駆けめぐる春の閃光!ついにカンブルランのブッルクナー(7番)を聴いた!~読売交響楽団第547回定期

 文字通り、光彩を放つ春の疾風、あるいは、光陰矢の如し?



 4月10日(金)


 読売交響楽団第547回定期演奏会

 ブルックナー 交響楽団第7番

 リーム 厳粛な歌(歌曲付きバージョン) <日本初演>


  シルヴァン・カンブルラン指揮、読売交響楽団

  バリトン、小森 輝彦

  @ サントリーホール


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 カンブルランを聴くのは、これで3回目。


 今や読響の常任指揮者としてすっかりおなじみ、日本でも絶大な人気を誇るカンブルラン。
 5年前にGlorレーベルのSWROとのブルックナー選集を聴いて以来(記事、こちら)、この指揮者にはすっかリ魅せられ、この人のブルックナーを生演奏で聴くことをずっと夢見続けてきたが、ついにその念願がかなったことになる。


 はじめは、昔のミュンシュに代表されるようなドイツ寄りフランス人指揮者なのかな?という印象だったカンブルラン、これまで生で、ハルサイ、トゥーランガリラ、さらには同時にプログラムに組まれていた前衛作品などを聴いてきて、実は、現代音楽、しかもかなり前衛的な作品を極めて自然に、何よりも情熱たっぷりに演奏する、その道の「スペシャリスト」であることがわかってきた。
 そして、満を持して出かけて行った今回の演奏会、正にその一点において、この人はブルックナーの音楽にピッタリなのだ、ということを、思い知らされる結果になった。

 ブルックナーのほとばしる革新性、革新なのだがどこまでも自然で美しい近代性、前衛性みたいなものが、あふれる情熱と共感を持って見事に表現された名演奏、と言うべきか。



 そんなカンブルランだから、まず、1曲目の、リーム「厳粛な歌」がすばらしかった。

 ヴァイオリンを欠くストリングスが舞台上手、木管群が下手に陣取って対峙し、その背後、正面に金管とティンパニ、という特異な楽器構成&配置。(よく見ると、管楽器もフルート、オーボエ、トランペット等高音で華やかな楽器は省かれている)

 そこから響いてくる音楽は極めて叙情的、
 プログラムの解説を読むと、リームの作風を叙情性を排除したものと書いてあったが、これ以上ないくらい、もういやというほど叙情的。
 R.シュトラウスの晩年の作品やウェーベルンなどで感じる現代音楽特有の、音と音の間の沈黙の叙情、行間の叙情、みたいなものが、ひしひし、びしびしと伝わってくる。

 このようなところはカンブルランの独壇場、いや、この抒情性自体が、カンブルランだからこそにじみ出てくるものなのだろうか。
 
 後半の日本初演だという歌曲部分(小森輝彦さんの歌)になると、その「抒情」は否が応にも増大。

 この作品自体、ブラームスの後期作品、特にピアノ曲や声楽曲へのオマージュだということだが、さもあらん、と思った。



 そして、メインのブルックナー。

 ずっと待ち続けてきた甲斐があった。
 これまで生で聴いたブルックナー7番の中で、最も心に残る、特別な演奏の一つとなった。


 まず、この演奏そのものを決定づけるような、特徴的な演奏時間をメモしておきたい。

 始まったのが、15分休憩が終わった午後7時48分ごろ。
 第1楽章が終わったのが、8時06分ごろ、
 第2楽章が終わったのが、8時24分ごろ、
 第3楽章が終わったのが、8時35分ごろ、
 そして、全曲が終わったのが、8時45分ごろ、
 (すべてわたしの腕時計で)

 楽章間のインターバルはけっこうしっかりととっていたので、
 実質演奏時間は、まさかの55分切りだったのではないか。

 これまで聴いてきた演奏会では、7番と言えばどれも皆(曲が曲だけに)、主題を朗々と、ゆったりと歌わせるものがほとんどだった。しかも、割と全曲を通じて。
 スケルツォはともかく、比較的演奏時間が短いフィナーレまで、全曲のしめくくりとして雄大な雰囲気を出そうと、じっくりとしたペースで通すものが多かったように思う。
 結果、7番については、どうしても多少間延びした一面のある音楽、という印象がぬぐえなかった。
 まあ、それはそれで気持ちがよく、わたしはけっこうOK、むしろ大歓迎ではあったのだが。


 これに対して、今回のカンブルランの演奏、上記演奏時間からも明らかなように、とにかくサクサク進む。空をわたる疾風のように進む。
 これまで聴いてきた7番の、滔々といつ果てるともなく続くイメージではなく、とんでもなく良くできた古典派作品、あるいはロマン派を一息に飛び越して近現代の作品みたいにひきしまったブルックナー。

 冒頭のとにかく長い3つの主題の提示部も、心を込めて歌いこむ、というよりは、ここではあくまでもさらりとした文字通りの「提示」。
 しかしながら、独特な和音やリズム、対位フレーズの妙はきちっと表現されているので、ブルックナーの音楽が本来内包しているめくるめく色彩が、提示部からすでにきらめき始めているのを聴き逃してはならない。
 このことこそが、この演奏全体にわたる一番のキモ。
 例えば続く第1楽章展開部のような、主題が次々と色彩を変化させながらキラキラと明滅するような部分は、さりげないどころかものすごく丁寧に、ありったけの気持ちを込めて表現され(ただしこの丁寧さは演奏時間と比例するものではない)、美しいことこの上なく、その音に全身を包まれて陶然となってしまう。

 その光のきらめきが、やがては大きな渦となってふくれあがり、ホール全体を満たすクライマックス、例えば第1楽章のコーダや第2楽章の有名な最強奏の部分の美しさ、迫力は圧倒的。

 第2楽章のクライマックスは、鳴物付バージョン。どちらかというとシンバル等が省かれるバージョンが主流になっている昨今だが、始めからシンバルとトライアングルが用意されていたのがわかっていたので、久しぶりだな、と思って胸がわくわくしていた。
 クライマックスへ向かう最後のテーマ再現になってもテンポは速いまま、いや、ますます速くなっていき、執拗に繰り返されるアレルヤの上昇音型は、速さのあまり音の連なりというよりも、まるで次々とわきあがる炎のように感じられる。その炎は美しくテーマを彩りながら、どんどん強く燃え上がって、やがてはテーマ全体を包み込んで燃え盛る。
 そして最高潮に白熱したところで、シンバル&トライアングル&ティンパニが炸裂!
 実に効果的だった。

 全曲をしめくくる第4楽章のコーダもすごかった。
 原色の無限の色彩がホールいっぱいに渦巻くような壮麗さ!
 しかしその一方で、聴いているわたしの心はというと、透明に澄み切った、清々しくも瑞々しい何とも言えない清冽な情感であふれんばかり。
 至福の時間。

 しかも、これらのクライマックスは必ず、生き生きと躍動する音の塊が有機的に積み重ねられていった、これ以上ないほどの瞬間に、絶妙のタイミングでやってくる。
 音楽はまるで生きているようだが、その背後には考えつくされた緻密な計算があるのだと思う。


 もちろん、全曲にわたって、心が揺るがされるような「叙情性」も十分。
 これも、決して表面的なものではなく、前半のリームでも聴いた種類の、心の最奥の琴線に直接触れてくるような種類のものだ。

 わたしがこれまで生で聴いたブルックナーの7番で、最も心に残っているのは、ウィーンフィルの来日ツアーで、クライバーのかわりにやってきたシノーポリが指揮した演奏だ。
 もちろん当時のウィーンフィルの「音色」ということもあるとは思うが、今から思えば、この時にシノーポリがブルックナーの音楽からこの「叙情性」を最大限に引き出してくれたことが大きかったのかもしれない。

 今回、感じたカンブルランの「叙情」は、ものすごく懐かしい香りのするものでもあったのだ。


 今回も、指揮者のやや斜め前、指揮する姿が目の前に見える席をとった。

 やたら楽しそうな、カンブルランの指揮姿や表情が心に焼き付いた。
 まるで、ベートーベンの7番や、それこそハルサイみたいな、元気いっぱいの曲を指揮する時のように、リズミカルにダンスを踊るように指揮をする。
 こんなに楽しそうにブルックナーを指揮する人は初めて見た。
 もしかすると、ヘンゲルブロックも、こんな感じにブルックナーを指揮するかも。

 カンブルラン、きっとブルックナーが大好きなのだ。
 そして、その音楽のすべてが、心に、体に染みついているんだろう。
 きらめく和声を、リズムを、対位を、そして愛すべきすべてのフレーズを、表現するのがとにかくうれしいのだ。

 そして、そんな演奏なのだから、それを観て、聴いているこちらも、とにかく楽しくてたまらない。



 以上、かんたんに言ってしまえば、じっくりと遅ければ心がこもっている、速ければ心がこもっていない、というのは、ほんの部分的な、しかも外面的な点だけに着目した感想にすぎない、というお話。
 超快速だが、そこに注ぎ込まれた内容とブルックナーへの愛情はあふれんばかりだった。



 5年前のCDでの感想、決してまちがってはいなかった。

 カンブルランのブルックナー、必聴!何をおいても聴くべきだと思う。

 こうなったら、何が何でも4番、5番、6番、8番など、聴いてみたい。
 ほんとは3番初稿が最も聴きたいところだが、なかなか難しいかな・・・・。

 

 

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 前回サントリーホールを訪れた時の記事に、「サントリーホールに到着するまでに通りかかった、おいしそうなものがたくさん並んでいる通り」として写真をのせたところに立ち寄った。 (前回は通り過ぎただけだったのだ)、

 
 左、サントリーホールに向かう途中、アークヒルズサウスタワーB1Fのアークキッチンの the 3rd Burgerで腹ごしらえ。
 その他、おみやげに、福島屋で全国の和菓子屋やチョコを買いまくる。

 右、帰りに、永田町の Echika fitの日の陣で、夕食。ここは、ちょっとグレードの高っぽいフードコート。昔は駅にはよく立ち食い風フードコートがあったが、最近は、あちこちこういう感じのお店が増えている。 

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