かけがえのない「日常」の記録、映画 「老人と海」 @ 銀座シネパトス

 毎年、新宿エイサーのこの時期には、
 新宿や近隣の映画館で、沖縄関連の映画の新作が封切られたり、また沖縄映画特集が組まれたりします。

 これまでにも何度か、すばらしい沖縄映画と出会い、感想の記事を書いてきましたが、
 今年は、ついに、
 これこそ沖縄映画!という大傑作、今や伝説になっている映画が、何と、20年ぶりに、公開されました。
 しかも、新編集のディレクターズ・カット版。 

 当時は映画館上映を見逃してしまったため、レンタルビデオでこれを見て、感動に心を震わせながらも、「いつの日か、大きな画面で・・・・!」と、強く思ったものでしたが、その長年の念願がついにかなった!

 新宿エイサーまつりや沖縄音楽フェスティバルのあった7月31日が初日。
 ほんとうはこの日に新宿(テアトル新宿)の映画館で見たかったのですが、新宿はモーニングショーのみの上映で早起きできなかったため、翌週の土曜日に、銀座(銀座シネパトス)に見に行きました。



 映画 「老人と海」 ディレクターズ・カット版    公式HP

    2010年(オリジナルは1990年)、日本映画、ジャン・ユンカーマン監督作品。  


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ヘミングウェイの小説とは異なり、
日本の最西端、与那国島で、小さなサバニ(漁のための小舟)を操ってカジキ漁をおこなう、82歳の漁師・糸数繁さんを追ったドキュメンタリーです。

ちなみに、ヘミングウェイの「老人と海」の舞台のキューバのハバナと与那国島とは、緯度や海流の状態がほぼ同じ、とのこと。


糸数さんは、別に「大物カジキを釣りあげるんじゃ~~~」と目からゴォ~ッと炎を出しているわけでもなく、
毎日、まだうす暗い早朝に港に向かい、雨の日も風の日もひとりサバニで海に繰り出し、淡々と漁の仕事に励むのです。
波が恐ろしいほど大きくうねる日にも、体が冷え切ってしまいそうなそぼ降る雨の日にも、目も開かなくなるようなかんかん照りの日にも。

カジキはそうかんたんには釣れないし、獲物のまったくない日もある。

糸数さんを送り出したあと、きちんとかたづいた清潔な部屋で、「今日も無事でありますように」と神棚(仏壇?)に手を合わせる奥さん。
きりりと結った髪、ぴんと伸びた背筋の奥さんは、毎日港に糸数さんを迎えに行き、2人そろって家路に向かう。

そんな日常。
糸数さんたちにとっては、もう何十年もくりかえしてきたごくありきたりの日常。

ただ・・・・、 
カジキ漁は、当時からすでに、通常2~3人組んで、ある程度の大きさの船で行なうものとなっていました。
屈強な若者でさえも、海にひきずりこまれる危険をおかして長時間格闘のすえ、カジキを釣り上げる。
糸数さんは、昔からやってきたやり方で、たった一人、小さなサバニで、それを行う。
それだけが、普通とちがう。でも、それについても、昔はそちらの方が普通で、今は周りが変わってしまった、というだけのこと。


与那国の周りの濃いブルーの海、鮮烈な島の緑、潮の香りがぷんと漂ってきそうな港の風景。
島の素朴な生活。島全体が沸き立つ祭り。

与那国島の美しい大自然や祭りなどの映像を交えながら、淡々と、ただひたすら淡々と映し出される「糸数さんの日常」が、とても美しい。
例えば、延々と続く、船を掃除するシーンや、自宅の座敷で漁の道具を手入れするシーン、
それらの何でもないようなシーンが、たまらなく美しい。 


▽ 20年前の映画公開にあわせて発売された写真集。(今回も同じものが映画館で販売されていて、びっくり)

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そして、クライマックスは突然やってくる。

久しぶりにカジキがヒット。しかも超大物。
激しく抵抗して、空に飛び跳ねるカジキの、巨大さ、恐ろしさ。

長時間にわたる息を飲む格闘の末、自分の船ほどもあろうかというカジキをしとめ、にこにこと港に戻る糸数さん、
(船に乗りきらないため、曳航してゆく)
軽口を叩きながらも、はかりしれない尊敬をもって、それを迎える若い海の仲間たち。
心配と驚きと喜びが入り混じったような表情を浮かべ、桟橋に駆け寄り、人垣の後ろから糸数さんを見つめる奥さん。
青い空よりも、さらに晴れやかな、糸数さんの表情。

そんなどんな映画でも表現しえないようなクライマックスさえ、糸数さんたちにとっては、これまでに何度も繰り返してきた日常の延長なのです。


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ヘミングウェイは、ハードボイルドの開祖の一人ですが、
こちらの映画「老人と海」も、ある意味、ハードボイルド。
登川誠仁さんが演じた「ナビィの恋」のおじいも、例えようもなくハードボイルドでした。基本的に、沖縄のおじいは、ハードボイルドなのだ。
この映画の音楽は小室等が担当。まったく自己主張することなく、映像の背後に何気なく流れている感じなのだが、
時々、坂田明のサックス&クラリネットが登場して、ハードボイルドな気分を否が応にも盛り上げて、かっこいい。  


最後に、
これは、あくまでも余談ですが、
糸数さんは、20年前の、この映画の東京公開の直前、その「日常」の中で、82年の生涯を終えました。
いつものように、海に出て、そのまま、還らぬ人になったのです。


▽ 映画館周辺の壁に貼られた、胸を打つ映画の解説。(クリックしてお読みください)

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 映画館のまわりには、このようにびっしりと貼り紙がされている。
 この映画館のスタッフは、ほんとうに映画が好きなんだな、というのがわかる。
 実にステキな映画館でしたが、この映画館、ちょっと変わった映画館でもあるのです。

 新宿では観られなかった代わりに、このような映画館に行くことが出来ました。
 せっかくなので、ちょっとご紹介。 



 銀座シネパトス 
 

 ~昭和の歴史を物語る個性派映画館~


 晴海通り沿いの、銀座4丁目交差点の少し歌舞伎座よりのところに建つ、一見何の変哲も無い雑居ビル。

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 この建物の裏側には、ぽっかりと地下道への入り口が開いていて、なんとその地下道に、
 映画館 「銀座シネパトス」(1~3)がある。

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 地下道は、晴海通りを横断してその対岸にのびている。
 
 ごくありきたりの横断通路みたいだが、実はこの地下道、昭和27年!に、極めてめずらしい経緯を経て作られた、日本で最も古い地下通路の一つ。

 かつて晴海通りは、三十間堀川という江戸時代から続く古い運河だった。
 それを昭和になって埋め立てて、晴海通りにしたのだが、その際、なぜか、三原橋という大きな橋とその下部だけ、埋め立てを行わずにそのまま残した。

 従って、この地下道は、わざわざ、地下を掘って作ったのでなく、その両側はすべて埋め立てたのに、その部分だけそのまま残したことによって誕生した地下道、ということになる。
 つまり、この地下道の天井は、かつての橋、地下の空間は河川だった、ということ。

 写真の右側に、2つの映画館が並び、左側には、映画館1館と、昔なつかしい飲食店や理髪店などが並んでいる。
 昭和の香り漂う、なかなか味のある「地下街」。

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 上の写真の地下街の地上部分。

 なるほど、いまだに「橋」の面影が残っている。 
 
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 その対岸には、先ほどと同じような、雑居ビルが。
 裏側には、もちろん地下街への入り口。

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 この2つの雑居ビル+地下街だけで、かなりの数の店舗が収容できたと思われる。
 埋め立て工事等によって立ち退かざるを得なかった店舗の移転先だったのだろうか。

 完成当初は、まだまだめずらしい地下街として、観光客等も集まり、にぎわったようだ。


 地下街の、銀座シネパトス共通チケット売り場。

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 銀座シネパトス2館内。

 入口付近には「老人と海」関連グッズが飾られていた。

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 客席とスクリーン。
 こじんまりとしているが、きれいで、椅子もゆったりとして、なかなか快適。

 ただ・・・・、

 その特殊な立地上、ちょっと困ったことが。

 すぐ下を地下鉄が走り、上は前述のとおり、晴海どおりなので、たまに、電車や車の音+振動が・・・・。
 はじめ、電車の音が聞こえた時、なぜ、沖縄が舞台の映画なのに、電車の音が?と思った。
 まあ、そんなに気になるほどではないが。(すぐ慣れるし)

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 地下道の壁一面に貼られた、「老人と海」についての解説。

 電車の音がしても、映画への情熱は、誰にも負けない?

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この記事へのコメント

かげっち
2010年08月19日 12:44
貴い映画でした・・・そうだ、この夏は映画に行く暇が取れていない(札幌に帰って演奏していたものですから)

千歳空港でチェブラーシカに会いました、人気者でした。
2010年08月24日 22:47
 かげっちさん、
 映画館、たまに出かけてみると、やはりいいものです。

 チェブラーシカは、最近、全国的にいたるところに出没しているようです。
 冬の映画公開に向けて、ついに大ブレイクか??

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