’10秋の観仏・最終回~重源、快慶、頼朝。大仏復興の夢の始まり(お気に入りの仏像 奈良線沿線編2)

 JR奈良線、各駅停車観仏の旅、いよいよ京都の中心部も目前。

 京都市に入る直前、新興住宅地がひろがる六地蔵駅。
 急行も止まるこの駅で降りて、ちょっとだけ地下鉄(東西線)に乗り換え、京都市内に。
 2駅先の醍醐で下車。  


 今回の観仏の旅も、いよいよ、クライマックス


 3、六地蔵下車、地下鉄乗り換え、醍醐寺・三宝院


    快慶作弥勒菩薩坐像


 醍醐寺では、膨大な寺宝を収める霊宝館の秋季特別公開が、ちょうど始まったところ。
 しかも、新たに「仏像棟」が併設されたばかり。

 それだけでもたまらないわけだが、

 今回の訪問の一番の目的は、本坊、三宝院にある。


 醍醐寺本坊三宝院


 歴代の醍醐寺座主が住んできた坊で、
 歴史上あまりにも有名な「醍醐の花見」を契機に、豪壮な書院や寝殿、そして見事な庭園が整えられた、秀吉ゆかりの大建築。


 しかし、この三宝院の真の至宝は、それらの豪華絢爛、豪壮無双な建築群の最奥にある、小さな仏堂、護摩堂内に安置された、一体の仏像。


 * 2014年3月追記

 醍醐寺の公式HPによると、残念ながら、現在、三宝院護摩堂(弥勒堂)は非公開となってしまっているようです。
 そのかわり、奈良国立博物館において、平成14年7月から開催予定の特別展「国宝 醍醐寺のすべて」において、拝観できるようです。



▽ 三宝院大玄関

  手前に垂れている葉っぱは、もちろん桜。
  この右側に、国宝・表書院を始めとする建築が延々と連なり、
  その一番奥に、本堂(護摩堂・弥勒堂)がある。

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 夢まぼろしの如くに美しい、桃山文化の粋を集めた襖絵や庭園の間をぬって、果てしなく続く回廊。
 それらを通りぬけたその果ての、少し小高い場所にある堂内で、その仏像は待っていた。
 どんな美しい絵画や庭も、その仏像の前では、単なるプレリュードにすぎなかった。

 空中に浮かぶ、無数の凡字や、四天王寺で見たようなスルメ状の飾り、さらには厨子に描かれた極彩色の華麗な天女たちに荘厳されつつ、
 堂内の淡い光に照らされて、また自らも金泥による微光を発しながら、、その像は、暗闇の中に妖しく浮かび上がっていた。

 力強い光を帯びたまなざしが、まっすぐにこちらにそそがれている。
 光の波動を受けてか、長い髪がやわらかになびき、身体を包む薄布が静かに流れ、全身にまとった華麗な装飾が、かすかに揺れている。

 それにしても、なんという表情の美しさ、造形の美しさ、装飾の美しさ。


 快慶作、弥勒菩薩坐像


 後白河上皇供養のために作られ、かつては、上醍醐に安置されていたのを、後に三宝院本尊として迎えた。

 現存する最古にして最高の金泥塗り仕上げの像で、
 孤高の金泥マイスター、快慶の面目躍如と言える作品。
 
 
 この像は、国内で見ることができる、快慶最初期の作品のひとつ、快慶の青春の記念碑でもある。

 一方、弥勒は、言うまでもなく、56億7千万年後に現れ、衆生のすべてを救うとされる未来仏。
 弥勒菩薩像はそのために修業している姿をあらわすものだが、
 この像は、菩薩形でありながら、一部すでに如来の姿をも併せ持っており、
 如来として出現する瞬間を表現したものとも言える。

 この像においては、
 その、今まさに世界に生まれ出ようという清新な若々しさと、
 快慶その人の燃えるような若々しさとが、
 見事に一つに溶け合って、最高に芸術的な次元で結実している。

 この像ほど、若々しく、覇気と気高い力に満ち満ちた像が、他にあるだろうか。


 仏像は、ふつう、深い表情、懐で、観る者の気持ちを受け止めてくれる。
 ところがこの像はちがう。
 この像の表情はまったく深くなどははない。
 ただただ、若々しく、力に満ち、一方的にエネルギーを放射している。
 観る者の気持ちは、その光に押し包まれ、浄化される。

 仏像は、たいてい、こちらの言葉を聞いてくれる。
 ところが、この像は、よく来たな、といきなり語りかけてくる。

 とにかく、そんな像。


 そしてまた、歴史的な視点に立って見た場合、この像の若々しさ、清新さは、さらに大きな意味を持つことになる。

 鎌倉時代、奇跡の大仏&大仏殿復興を成し遂げた俊乗上人・重源は、実は、そもそも、醍醐寺で出家をして僧となった、醍醐寺と深いかかわりを持つ人物である。
 その重源の愛弟子、片腕として、ともにその大事業に全生涯を捧げた、大仏師、アン阿弥陀仏・快慶も、はじめは、醍醐寺に身を寄せる一仏師にすぎず、この弥勒菩薩坐像は、その頃の代表作に他ならない。

 快慶は、おそらく重源の推挙によって、東大寺復興事業等にたずさわるようになり、運慶と肩を並べる史上最大の大仏師となったわけだが、
 当然、この重源と快慶の運命的な出会いにも、醍醐寺が係わっている可能性が高い。

 さらに、
 東大寺復興の最大の後ろ盾となった源頼朝も、醍醐寺を深く庇護していた。
 頼朝が、その後半生のすべてをかけて目指した、平将門公以来の坂東武者の夢、関東武家政権の樹立は、
 最大の壁となっていた後白河法皇の崩御をもって、ついに完成する。
 その後、頼朝は、自らが打ち立てた武家政権の安定を示すため、東大寺を始めとする南都復興に、より力を注ぎ始めるのだが、
 この弥勒菩薩坐像は、その後白河院そのその人の供養のための仏像でもある。

 重源、快慶、頼朝、
 それぞれ、宗教家、芸術家、政治家、として、立場はちがえど、目的を一つにしたこの3者の人生は、醍醐寺を軸にして深く交錯している。

 弥勒菩薩坐像。この像の若々しさ、力強さは、
 重源、快慶、頼朝、この3人が成し遂げる大仏復興という大事業の輝かしいスタートをも暗示している、と言ったら言い過ぎだろうか。

 いずれにしても、新しいエネルギー、新しい時代を、こんなにも感じさせる仏像は無い。 


 以上、

 いろいろ書いてきましたが、百聞は一見にしかず。

 必見!!



 なお、現在、実にタイムリーなことに、重源と快慶ゆかりの至宝の数々が、現在まるっと東京に来ています。
 東京国立博物館で開催中の特別展 東大寺大仏において、東大寺復興に係わるものとして、ふだん見ることのできない貴重な文化財(ほとんどが秘仏)を身近に見ることができます。


 ☆ 特別展 東大寺大仏 天平の至宝
   (光明皇后1250年御遠忌記念)

    ’10年10月8日~12月12日

    @ 東博 平成館


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 肖像彫刻の最高傑作、重源坐像

 そして、その愛する師匠・重源のために、快慶が渾身の力をこめて彫った、「重源の臨終仏」と伝えられる、
 この世で最も美しい衣をまとった、阿弥陀如来立像
 そして、それと双璧の美しさを誇る地蔵菩薩立像

 さらに、快慶の代表作の一つ、僧形八幡神像

 などなど、

 快慶の、動かすことができる最高傑作のほとんどが集結、
 まさに夢のラインナップ、正に重源&快慶祭り!


 こちらも、必見!

 (詳細は、こちら


 これまで、2度東博を訪れましたが、いずれもけっこう空いていた。がくっ。

 上記の仏像、阿修羅とや日光・月光なんかに比べても、絶対に遜色ないと思うんだけど・・・・、小さいからなあ。

 まあ、大々的に、宣伝しておきます。

 あまり人気が無いのは残念ですが、
 逆に、今のうちがチャンス!
 これらの貴重な仏像、
 ほとんどが秘仏なので、奈良における開帳時に拝観できたとしても、離れた距離からしか観ることができない至宝の数々を、
 目の前でじっくりと、
 それこそ気がすむまで拝観することができる!

 快慶の奇跡、阿弥陀如来や地蔵菩薩、八幡神の、あの衣服の夢のような美しさを、何センチかの至近距離で、堪能できる!

 この貴重な機会にぜひ!
 
 バーチャル大仏(映像)や実物大大仏手の平、さらに、「もう1体」のアフロ阿弥陀、などなど、
 盛りだくさん。



 さて、醍醐寺では、前述のように、霊宝館の秋季公開中で、その他にも、実に多くの印象深い仏像等を観ることができました。


▽ 霊宝館 

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 こちらは、新設された仏像棟。

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 上の写真に写っている木々も、ほとんどが、桜、桜、桜・・・・、

 さらに、この美しい庭にも、巨大な金木犀が。やはり満開でした。


 以下、おまけみたいになってしまうが、醍醐寺の大伽藍。


 仁王門(西大門)

 大ざっぱなつくりだが、なかなか味がある。
 仁王様も個性的。

 仁王門の外は、桜だらけだったが、
 門の内に入ったとたん、昼なお暗い、森厳な杉林になり、参道の両側にはモミジの大木が折り重なるように立ち並ぶ。

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 五重塔と金堂。どちらも国宝。
 このお寺の伽藍は、何となく京都らしくなく、豪快。

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 * 醍醐寺、三宝院に関するくわしい記事は、こちら
   快慶作弥勒菩薩像の写真(お寺でいただいたもの)をご覧いただけます。




 さて、ここまで来れば、地下鉄やバスを乗り継いで京都まで行くこともできるが、六地蔵駅に戻り、再びJR奈良線で、京都へ向かうことにする。


 これから先は、ちょっとしたおまけ。



 帰りの新幹線までまだ少し時間があるので、
 最後に、伏見駅で降りて、石峰寺へ。

 石峰寺は、以前から一度訪れたいと思っていた。
 一月前の旅行で、東福寺の辺りを回った時、時間が無くて行けなかったのだ。
 言うまでもなく、若冲の終の栖、晩年を過ごしたお寺で、若冲デザインの五百羅漢の石仏であまりにも有名。
 最近、五百羅漢にやたら縁があるので、若冲の五百羅漢も、ぜひ見てみたいと思ったのだ。


 伏見の駅の改札は、そのまま伏見稲荷参道に続いている。

 参道をしばらく進み、本殿の手前を右に入り、細く入り組んだ道を登っていく。

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 4、伏見下車、石峰寺


    若冲図案・石造五百羅漢像


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 やっとのことで、たどりついたら、「本日の拝観は終了しました」の立て札。
 がくっ。

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 これまで、2種類の、若冲がこの石峰寺を舞台に五百羅漢を描いた絵を観た。(こちらこちら
 どちらも、奇想天外、驚天動地のトンデモ絵画だったが、
 京都の美しい町並みを眼下に見下ろす丘の上で、やわらかな秋の西日を受けて建つ、その竜宮城の門みたいな山門、そしてその向こうに続く、狭いけれど清潔な庭、今は決して足を踏み入れることのできない庭を見ていると、
 とてもこの世のものとは思えない、あの不思議な世界が、その先に、実際に広がっているような気さえしてきた。


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 それを実際に確かめるのは、また今度の機会に。



 レンガ造りのかわいい小屋を発見。(左)

 旧国鉄東海道線・ランプ小屋。

 なんでもないようなシンプルな建物だが、現存する中では、日本で最も古い鉄道関係の建物とのこと。

 右、稲荷駅ホームからの風景。この前の旅で見た琵琶湖疏水が、こんなところまで流れてきている。

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 * 石峰寺ほかに関するくわしい記事は、こちら



 その後、ついこの前、たくさんの見事な仏像を観た東福寺駅を通りすぎ、京都着。

 JR奈良駅、各駅停車の旅、終了。



 今回の旅行記も、これにておしまい。



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そのほかの「記事目次」

「全体記事目次」

カンタータ日記・奥の院

浅田真央さん情報・最新版

宮沢賢治記事目次

カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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この記事へのコメント

koh
2010年10月30日 14:36
Noraさん、こんにちは。
今回の記事なつかしく拝見しました。まさにその「奈良線沿線」に子供のころ住んでいました。黄檗・木幡・六地蔵・桃山・藤森・稲荷・東福寺と続く沿線はおなじみの所です。
六地蔵駅周辺は通っていた小学校の校区だったので、同級生の家なども多くありました。
そのころは、ずっと田んぼが広がっていて、家は街道沿いに農家が点在する程度でした。またJR(当時の国鉄)奈良線の六地蔵駅はまだなくて、平行して通っている京阪電鉄宇治線の六地蔵駅だけでした。
田んぼの中を流れている小川でフナやタナゴやザリガニなどを取ったものです。今は住宅が立て込んで、当時のおもむきは全くなくなっていますね。

醍醐寺もいいところです。醍醐寺といえば桜が有名ですが、紅葉も桜に優るとも劣らないです。
小学生のころ、秋に校外写生で行って、子供心にも「こんなきれいな所があるのか!」と感激したくらい紅葉が見事でした。境内全体が赤・橙・黄に染まっていてすばらしかった記憶があります。
後年、大人になって訪れたときは当時より「モミジの木がすくなくなっているな」という印象でしたが、それでも十分きれいでした。
境内のずっと奥の方、五重の塔を右に見てさらに進んだあたりに池と弁天堂があって、そのあたりが最高にいいのですね。
だいたい毎年11月下旬くらいが紅葉のピークですので、その時期に京都へ行かれる機会があればまたおいでになってみてください。ここはおすすめです。
2010年11月01日 00:19
 Kohさん、こんばんは。

 六地蔵駅は、奈良線から地下鉄に乗り換えただけなので、それほど周辺をくわしくは見なかったのですが、東京近郊の新興住宅地とそれほど変わらないイメージでした。「六地蔵」というからには、何かそれらしいものがあるかと思って探したのですが、残念ながら見つけられませんでした。

 奈良線沿線も、宇治川を越える前くらいまでは、(この前の記事に書いた蟹満寺のある棚倉のあたりなど)何とものどかで散策するにはぴったりでした。このあたりには、kohさんが子どもの頃に遊んだ風景が、まだまだそのまま残されてるのではないでしょうか。
 また、この周辺には、他にも良い仏像がたくさんあるのですが、何しろ移動手段が徒歩か車(時間が合えば、バス)しかないので、あまりゆっくりできなかったのが、残念です。
 今度改めて、じっくり訪れてみたいと思っています。

 醍醐寺、わたしも久しぶりに訪れたのですが、すばらしいですね。
 他の観光地から少し離れていますが、本伽藍と、三宝院、霊宝館、それから奥の院の上醍醐と、まったく異なる魅力の4つのエリアがあって、じっくり見たら、一日あっても足りないのではないでしょうか。
 もちろん仏像も個性的な仏様がたくさんそろっていて、最高です。
2010年11月01日 00:20
> 紅葉も桜に優るとも劣らないです。

 これは、わたしも今回初めて気が付き、驚きました。
 三宝院や霊宝館のあたりは、もう一面桜だらけで、秀吉ゆかりのいかにも京都らしい豪壮な建物や庭と相俟って、こりゃ春はえらいことだな、と思っていたら、
 本伽藍の門を入ったとたん、がらっと変わって幽玄な雰囲気になり、こちらはモミジだらけ。
 こりゃ、秋はえらいことだな、と。(笑)

 残念ながら、時間が無くて、池の方までは行けませんでした。
 池のあたりは上醍醐の上り口になっているらしく、上醍醐には多くの国宝建築があるらしいので、今度機会があったら、ぜひ合わせて行ってみたいと思います。
 ただ、上醍醐は、急な山道を一時間以上登らないといけないらしいので、弁天池止まりかな。

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