ピエルロさんをより身近に感じた2日間、ラ・フォル・ジュルネの記録~GWアルバム1

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 聴いたもの



 今年聴いた有料コンサート



 5月2日(日)


 公演番号 143

 祈りのバロック~バッハによる哀悼のカンタータ

 J.S.バッハ カンタータ「汝らは泣き叫び」 BWV103
 J.S.バッハ カンタータ「候妃よ、さらに一条の光を」(哀悼頌歌) BWV198


  マリア・ケオハネ (ソプラノ)
  カルロス・メナ (アルト)
  ハンス・イェルク・マンメル (テノール)
  マティアス・フィーヴェク (バス)

  フィリップ・ピエルロ指揮、リチェルカール・コンソート



 5月4日(月)


 公演番号 342

 祈りのバロック~バッハによる喜びのマニフィカト

 J.S.バッハ カンタータ「汝何を悲しみうなだるるか」 BWV107 
 J.S.バッハ マニフィカト ニ長調 BWV243


  マリア・ケオハネ (ソプラノ)
  アンナ・ツァンダー (メゾ・ソプラノ)
  カルロス・メナ (アルト)
  ハンス・イェルク・マンメル (テノール)
  マティアス・フィーヴェク (バス)

  フィリップ・ピエルロ指揮、リチェルカール・コンソート



 どちらの公演も、バッハの全作品の中でも最高峰と言っていい名品中の名品、しかも「ほど良い長さ」のキャッチーな真の名曲をメインに置いて、それに、ほとんど知られてはいないが珠玉の輝きを放つ滋味深いカンタータを加えた、正にラ・フォル・ジュルネならではのプログラム。

 今年のラ・フォル・ジュルネ、テーマの「パシオン」の中に宗教上の「パシオン」も含まれていたこともあって、これまででも特にバッハの宗教曲のプログラムが目立ち、「まさかのカンタータまつり」の様相を呈していたが、このプログラムはその中でも燦然と輝くような魅力的なものだったような気がする。
 こんなのを、ずっと待っていた!



 カンタータ、どちらもすばらしかった。


 BWV103、宿願のコラール・カンタータ年巻をついに完成させたバッハが、いよいよ爛熟の後期に向けて新しい歩みを始めた、ツィーグラー・シリーズの冒頭を飾る曲。
 リコーダー等が活躍する凛とした佇まいの前半から、トランペットがはじける後半へのドラマティックな展開が魅力。
 わたしは舞台のすぐ目の前の席だったにもかかわらず、大ホールの残響でリコーダーならではの冴え冴えとした響きがぼやけてしまっていたのが残念だったが、
 トランペットは、ひなびた響きの中に力強い光が宿り、OVPPの合唱、ソロの歌はもちろん、その他のアンサンブルも、生き生きと見事に音楽の核心をとらえたもので、この曲の魅力を存分に味わうことができた。

 
 BWV107、これは正真正銘2年目、コラール・カンタータ年巻の年の作品なのだが、なぜか唯一、後年の全詩節テキストカンタータの手法を使った珍しい作品。(詳細は、こちら
 それゆえに、レチタティーヴォ楽章が1つだけ、後は(前後のコラール合唱曲以外は)短めのアリアが何曲も並ぶ、という、ある意味聴きやすい特殊な構成で(しかも、それぞれが特徴的で魅力いっぱい)、そのあたりが今回選曲された理由かも。

 この曲、とにかく、それぞれのアリアの魅力が最大限生かされ、楽しかった。
 第2曲、バス・アリアの、折しも当日会場を押し包んでいた新緑を思わせるような、若々しいストリングスの炸裂などを聴くと、当初予定されていたBWV66だったらさらにすばらしかったろうという邪念がちらっと脳裏をかすめてしまったけれど、まあ、それだけ演奏がすてきだったということ。
 このBWV107も、さすがはコラール・カンタータの時期のバッハの名作、最後の安らかなシチリアーノまで、バッハの用意したアリアの花園で至福の時間を過ごすことができた。


 一方、2大名曲は、どちらも、ほとんど同メンバーによるそれぞれのベストアルバムと言っていいようなとんでもない名盤が存在しており、このブログでも熱くご紹介してきたが、その聴きなれたCDの演奏が、現実に、しかも生命力が何倍にも増大されて目の前で鳴り響いた、歴史的とも言えるたいへんな名演奏だったと思う。


 特に、マニフィカト
 ライプツィヒに来て初めてのクリスマスに作曲された、クリスマス用の挿入曲が散りばめられている変ホ長調の初稿(BWV243a)もわたしは大好きなのだが、後年1730年代になってマリアのエリサベト訪問の祝日のために「再創造」された今回のニ長調版(BWV243)は、ミサ曲ロ短調と並ぶような、バッハの超絶的な作曲技法のすべてが投入された、錚々たる「バッハのマリアがらみの音楽」の頂点をなす作品だと思う。
 この曲は、もともと音楽自体が、正にあのミサ曲ロ短調と同じく、まったく不必要なところが無い、極限まで研ぎ澄まされた美しさを誇っているのだ。
 そして、この時にホールを満たした演奏も、バッハの心から生み出された原曲そのまま、
 いらない瞬間、美しくない瞬間、幸福でない瞬間が一瞬たりともないような、始めから終わりまで凛とした尊い精神、しかも何よりもやさしい精神に見事に貫かれた、極上のかけがえのない演奏だった。
 ラ・フォル・ジュルネにしては珍しく、客席に明かりが灯され、すみやかな退席を促がすアナウンスが流れてもなお、決して鳴りやまなかった熱狂的な拍手が、その何よりの証し。


 もちろん、BWV198も、最高の演奏だった。
 OVPPによる、緻密だがふっくらとした雄大さをも併せ持つ奇跡のような合唱、
 ケオハネさんとVnの親密な語らいが心にしみわたるようなソプラノ・アリア、
 ガンバとリュート(デカかったからテオルボか?)の夢幻の響きにのせて、メナさんがファンタジー豊かに歌い上げる天上の世界、アルトアリア、
 そして、全曲の白眉、マンメルさんとオーケストラの響きが、気高く、しかしやさしく、王妃の住むであろう天の水晶宮を描写するテノールアリア!
 すべてが絶品だった。
 特にアルトアリアのこの世のものならぬ響きには陶然となった。
 正に「美しすぎる」という言葉がぴったりだったが、これは宗教曲ではなく、王妃その人をたたえる音楽なので、美しければ美しいに越したことはないのだ。


 しかし、それだけに、たまらなく残念なことが。
 会場に入場する際、いただいた歌詞カードをちらっと観たら、BWV198の歌詞が第7曲、つまり第1部までしかのっていなかった。
 係の方に、続きは無いのか聞いたら、確認もせずに「こういう曲なのでは」との答え。
 再度、「2枚目があるはずなんだけど」と言ったら、「無いです」ときっぱり。
 しかたなく、そのまま客席につき、演奏会を聴き始めたが、BWV198が進むにつれ、心の中には不安が。
 この歌詞カードを観ながら聴いている方は、第1部で全曲が終わったかと思って拍手をしてしまうのではないか??
 そうしたら、案の定、第1部が終わったとたん、大きな拍手。確かに第1部だけでもすばらしい演奏だったが、これからが、真のクライマックス、バッハが書いた最も美しいアリア(の一つ)、「永遠のサファイア宮」だというのに。
 緊張感を貫き通していたピエルロさん&演奏者の皆さん、かなり驚いた表情。
 ピエルロさんなどは思わず客席を振り返ったほど。
 すぐに気を取り直し、演奏再開。
 マンメルさんはかなり歌いづらそうで気の毒だったが、「永遠のサファイア宮」のように飛び抜けた完成度の曲の場合、演奏上の些細な問題などほとんどどうでもいいこと。心からの思いはしっかりと伝わり、上記のとおりの感動的な演奏となったが、それだけに、このようにしょうもない人為的なミスによる「キズ」は残念。
 しかも、拍手の量からすると、BWV198自体それほど知られていないみたいで、聴衆の多くは、「永遠のサファイア宮」のあの感動的な歌詞や内容をわからずに聴いたことになる。
 演奏が終わって会場を出る時、なんと出口で、改訂版です~、と言って全曲の歌詞カードを配っていた。
 なんでいまさら!
 BWV198、バッハを代表する大名曲だが、バッハと言えば=受難曲、という日本においては、まだまだ知名度は低い。そのようなBWV198が、今回のような極めて高い次元の歌&水準で演奏されることは、日本では滅多に無いかけがえの無い機会。
 ラ・フォル・ジュルネ全体にとっては、数えきれない演奏会の一つにすぎないかもしれないが、聴きに来ている客にとっては大切な演奏会だし、何よりも演奏者に対して失礼にあたる。(特にピエルロさんは毎年皆勤賞でやってきて、ラ・フォル・ジュルネを盛り上げてくれているのだ)
 スタッフには万全の注意を持ってのぞんでもらいたい。



 最後にピエルロさんの指揮ぶりについて。

 あいかわらず音楽に対する愛、バッハに対する愛がストレートに感じられる。
 あふれる愛がひしひしと伝わってきて、観ているだけであたたかい気持ちになる。
 とにかく楽しそう。
 カンタータは、音楽のフォーマット的にも、クラシック、というより、ロックやジャズ等のポピュラー・バンドに近いので、そういう意味でも、指揮者と言うより、バンマスと言った方がしっくりくる。

 合唱やアンサンブルのある時は、やたら熱く体を動かしているが、アリアの時などは、まったく(ほんとうにまったく)何もしない。立っているだけ。演奏者に丸投げ。わたしたち聴衆と一緒に幸せそうに聴いている。まあ、もちろん何かしているのかもしれないけれど。
 
 そう言えば、今年は(わたしが聴いたバッハ・プロでは)ガンバを一度も弾かなかった。
 バンドにうまいガンバ奏者が揃っているので(日本人だったみたい?)、「指揮」に徹しているのだろう。
 (サイン会には、大事そうにガンバを抱えて現れたので、どこかで弾いたのだろうか)



 地上広場キオスク


 Adventurous Hornists Organization

 ベト7のアレグレットなど

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 ハチャトリアン楽団(ニューオリンズ・ジャズ・バンド)

 リパブリック讃歌(ごんべさんの赤ちゃんでおなじみ)ほか

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 エールスト木管合奏団

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 上野学園大学サクソフォン五重奏

 曲は何だか聴きとれなかったが、ピアノを含む、流れるように美しいアンサンブルを聴かせていた。

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 展示ホールキオスク


 SPARK

 またまた、ナイマン系バンド。

 トトロからナイマンになだれこむラストがちょっとすごかったが、これまでLFJで聴いてきたこのテのバンドからすると、若い分、ちょっとアピール度、盛り上がり度が不足していた?
 今後に期待したい。


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 すごく聴き応えがあったのが、これ。

 クラシックソムリエ・シンフォニック/オペラコンサート 「恋のパシオン」

 愛のあいさつ、エニグマ、幻想交響曲、カルメン。

 カルメンでは、衣裳を来た歌手や旗を持った群衆に扮した合唱までが登場するという本格的なもの。
 1時間にもおよぶ大充実のステージ。 

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 こちらは、展示ホールで、音楽に合せてパフォーマンスをなさっていた方。

 ふだんは、額縁を持って歩いていて、写真を撮らせてくれる。

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 サイン会


 展示ホールで夕食をとっている時に、鈴木さんがサインを開始なさった。

 ピエルロさんのコンサートの開場時間だったので、横目で見ながらホールへ。
 せっかくなので、サインもらっておけばよかったか。

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 コンサート後、ピエルロさんにサインをもらう。

 時間も遅くそれほど人も並んでいなかったので、けっこうカタコト英語で話をすることができた。

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 唯一見慣れないジャケットがあったので購入したのだが、どうやら「音楽の捧げもの」だったみたい。
 今度感想、書きましょう。

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 おなじみ、OTTAVAの本田さん

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 丸の内エリアコンサート


 丸ビルマルキューブ

 東京藝大ピアノ科 角野裕クラス~ピアノ連弾で弾く交響曲

 メンデルスゾーン スコットランド

 背後の一面の緑とさわやかで上品なメンデルスゾーンのメロディが見事なコラボを見せていた。
 これだから、LFJはやめられない。

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 一番、聴いてよかったのが、これ。

 新丸ビル3階アトリウム

 Passions ソロ・デュオの祈り・ヴァイオリンとピアノの世界、または、ピアノとバイオリンによる風・願い・祈り・情熱のソロ・デュオ・パシオン
 (パンフとちらしのタイトル、ちがってたけどどちらもすごいので、両方書いてみました)

 メンデルスゾーン  無言歌、
 ショパン  乙女の願い、バラード4番、
 ヴィタリー  シャコンヌ、
 モンティ  チャルダーシュ

  樋口あゆ子(P)、松田理奈(Vn)

 正に新緑の季節にぴったり、さわやかなメンデルスゾーンの無言歌集(5月の風)のデュオに始まり、ピアノ、ヴァイオリンそれぞれの、力の入った本格的なプログラムを堪能することができた。
 特に松田さんは、かつて「16才のイザイ弾き」というソロ・リサイタルを行って以来のイザイの無伴奏のスペシャリストということで、圧巻のシャコンヌを聴かせてくれた。

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 終演後、アトリウムのソファでくつろいでいたら、次の公演のアーティストの方々(竹中勇人(Vn)、高橋梓(Va)、白佐武史(Vc)、伊賀あゆみ(P))が練習を始め、
 そのままブラームスのピアノ・カルテットの、ほとんど本番と同じ練習の演奏を聴くことができた。

 常設のアンサンブルでなくても、こんな緻密な演奏ができるのか、と驚く。
 
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 食べたもの


 ネオ屋台村スーパークラシック


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 カフェ・ド・LFJ


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 何だか妙に若いバッハと肩を組んでるのは、なぜか宮本武蔵

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