飛鳥逍遥1 多武峰・磐余編~錦繍の霊山に遊び、瓦と材木と赤い実の里に名作仏像を訪ねる。

 11月の連休を利用し、1泊2日で飛鳥(明日香)方面に行ってきました。

 旅の目的は、何よりも、仏像。
 飛鳥の東北に連なる多武峰(とうのみね)の麓・磐余(現在の桜井)付近に静かに鎮座する、
 天平と鎌倉、日本仏像芸術がピークを迎えた二時代をそれぞれ代表する二つの傑作仏像を観ること、
 特に、以前からずっと観たい観たいと思っていた、桜井・阿倍文殊院の、快慶の最高傑作のひとつ、文殊菩薩騎獅像(渡海五尊像)と対面すること。
 そして、
 飛鳥のあちこちに点在する、大らかな巨大仏の数々をたずねること。
 飛鳥の都はあまりにも古いので、現存する飛鳥仏は、ほとんど飛鳥大仏だけなのですが、その他にも、平安、鎌倉、江戸、さまざまな時代の、この地方ならではの素朴で巨大な仏像がたくさん存在しているのです。

 つまり、可能なかぎりこの周辺の仏像を観てやろう、という決意で旅立った仏像三昧の旅のはずだったのですが、
 折しも、ちょうど紅葉が始まる時期に重なり、
 さまざまな色に彩られた、飛鳥のあまりにものどかな風景や、不思議なロマンあふれる石造物などの古代遺跡にすっかり魅せられ、結果的には、実にバラエティ豊かな旅となりました。



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 いつものように、ここでは写真を中心に、旅のあらましを。
 各寺社や仏像、古代遺跡についての詳細は、「奥の院」の方に記事を書いてますので、興味のある方はあわせてご覧いただければうれしいです。



  ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆



 第1日



 天気も快晴。気分も浮き立ちます。

 行きの新幹線から見た富士山も、さわやか。

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 途中、西ノ宮付近で、近鉄車窓から、すでに周囲を足場に囲まれた、薬師寺東塔が見えた。
 ほんとうに、しばしのお別れ。



 この日は、ゆっくりと磐余の里の二つの仏像を訪ねるつもりでしたが、すぐ近くの多武峰の談山神社と言えば、奈良で一番の紅葉の名所、
 せっかくだからちょっと足を延ばしてみよう、
 ということで、いきなり、ちょっと寄り道。



 談山神社


 多武峰(とうのみね)は、中大兄皇子(天智天皇)と中臣(藤原)鎌足が、あの「大化の改新」の密談を重ねた山と言われている。
 「談山」神社の名も、そこに由来しており、藤原鎌足その人を祭る。


 ちょうど紅葉が始まった頃。

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 談山神社のシンボル、木造檜皮葺(ひわだぶき)十三重塔

 石造の十三重塔はあちこちで見かけるが、木造のものを見るのは初めて。
 一つ一つの屋根、そしてそれが重なった全体のフォルム、すべてが柔らかな曲線で構成されていて、それらが赤や茶の色彩と相俟って、実に優雅で美しい。
 小ぶりな塔だが、小ぶりならではの工芸品のような精緻さは、あの室生寺の五重塔を彷彿とさせる。

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 拝殿から、紅葉をながめる。
 拝殿は懸け造りになっていて、その回廊は、清水の舞台みたいに空間にせり出しているので、眺めが最高。

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 完全な仏殿形式の神廟拝所から、十三重塔を見上げる。
 どちらも、ここが神仏習合の大霊場だった頃の名残り。

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 帰りのバス停へは、南山荘の裏山の方から遠回り。

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 談山神社全体が見渡せる、絶好のフォト・スポット。遠回りしてよかった。

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 バス停のある駐車場からの景色。山深く、高原リゾートのようで、気分爽快。

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 * 談山神社についてのくわしい記事は、こちら



 バスでふもとのに磐余の里(現在の桜井)に下りる。

 いよいよ、観仏の旅のはじまり。



 まずは、聖林寺(しょうりんじ)へ。

 目的はもちろん、あまりにも有名な、国宝・十一面観音菩薩立像


 登ってきた坂道を振り返る。のどか・・・・。

 
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 山門からの展望。

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 山の中腹の城郭を思わせる石垣の上に、小さないくつもの建物が、折り重なるようにして建っている。
 庭も、それらの建物に囲まれたごくごく狭いものだが、木々は美しく整えられ、清らかな気配があたりに漂っている。
 そして、例え庭は狭くても、何しろ高台の石垣の上なので、ながめは壮観。抜群の開放感。
 どこからでも大和盆地の懐かしい風景を一望にできるので、むしろ境内は広々として爽快な雰囲気。
 わたしが行った時には、庭中のいたるところに、南天・千両・万両などの真っ赤な実が鈴なりになっていて、風景に何とも言えない情感を加えていた。


 赤い実に彩られた庭。

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 前述のように、このお寺に訪れたのは、もちろん十一面観音がお目当てだったのだが・・・・、

 本堂に一歩足を踏み入れたとたん、その十一面観音のことが、一瞬頭から吹き飛んでしまった。
 それほど、ここの本尊、地蔵菩薩坐像(子安延命地蔵)はすごかった。
 丈六の巨像。
 しかも、ただの丈六でない、まん丸の頭が、全体の3分の一以上をしめるかのような巨顔。ほとんど3頭身。
 そのせいか、全体もより巨大に見える。
 顔も身体も真っ白に塗られ、法衣には鮮やかな彩色が施されている。
 目鼻立ちはくっきりとして、何となく取り澄まして威厳を見せているようだが、それがかえって、まるで春の海のような、深いおだやかさ、柔和さにつながっている。

 江戸期の石造仏ということだが、いったいどんな巨岩を使ったというのか。
 江戸仏というとどうしても軽く見られがちだが、このようなとんでもない傑作も多いのだ。

 本堂に入ったすべての人が、この像を見て、思わず微笑んでしまう、そんな仏像。

 飛鳥には、飛鳥時代に作られたものでなくても、「飛鳥仏」としか呼びようの無いような、大らかで、力強い、(そして何よりも大きい)仏像が多いが、この地蔵菩薩は、その筆頭と言ってよいのではないか。


 本堂の北側は座敷になっていて、おもしろい羅漢図などが展示されているが、その壁面は大きく外に向けて開け放たれており、本堂の中からも、大和盆地を一望にすることができます。

 とにかく何もかもが破格な、とびきりおおらかな地蔵菩薩の前に座りながら、大和の風景を眼下に、はるかな古代に思いを馳せる、
 何物にも変えがたい幸福・・・・。
  

 本堂縁側からの展望

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 なお、本堂には、十一面観音の美しさに感激したフェノロサが寄進したという厨子が置いてあるとのことだったが、本尊のあまりのインパクトの強さに、すっかり見逃してしまった。


 そして、そのかんじんの十一面観音立像は、今は、その厨子ではなく、
 本堂からさらに奥に登った収蔵庫、大悲殿(観音堂)に大切に安置されている。


 国宝・十一面観音立像

 もとはと言えば、談山神社と同じく神仏習合の大霊場だった、三輪山(大神神社)の大御輪寺の本尊だったが、廃仏毀釈の嵐の中から、「救出」され、聖林寺に移された。
(ちなみに三輪山は、聖林寺の山門や本堂からも眺められる)

 この十一面観音、 
 わたしが心から愛する薬師寺の聖観音菩薩立像を、ふっくらとやわらかにしたような姿で、
 聖観音が微笑んでいながら超然としているのに対して、こちらの像は、厳しい表情ながらやさしい温もりを感じさせる。
 今にも動き出しそうな指先など、息を飲むほど美しく、確かに天平仏の最高傑作のひとつだろう。


 大悲殿(観音堂)への登り口。

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▽ 聖林寺・パンフ
  (クリックして拡大すると、仏像の写真と説明を見ることができます)

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  大悲殿より、伽藍の屋根を見下ろす。

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 写真のように、このお寺は、実に多くの屋根が密集しているのだが、
 それだけに、鬼瓦もすごい。

 どのような歴史があるのかは判然としないが、このあたりは、一般の民家も屋根へのこだわりが尋常ではなく、どの家も、(例え小さな家でも)ものすごく気合いの入った屋根構えで、従って鬼瓦も実に立派な上に、バラエティに富んでいておもしろい。

 その中にあって、さすがに聖林寺は、その頂点に立つ「屋根の寺」でもあり、さながら鬼瓦園と言った観がある。

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 * 聖林寺とその仏像についてのくわしい記事は、こちら



 聖林寺を後に、磐余の里をゆっくりと散策しながら、いよいよ次の目的地、この旅の一番の目的でもある桜井駅近くの安倍文殊院へ向かいます。

 このあたりは、実にのどかで、はるか古代の都をしのばせるようなものもたくさん残されている魅力的な散歩コースなので、バスなどを使わずにゆっくりと歩きたいところ。


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 橿原神宮近くの今井町は、伝統的な古民家が密集していることで有名な街だが、このあたりも、十分すごい。

 どの民家も、屋根だけでなく、全体的に凝りに凝っていて圧巻。歩いていて、楽しくてしかたない。

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 一番すごかったのが、こちらのお店。バリバリ現役の酒屋さん。
 店舗なので、とりあえず全体の写真をのせさせていただきました。
 もちろん、鬼瓦もすごい!

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 このあたりは、林業や製材で栄えた木材の街でもあった。
 現在もたくさんの材木屋さんがある。

 また、そうめん(三輪そうめん)づくりの街でもあり、ちょっと昔には談山あたりのあちこちの庭先で、竿に掛けて干されたそうめんがたなびく情景が見られたそうだ。

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 いかにもいわくありげな池。 

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 水面に映るのは古墳か、あるいは古代の幻影か。

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 * 磐余の里散策についてのくわしい記事は、こちら



 のんびり散策していたので、安倍文殊院にたどりついた時は、もう夕暮れ時になっていました。
 でも、だいじょうぶ。安倍文殊院の拝観は、PM5:00までOKです。(平成21年11月時点)

 いよいよ、今回の旅の最大の目的の一つ、快慶の文殊菩薩像と、初対面の時がやってきました。


 安倍文殊院


 安倍文殊院は、その名の通り、安倍仲麻呂や安倍清明を始めとする安倍氏一族ゆかりの寺。
 大きさ、美しさともにけたちがいの、快慶の文殊菩薩像と、稀代の陰陽師・安倍清明等を同時に祀る、現代に生きる神仏習合の寺院。両者の神秘的色合いが相俟って、庶民の霊場として信仰を集めている。


 本堂。

 舞台造りの礼堂が付属しているところが、寺院の本堂としては珍しい。
 もちろん、この本堂の奥の天井が高い大空間に、お目当ての文殊菩薩が安置されている。

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 ついに、会うことができた!

 文殊菩薩半跏騎獅像(渡海五尊像)


 獅子に乗った高さが、7メートルを優に超える巨像。
 個性的な脇侍たちも、一度見たら忘れられない。
 獅子と脇侍の一人・最勝老人は室町期の補作だが、
 獅子に乗った文殊菩薩が、従者たちを引き連れ、たなびく雲とともに大海原を渡ってゆく劇的な情景を表した、仏像界のジオラマというべき渡海五尊像。
 その中でも、最も壮麗で、力に満ちあふれた像は、この像であろう。

 現在、文殊菩薩は、平成の大修復のため、800年の歴史上初めて、獅子から降ろされ、すぐ目の前で拝観することができる。
(~来年いっぱい。ほんとうにすぐ目の前で感激!)
 財善童子(これも名作の誉れ高い)をユーモラスな表情で睨みつける巨大な獅子の前で、足を崩して座っている文殊菩薩の姿は、妙にリラックスしているように感じられ、現在のジオラマは、「ちょっと一休みバージョン」といったところか。

 これまで、写真等で何度も何度も見てきた、獅子に打ちまたがった文殊菩薩の姿は、快慶の他の作品がそうであるように、何よりも超然として威厳にあふれ、この世のすべてを見おろすかのようだったが、
 この時、思いがけず同じ目線で拝観した文殊菩薩の表情は、なんだか妙にたおやかで美しく、見る角度によっては、やさしく微笑んでいるかのようで、
 その海よりも深いまなざしをすぐ目の前で見つめているうちに、思わず涙ぐんでしまった。

 それにしても、
 豪華絢爛な光背や冠、装飾の一部や、さらには持物を外されたその姿からは、像そのものの純粋な美しさがストレートに感じられる。
 完璧とも言える均整のとれたプロポーション、
 自然に波打つ衣紋、精緻な装飾、
 そして、快慶お得意の金泥塗りによる肌のあたたか&やわらかな質感、
 それらすべてが一つになって高い次元の美に結実している。
 まさに、快慶、というか、日本の仏像を代表するような名品。 

 今回は、幸運にも、これまで決して見ることができなかった特別な姿を拝観することができたが、
 いつの日か、改めて、本来の騎獅の姿も見てみたい。

 
▽ 今回の特別展示の看板。
  (クリックして拡大すると、大きな写真が見られます)

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▽ こちらの看板は、本来の騎獅の姿。
  (クリックして拡大すると元々の騎獅像(パンフに出ていた写真)を見られます)

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 境内にある西古墳。

 アーチ状の巨大な一枚岩の天井が壮観。
 あの石舞台古墳と比べても決して遜色の無い、美しい内部空間。

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 清明を祀る清明堂。小高い丘の上に建つ。
 清明も、ここで天体観測をした?

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 清明堂からの眺め。

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 * 安倍文殊院とその仏像についてのくわしい記事は、こちら



 橿原神宮前駅付近には、あんまり飲食店が無かったので、ホテルの和食処で夕食。
 名物、飛鳥なべ。
 牛乳+みそ+だしのハーモニーが絶品。

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 明日、二日目は、いよいよ、明日香の「飛鳥仏」、そして古代遺跡の数々を回ります。



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