組踊と創世呪詞~沖縄国際シンポジウムで沖縄伝統芸能の深層に触れる。

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 復帰40年沖縄国際シンポジウム

 これまでの沖縄学・これからの沖縄学 @ 早稲田大学

  沖縄文化協会+沖縄研究大学連合


 組踊上演 「花売の縁」 (3月30日(金)、@ 小野梓記念講堂)

    沖縄芝居実験劇場、解説・嘉数道彦


 国立劇場に舞楽を観に行った折、伝統芸能情報館で開催されている、

 企画展示 「琉球王朝の華 組踊と琉球舞踏」 (~5月28日(月)まで)

 を見て、一度組踊を観てみたいものだ、と思っていたら、意外と早くチャンスが訪れた。


 組踊(くみおどり・くみうどぅい)は、18世紀始めの伝説的踊奉行、玉城朝薫によって、 冊封式典の遊宴で上演することを目的として創始された、琉球王朝時代の国劇。
 朝薫は、再三薩摩や江戸に赴いて視察を行い、その時に見聞した歌舞伎、能、狂言などを参考に、琉球のさまざまな伝統芸能を取り入れ、まとめて、組踊として編み上げた。
 つまり、組踊は、琉球の伝統的な古典音楽、琉歌、舞踏などのすべてを含む、沖縄ならではの総合芸術。
 朝薫自身が創ったと言われる5作品(朝薫の五番)以降も、さまざまな作品が創られ、上演されてきて、現在も復活上演、新作の上演がさかんに行われており、
 東京の歌舞伎座や国立劇場で歌舞伎が上演されるように、沖縄浦添の国立劇場おきなわでは、組踊が普通に上演されている。
 
 今回観ることができたのは、古典の中でも人気の高い「花売りの縁」(はなうゐぬゐん)のうち、最後の親子再会の場面。


 古典的な組踊では、舞台中央に鮮やかな紅型幕が張られるものの、歌舞伎のような豪華なセットは組まず、
 登場人物も、衣装こそ沖縄ならではの工芸技術の粋を集めた鮮やかなもので、それによってその登場人物の立場や境遇などは雄弁に表現されはするが、演技や踊りそのものは、一切のオーバーアクションを省いて極限まで様式化されたもので、そのわずかな所作と、せりふ、歌、音楽で、物語と内に秘めた感情のすべてを、観る者に伝える。

 従って、組踊においては、踊り、音楽、せりふが最も重要な要素となる。
 

 このうち踊りと音楽は、沖縄を象徴する伝統芸能としてあまりにも有名。その魅力についてはあらためて書くまでもないが、
 今回、組踊を観て、一番驚いたのが、せりふ。

 組踊のせりふは、男役、女役、若衆(子供)役のそれぞれで、その節回し、拍数などが異なるというのは知識として知ってはいたが、今回実際に聴いてみて、あまりの美しさに驚いた。
 そもそも語られているのは、はじめから音楽的とも言える古い方言を、さらに、八音と六音の組み合わせでまとめたもの。
 それを男性は、たたみかけるように、リズミカルに発声する。
 女性の場合は、せりふ自体がもう、歌そのもの。ゆっくりと、流れるような歌。事実、民謡の冒頭に歌うように語るように読まれることのある「つらね」(琉歌)と同じリズム、旋律。
 そして、子どもの場合は、女性と似ているが、音域は高く、快速調。
 これら三種類の「歌」が同時にやりとりされ、
 そして、ここぞという時には、その中にさらに、地謡楽団の、フル・オキナワン・オーケストラの伴奏つきの美しい古典民謡が割って入り、
 これはもう、沖縄音楽の至福のポリフォニーではないか!

 
 正に、沖縄伝統の踊りと音楽の、究極の総合芸術にどっぷりとつかり、至福の一時を堪能することができた。


 (プログラムメモ)

第一部 古典舞踊と演奏  演奏:太鼓1、琴1、歌三線2、笛1
・舞踊実演:かぎやで風(かじゃでふう)(長寿と子孫繁栄を願う「老人踊り」
・解説
・舞踊実演:本嘉手久(むとぅかでぃく)(恋愛など内面の情念を抑制された所作に表現する「女踊り」 )
・衣装説明:「女踊り」の衣装 花笠と杖は外出中を表わす
        元服前の十五、六歳の少年たちが踊る「若衆踊り」 の衣装(この時の演者は実際は女の子)
        士族の子は幼い時期には魔物よけのため女装していたので、ふりそで
・舞踊実演:上り口説(ぬぶいくどぅち)(大和芸能を取り入れた青年らしい「二才(にせー)踊り」
・歌と演奏:仲風節(なかふうぶし)(七五調の古典音楽)

第二部 組踊り「花売りの縁」親子再会の場
・解説
・実演
乙樽(うとぅだる):母、鶴松(ちるまち):息子、森川の子(むりかわぬしー):父、花売り
 ※ 「~の子」(~ぬしー)→役職名


 ちなみに、琉球王朝時代の女踊りや組踊の女役も、歌舞伎と同じですべて男性によって演じられていた。
 それにならって、今回の女踊りも男性によって踊られたが、組踊の乙樽役は、そのあまりにも艶やかな美声を聞いて、はじめ、さすがにこちらは歌やせりふがあるので、ちがう女性が演じているんだな、と思ったら、女踊りと同じ男性だったので、びっくり。



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 番外ワークショップ 映像と歌で綴る沖縄紙芝居

    神話を語り、うたい、奏でる

      (3月31日(土)、@ 小野梓記念講堂)


    1、沖縄のはじまり・察渡王の物語 

        波照間永吉(脚本)、ローゼル川田(作画)、
        久萬田晋(音楽=ピアノ即興演奏)、宮城麻里子(語り)

    2、島建シンゴ~沖永良部島のユタの呪詞

        持田明美(作画)、中島由美(映像化)
        シーサーズ(持田明美、平沢千秋)(唄、三線)
        美尾洋乃(ヴァイオリン他)、笠原優(パーカッション)

    * 後で調べてわかったのだが、
      2の「島建シンゴ」で印象的なヴァイオリンを聴かせてくれた美尾洋乃さんは、
      ムーンライダーズやあがたさんのサポートミュージシャンをつとめたこともあり、
      ムーンライダーズの鈴木博文さんとデュオを組んでいる方で、びっくり。


 スライドショーによる紙芝居。

 第一部は、一般的な沖縄の創世神話等をわかりやすく紙芝居化したもので、プロの方の語りとピアノ即興演奏付きの豪華版。
 (実際に北大東島で行われた「移動大学」で、島の子供たちに読み聞かせたものとのこと)

 第二部は、スライドショーに合わせて、沖縄楽器の演奏付きの聴きやすい形にアレンジした創世神話呪詞の実演を聴かせ、物語の内容をわかりやすく見せる形。

 この第二部、島建シンゴが圧巻であった。


 呪詞「島建(しまだて)シンゴ」は、沖永良部島屋子母(やこも)集落のユタの家系・高田家に代々伝わってきた創世物語。(「シンゴ」は「神語」のような意だと思われる)
 この呪詞については、1970~80年代に、その最後の伝承者、ユタの高田カネさんを訪ねて録音保存したテープが、知名町役場に保存されているとのことだが、今回聴くことができたのは、それをもとに復元、楽曲化した試み。

 (沖永良部は、奄美諸島に属し、現在はもちろん鹿児島県だが、文化的には沖縄文化圏に属し、音楽的にも、琉球音階が使われている北限とされる。)


 石の王と金の君の間に生まれながら、名前をつけてもらえなかった小さな子どもは、天の太陽神(ティルティダガナシ)と地のニラヤ島(ニルヤハナヤ)のニラ大王にお願いして「島クブタ国クブタ」という名前をもらう。
 感激した子どもは、太陽神とニラ大王の間をいっしょうけんめい駆け回って、清らかな大海原に、沖永良部の島をつくっていく。
 (この「小さな体」で走り回って国づくりをしてゆく神様が、「海からやってくる」少彦名神を連想させ、おもしろい。)
 大海に、島とその礎がつくられていくあたりの描写は、物語の舞台の沖永良部だけでなく、沖永良部が属する奄美諸島、沖縄諸島、八重山、そして大和、さらには大唐にまでおよび、実に気宇壮大。
 最後に、沖永良部の人々に農耕をもたらそうとして、ニラ大王にお願いするが、ニラ大王には、祭りの間待てば、作物を自由に持って行ってよいと言われる。
 島クブタ国クブタが言いつけを守って待っていると、ネズミが作物を盗み、怒った大王に、島クブタ国クブタは地の国に叩き落とされてしまう。(まちがわれたか?)
 憐れに思った太陽神は鶴を使いに出して島クブタ国クブタを探させる。
 鶴は世界中を探しまわり、島クブタ国クブタが、地の国の底で、真っ黒になって打たれ死んでいるのを見つける。
 鶴が生命の水をかけてその体をムチ打つと、島クブタ国クブタは大復活。
 沖永良部の人たちに、見事農耕をもたらしたのだった。


 内容的には、第一部の紙芝居で語られた沖縄建国の神話によく似た物語だが、
 シンプルながら、いやシンプルだからこそ、それ自体途方もない力を持った旋律と言葉が、シーサーズの持田さん、平沢さんの美しくも力強い声で、果てしもなくくりかえされ、
 もちろんそれは、もともとは無伴奏で歌われるものだけれど、ここでは、三線のほか、その歌のじゃまにならない程度のパーカッションやヴァイオリンが加わり、いつしか音楽は、物語のクライマックスに向かって、まるでラヴェルのボレロのようにもりあがっていく。
 圧巻の演奏。

 シーサーズは、かなり昔に何度かライブを聴いたことがあったが、歌がものすごくうまくなっていたので驚いた。

 持田さん自筆の、物語の理解を助けるための、必要最低限に抽象化された、(いわゆるヘタウマの?)かわいいイラストのスライドもすばらしい。


 一切のムダを切り詰めた言葉と歌と、そして絵によって、時間のはざまに忘れ去られ、失われてしまう運命にあった、沖永良部の力強い国づくり島づくりの物語が、生き生きと現実のものとして蘇り、ストレートに心に伝わってきた。

 高田カネさんを始めとするユタは、御願(うがん)の後で必ずこの創世の呪詞をとなえ、創世時の清新な風を地上に再び呼び起こすことによって、御願をより強力にしようとしたという。
 わたしも今回、その風の片鱗を感じることができたような気さえする。


 いずれにしても、これによってまた、貴重な古い音楽、しかもとびきり力を持ったすばらしい音楽が、再び新しい命を得たわけだ。
 願わくば、これがさらに未来に向って、長く引き継がれていってほしいものだ。


▽ 実際の呪詞の冒頭(パンフより)

  イラストは、実際にスライドにも登場して大活躍した、
  持田さん自筆イメージの島クブタ国クブタ。かわいくてしかたない。

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 紙芝居上演前には、沖永良部島を紹介する短い映像が映され、人生経験豊かな地謡(じゅーて、歌・三線(沖永良部では「サンシル」と呼ぶ)を演奏する人)たちが次々に登場、楽しそうに思い出などを語った。
 みんな、口をそろえて、音楽や楽器には霊が宿っている、ということを言っていたのが印象的。

 昔は、唄遊びの後、きちんと楽器をしずめないと、タンスの中でずっと鳴っていたもんだ、なんていうすごい話も。


 紙芝居上演後には、沖永良部のおなじみの名曲を2曲、演奏してくれた。子守唄とさいさい節。
 さいさい節の「さい」は「酒」。
 ♪さいさいさ~い、さい持ち来う、飲でぃ遊ば♪→酒、酒、酒、酒を持ってきてよ。飲んで遊ぼう。・・・・というたいへんすばらしい歌。
 この曲、大昔に行ったシーサーズのライブで初めて知った。
 この日は正統派の大人の美声を聞かせてくれた持田さん、当時はぴょんぴょん跳びながらアップテンポでポップに歌い踊っていた。どっちのさいさい節も好きだ。



 早稲田大学スナップ。


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▽ なぜかねずみの手(下)がご案内。

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