天下の観光地・松島 海をゆく~THE ICE&杜の都観光・旅のしおり(行程)松島編その1

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 夏恒例、THE ICEの旅、続き。いよいよ最終日の記録。



 3日目 2015年8月3日(月)



 せっかく東北に来たので、THE ICE仙台公演(千秋楽)の翌日は平日でしたが、ちょっと早い夏休みをとって、観光。

 この日は、伊達政宗自身による遺構が仙台市以上によく残っている、天下の観光地、松島を訪ねた。
 
 松島、何年ぶりだろう。



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 松島海岸駅

 切り立った崖を利用した特徴的な駅舎。
 線路が走る崖の上にホームがあり、崖の内部を通って外とつながっている。
 従って、独立した建物としての駅舎ではないが、伝統ある名駅舎特有の装飾・色彩が趣を感じさせる。

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 駅にある出張所で観光船のチケットを購入。(時間指定は無く、その日のうちのどの船でもOK)

 まずは、観光船に乗ることにする。



 海沿いの遊歩道を発着所へ。

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 崖にはたくさんの横穴(鎌倉で言うところのやぐら)が。
 この後、瑞巌寺等で、横穴文化のすごさに驚くことになる。
 横手の「かまくら」とともに、御家人団による鎌倉文化と東北文化の結びつきを表す証拠かも。

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 発着場がある松島観光桟橋が見えてきた。

 左の木に囲まれた大屋根は、広い待合室。その向こうに五大堂の屋根も見える。

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 すぐ目の前に五大堂をのぞむ発着場。

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 松島島巡り観光船

 日本三景 松島湾一周コース(仁王丸)


 船が来た!

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 せっかくなので、2階のグリーン席へ。

 出航!

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 はじめに見えてくる双子島。

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 カモメとゆく。

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 のどかな海。

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 さまざまな名前がついた個性的な島々の間を巡る。

 千貫島

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 4つの穴が開いている鐘島。

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 仁王島

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 陰田島

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 航跡

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 集落のある大きな島(桂島等)の周辺をまわる。

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 津波のダメージを受けた島も多い。

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 カキの養殖

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 さまざまな形の島が次々と現れ、無条件に楽しい。

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 船から見える観光名所

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 船から下りた後、これらの寺社等をめぐる。



 すでに昼を過ぎていたが、まずは発着場のすぐ横にある五大堂に参拝することにする。


 松島 五大堂 (瑞巌寺仏堂)


 坂上田村麻呂が建立した毘沙門堂が始まりとされ、慈覚大師・円仁が延福寺(現在の瑞巌寺)を創建した際に、この地に五大明王を祀ったことから、五大堂と呼ばれるようになった。
 現在のお堂は、伊達正宗自身の手によって、瑞巌寺再興に先立って再建されたもの。
 海風にさらされ、数々の災害に耐えてきたことから、伊達正宗がらみの建築としては色彩を失った古色蒼然とした佇まいではあるが、生粋の桃山建築ならではの迫力のみなぎる名建築だと思う。

 なお、堂内に安置されている五大明王像は、三十三年に一度開扉する秘仏の平安仏。
 瑞巌寺の宝物館(清龍殿)で、素朴な五大明王像の写真パネルが展示されているのを観たが、あれがそうだろうか。


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 絶景に向かって建つ。

 正に海の寺。海の寺は数あれど、こんなに清々しい建物もめずらしい。

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 遊覧船がゆく。先ほどの仁王丸とはまたちがうようだ。

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 鳳凰なんかついていたっけ??

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 南部屋でランチ。


 夏だというのに、こんな大きなカキは初めて食べた。左の写真のフライ等のお皿と大きさを比べてみてください。しかも、さわやかでしっかりとした海の味がする。
 
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 松かま


 店内でお茶を飲んで休憩できる。


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 カキ等を食べたばかりなのに、思わず「むう」購入。

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 このあたりから見る五大堂の風景は実に美しい。


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カンタータ日記・奥の院

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カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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この記事へのコメント

ANNA
2015年09月03日 22:32
Noraさん、こんばんは。

観光船での松島島巡り、天候にも恵まれて 松島の美しい島を堪能されたことと思います。
松島海岸駅から仙台方向に数駅先に、本塩釜という駅があります。
その本塩釜に「マリンゲート塩釜」という観光遊覧船、市営汽船の発着所があるのですが
子供の時から、そこで遊覧船に乗り松島へ移動、水族館へというコースでした。

ところで、この「マリンゲート塩釜」の近く、海岸沿いに「シオーモの小径」という
散策コースができたのは、2010年3月のこと。
宮沢賢治の短編小説「ポラーノの広場」に出てくる塩釜をイメージして賢治がつけた
架空の街「シオーモ」=塩釜。宮沢賢治をはじめ、明治以降に塩釜を訪れた、近現代の文学者の作品を刻んだ石碑が並ぶ散策路ができたのです。

賢治の石碑には「ポラーノの広場」の一部が刻まれ、石碑の下部には、明治20年開業当時のレールの一部が設置されているという、こだわりの感じられる石碑でした。
私の中で、宮沢賢治は鉄道好き、今で言う「鉄ちゃん」のイメージです。
作品も「銀河鉄道の夜」はもちろんですが、
「シグナルとシグナレス」、「氷河鼠の毛皮」…詩篇にも、今思いつくだけで
「岩手軽便鉄道の一月」「ワルツ第CZ号列車」など列車が出てきますものね。
私は、石碑と共に設置されたレールを見た時、とても嬉しかったのです。

ANNA
2015年09月03日 22:40
続きます。
この「シオーモの小径」ができたのは、2010年のこと。翌年に、震災がありました。
散策路は海岸沿いにありましたから、現在、どのようになっているのか…
実は私、その後あの場所を訪れてないのです。
とても素敵な石碑だったので、無事残っていて欲しいなぁと思うのですが。
2015年09月08日 01:19
 ANNAさん、こんばんは。

> 今で言う「鉄ちゃん」のイメージです。

 賢治はまごうことなき鉄ちゃんですね。特に鉄道で旅行するのが大好きでしたから、今で言う乗り鉄でしょうか。また、とにかく「新しいもの」好きでしたから、当時続々と開通する新路線にも、尋常ならざる興味を示していたようです。
 しかし、一方で賢治はそれ以上に音楽マニアであり、さらにそれよりもはるかにヘビーな石、土壌、地質、気象、植物等の科学&化学おたくでしたから、一般的にはどうしても筋金入りの鉄ちゃんというイメージは希薄になってしまっているようです。
 とは言え、人物的にはそうかもしれませんが、賢治の作品となると、多くの人が真っ先に鉄道を思い浮かべるのではないでしょうか。
 もちろん「銀河鉄道の夜」のイメージがあまりにも強烈だからというのもあるのでしょうけれど、それ以上に「春と修羅」の鉄道がらみの詩のインパクトがすごい。
 「オホーツク挽歌」の、「青森挽歌」から「噴火湾(ノクターン)」へといたる言葉の奔流に身を任せていると、賢治その人といっしょになって悲しい夜汽車の旅をしている錯覚にとらわれます。
 車内の薄明かりや車輪のリズムまでもが実感できるかのような迫真性は、賢治が鉄道をこよなく愛していたからこそ、初めて実現できたのでしょうね。
2015年09月08日 01:23
> そこで遊覧船に乗り松島へ移動、水族館へというコース

 はじめ、塩釜で下りて、ANNAさんがおしゃっている遊覧船で、塩釜から松島まで行こうかとも考えたのですが、時間等の関係で結局松島発着の遊覧船にしました。
 今回は、「センダード」だけで「シオーモ」には行かなかったわけですが、この次の記事に書いたように、塩釜の港は車窓から見ました。塩釜のシンボル?のカラフルな船も見えました。
 「シオーモの小径」のことは知りませんでした。塩釜は「シオーモ」として「ポラーノの広場」に出てくるだけでなく、賢治にとって修学旅行で出かけた思い出の土地なんですね。
 塩釜は、津波の被害がひどかったようですから、「シオーモの小径」もどうなっているのか、心配です。賢治の思い出を記念する碑、復興されているといいですね。

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