それもまたあたりまえのことであり、
 わたしがこれまで聴いてきた極めて狭い範囲の中のことではありますが、
 ハデで技巧的な有名アリア以外の何でもないようなアリアやレチタティーボなどに、とても味わい深い、ドイツ的詩情にあふれる音楽が多数眠っている、ということ、
 さらには、例えイタリア風なオペラであろうと、英語のオラトリオであろうと、独墺系のオケや演奏家によるものがなぜか一番しっくりとくる、ということなど、みんなその表れなのではないか、と思います。
(たとえば、何種類かのアリア集や、フライブルクのオペラなどなど)

 おまえが独墺系の演奏が好きなだけだろ、と言われてしまえばそれまでですが、そう思うのだからしかたない。



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 そんな「ドイツ人」、ヘンデルに、
 歌詞がドイツ語だというだけでなく、その表現する世界といい、音楽のフォーマットや内容と言い、どこから見ても「ドイツ音楽」としか表現のしようのない、
 この「9つのドイツ語アリア集」、が、残されたのは、
 例えこの1曲だけだとしても、まさに奇跡的な幸運だと思います。

 この「9つのドイツ語アリア集」、ドイツ音楽ファンにとっては、宝物のような贈り物であり、ヘンデルという怪物作曲家の真実を知る上でも極めて重要な作品、と、言えるのではないでしょうか。


 歌詞は、ブロッケスの、大自然のさまざまな事象の美しさと、その背後にある神の栄光を讃える詩から、とられています。
 ソプラノ+オブリガート楽器+bc、というバッハのカンタータでもおなじみの編成。

 前述のように、極めて「ドイツ風な」アリアで、
 「バッハの最も調子のいい時のアリアを集めたものだ」と言っても、誰も疑わないのでは。

 この「最も調子のいい時」というのがミソで、
 なぜかバッハのカンタータ掲示板でこの曲を教えていただいて(笑)、初めてこの曲を聴いた時、
 そのあまりの美しさに陶然となり、例え大バッハと言えど、よほどのアリアをもってこないとこれにはかなわないな、と、初めてヘンデルのすごさの一端に触れ、震撼したものです。

 その後、次々とヘンデルのオペラ等に接してゆくにつれ、ヘンデルのすごさというのは、実はそんなものではなく、さらに大きく途方もないものであることを思い知り、
 そうなってしまった今、あらためてドイツ語アリア集を聴いても、さすがに以前ほどの興奮を感じることはなくなりはしましたが、
 この曲集のしみじみと真摯な美しさは不変であり、この曲集の価値が減じることは決してありません。


 「きらきらと揺れる小川や滝の波」、

 「甘く香る矢車菊」、

 「田園の快い静けさ」、

 「大地を飾る燃えるような薔薇」、などなど。

 それぞれの曲は、さまざまなこの世の美しい事象などをテーマにして、長短、緩急、さまざまな楽想が次々と現われ、厳粛なフーガからオペラからコロラトゥーラまで、多彩な技法が惜しげもなく投入されています。

 オブリガート楽器は、指定されていませんが、基本的にはVnを念頭に置いて作曲されたらしく、現在は、Vnを中心に、フルート、オーボエなど、曲調にあわせてさまざまな楽器が使われるのが一般的なようで、そういう意味でも、バラエティに富んでいる。

 そうして、さまざまな情景がくりひろげられた後、最後に高らかに歌われる「大地の飾り、燃えるような薔薇よ」は圧巻。

 純粋に音楽的な側面だけを見ても、たいへんな傑作だと思います。



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 さて・・・・、

 以下は、例によって、さらに思いこみ指数の高い、というか、思い込み指数ほとんど100%の部分。


 先ほど、「謎の多い、究極のびみょ~作品」と書きましたが、
 この作品、実は、作曲年代、初演等を含めた作曲の経緯等、すべて不明。


 以前は、1729年ごろ、母親の見舞のために、ハレを訪れた時に作曲したのでは、と言われていましたが、
(いかにも、この作品には、そういう逸話がふさわしい!けれども)
 最近の研究においては、それよりも少し前、1724年から1726年頃にかけての作曲らしい、と、想定されています。


 出ました。
 
 またまた、出てきました、1724年

 これまで、この「バッハファンのヘンデル入門」シリーズでは、バッハとヘンデル、この同い年生まれの両巨人の人生の奇妙な符号について、多少こじつけぎみに力説してきましたが、

 この1724、5年というのは、
 バッハにとっては、ご存知、コラール・カンタータ年巻の年、
 ヘンデルにとっても、「ジュリオ・チェザーレ」や「ロダリンダ」が生み出された、第1期アカデミーの最盛期で、
 2人の生涯の、創作上のピークとも言える時期なのです。
こちらの記事参照)
 

 このような、ヘンデルにとっても創作のピークとも言える時期に、他ならぬドイツ語作品が生み出されたのは、正に幸運なめぐりあわせのように思えますが、
 はたして、これを、偶然のなせるわざ、と片付けてしまっていいものかどうか。

 最新の研究では、バッハの名声、というか、ちょっと昔風の変わった音楽を書きまくっている、という偏屈ぶりは、わたしたちが考えている以上に、最低でもドイツ国内においては轟きわたっていたのでは、という考えもあるようです。

 特に、毎週毎週、「コラール・カンタータ」という奇妙なものを書いて演奏している、というニュースは、音楽界のごくごく一部においてかもしれないけれど、けっこうなセンセーショナル?を巻き起こしていた可能性もある?

 それに加えて、わたしは不覚にもノーマークで、まったく知らなかったのですが、注目すべきなのは、マッテゾンと、ヘンデルの深い結びつき。

 この、なぜか生涯にわたってバッハを擁護し続けた作曲家、というより大音楽理論家と、ヘンデルとは、若い頃に決闘までしあったという腐れ縁?で、(ハンブルグ・オペラ時代、ヘンデルがbc奏者を務めている時に、マッテゾンは歌手だったらしい)
 昔の番長まんが(死語)さながらに、決闘の後でより深く結びつき、(「おまえ、なかなかやるな」、ってやつか?)
 その後も深い関係にあったようなのです。


 と、いうわけで、言ってしまいます。

 ヘンデルが、この「9つのドイツ語アリア集」を書いた背後には、バッハの影があるのではないか。

 少なくとも、ヘンデルがこの作品を書いたときに、頭の片隅にバッハのカンタータが存在していた可能性は、かなり高いのでは。


(・・・・と、思います。
 いつも強引ですみません。
 ムリがあるのは承知の上。そう考えた方が楽しいではないか、ということで。)



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 一応、いかにも信憑性がありそうな「根拠」も。

 このアリア集、何よりも生き生きとしたオブリガートが特徴的なのですが、ヘンデルの他のオペラ等にももちろん魅力的なオブリガートは数多けれど、ほとんど歌と等価値を有する、これほどまでに入念なオブリガート声部というのは、珍しいのでは。
 さらに、対位法の進んだドイツ国内に目を向けても、これだけのオブリガート声部を書いていたのは、ヨハン・セバスチャンただ一人と言ってもいいのでは。
(他の作曲家はあまり知らないけど)

 また、ヘンデルはもちろん、音楽の歌詞を最大限に重視した音楽づけをする人ですが、それは、オペラなどにおいては、どちらかというと、アフェクト面の誇張、すなわち常に何よりも演奏効果に主眼が置かれています。
 ところが、この作品においては、歌詞そのものに即した音楽言語、例の、バッハがとにかくこだわり続けた、へたするとちょっと聴いただけでは誰もわからいような「音楽象徴」が見受けられます。
 これも、他のヘンデル作品にはあまり例の無いものです。

 つまり、この作品が、ヘンデルのドイツ音楽研究の大きな成果である、という点に関しては、疑いの無いことだと思います。
 その「ドイツ音楽」の中に、バッハがどこまで含まれているかについては、わからないけど。



 書きだしたらまた止まらなくなり、長くなってしまった。
 かんじんのCD紹介は、次回に持ち越し。
 続く。



 参考:作曲家◎人と作品シリーズ 「ヘンデル」 三澤寿喜著 音楽の友社

 (いいかげんなことばかり書いてもいけないので、ちゃんと買ったのだ。
  これ読むと、ヘンデルも、かなり、というか、たいへんな苦労人だったことがわかり、ヘンデルが好きになります)

     

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カンタータ日記・奥の院

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この記事へのコメント

2009年10月30日 17:38
う~~~む・・・大変興味深く読ませていただきました!
私はまだこの曲集を聴いてないので、何とも言えませんが、この記事を読むと「ひょっとして、ヘンデルのこのドイツ・アリア集は、バッハの作品なのでは!」なんてまで思ってしまいます。
特にオブリガートの特徴などの点で。
バッハが憧れのヘンデルに「なりすまして」書いたものが、後世までずっとヘンデルの真作と誤認されたままだった・・・な~~んて♪
それにしても、何かと良く出てくる1724年、不思議な符合ですね。
それからマッテゾンのことも。
2009年10月31日 00:18
こんばんわ。
面白いですね。どうしても二人を引き合わせたいらしい・・・(笑)
それはそうと、

> 特に、毎週毎週、「コラール・カンタータ」という奇妙なものを書いて演奏している、というニュースは、音楽界のごくごく一部においてかもしれないけれど、けっこうなセンセーショナル?を巻き起こしていた可能性もある?

との部分、たまたま、本当にたまたま、今読んでいる本が川端先生の名著(!)「時代を超えたカントール」でして、それに通じるような記述も読んだばかりだったので、妙に納得してしまいました。
これは、まず、Noraさんの説が間違いないと思われます。ただし証明不可能かもしれませんが・・・?
いや、証明できなくても、正しいものは正しい(笑)。

2009年10月31日 00:23
追伸:
曲番号でyoutube検索すると結構簡単にみつかりますね。
いくつか聴きましたが、たしかに、これは面白いですね。
2009年11月01日 00:28
 REIKOさん、ありがとうございます。
 この曲、1曲目のオブリガートの旋律からして、いきなりのびやかで、晴れやかで、バッハ先生には逆立ちしてもムリかも・・・・。
(リアル盤は、歌詞を意識してか、思い切りゆっくり、しみじみと演奏してますが)
 REIKOさんにもぜひ聴いていただきたいですが、REIKOさんのお好きなタイプの歌は少ないかもしれません。でも、最後の歌などは、けっこう明るさ炸裂ですよ。

> バッハが憧れのヘンデルに「なりすまして」書いたものが

 こういうこと、想像するのは楽しいですね。
 わたしは昔、バッハ=ペルゴレージ乗り移り説というのを記事にしました。
 対位法に深く傾いていた晩年のバッハが、ペルゴレージが亡くなった頃から、急にギャラント様式の近代風作品を平行して書き始めるからです。
 バッハの作品を使って、大ミサをまとめたのは他ならぬ死後バッハに乗り移ったペルゴレージで、そのうちに物足りなくなって、一番大切なクレドのど真ん中に、自分の作品を使っちゃった、というのがオチ。
 なんだ、そりゃ。m(_ _)m
2009年11月01日 00:45
 たこすけさん、どーも。

 川端先生の本は、ものすごく気合いが入っていておもしろいですが、それが、信仰心だけではなくて、膨大なデータやきちんとした最新の正確な研究成果に裏付けられている点が、素晴らしいと思います。

 この「カントール」は、昔、やはりカンタータ掲示板で教えていただいたのですが、わたしが思い込みや、こうだったらいいな、とダラダラと掲示板に書いてきたことが、明確な根拠を持ってきちんと書かれていて、とても感激したのを憶えています。
 ただ、ちょっと、バッハの肩を持ちすぎているところがあるかも。
 人のこと言えないけど。(笑)

 ドイツ語アリア集、お聴きになりましたか。
 けっこういいでしょう。
 それでは、最後に、いつもの誘惑の一言。
 ヘンデル、いいですよー。(笑)
 のってる時のヘンデル、こんなものじゃないです。
2009年11月01日 04:51
 それから、この場を借りて、
 いつもの「コラールを聴いてみましょう」のページから、たこすけさんの新録音にリンクさせていただきました。
 毎年恒例みたいになりましたが、クリスマスらしいよい曲よい演奏だと思うので、もう少ししたらトップページにも出そうと思います。
2014年11月04日 18:14
「ヴィトン」はオシャレな女性の優先選択ものです。流行感に持った時計を選び、軽快なムードをプラスします。


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