ヘンデル・カンタータ日記~世俗カンタータのある生活2 「アチ、ガラテアとポリフェーモ」
わたしは教会暦についてはあまりよく知らないのですが、
基本的に、教会暦には、
クリスマスを中心にした日にちが固定された祭日、と、(クリスマス前後の冬に集中)
復活節を中心とした、その年によって日にちが変動する祭日(春~秋のほとんど)、
とがあります。
(その他に、今週のマリアの祝日のような、個別の祝日あり)
ちょうど今は、その境目の暦の調整をする時期にあたり、「顕現節後第○日曜日」が第○日曜日まであるかは、その年によってちがうわけですね。
(年末の「三位一体節後第○日曜日」も同様です)
今年はイースターが例年に無く遅いので、(イースター第1日が4月24日。この日が4月26日以降になることはないので、相当遅い) 顕現節後第6日曜日まであります。
少なくともこのブログを始めてからは、(2006年秋以降)顕現節後第5日曜日以下が巡ってきたのは初めてなので、例のBWV140の三位一体節後第27日曜日ほどではないにしろ、めずらしい祭日と言っていいのでしょう。
バッハがカントルだった間に、顕現節後第5日曜日、第6日曜日がめぐってきたのかどうかは知りませんが、いずれにしても、これらの祭日のためのカンタータは残されていない、または発見されていません。
バッハがもはや新作カンタータをほとんど作曲しなくなった晩年に、三位一体節後第27日曜日がたまたまめぐってきたことによって、BWV140という名作が残されたことを考えると、
(実際には最も演奏機会が希少なはずのカンタータが、最も有名で最も演奏されているカンタータだというのも面白いですが)
もしかしたら、同じようにたいへんな傑作が作曲された、もしくは作曲されている可能性もあるわけで、まあ、残念なことではありますけど、
それはさておき、いずれにしても、しばらくはカンタータも無いのでカンタータのお知らせもしばしお休み、ということになります。
と、いうわけで、その間に、お久しぶりの
ヘンデル・カンタータ日記です。
* * * * * *
ヘンデル・カンタータ日記~世俗カンタータのある生活 Vol.2
ヘンデルにも、カンタータがあった。しかも、100曲以上も!
ヘンデルのイタ・カン(イタリアン・カンタータ)の概要について、
まずは、こちら(Vol.1)を、ご覧ください。
さて、今回から、具体的に、そのヘンデルのイタ・カンを聴いていきましょう。
基本的に、演奏時間も楽器編成も小規模なイタ・カンですが、その中に、特別規模の大きな、実に聴き応えある作品が2曲あります。
「アーチ、ガラテアとポリフェーノ」
「クローリ、ティルシとフィレーノ」
小規模でも、ヘンデルの膨大な創作全体につながる、清冽な泉を思わせるイタ・カンですが、
この2曲は、さまざまな意味で、実際に直接その後のオペラに結びつくような、また、その後のオペラと比べても、決してひけをとらないような作品。
まず今回は、そのうち、以前書いた大傑作「エイシスとガラテア」とも関連があって、比較的入りやすかった作品から。
「アチ、ガラテアとポリフェーノ」(アーチ、ガラテアとポリフェーノ)
セレナータ(劇的カンタータ)
曲の概要については、まずはREIKOさんのこちらの記事をごらんください。
タイトルからもわかるとおり、以前ご紹介した大傑作、パストラーレ(マスク)「エイシスとガラテア」(アチスとガラテア)と同様の題材を扱っています。
とは言え、バッハによくあるみたいにパロディ関係にあるわけでなく、まったく別な作品。
あちら(「エイシス」)が、後年イギリスで大人気オペラ作曲家となったヘンデルが、さらなる第2段階突入しようという時期に書いた、マスクだか、パストラーレだかいうジャンルビミョーな英語作品。
その後のオラトリオを先取りしたかのような面があり、
音楽も、合唱が多く、全編田園的な美しさにあふれ、正に田園詩とでもいうべきのどかな作品で、今でもわたしが最も愛するヘンデルの作品の一つです。
それに対して、こちらは、イタリア修業時代の作品で、一応、「世俗カンタータ」ですが、
その中では飛びぬけて規模が大きいだけでなく、内容も劇的(物語性に富む)、技巧的で華やかなアリアも多く、もちろんイタリア語ですから、ほとんど後年のオペラを予告する、というか、オペラといっていいような魅力作です。
とにかく冒頭から、心にストレートに飛び込んでくるキャッチーなアリアの連続。
実際、後年さまざまなオペラに転用されたアリアなども多く、聴いたことあるメロディも続出。
さきほどまったく別の作品とは書きましたが、同じ題材だけあって、「エイシス」再演の際には、流用されたこともあったようです。
昨年リリースされたDVDを観てみました。
アントーニオ・フローリオ指揮、カペッラ・デッラ・ピエタ・デ・トゥルキーニ
(演出:ダヴィデ・リヴェルモーレ)
2009年6月、トリノ・カリニャーノ劇場ライブ(世界初DVD化)
ヘンデルのたいていのイタカンは、話らしい話が無い抽象的な歌詞のもの、意味不明のものが多いのですが、
今回は、「エイシスとガラテア」と同じ話だし、映像付なので、イタリア語でも何となく流れがわかり、助かりました。
「エイシス」も、DVDを見ましたが、あちらは、歌手とほとんど全裸の全身タイツのダンサーとのダブル・キャスト。
(ガラテア役ののドゥ・ニース嬢だけは、単に歌うだけでなく、大いに踊りまくっていますが)
作品の神話的、牧歌的な雰囲気に合っているといえば合っていて、なかなかよかった。
こちらのDVDも、歌手とマイムのダブル・キャスト。
ダブル・キャストで上演されることが多いらしい「エイシス」にあやかってのものか。
ただ、こちらのマイムは、歌手とまったく同じメイク&服で、つまり、3名の主要登場人物が、常に2人づつ舞台にいる形になり、
実際の世界が鏡のように写しだされて、実際の物語と、もうひとつの内面世界の物語とが舞台上で同時に繰広げられているような印象。
なかなか凝った演出。
マイムと言っても、それほど激しく踊るわけではなく、歌手もけっこう踊るので、ほんとに同一人物が2人づついる感じ。
歌手の後ろにマイムがぴったりと寄り添い、手足を動かして踊る、千手観音踊り、またはEXILE踊りが印象的。(上記ジャケ写参照)
「エイシス」よりも音楽がぐっとオペラ風なこともあってか、その衣装もずっと生々しく、人間っぽい。
アチこそ牧童風の服を着ているが、ガラテアは真っ青な蜂の巣パーマに、キンキラドレス。
貫禄あるガラテアに比べ、アチが若くてかわいいのは演出か。
「エイシス」では、ほとんど全裸のメタボおやじというある意味ファンタジック?な姿だったポリフェーモも、ここでは、高そうなトレンチコート&皮パンのチョイ悪おやじ。お約束どおり、顔にキズまである。
また、舞台は、薄暗い部屋の中。壁面や天井にいくつかの大窓があり、物語の進行に合わせてそこに、青空や雲、稲光から、蝶々や蛇まで、心象風景を表すようなさまざまなものが映し出されます。
一応見始めて、前衛的な演出ながら、こちらの方は過激な裸体などは登場しないんだな、と油断していたら・・・・、
・・・・とんでもなかった!
3人が修羅場を演じるクライマックスでは、
アチとガラテアのマイムが、いきなり全裸になって(前張りあり)ベッドの上で激しくからみあい、
(一応女性どおしです。念のため。でもよけい妖しい?)
はしごの上からそれをのぞいていたポリフェーモが、逆上して皮パン一枚になってのたうちまわる、という、まさかの壮絶シーンが展開。
こりゃ、良い子には見せられないぞ。お客に小さな少年少女は来てなかったんだろうか。
前述のように、マイムの踊りが歌手の動きと大差無いので、実は、必要なんだろうか、と思っていたのだが、このような過激シーン要員だったのか。歌手はこれ、絶対にできないもんな。納得。
以下、音楽について。音楽は、無条件に魅力的です。
古楽器による演奏は、全体的に、古楽器による鮮烈でメリハリの効いた、小オペラというべきこの作品にぴったりの演奏で、テオルボ&ハープを前面に押し出したオケの響きが美しい。
ガラテア役のMsのミンガルドはじめ、歌手陣も大充実。
第1幕の冒頭シンフォニア、たゆたう単調のシチリアーノからして典雅の極み。
これは後年クラヴィーア組曲に編曲されたとのこと。
その後、第1曲、第2曲、第3曲・・・・、と、アチとガラテアがまったりいちゃいちゃするアリア&レチタティーボが続くが、
とびっきりキャッチーな音楽の連続で、どこかで聴いたことあるデジャビュ感が炸裂。
聴いていて実に気持ちよい音楽ばかりなんだが、どこで聴いたか思い出せなくて何となく気持ち悪い。
以下、特に印象に残った音楽。
華麗なファンファーレとともに登場したはいいが、いきなりアチにガンをつけられたポリフェーモが、しょんぼりといじけながら歌う、第6曲のさびしいアリア。
(テオルボの響きが胸にしみる)
華麗なチェンバロ独奏付、アチがさらに調子に乗って、ナイフを持って大暴れしながら歌う、第7曲アリア
逆上したポリフェーモにアチがボコボコにやられた直後、(やられたのはマイムの人だが)
ガラテアが歌う、なぜか思いっきりのどかで美しい、第9曲のアリア。
オケ、菅、bcがくりかえす鳥の声のエコーが夢見るように響きわたり、ここでは、リコーダー&ハープが大活躍。
このアリアが一番好きかも。最も、後の「エイシス」の世界に通じる音楽。
続いて、第2幕、こちらのシンフォニアは楽しい舞曲。
第1幕が一蝕即発の緊迫した状況の中、「続く」で終わっていたので、
この3連音リズムも華やかなアリアが始まったとたん、がっくっときたが、音楽自体は実に生き生きと瑞々しい。
すぐ後に、Virgin CLASSICのアニヴァーサリーアリア集で印象的だった、ポルフェーモの超高音&重低音アリア。
CDよりも、こちらの方がずっと自然で音楽的に感じられた。一言で言うとうまかった。映像付のせいか。
まるで、声が高音と低音の間を瞬間的に行き来するので、まるでモンゴルのホーミーみたい。
その後で、例の修羅場の3重唱。
劇的には、最大のクライマックス、見せ場なんだろうな。緊迫した、ドラマチックな音楽。
ヘンデルの職人技がさえる。お見事。
(このDVDでは、画面にくりひろげられるあまりの状況にあっけにとられて、はじめ聴いたときは音楽どころではなかったが)
それから、ガラテアとポリフェーモの深刻なアリアが続き、これで終わりかと思いきや・・・・、
何と、死んだはずのアチが復活し、登場人物が3人そろって、手をつながんばかりに仲良く並び、妙に能天気な3重唱を高らかに歌って、フィナーレ。
イタカンは、基本的にこういうしきたりだったらしいが、さきほどすさまじい修羅場がくりひりげられていただけに、現代の感覚からすると???だ。
ちょい悪ポリフェーモも、殺したばかりのアチの横で笑顔で歌ってるが、かなり気まずそう?
ああ、おもしろかった。
ところで、去る1月13日に、第8回ヘンデル・フェスティバル・ジャパンとして、「エイシスとガラテア」のオール・ジャパン・キャストによる公演があり、なんとネット配信されました。
(三澤寿喜指揮、キャノンズ・コンサート室内管弦楽団&合唱団)
年末の宇多田ヒカル・「一時」さよならライブに続き、温かい部屋にいながらにして、ライブ感を味わうことが出来た。
ほんとうにすごい時代になったものだ。
映像配信するくらいだから、舞台なんだろうと勝手に思っていたら、コンサート形式だったので、その点はちょっと残念でしたが、誠実で堂々とした、聴き応えのある演奏でした。とにかく、この作品、ほんとに音楽がすばらしい。
きちんと演奏すればするほど、それだけ感動的な演奏になる。
「アチ」の方は、音楽だけだとこれほどの充実度は無いかもしれない。
なお、当日は、字幕等が無かったので、こちらを見ながら演奏を聴きました。
オペラ対訳プロジェクト ヘンデル「エイシスとガラテア」
これから、この名作をお聴きになろうという方はもちろん、作品に興味ある方、ぜひごらんください。
ヘンデルのその他のオペラ、オラトリオ等の対訳も、充実してきています。
さて、このシリーズ、ヘンデルのイタカンとともに、ついでにバッハの世俗カンタータもご紹介していくことにしているのですが、
1月と言うこともあり、ちょっととっておきの曲をご紹介しようと思います。
長くなったので、今回は特別編として、2回にわけます。
以下、次号。
一部の方は、なんだまたこの曲かい、というあきれることと思いますが・・・・。一応、乞うご期待。
基本的に、教会暦には、
クリスマスを中心にした日にちが固定された祭日、と、(クリスマス前後の冬に集中)
復活節を中心とした、その年によって日にちが変動する祭日(春~秋のほとんど)、
とがあります。
(その他に、今週のマリアの祝日のような、個別の祝日あり)
ちょうど今は、その境目の暦の調整をする時期にあたり、「顕現節後第○日曜日」が第○日曜日まであるかは、その年によってちがうわけですね。
(年末の「三位一体節後第○日曜日」も同様です)
今年はイースターが例年に無く遅いので、(イースター第1日が4月24日。この日が4月26日以降になることはないので、相当遅い) 顕現節後第6日曜日まであります。
少なくともこのブログを始めてからは、(2006年秋以降)顕現節後第5日曜日以下が巡ってきたのは初めてなので、例のBWV140の三位一体節後第27日曜日ほどではないにしろ、めずらしい祭日と言っていいのでしょう。
バッハがカントルだった間に、顕現節後第5日曜日、第6日曜日がめぐってきたのかどうかは知りませんが、いずれにしても、これらの祭日のためのカンタータは残されていない、または発見されていません。
バッハがもはや新作カンタータをほとんど作曲しなくなった晩年に、三位一体節後第27日曜日がたまたまめぐってきたことによって、BWV140という名作が残されたことを考えると、
(実際には最も演奏機会が希少なはずのカンタータが、最も有名で最も演奏されているカンタータだというのも面白いですが)
もしかしたら、同じようにたいへんな傑作が作曲された、もしくは作曲されている可能性もあるわけで、まあ、残念なことではありますけど、
それはさておき、いずれにしても、しばらくはカンタータも無いのでカンタータのお知らせもしばしお休み、ということになります。
と、いうわけで、その間に、お久しぶりの
ヘンデル・カンタータ日記です。
* * * * * *
ヘンデル・カンタータ日記~世俗カンタータのある生活 Vol.2
ヘンデルにも、カンタータがあった。しかも、100曲以上も!
ヘンデルのイタ・カン(イタリアン・カンタータ)の概要について、
まずは、こちら(Vol.1)を、ご覧ください。
さて、今回から、具体的に、そのヘンデルのイタ・カンを聴いていきましょう。
基本的に、演奏時間も楽器編成も小規模なイタ・カンですが、その中に、特別規模の大きな、実に聴き応えある作品が2曲あります。
「アーチ、ガラテアとポリフェーノ」
「クローリ、ティルシとフィレーノ」
小規模でも、ヘンデルの膨大な創作全体につながる、清冽な泉を思わせるイタ・カンですが、
この2曲は、さまざまな意味で、実際に直接その後のオペラに結びつくような、また、その後のオペラと比べても、決してひけをとらないような作品。
まず今回は、そのうち、以前書いた大傑作「エイシスとガラテア」とも関連があって、比較的入りやすかった作品から。
「アチ、ガラテアとポリフェーノ」(アーチ、ガラテアとポリフェーノ)
セレナータ(劇的カンタータ)
曲の概要については、まずはREIKOさんのこちらの記事をごらんください。
タイトルからもわかるとおり、以前ご紹介した大傑作、パストラーレ(マスク)「エイシスとガラテア」(アチスとガラテア)と同様の題材を扱っています。
とは言え、バッハによくあるみたいにパロディ関係にあるわけでなく、まったく別な作品。
あちら(「エイシス」)が、後年イギリスで大人気オペラ作曲家となったヘンデルが、さらなる第2段階突入しようという時期に書いた、マスクだか、パストラーレだかいうジャンルビミョーな英語作品。
その後のオラトリオを先取りしたかのような面があり、
音楽も、合唱が多く、全編田園的な美しさにあふれ、正に田園詩とでもいうべきのどかな作品で、今でもわたしが最も愛するヘンデルの作品の一つです。
それに対して、こちらは、イタリア修業時代の作品で、一応、「世俗カンタータ」ですが、
その中では飛びぬけて規模が大きいだけでなく、内容も劇的(物語性に富む)、技巧的で華やかなアリアも多く、もちろんイタリア語ですから、ほとんど後年のオペラを予告する、というか、オペラといっていいような魅力作です。
とにかく冒頭から、心にストレートに飛び込んでくるキャッチーなアリアの連続。
実際、後年さまざまなオペラに転用されたアリアなども多く、聴いたことあるメロディも続出。
さきほどまったく別の作品とは書きましたが、同じ題材だけあって、「エイシス」再演の際には、流用されたこともあったようです。
昨年リリースされたDVDを観てみました。
アントーニオ・フローリオ指揮、カペッラ・デッラ・ピエタ・デ・トゥルキーニ
(演出:ダヴィデ・リヴェルモーレ)
2009年6月、トリノ・カリニャーノ劇場ライブ(世界初DVD化)
ヘンデルのたいていのイタカンは、話らしい話が無い抽象的な歌詞のもの、意味不明のものが多いのですが、
今回は、「エイシスとガラテア」と同じ話だし、映像付なので、イタリア語でも何となく流れがわかり、助かりました。
「エイシス」も、DVDを見ましたが、あちらは、歌手とほとんど全裸の全身タイツのダンサーとのダブル・キャスト。
(ガラテア役ののドゥ・ニース嬢だけは、単に歌うだけでなく、大いに踊りまくっていますが)
作品の神話的、牧歌的な雰囲気に合っているといえば合っていて、なかなかよかった。
こちらのDVDも、歌手とマイムのダブル・キャスト。
ダブル・キャストで上演されることが多いらしい「エイシス」にあやかってのものか。
ただ、こちらのマイムは、歌手とまったく同じメイク&服で、つまり、3名の主要登場人物が、常に2人づつ舞台にいる形になり、
実際の世界が鏡のように写しだされて、実際の物語と、もうひとつの内面世界の物語とが舞台上で同時に繰広げられているような印象。
なかなか凝った演出。
マイムと言っても、それほど激しく踊るわけではなく、歌手もけっこう踊るので、ほんとに同一人物が2人づついる感じ。
歌手の後ろにマイムがぴったりと寄り添い、手足を動かして踊る、千手観音踊り、またはEXILE踊りが印象的。(上記ジャケ写参照)
「エイシス」よりも音楽がぐっとオペラ風なこともあってか、その衣装もずっと生々しく、人間っぽい。
アチこそ牧童風の服を着ているが、ガラテアは真っ青な蜂の巣パーマに、キンキラドレス。
貫禄あるガラテアに比べ、アチが若くてかわいいのは演出か。
「エイシス」では、ほとんど全裸のメタボおやじというある意味ファンタジック?な姿だったポリフェーモも、ここでは、高そうなトレンチコート&皮パンのチョイ悪おやじ。お約束どおり、顔にキズまである。
また、舞台は、薄暗い部屋の中。壁面や天井にいくつかの大窓があり、物語の進行に合わせてそこに、青空や雲、稲光から、蝶々や蛇まで、心象風景を表すようなさまざまなものが映し出されます。
一応見始めて、前衛的な演出ながら、こちらの方は過激な裸体などは登場しないんだな、と油断していたら・・・・、
・・・・とんでもなかった!
3人が修羅場を演じるクライマックスでは、
アチとガラテアのマイムが、いきなり全裸になって(前張りあり)ベッドの上で激しくからみあい、
(一応女性どおしです。念のため。でもよけい妖しい?)
はしごの上からそれをのぞいていたポリフェーモが、逆上して皮パン一枚になってのたうちまわる、という、まさかの壮絶シーンが展開。
こりゃ、良い子には見せられないぞ。お客に小さな少年少女は来てなかったんだろうか。
前述のように、マイムの踊りが歌手の動きと大差無いので、実は、必要なんだろうか、と思っていたのだが、このような過激シーン要員だったのか。歌手はこれ、絶対にできないもんな。納得。
以下、音楽について。音楽は、無条件に魅力的です。
古楽器による演奏は、全体的に、古楽器による鮮烈でメリハリの効いた、小オペラというべきこの作品にぴったりの演奏で、テオルボ&ハープを前面に押し出したオケの響きが美しい。
ガラテア役のMsのミンガルドはじめ、歌手陣も大充実。
第1幕の冒頭シンフォニア、たゆたう単調のシチリアーノからして典雅の極み。
これは後年クラヴィーア組曲に編曲されたとのこと。
その後、第1曲、第2曲、第3曲・・・・、と、アチとガラテアがまったりいちゃいちゃするアリア&レチタティーボが続くが、
とびっきりキャッチーな音楽の連続で、どこかで聴いたことあるデジャビュ感が炸裂。
聴いていて実に気持ちよい音楽ばかりなんだが、どこで聴いたか思い出せなくて何となく気持ち悪い。
以下、特に印象に残った音楽。
華麗なファンファーレとともに登場したはいいが、いきなりアチにガンをつけられたポリフェーモが、しょんぼりといじけながら歌う、第6曲のさびしいアリア。
(テオルボの響きが胸にしみる)
華麗なチェンバロ独奏付、アチがさらに調子に乗って、ナイフを持って大暴れしながら歌う、第7曲アリア
逆上したポリフェーモにアチがボコボコにやられた直後、(やられたのはマイムの人だが)
ガラテアが歌う、なぜか思いっきりのどかで美しい、第9曲のアリア。
オケ、菅、bcがくりかえす鳥の声のエコーが夢見るように響きわたり、ここでは、リコーダー&ハープが大活躍。
このアリアが一番好きかも。最も、後の「エイシス」の世界に通じる音楽。
続いて、第2幕、こちらのシンフォニアは楽しい舞曲。
第1幕が一蝕即発の緊迫した状況の中、「続く」で終わっていたので、
この3連音リズムも華やかなアリアが始まったとたん、がっくっときたが、音楽自体は実に生き生きと瑞々しい。
すぐ後に、Virgin CLASSICのアニヴァーサリーアリア集で印象的だった、ポルフェーモの超高音&重低音アリア。
CDよりも、こちらの方がずっと自然で音楽的に感じられた。一言で言うとうまかった。映像付のせいか。
まるで、声が高音と低音の間を瞬間的に行き来するので、まるでモンゴルのホーミーみたい。
その後で、例の修羅場の3重唱。
劇的には、最大のクライマックス、見せ場なんだろうな。緊迫した、ドラマチックな音楽。
ヘンデルの職人技がさえる。お見事。
(このDVDでは、画面にくりひろげられるあまりの状況にあっけにとられて、はじめ聴いたときは音楽どころではなかったが)
それから、ガラテアとポリフェーモの深刻なアリアが続き、これで終わりかと思いきや・・・・、
何と、死んだはずのアチが復活し、登場人物が3人そろって、手をつながんばかりに仲良く並び、妙に能天気な3重唱を高らかに歌って、フィナーレ。
イタカンは、基本的にこういうしきたりだったらしいが、さきほどすさまじい修羅場がくりひりげられていただけに、現代の感覚からすると???だ。
ちょい悪ポリフェーモも、殺したばかりのアチの横で笑顔で歌ってるが、かなり気まずそう?
ああ、おもしろかった。
ところで、去る1月13日に、第8回ヘンデル・フェスティバル・ジャパンとして、「エイシスとガラテア」のオール・ジャパン・キャストによる公演があり、なんとネット配信されました。
(三澤寿喜指揮、キャノンズ・コンサート室内管弦楽団&合唱団)
年末の宇多田ヒカル・「一時」さよならライブに続き、温かい部屋にいながらにして、ライブ感を味わうことが出来た。
ほんとうにすごい時代になったものだ。
映像配信するくらいだから、舞台なんだろうと勝手に思っていたら、コンサート形式だったので、その点はちょっと残念でしたが、誠実で堂々とした、聴き応えのある演奏でした。とにかく、この作品、ほんとに音楽がすばらしい。
きちんと演奏すればするほど、それだけ感動的な演奏になる。
「アチ」の方は、音楽だけだとこれほどの充実度は無いかもしれない。
なお、当日は、字幕等が無かったので、こちらを見ながら演奏を聴きました。
オペラ対訳プロジェクト ヘンデル「エイシスとガラテア」
これから、この名作をお聴きになろうという方はもちろん、作品に興味ある方、ぜひごらんください。
ヘンデルのその他のオペラ、オラトリオ等の対訳も、充実してきています。
さて、このシリーズ、ヘンデルのイタカンとともに、ついでにバッハの世俗カンタータもご紹介していくことにしているのですが、
1月と言うこともあり、ちょっととっておきの曲をご紹介しようと思います。
長くなったので、今回は特別編として、2回にわけます。
以下、次号。
一部の方は、なんだまたこの曲かい、というあきれることと思いますが・・・・。一応、乞うご期待。
この記事へのコメント
顕現節後第5、第6というのが、レアだということですね。でも、もしかしたら、この日のためのカンタータはあったかもしれない・・、それが140番のような名曲かもしれない。それはそれで、夢は広がりますね。
しかし、当面明日の話、バッハのくれたお休み、何を聴きましょうか。
それとも古典的な演出はやりつくしたから、こうなってるのか?
キチンとしたものは、商品として話題になりにくいのでDVD化されないのか?
それでもいろいろな形でヘンデルが上演されるのは、喜ばしいことです♪
「エイシス~」のライブ配信、私も楽しみました。
まさかヘンデルがライブ配信なんて、夢のようでした・・・良い時代になったものですね。
マイナーなヘンデルの作品を取り上げていただき、ありがとうございます(わたしがお礼を言うのもおかしなものですが)。
「アチ、・・・」も「クローリ、・・・」も(もちろん「エイシス・・・」も)聴き応えある大傑作ですよね。
映像はまだ見たことないですが、「良い子には見せられない」というのは興味があります。
REIKOさんのところで拝見しましたが、世俗カンタータの解説に人物相関図を使われるとの由、おもしろそうです。楽しみにしています。
あれからちょっと調べたところ、やはりバッハが集中的にカンタータを書いたライプツィヒの始めの数年間には、顕現節後第5日曜日以降はめぐってこなかったようです。
従って、もし存在するとしたら後期作品ということになるわけで、ほんとうに夢が膨らみます。
わたしはこの機会に、ずっと記事が後回しになっていた、世俗カンタータを聴いていこうと思っています。
いつも助かっております。
最近のオペラ演出、いつもオペラを観ている方にとっては、やはり刺激的でおもしろいのかもしれませんが、オペラを初めて観る(しかも高いお金を払って)方からすると、なんじゃこりゃ、というようなことも多いのではないでしょうか。
歌舞伎なんかは、役者さんがちがって、あとちょっとだけ演出がちがっていれば、十分楽しめるんですけどね。
エイシスのライブ配信、アクセス数もなかなかだったみたいですね。
時々REIKOさんの興奮気味のつぶやきが出てきて、笑ってしまいました。
このDVDは演奏もよいので、おすすめですが、タイミングが悪いと、その手のビデオを観ているのでは、と誤解を招く恐れがあるので、くれぐれもお気をつけください。
ところで、エイシスのライブ配信、kohさんの対訳を拝見させていただきながら観ましたよ!
リズミカルでところどころに文語体に近い言葉づかいのある訳文は、作品の雰囲気にぴったりで、心から楽しませてもらいました。
(リンクしようと思ってたのに、すっかり忘れていました。
遅くなってしまいましたが、本文に追加しておきました)