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zoom RSS シベリウスの憧れ〜東京理科大学管弦楽団 2014年春季定期演奏会

<<   作成日時 : 2014/05/27 10:30   >>

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 およそシベリウスらしくない?陽光あふれるあたたかな田園風景のポスター。
 これにはちゃんとしたわけがあるのだ。


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 ↑現地で看板等を撮影できなかったため、公式HPより借用



 5月25日(日)


 東京理科大学管弦楽団 2014年春季定期演奏会

 シベリウス 交響曲第2番
 ワーグナー ジークフリート牧歌
 ベートーヴェン 「プロメテウスの創造物」序曲


  川合 良一指揮、東京理科大学管弦楽団

  @ 大田区民ホール・アプリコ


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 蒲田は遠いので、途中からの鑑賞になってしまった。

 2曲目、ジークフリート牧歌が終わるころに到着。
 モニター放送の音とホールから漏れてくる音が混じりあって、廊下に流れている。
 その響きが、ものすごくやさしく、ふんわりとしていて、心がこもっている。
 この曲はちょっと苦手な曲なのだが、ちゃんと始めから聴くべきだった、と後悔する。


 すぐに休憩時間。
 いつもの定期だと、どのホールでもほぼ満員になるので、席に座れるかどうか心配だったが、前の方の席がほとんど空いていたので、ちょっと拍子抜け。指揮台が少し斜めからよく見える最高の席に座る。
 今回は、10日ほど前にやっと無料招待状が届いたのだが、もし他の方も同じだったら、空席が目立ったのはそのせいかも。



 そして、始まった、シベリウスの交響曲第2番


 何よりも痛感したのは、(毎度のことで恐縮だが)何ていい曲なんだろう、ということ。
 ありきたりな感想だけど、コンサートでは一番大切なこと。

 この曲、「人気の割には傑作とは言い難い」、と、いつもいつも言われ続けてきた。シベリウス作品の最大の魅力でもある後期作品特有の寂寥感が不足する、などなど、「シベリウス・ファン」は口をそろえて言うし、かくいうわたしも多分言ったことがあるにちがいないのだが、シベリウスがこの曲を書いたのは30代。よくよく考えてみれば、その若さで寂寥感を漂わせてどうするのか。
 寂寥感が無い代わりに、ここには、あふれんばかりの憧れがある。遥か遠い、まぶしく輝く世界への夢がある。
 そのことを、この若いオケの、やはり憧れと夢に満ちあふれた演奏が、教えてくれた。
 一般的な北欧音楽の概念を超えた、この曲が本来持っているそんな明るい魅力を何とか表現すること、それこそがこの日の演奏の最大の目標であり、その決意の表れとしての冒頭のポスターだったのだろう。(と勝手に思い込んでいる)
 第3楽章が始まってすぐ、テンポがゆっくりとなる部分(トリオでいいのかな?)で、全曲の冒頭の「いなか(イタリア)に着いた時の愉快な感情の目覚め」を、こんなにも鮮やかに再現した演奏を、わたしはこれまで聴いたことがない。

 それに、これは以前にも書いたことだが、わたしがシベリウスで最も好きなところは、実は寂寥感でも何でもなくって、ある種の浮遊感、いや、もっとダイナミックな、飛行感なのだ。
 
 古いギャビン・ライヤルのハードボイルドな飛行機小説などで、よく体験する感覚。
 極限状況の中、高速飛行する飛行機。決して超えてはならない一線を超えてしまい、行ってはならない世界にふうっと突入する。人間が見てはならない世界、しかしこの世のものとも思えぬほど美しい世界が目の前に広がる。その瞬間の、なんとも言えない感覚。
 緊張感の頂点にあるカタルシス、というか。
 シベリウスの後期作品は、正にそんな瞬間、感覚の宝庫で、それこそが、わたしがシベリウスでもっともたまらないところなのだが、それを、今回の2番においても、ビシビシと感じることができた。
 これもまた、作曲者、そして演奏者の、憧れの強さゆえのことなのにちがいない。

 
 実は、この5月に、かのヤルヴィおじいさん(父ネーメの方)がN響に客演し、シベリウスを振った。
 しかし、大馬鹿なわたしは、曲目が2番だったので、何だ、後期作品じゃないのか、とちょっと落胆し、さんざん迷った末に結局チケットをとらなかった。
 せっかくわざわざ来てくれたというのに。
 こんなことなら、2番だろうと後期作品だろうと、同じように、何を置いても行くべきだった。
 後悔先に立たず。
 でも、そのかわりに、理科大オケのこんなにもすてきな2番の演奏を聴くことができた。
 
 もし、ヤルヴィさんの2番を聴きにいったとしても、わたしは多分、その演奏のすばらしさに感動しながら、これがもし後期作品だったら、などと、またバカなことを思っていたような気がする。
 たとえ「最高傑作」などでなくっても、どの曲もシベリウスはシベリウス、それぞれの時期ならでは、それぞれの曲ならではの、かけがえのない魅力があるのだ。
 若さにはちきれんばかりの理科大オケの演奏は、そんなあたりまえだが重要なことを、またわたしに教えてくれた。 


 それにしても、何度観ても凄い、いや、観るたびに加速度的に凄みを増しているのが、川合さんの指揮。
 上記のような演奏、兆戦が、川合さんという存在があってのことであることは言うまでもない。
 永遠の青年指揮者、川合さんの音楽は、とにかくフレッシュで若々しいのだが、それはそれでそのまましっかりと維持しながらも、一方では、思わずおおっとのけぞるような、ある意味巨匠風とも言える表現が随所で奔出する、という、もはや信じられないような状況になってしまっている。
 特にここぞというところでは必ず、聴いているわたしたちの期待をはるかに上回る次元で、驚くべき表現が炸裂する。しかも、すべてがまったく自然なのだ。
 ああ、このわくわくするような、懐かしい感じ!
 
 しかも、実際にその音楽を奏でているのは、毎年毎年メンバーが移り変わってゆく、アマチュアの学生たち。
 アマチュアだからこそ、思う存分やりたいことができる、と言う面もあるのかもしれない。
 しかし、楽団員全員に、最高の気分、最高の形で、思う存分力の限りの演奏をさせてしまう度量、覚悟。何という心のやさしさ、大きさ、。
 どこの世界に、アマチュアの学生オケからこれだけの演奏を引き出せる指揮者がいるだろう。


 そして、それに100%以上応える学生諸君もたいしたもの。

 いつもながら、このオケ、ほんとうにすごい!
 特に、メインの曲の後半くらいからアンコールにかけて。
 このくらいになってくると、とても学生オケとは思えないほど見事な、堂々たる演奏がくりひろげられる。
 始めっからこうだったらどんなにすごいか、とも思わなくもないけれど、大勢の聴衆を前にしての演奏は、年に数回だけなのだから、それは無茶な話。
 毎回毎回、曲の冒頭では、楽団員たちはみんな、緊張のあまりひょろひょろんとした響きをさせていて、思わずだいじょうぶかいな、と心配になってしまうのだが、川合さん渾身の指揮が熱を帯びてくるのに比例し、すぐに全員が生き生きとしてきて、ものすごく良い表情になってまぶしく輝き出し、バリバリと魂のこもった音を響かせ始める。
 むしろ、そのような迫真のドラマを目の前で体験することができるのも、このオケならではの醍醐味。
 そして、曲のクライマックス、さらにアンコールでは、それが大きなうねりになり、そこに観客の心も一つに溶け合って、いつもとんでもないことになるのだ。

 シベリウスの2番などは、先ほどはああは言ったものの、特にフィナーレなんかは、作曲者の若さが迸るあまりちょっとしつこいようなところもあって、CDを聴くだけだといつも、おいおい、と突っ込みたくなってしまったりするんだけど、そういうようなところも、いや、そういうようなところこそ、オケが一丸となって、渾身の力でバリバリと弾きまくり、吹きまくっているのを実際に観ると実に感動的で、若さあふれる音楽の、若さあふれる演奏、ほんとうにいいな、と心の底から思った。
 これは、生で観て初めて伝わってくる部分。


 そんなわけで、

 ある意味毎回一番楽しみにしているのは、アンコールなのだが、

 今回も、ズバリ、予想が当たりました。

 アンダンテ・フェスティーヴォ

 これ、前にもやったかな。

 もちろん、今年も、圧巻の演奏が、ホールいっぱいに響きわたりました。
 ここはストリングスが主役だけど、ほんとうにどこまでも澄み切って美しく、それでいて情感がこもっていた。
 もはや余計なことを考える余地はまったく無く、ただただ無条件に、シベリウス、そして川合さん&理科大の音楽に酔いしれました。


 最後に個々の楽器について、印象に残ったことだけ。

 ストリングスは、今書いた通り。後半になればなるほどよかった。

 その他、いつものことながら、全体的に、木管が冴えわたっていた。
 2番フィナーレの、どこまでも続く嵐のような中で、風がひゅるひゅると駆け巡るような孤独なモノローグ、はっきりと心に届きました。
 金管も、最後の最後になっての堂々たる咆哮、惚れ惚れとした。

 それから、いつも最後は、ティンパニのことになってしまうんだけど、今回もすさまじかった!

 メイン、シベリウスのティンパニ奏者は、理科大伝統?の女子奏者ではなかったので、始めちょっとがっかりしてしまったのだが、ほんとうに失礼いたしました。
 これまでで、トップクラスと言っていいほど、あらゆる点でよかった。実際には音を出さない川合さんの分身?となって?全体を鼓舞していた。
 前記した2番のクライマックス、楽団員全員が力の限りの熱演を繰り広げる感動的な光景など、力強いリズムが全く揺らぐこと無く常に背後に存在していたからこそ可能だったように思う。
 アンダンテ・フェスティーヴォの締めくくりも、弱すぎず、強すぎず、透明なストリングの響きにうまく溶け込むような、これ以上ないくらい絶妙な音だった。



 以上、今回も、心から楽しませてもらいました。


 楽団員のみなさん、ほんとうにありがとう。



 追記:

 
 秋は、いよいよ、シューベルトの第9(8?)。待ってました!これは今から楽しみ。


 の演奏会、今年も、THE ICEと時期がかぶっていて、いけそうにない。

 がくっ。



 木のぬくもりが印象的なすばらしいホール。

 今は亡き登川誠仁さんがお元気なころに、コンサートを聴きに行って以来。

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