日の本一の画業のすべて。「等伯の正体」に触れ、腰をぬかす。

 * 3月18日追記

 下記再生処置に加え、他に若芽が出ることを期待し、倒壊した場所の土をきれいにならして、
 とりあえずは今回の倒壊への対応を終え、参道階段も通行可能となったとのこと。

 大勢の参拝者に対し、再生祈願の記帳の受付を開始したそうです。

 昨夜は、土に埋め込んだ幹がかたむくほどの豪雨だったとのこと。恵みの雨となるといいのだが。 



 * 3月16日追記

 八幡宮大銀杏関連。
 今日のニュースによると、専門家による再生案を取り入れ、幹の損傷の少ない部分をていねいに切断したものを、根が残っている地面に埋め込み、ようすを見るとのこと。

 やはり、「神木」はそんなにかんたんに滅びない?
 なるか、奇跡の再生。




 鎌倉鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れてしまいました。

 残された株があれば再生するのでは、と甘い気持ちでいたら、根こそぎ倒れてしまって、もっと深刻な事態のようです。

 これまで何度八幡宮に行ったかわかりませんが、子どもの頃から親しんできた風景、
 いや、それどころではなく、頼朝公が鎌倉幕府を開いた頃から、戦国時代も、江戸時代も、ほとんど変わらずに存在し続けてきた風景が、この世から永遠に消え去ってしまった。
 わたしたち人間が儚い存在だということは十分承知しているつもりですが、1000年もの間、歴史の移り変わりを見つめ続けてきた神木さえもが、こんなにも突然、終焉をむかえてしまうというのでしょうか。
 世の中のすべてのものには必ず終わりが来るのだということを、あらためて痛感しました。


 大銀杏の在りし日の姿、こちら



▽ 上野公園では、現在(3月14日)、本格的なお花見シーズンを前にして、
   一足早く、早咲きの桜が、競い合って花を咲かせている。
   写真は、満開の緋寒桜。

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 さて、今年は、激動の桃山時代をたった一人で駆け抜けた、孤高の天才絵師、等伯の没後400年でもあります。



 没後四00年 特別展 長谷川等伯 at 東京国立博物館平成館

        ~3月22日(月・休)


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 今回は、たまたま巨樹の話題から書き始めましたが、巨樹の絵といって、真っ先に思い浮かぶのが、等伯の「楓図」

 その「楓図」をはじめとする国宝金碧障壁画は、幸運にも、2年前の京都・奈良旅行の際に、智積院で貸し切り状態で見ることができましたし、(記事はこちら。)
 これも国宝の「松林図屏風」も、本館の国宝室で何度か見ています。

 この展覧会、期間が短い上に、連日TV等で大々的に特集をやっているため、薬師寺展や阿修羅展の時のひどい混雑具合が頭に浮かび、まあムリして行かなくてもいいか、と思っていたところ、
 たまたま休日に近くまで行って、午後がぽっかり空いたこともあり、
 普段なかなか見られない晩年の「仏涅槃図」くらいは、話のタネに見ておくか、程度の軽い気持ちで、行ってまいりましたが・・・・、


 ・・・・あまりのすごさに、びっくりして腰を抜かしそうになりました。行ってよかった。
 たいへんなものを見逃してしまうところだった。
 完全に見くびっていました。等伯さん、ごめんなさい。



 あまりにもありきたりな話なので、書くのも憚られますが・・・・、

 とにかくすごかったのが、「楓図」。(笑)

 智積院に行った時も、もちろん感動しましたが、
 この時はむしろ、後継ぎ久蔵の「桜図」の圧倒的なまぶしさに感激し、
 その完成直後に久蔵が急死してしまったということもあって、
 等伯の「楓図」に関しては、生命力あふれる「桜図」の対極にある、たとえばモーツァルトのK954みたいな、ある種滅びの美学、無常感みたいなものだけしか、感じることしかできませんでした。
 だって、収蔵庫、保存のためか薄暗かったし・・・・、
 収蔵庫での説明が、「楓図」のことを、「久蔵の早逝に接した等伯が世の無常を感じて仕上げた傑作」って言ってたし・・・・、
 庭園に面した障壁画の間のレプリカは、まちがいなく「桜図」の方がデキがよかったし・・・・。

 従って、智積院の記事(こちら)を見ると、
 庭園や建築あっての障壁画、みたいなわかったようなことを書いてます。
 そして、今度の展覧会に足を運ぶのをしぶっていたのも、実は、「桜図」あっての「楓図」で、「桜図」が来てないんじゃしょうがない、と、思っていたせいでもありました。


 そして、今回、
 ああ、「楓図」だ、なつかしい・・・・、などとのんきな気持ちで絵の前に立ったわけですが、

 その次の瞬間、やわらかな照明に見違えるように美しく照らし出された絵を目の当たりにして、

 ・・・・凍りついたように動けなくなってしまった。
 
 画面の真正面で、見事な造形を誇る楓の大木。
 確かに独創的で大迫力、見事ではあるけれど、それは、狩野永徳の踏襲と言ってしまえば、そのとおり。

 わたしが驚いたのは、楓の木そのものではなく、むしろ、楓の根元から、幹の途中にかけて。

 智積院の収蔵庫やさまざまな図録や写真などでは、ぼんやりといくつかの色に塗りつぶされているようにしか見えなかったその部分に、
 やさしい光に照らされて、もう無限とも思えるような、さまざま種類の花が、実が、葉が、茎が、まったく隙間もないほどに、これでもか、これでもか、とばかりに、びっしりと描きこまれているのが、鮮烈に浮き上がっていたのです。
 
 様式化された美しい楓の大木とはまったく相反する、実際に秋の野で目にするような、乱雑なわしゃわしゃとした世界。
 まるで、その中でうごめくたくさんの昆虫や土壌生物までもが感じられるかのよう。 

 次の世代に命をつなごうとする、雑多で見境のない、幾千万の植物の饗宴!
 春の生命力の爆発とはまたちがった、より切迫した、命の氾濫。 

 見ていると、まるで、秋の野の、あのむせかえるような香りで、息が苦しくなるほど。

 こんなにすさまじいまでに「命」を描ききった絵は、これまで、見たことが無い。


 「楓図」、決して枯れてなんかはなかった。これは、生命力に、力に満ち溢れた「命」の絵だった。
 例え等伯が久蔵の死に直面していたにしても、等伯は、それを力強く乗り越えようとしていたのです。



 そして、そのすさまじいエネルギーは、
 孤高の境地の水墨画、
 限りなくモダンな屏風絵、

 そして、ついには、巨大な「仏涅槃図」に結実します。


 仏涅槃図。高さ10メートル、幅6メートル。
 あの巨大な薬師寺日光月光両菩薩の展示という快挙をなしとげた大空間を持ってしても、
 下の部分を手前に折り曲げなければ、展示できないほどの空前の大作。

 ブッタとその周辺の群像ももちろんすごいけれど、画面の上半分をしめる、沙羅双樹の梢と雲と月の光だけで構成された部分。

 単純なその3つの要素だけで、上半分の大空間をまったくスキなく埋め尽くすその画力、デザイン力。

 かつてこの絵の前に座して、この絵と対峙した人にとって、はるか見上げる上空、木の梢の、雲と月の光とが、どれほど神々しく感じられたことか。

 当然そこに描かれているはずの、天上から飛来する摩耶夫人の姿さえ、もはや必要ない、ということか。



 抽象化された屏風絵なんかは、いったいいつの人?とおもうほどモダンだし、
 水墨画など、あの蕭白などと比べても、(比べられるものでもないのはわかってるけど)ちょっと次元の違ううまさ、筆使い。
 自然な遠近法を駆使した山間の村の描写など、ほんとに、未来からタイムスリップしたんじゃないか?と疑ってしまうほど。
 

 どんなジャンルでも、なんでもかんでも見事にこなし、それぞれのジャンルごとにも、実にさまざまな試みを行い、しかもそのことごとくを見事に成功させ、超一級の作品としてまとめあげているため、
 その画業のあまりの幅広さ、途方も無さゆえに、かえって等伯という人の個性が簡単にはつかみきれず、「等伯と言えばこうだ」となかなかイメージしきれないところが、弱点と言えば弱点か。

 この点については、上記「楓図」で最大限に発揮されたような、絵の根源的な要素である「描写力」、
 その神がかった、としか言いようの無い描写力そのものが、唯一人等伯のみが獲得し得た、等伯の個性なのかもしれない。


 ただ、一部の人物や鳥などに、ほんとに等伯が描いたの?と思わず首をかしげるような、微妙なデッサンが見られるのが、おもしろいところ。
 この人、いくらなんでも変でしょう、と、突っ込みたくなるような。
 またそれが、なんとも言えない魅力だったりするんだけど。



 「桜楓図」(久蔵の桜図、等伯の楓図)にちなんで・・・・?


▽ 現在満開の東博敷地内の河津桜

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▽ わたしの愛する本館前のユリノキの巨木。
  カエデじゃないけど、力強いん幹の感じが、なんとなく雰囲気出ている?
  よく見ると、細かい枝から、いっせいに若芽が吹き出ている。

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 この展覧会、等伯のほとんどの作品が一堂に会した、という呼び込みの通り、この孤高の天才の作品に接するには、絶好の機会だと思います。
 東京での展示は、今度の3連休で終わってしまいますが、(3月22日(月・休)まで)
 一人でも多くの方に行っていただきたいと思い、取り急ぎ記事を書きました。

 おそらくたいへんな混雑だと思いますが、入ってすぐの、故郷能登の信春時代の仏画コーナーなどは、いきなりものすごい人垣ができるのですっとばして、後からゆっくり見てもいいでしょう。
 後に行くほど人は減りますし、(気休め程度かもしれませんが、入場制限をしている場合、減るのはまちがいありません)
 絵も後に行くほど凄みを増してきます。

 金碧障壁画や仏涅槃図など、この後しばらくは、現地に行かない限り、決して見ることはできないでしょう。
 ほんとに、よく持ってきたな、という感じ。

 ただ、その2点と並ぶ等伯の最高傑作のひとつと思われる大徳寺三門壁画(天井画、柱画含む)が、来ていなかったことは(あたりまえですが)、残念。
 これには、レプリカ展示だけで、魂を揺さぶられた。
 龍の迫力もさることながら、この世のものとも思えぬ天人の美しさ、
 何気ない欄間等の装飾の見事さ。
 実物を見にいかねば・・・・!
 でも、見られるのかな?


 なお、この展覧会、東京の後は、等伯が活躍した京都で、多少内容を変えて実施予定とのこと。

 京都国立博物館 4月10日(土)~5月9日(日)まで。

 京都国立博物館、智積院からすぐ見えるところにあるけど、展覧会では障壁画も一応展示するんだろうな。



 この日の思い出に、猿、つれて帰りました。

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 * 取り急ぎ、等伯展の記事を書きましたが、
   この日は、博物館で、その他にもいろいろな興味深い展示を見ました。
   春の気配が漂い始めた上野公園の様子と併せて、あらためて奥の院
   記事を書きたいと思っています。




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カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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