11月のアルバム・お江戸編~小春日和のような話題。南大塚ホール落語会、算額、そして熈代勝覧!

 聖橋秋色。

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 11月のアルバムから、まずは、お江戸がらみの話題です。

 すっかり秋も深まったかと思ったら、早くも12月ですが、うららかな春の陽だまりみたいな話題を。
 ちょうど今日の東京は、朝方の豪雨+強風がうそのように、あたたかい一日でした。

 ただ、それも異常気象の結果。強風や暴雨で、日本中でさまざまな被害が出ているようで、心配です。 

 あいかわらず何とも殺伐とした、厳しい世の中ではありますが、だからこそ、思いっきりゆる~い江戸に思いを馳せましょう。
 お江戸のゆるさは、ゆるいと言っても、筋金入り?のゆるさです。



 11月18日


 何と、扇橋師匠登場とのことで、あわてて駆けつけました。

 (扇橋師匠の過去記事→ こちら。)


 以下、個人的備忘録。


 第77回 南大塚ホール落語会


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▽ 会場の南大塚ホール

  ここは、2回目。昭和へのタイムスリップにも、なんとかなれてきた。

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 館長さん(豊島区職員?)のゆる~いあいさつで、(この人、妙に話がうまく、けっこう笑いをとるので、落語家泣かせ?)
 はじまり、はじまり。
 南大塚ホールでのみ購入可能なおやつ、としまくんパンが、今年度で製造中止になる、という衝撃のニュースが告げられる。
 仕分けされたか。


 開口一番 入船亭辰じん

    「金明竹」


 南大塚ホール落語会で、いつも前座をつとめる、地元大塚育ちの辰じんさん。
 大師匠の扇橋さんが楽屋で聞いていることもあってか、(誰よりも早く来て、ウロウロしていたとのこと)
 気合い入りまくり。

 あの「寿限無」みたいな、早口話芸(関西弁の早口言葉)を披露する噺(タイトル不明)を、熱演。
 威勢がよくて気持ちがよかったが、このホール、やたら音が響くので、最後の方、もう何度も聞いた「「わて中橋の・・・・」が、ダメ押しでまた始まった時には、耳が痛くて、もうわかりました、と叫びたくなった。(笑)


 落語 春風亭一之輔

    「黄金の大黒」


 おなじみお江戸の長屋の、大家さんと店子たちののんきな日常生活を、ていねいに描写。
 いつものドタバタに笑っているうちに、終いには大黒様までがのこのこ歩き出し、
 「こんなに楽しいなら、恵比寿様も連れてこよう」と下げる、何とものどかでおめでたい噺。


 紙切 三遊亭絵馬


 紙切は、林家正楽師匠のすさまじい芸を目の当たりにしているので、よほどのことでは驚かないが、
 絵馬さんも、客がリクエストするややこしい大作を、きちんとこなしていた。
 
 また、紙切の場合、切っている間の、待ってる客の扱いも、重要な芸である、ということがよくわかった。
 絵馬さんも、絶えず笑いをとって、客を飽きさせないようにしていてなかなかだったが、
 正楽さんの場合は、何を言っているわけでもないのに、客全員が固唾を飲んで正楽さんの手先を見守り、飽きるどころではなかったのを思い出した。


 落語 柳亭市馬

    「笠碁」


 大トリの扇橋さんとともに、楽しみだったのが、市馬師匠。
 
 市馬さん、生で聞くのはこれで3回目。

 (市馬さんの過去記事→ こちらこちら。)

 TVなどでは何度も見て、もちろんすばらしいのですが、やはり生は特別。
 これまで、「夢の酒」、「目黒のさんま」と聞いてきましたが、舞台の江戸世界や情景がほんとうに目に浮かんでくる、(比喩でなく、市馬さんが登場人物にしか見えなくなり、しかも、周囲の風景が立ち現われ、香りや音までもが聞こえてくる!)
 と言う驚愕体験をして、どちらもどメジャーな噺にもかかわらず、限りなく新鮮な気持ちで噺そのものの世界を楽しむことができました。
 しかも、その世界は、やわらかな光がふりそそぐポカポカとした世界で、何とも言えないやさしさに満ちている、
 というわけで、もう大のごひいき。今回も、わくわくして行ってまいりました。


 噺は、「笠碁」
 噺のテーマである囲碁や将棋にかかわる、品のよい短い枕の後、すぐに噺に入るところも、テンポがよくて気持ちがいい。

 噺の流れも大きい。これはけっして細かい機微に足りないのではなく、おおらかなのだと思う。  

 今回も、頑固者のご隠居さんが二人、見事に出現。
 しかも、市馬さんが演ると、声はもちろん、顔や姿までまるでちがってくる。

 長雨のそぼふる街。(ポストなども出てきたから、そこは江戸ではなく、それがまた伏線になっている)

 待った、いや待てない、のよくある些細なことで、幼馴染で親友の囲碁仲間のご隠居さんBと大ゲンカしてしまったご隠居さんA、
 雨が続いて退屈で退屈でたまらず、ご隠居さんBが恋しくて?しかたない。

 いても立ってもいられなくなったご隠居さんA、雨の中、のこのこと、ご隠居さんBのようすをうかがいにでかけます。 
 奥さんが傘を貸してくれないので、しかたなくいつかお土産に買ったす菅笠みたいな被り傘を頭にかぶり、思いっきりあやしいかっこうとなって、ご隠居さんBの店前の雨の路上を、ぶつぶつと独り言を言いながら、はてしなくウロウロと行ったり来たりするご隠居さんA。

 つまり、いい年をしたりっぱなご隠居さんが、江戸時代さながらの格好で現代の街を歩き回っているわけで、
 その姿がリアルに頭に浮かぶだけに、もうおかしくておかしくてたまらず、それこそ涙が出るほど笑転げた。
 笑って涙が出て困る、というのも珍しい経験。


 ご隠居さんAのいる店の外と、ご隠居さんBのいる店の中、舞台が次々と鮮やかに入れ替わるのも見事。
 お互いいっしょに囲碁をしたくてたまらないのに、それぞれの様子を伺いあってまたまた新たな誤解を生んだり、意地をはったりしてタイミングが合わず、いつまでたってもすれちがい、やきもきさせる。

 子どもの頃からの親友の隠居さん二人、それまでの長い人生の中では、さまざまな苦労もあり、お互い助け合ってきたことが、それまでの話のところどころで、さりげなく暗示されている。
 高齢でやむをえないことではあるけれど、友達の数もだんだん少なくなり、今や、おたがいが、かけがえのない大切な存在。

 最後、畳み掛けるような急展開、ついに二人、碁盤に向き合い、めでたしめでたし。
 下げの一言で大喝采。

 わたしも拍手しながら、目がまだうるうるしてるのに気がついた。
 いつの間にか、ほんとに泣いている?
 何だ、これは。落語を聞いて泣いてるのか。こりゃまた、ミラクル体験。


 前述のように、この南大塚ホール落語会、地元のお年寄り客が圧倒的に多いんだが、
 みんな、大喜び、そこにいる全員がもう無条件の笑顔で、夢中で拍手している。

 いずれにしても、やはり、市馬さん、すごい。
 ディープなファンの方からすると、毒が無さすぎる、という見方もあるのかもしれないが、
 こういうみんなの笑顔を見て、自分もその中で笑顔でいられる幸せを感じると、なぜ毒がいるのか、と思えてくる。

 正に、春風の落語。もしくは、小春日和の落語。
 やっぱり、笑うために来てるんだからね。


 そのまま、すばらしい余韻を残して、仲入りに突入。
  

 ~仲入り~


 仲入り後、

 今年、南大塚ホールで開催された、第2回アマチュアお笑いグランプリ(ものすごく気にはなっていたが、結局行かず)で、(なぜか優勝ではなく)第2位の、ワンダーボーイズの漫才があった。

 ものすごく背の高い突っ込みとものすごく背の低いボケの凸凹コンビ。
 ほとんど、あの反省ポーズで有名な、太郎次郎状態。
 本人たちも、究極的には、あのあたりの境地を目指しているのだろうから、これは悪口にはならないはず?


 落語 春風亭栄枝


 扇橋師匠の前なので、若い人が出るかと思っていたら、けっこう年輩の方だったので、驚いた。
 初めて聴いたけれど、ほんとうだったら、トリをとるような方なのではないか。
 
 いまはやり?の謎賭けや、都々逸などを、江戸時代落語黎明期の音曲師、都々逸坊扇歌作と伝わるものを含めてたくさん披露。楽しかった。

 同じ事を何度もくりかえし言って、いつまでも続けていたのは、
 後に控える扇橋さんの時間を調整しようとしてのことか。


 落語 入船亭扇橋

    「加賀の千代」


 扇橋さん、落語初体験の時に聴いてしまい、
 その時は大きなホールが会場だったせいか、はじめから終わりまで、ほとんど何を言ってるのか聴き取れない、というハードな洗礼を受け、なんじゃこのじいさまは、と驚いたものの、
 その後、この方が実は、現代落語界の最長老の一人の大師匠であることを知らされ、TVやビデオでその芸のすさまじさに打ちのめされて、
 もう一度絶対に生で聴かねば、と思っていたところでした。


 直前の新聞評などで、あるホール落語会で、大トリひとつ前の登場で、ほとんど意味不明の枕を、40分以上も続けて、大トリの時間を完全に食ってしまった、
 というような武勇伝を読んでいたので、ある程度覚悟して(+ちょっと楽しみにして)いたのですが、
 この日は、適度な長さの枕に続き、ピシッとどメジャーな噺をして、15分ジャストで切り上げたので、ちょっと拍子抜けでした。

 当日は、前座の辰じんさんの御家族全員、ひいおじいさんまでがそろって見に来ていたそうで、
 枕では、扇橋さんもあいさつしたけれど、ひいおじいさんというからどんなにすごい爺さんかと思ったら、意外と若いんでびっくりした、というような話がありましたが、
 そうしたことや、客層が圧倒的に高齢の方が多い、ということもあって、まあ、きちんとやるか、と思ったのか。


 だけど、その噺は、何から何までが飄々として、奥さんも、甚兵衛さんも、ご隠居さんも、仙境異次元の人物みたい。ふわふわしている。すべてが幻のように浮かんでは消え、浮かんでは消え、まるで一陣の風のように吹き抜けたかと思うと、
 扇橋さん、とっとと高座を後にしていました。

 やっぱり、「何だ、このじいさまは。」



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 現代に甦る、算額(和算絵馬) @ 神田神社


 落語は、お江戸の生活、風俗を、現代に生き生きと伝える貴重な伝統芸。
 そこからも伺えるように、江戸時代の江戸は、文化的にも経済的にも豊かな、世界でも有数の都市でした。
 ただ、江戸時代、明るく豊かだったのは江戸や大阪などの一部の大都市だけで、農村は暗く厳しい生活を強いられていた、という見方があります。
 実際、打ち続く飢饉などで、その生活の厳しさは、想像を絶するような場合もあったのでしょうけれど、
 ただ、そんな生活の中にあっても、何とか楽しみを見つけようという明るく健全な精神は根強く息づいていたようです。
 そのことを何よりも力強く物語っているのが、算額(和算絵馬)です。

 江戸時代中期、日本独自の数学、「和算」が大流行しました。
 中国の古い古典を基にした「塵劫記」という算術書が大ベストセラーとなり、東京理科大近代科学資料館などで展示を見て感動した、関孝和らの天才が現われたことを契機に、和算は日本特有の数学として大いに発展しましたが、
 驚くべき点は、和算が、難解な学問としてだけではなく、クイズ、パズルのような感覚で、ごく普通の一般市民の間にも受け入れられ、大ブームとなったことです。
 江戸や大阪で、難解な数学の問題集が次々と出版され、さらにそれを解説する回答集が出版され、さらに難解な問題集が出版される、という具合。それらのすべてが、売れに売れ、より難解な問題を考えた者が、一躍スターとしてもてはやされました。

 その風潮は、瞬く間に、地方へ、それこそ日本中へと広がり、出版の不可能な地方においては、考えついた問題や、その回答を、絵馬として神社に奉納する習慣が定着しました。
 これが、算額(和算絵馬)
 江戸や大阪では出版を介して行われていたのとまったく同じことが、地方ではこのような形で行われていたわけです。
 今で言うインターネットの掲示板みたいなものでしょうか。

 自分が奉納した問題が、誰かにかんたんに解かれてしまい、それ以上に難しい問題が出てたりしたら、くやしいだろうな。
 でも楽しそう。

 現在でも、北は青森から南は九州まで、日本中の神社に、千枚近くの算額が残されているそうです。
 どれほど多くの日本人が和算に夢中になったか、まさにびっくりですが、
 生活が苦しい普通の農民たちが、ヨーロッパなどではほんの一部の学者だけしか解くことができないような高度な数学問題を、あたりまえのように「楽しんで」解いていた、というのは、実に誇らしく、愉快なことです。


 そんな算額が、和算発祥の地・お江戸の神田明神で復活している、というのを、NHKの「歴史秘話ヒストリア」で知り、見に行きました。
 神田明神にはいつもお参りに行きますが、まったく気付かなかった。


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 毎年行われている、「算額をつくろうコンクール」
 優秀作品は、江戸東京博物館で表彰され、神田神社に奉納されて貼りだされる。


▽ 実際の絵馬の一部。クリック+拡大すると、問題がご覧になれます。

  ・・・・まったく、わからん・・・・。

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 これらの歴代優秀作品は、神社の門を入ってすぐ左側、将門神輿が飾ってある休憩所のようなところ(千社札納札所)に、奉納・展示されている。


▽ これが将門神輿だ!右は、側面の美しい彫刻。

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 神田神社・境内秋色(屋上庭園)

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 熈代勝覧複製絵巻展示 @ 日本橋中央通り地下、東京メトロ「三越前」駅地下コンコース


 さて、おしまいに、

 江戸の繁栄の象徴として、真っ先に思い出されるのが、あの

 熈代勝覧


 これまで何度か記事にもしてきましたので、(こちらこちら
 くわしくはそちらをご覧頂きたいのですが、

 最近tonaさん記事にお書きになったとおり、
 熈代勝覧に描かれている舞台である、現代の日本橋中央通り(江戸時代の通町)のそのちょうど真下、
 東京メトロ「三越前」駅地下コンコース壁面に、熈代勝覧のすばらしい展示オブジェがあるので、ご紹介しておきます。


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 シックなお江戸調に装飾された壁面に、長大な熈代勝覧全体におよぶ、約17メートルにわたる美しい拡大複製絵巻が飾られ、くわしくおもしろい解説つきで、じっくりと熈代勝覧の世界を楽しむことができます。
 見始めるとはまり込んでしまうことうけあいで、実際に、そこを通るといつも、足を止めて見入っている方がいらしゃいます。

 階段を登り下りするだけで、200年の時を超えて、過去と未来を行き来できる、というわけ。
 どちらにも、同じ場所に、三越(江戸時代の越後屋呉服店)はあるし、日本橋(すっかり様子は変わり、富士山なんかはもう絶対見えないけど)あるし、感動です。


▽ 下の熈代勝覧展示の写真は、大きなままの写真を貼り付けてありますので、
  ぜひ、クリック+拡大して、説明もご覧ください。

  左、過去。右、現在。  

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 以前、三井記念美術館で行われた仏像展「奈良の古寺と仏像」に出かけた際に発見し、仏像展のくわしい感想と併せて、会場の三井美術館の建物や、この熈代勝覧展示のこともご紹介する記事を、奥の院に書こうと思っていたのですが、
 仏像記事の完成の目途がまったくたっていないため、いい機会なので、ここでご紹介しておきます。 

 お近くに行かれた方は、ぜひ。
 ぜったいにおもしろい!

 このあたりには、同様の展示やオブジェなどが多く、現代東京の中心でありながら、最も江戸との距離が接近しているエリアかもしれない。



 あまり関係ないが、
 その時に食べておいしかった、にほんばし島根館(三井本館前)のお食事処、主水の、海鮮がいな丼
 ひつまぶしみたいに、豪快にかきまぜ、どんどん薬味をたしていき、最後は、だし汁をかけて食べる。

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そのほかの「記事目次」

「全体記事目次」

カンタータ日記・奥の院

浅田真央さん情報・最新版

宮沢賢治記事目次

カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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この記事へのコメント

2010年12月06日 09:12
和算と庶民の関係にびっくりです。和算絵馬なんて初めて知りました。
問題見ましたけれどもわかりません。
和算というのも関孝和という名前しか知らず、どういうものかわかりません。庶民が取り組んでいたなんて、皆優秀だったのですね。
神田明神に今度行ってみたいです。

熈代勝覧リンクありがとうございます。
本当に忘れられない絵です。残りも発見されないものでしょうか。
三越の近くの「とよだ」という割烹店でお弁当を食べました。ボリュームがあって美味しかったです。
2010年12月06日 22:41
 tonaさん、こんばんは。
 和算は、わたしもいろいろなところで展示等を見て初めて知り、びっくりしました。
 今年は、関孝和のライバルの天文歴学者、渋川春海を描いた小説、「天地明察」がベストセラーにもなったりして、ちょっとしたブームみたいです。
 関孝和や渋川春海などは、古い中国の算術をもとに独自の理論を構築し、近代数学に迫る水準にまで達していたようですし、そのような学者だけでなく、各農村でも自発的に和算塾みたいなものを作って、農民たちは、厳しい仕事の合間に集まっては和算の問題を解き、楽しんでいたとのこと。
 なんだかすごいですね。
 わたしも、この機会に和算の本などを読もうと思ったのですが、まったくわかりませんでした。神田神社の算額も、問題の意味からしてよくわかりませんでした。(笑)

 三越の地下に、熈代勝覧の展示を発見した時は、何て洒落たことをするんだろう、と、大喜びしました。
 なかなか記事をが書けずにいたのですが、tonaさんがお書きになっていたので、早速リンクさせていただきました。
 こちらこそありがとうございます。

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