GWのアルバム1 若葉のブルックナー~ラ・フォル・ジュルネ2011(その1)【復活節後2】

 今週の日曜日は、復活節後第2日曜日。

 この祭日は、バッハ・ファンにとって特別な日。
 まばゆくきらめく春。しっとりと情緒深い春。そして新しい生命の誕生する春。
 そんな多様な側面を持つ春にぴったりな、さまざまな年代にわたる名作カンタータがずらりとそろっていて、
 この季節にこれらのカンタータを聴くことは、何よりの喜びです。


 カンタータは、

 ライプツィヒ1年目、輝くばかりの大合唱がまぶしいBWV104
 2年目、アリアの花園、BWV85
 後期、年巻補作のためのコラールカンタータ(全詩節テキストカンタータ)、BWV112
 の3曲です。
 
 ヴェルナーの雄大かつ心にしみる名演、リリングのしっとりとした名演、
 そしてコープマンのきらめきにあふれた名演。
 それらを思い浮かべただけで、何だか心が明るくなる気がします。


 以上の3曲、どれも名曲なのですが、
 中でもやはり、BWV104が、そのあまりの美しさゆえに、決して忘れることの出来ない作品です。

 
 ライプツィヒ1年目の晴れの復活節、バッハは、すべてのカンタータを、ケーテン・カンタータのパロディをあてて乗り切りますが、
(おそらく、ヨハネ受難曲(第1稿)の作曲にかかりっきりで、また、機会音楽でたった一度だけしか演奏機会の無かったケーテンの自信作を、ライプツィヒ市民に聴かせたかったという気持ちもあったんでしょう)
 復活節後第1日曜日になって、満を持して新作を上演、
 先週のBWV67、今週のBWV104、と、第1年巻を代表するような春の大傑作カンタータを、立て続けに生み出してくれました。

 みなさん、バッハが用意してくれた春の野辺で憩いましょう!


 過去記事は、こちら↓


 <復活節後第2日曜>

    鋼のようなやさしさ・「田園」 パストラーレ(BWV104、85、112)
    お気に入りの仏像 奈良駅周辺編+復活節後第2日曜日(BWV104)



  *    *    *    *    *    *



 今日は、上で紹介したカンタータと同じく、
 ちょうど今頃の季節、
 春、というか初夏のさわやかな時期にぴったりの音楽の話題、
 GW、ラ・フォル・ジュルネで出会った音楽の記録。



 大震災の影響で何もかもが変則的ながら、多くの人が集って音楽の喜びをわかちあった、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン
 今年ははからずも、ブルックナー三昧、ブルックナーを聴く幸福を、心からかみしめることになった。



▽ ヴォーチェス8(5月5日の地上広場キオスクの無料ライブ時に撮影)

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 5月4日(水) 第2日目



 ヴォーチェス8

  ブラームス&ブルックナー モテットほか


 名前から、何となく今はやりのイタリア系?イケメンヴォーカルグループか?と想像していたが、
 性別も背もファッションもてんでバラバラな、極めて素朴な風貌(失礼)の8人グループだった。
(ドレスの女性2人、眼鏡の男性2人、髪を立たせたちょっとイケメン2人、ものすごいのっぽと背の低い凸凹コンビ2人、それぞれ2名ずつの、ソプラノ、アルト、テノール、バスと思われる)
 ルネ・マルタンおかかえの、イギリスの実力派ヴォーカル・グループとのこと。
 みんなかなり若い。


 演奏を聴いて、びっくりした。
 それぞれの声が極めて個性的かつ魅力的で、その地声のままストレートに歌うので、ものすごく生き生きとした、躍動感あふれるコーラスを聴かせてくれる。
 一糸乱れぬ純正アカペラコーラスファンからすると、かなり崩した音づくりともとられかねないかもしれないけど、わたしは大歓迎。いっぺんでファンになった。
 難渋極まりないイメージのあるブラームスの合唱曲が、
 ルネッサンスのシャンソン、あるいはそれ以前の中世の民謡、さらには逆にぐっと時代が進んでゴスペルみたいに、とにかくむちゃくちゃ楽しげに響く。


 また、プログラムが魅力的。
 バッハ等に影響を受けた、ロマン派作曲家の正統的な宗教合唱曲集。

 * 曲目は、下の写真をクリックの上、拡大してご参照ください。


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 はじめに、ブラームスの最晩年のモテット2曲。
 心にしみるメロディを、バッハの大曲やシュッツの作品でおなじみのダブルコーラスを駆使して展開した、聴き応えのある作品。
 OVPPのSATB2組の掛け合いなので、音の綾がはっきりと聴き取れ、ブラームスが到達した作曲技法がまざまざと伝わってくる。
 ブラームスの作品は一応合唱団のための作品だと思うので、このOVPPは、純粋に表現のための手法ということになり、それが見事に成功している。

 次に、ブラームス中期の大作モテット。
 こちらは、バッハのカンタータ・マニアだったブラームスの面目躍如たる作品で、
 いたるところで半音階が炸裂、
 3つのテーマによる見事なフーガが展開する他、
(ソプラノがものすごい低音までをカヴァーする技巧的な部分もあり)
 おしまいには、コラール編曲が歌われる徹底ぶり。

 その後、レーガー(この人もバッハ・マニアだった)の斬新なコラール編曲が2曲続いた後、

 いよいよクライマックス、待ってました、
 ブルックナーの名作中の名作モテット2曲!
 ここばかりは、ヴォーチェスト8の演奏も、まるで澄みきった中世、ルネッサンスのミサ曲のよう。
 正に今の季節の新緑の風を思わせるさわやかな音楽に全身を包まれる。

 こうして音楽を聴くことができて、ほんとうに幸せだと、心の底から、ただただシンプルに思う。

 最後に、冒頭のブラームスの曲の華麗な中間部分を、とびっきり「明るく元気に」歌って、エンディング!
 まるで、ジャヌカンのシャンソンみたいでうきうきした。


 満員の観衆の圧倒的な大拍手に答えてアンコール。

 アンコールを聴いて、またまたびっくり。
 アンコールは、ヴォイス・パーカッション炸裂のおもいっきりくだけた演奏で、
 ブラームスのララバイと楽しい即興付きのトトロ。
 それがめちゃくちゃ芸達者。
 この人たち、そういうグループでもあったのだ。

 そんな側面を完全に封印して、上記のような、本格的な合唱ファンでさえ思わずうなる、純正統的プログラムで本編を通した姿勢は、実にいさぎよく、あっぱれ。
 というか、それらの曲がほんとうに好きなんだろうな。


 さらにこの人たち、当初の予定公演をキャンセルしなかったばかりか、逆に公演を追加、
 展示ホール、地上広場の無料キオスク公演にも飛び入り参加、
 そればかりか、周辺のエリアコンサートにまで出演し、
 一時は灯火が消えるかに思えたラ・フォル・ジュルネを根底から支える大活躍。
(マルタンさん、こき使いすぎ?)

 MCも、震災に対する心のこもったお見舞いから、ふだんなじみの薄い各曲の実に的を射た解説にいたるまで、すべて日本語でこなすサービスぶり。

 ブルックナーの時には、
 「こんなにすばらしい音楽をみなさんの前で歌うことができて、本当にしあわせです」
 と顔を輝かせて言ってから、心の底から幸せそうに、一音一音愛しむように歌っていたのが印象的だった。
 ほんとうにブルックナーを愛しているんだな、と思った。
(そして、もちろんブラームスも、その向こうにいるバッハも)

 わたしも、あなたがたのブルックナーが聴けて、幸せです。
 ほんとうにありがとう。


 こうなると、後はもう、ただこの一言だけ。

 この人たちの、デュファイが聴きたい
 ピッタリだと思うんだけど。
 シャンソンはもちろん、ミサやモテトゥスも!


 最後に、会場のよみうりホール、
 コンサートのイメージがまったく無かったが、音が意外とよかったのにもびっくり。
 奏者の存在をものすごく近く感じた。



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 ブルックナー 第7番

    金聖響指揮、兵庫芸術文化センター管弦楽団


 思いっきり元気の良い、颯爽としたブルックナー。

 やたら頻出する休符もほんの一瞬だけでさくさく進むが、それでいて呼吸はしっかりと深く、どっしりと地に足を根ざしていて、
 わたしの愛するあらゆる何気ない対旋律のすべてが、しっかりと情感豊かに歌われ、しかもはっきりと浮き上がって聴こえる。

 つまりは、わたしにとっては理想のブルックナー。


 このオケは初めて聴くが、思わぬ収穫だった。
 若手奏者養成のためのオケで、阪神大震災復興のシンボルにもなっているとのこと。
 若いオケにしては、ソロが美しく、各奏者ともつわもの揃い。
 躍動感いっぱいなのに音もきちっとそろっていて、そのため、これは楽器のせいか、木調の内装のホール(ホールC)のせいかわからないが、かなりの人数の大オーケストラなのに、どこか室内楽的にも聴こえ、それもまたわたしの好み。
 
 金聖響さんの指揮も初めてだったが、誠実かつ気合いのこもった演奏で、ブルックナーにはピッタリだと思った。


 2楽章の最後、ワーグナーチューバの追悼音楽が、こんなにも雄渾に鳴り響くのを聴いたのは初めて。
 そしてその後のコーダの、弦と木管の慰めの音楽が、こんなにもやさしく響くのを聴いたのも初めて。

 シンバルのお姉さんの、文字通り「唯一無二の一撃」もすてきでした。


 第2楽章第2主題。
 あの、野の草花が風にそよぐような音楽。
 ここでも、また、ブルックナーを聴く幸福をかみしめる。

 昔、青春時代に東京カテドラルで、朝比奈さんの指揮する同じ曲の同じところを聴いて、こんな幸せなことがあるだろうか、と涙ぐんだことを思い出した。
 なんだかんだ言って、いまだにおなじような幸せを感じることができることを、心から感謝する。



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 モーショントリオとも再会。


 昨年の一番の収穫だった、あのモーション・トリオこちらの記事)、

 有料公演はキャンセルになったが、それでも結局駆けつけて、無料ライブをやりまくってくれた。

 偶然OTTAVA(オッターヴァ、インターネットラジオ)の生中継ブースで聴いた生演奏(ショパンのプレリュード)があまりにもよかったので、翌日(5日)、地上広場キオスクのライブを聴きに出かける。

 詳細は、その他に聴いた無料公演のことも含めて、以下次回。

 
 なお、上のモーショントリオの写真の左奥に写ってる、どう見てもサラリーマン風のおじさんは、OTTAVAの生中継のパーソナリティをしていた本田聖嗣さん。

 この顔をおぼえておいてください。
 次回は、この人がほとんど主役?ちょっとぶっとびました。


 全体的なレポート、それからもちろん食べたものについても、書くつもり。



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そのほかの「記事目次」

「全体記事目次」

カンタータ日記・奥の院

浅田真央さん情報・最新版

宮沢賢治記事目次

カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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この記事へのコメント

Nacky
2011年05月08日 14:01
Noraさま
私も、最終日(5月5日)にちょっとだけ覗いてみました。最近は、庄司紗矢香さんのニューアルバム・「Bach&Reger」を入手し聴いております。ロマン派だけでもメンデルスゾーンを始め、シューマン、ショパン、ブラームス、リスト、レーガー等の音楽に触れれば触れるほど、バッハの偉大さに敬服することになります。(笑
ちなみに、1日は甲府にてチャリティのためにわざわざスイスから来日された
北谷直樹さんのチェンバロで、イタリア(フレスコバルディ)→フランス(クープラン)→ドイツ(バッハ)→イギリス(ヘンデル&バベル)とヨーロッパを巡って参りました。アンコールにてフレンチモデルで奏でられた「男と女」の優雅な響きに、古いヨーロッパの音楽を基礎に近代音楽が創り上げられてきたことを実感致しました。  
2011年05月11日 10:53
 Nackyさん、こんにちは。

> 庄司紗矢香さんのニューアルバム・「Bach&Reger」

 このアルバムはわたしも気になっていました。
 上記のヴォーチェス8のライブでも、レーガーのコラールが演奏されましたが、このコンサート、タイトル等にはバッハの名前はまったく出てこないにもかかわらず、まるでバッハへのオマージュみたいな内容で、うれしくなってしまいました。
 ブルックナーはともかく、特にブラームスは、バッハが好きで好きでたまらなかったんだな、ということが、あらためてよくわかりました。

> 北谷直樹さんのチェンバロ

 これは、しゃれたプログラムだったですね。
 おっしゃるとおり、ぜいたくなヨーロッパ一周です。
 最後は時を越えて現代に、というわけですね。
かげっち
2011年05月11日 12:42
Noraさん、ごぶさたしています。
今年のラフォルジュルネ行けなくて残念でした。ヴォーチェス8を聴いてみたかった。レーガーを挿入するプログラムがいいですね。ブラームスとブルックナーは似ているようでいて精神性が少し違う、その橋渡しになる人がいたのですね。レーガーの声楽やオルガンを聴いたことがないのでこんど聴いてみます。
Nacky
2011年05月11日 22:50
私は、昨年、ある尊敬するオルガニストの方を通してレーガーと出会いました。庄司さんのアルバムからは、如何にレーガーがバッハの音楽を、そしてシャコンヌに思いを寄せていたかが伺えます。ちなみに、アルバムの解説には「バッハという崇高な手本に生涯身を捧げた、或いはレーガーにとってバッハは音楽の全てであり、尊敬するブラームスのプリズムを通してバッハの音楽を再構築することが正にレーガーの音楽であった」等、綴られております。最近、バッハ以降の音楽家の作品を通してバッハに触れることが楽しくてたまりません。そして、今は、そのオルガニストの方がお勧めのレーガーの「コラールファンタジー・Op40、Op52」をデジタルウォークマンに入れて聴いております。 
2011年05月13日 22:44
 かげっちさん、
 ヴォーチェス8は、思いがけない収穫でした。
 ブラームスの合唱曲をあんなに生き生きと演奏した例は、あまり無いのではないか、と思います。
 というか、どの作曲家に関しても、生き生きとした演奏を行うのですが、
 バッハやバロック音楽との係わりを主軸にして、
 おっしゃるような、ブラームスとブルックナー、そしてレーガーのそれぞれの位置づけみたいなものを明確に描き出していて、とても興味深かったです。
2011年05月13日 22:58
 Nackyさん、
 わたしはこれまで、レーガーに関しては、なんとなくリストと同じような、つまり多少音楽的に肥大したロマン派後期の作曲家、みたいなイメージを持っていて、バッハを素材にしてはいるけれど、似て異なるものなのではないか、と勝手に思い込んでいました。
 ところが今回聴いたコラール編曲は、実にていねいかつ霊感あふれるもので、正にバッハが19世紀末に生きていたらこのようなものを書くのではないか、と思えるようなものでした。
 今は、Nackyさんにならって、きちんと聴いてみなければ、という思いを強めております。
 そして、さらにリストその人に関しても、今回少しだけではありますがその圧倒的な音楽に接し、見直しつつあります。
かげっち
2011年05月24日 12:34
>Noraさん
私もレーガーの全体像はさっぱり理解していませんでした。クラリネットのためソナタを3曲と五重奏を1曲書いている人、くらいにしか。後者を「三大クラ五重奏」に数える人もいるらしいですが(私は賛成できませんが)それでも演奏されることは稀、ソナタに至っては一層稀にしか取り上げられません。ロマンティックな室内楽は少々だるく、ブラームスのような密度が感じられません。彼の本領は違うところにあったのかもしれませんね。
2011年05月27日 01:43
 かげっちさん、
 わたしもレーガーはほとんんど聴いたことがないので、何とも言えませんが、当然聴く方によって、さまざまな感想があるのでしょう。
 わたしはとりあえず、機会があれば、オルガン曲や合唱曲を聴いてみたいと思っています。
侑希
2011年06月27日 20:44
佐村河内守・交響曲第一番《HIROSHIMA》81分、来月発売。
ブル好きなら好きかも。

曲は・・・・とにかくまぁ半端ないです!

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