4年振り?「たまには曲目解説」BWV26他、夜空をよく眺めた10月のアルバム【三位一体節後24】

 フィギュアスケートのGPシリーズ、中国杯。
 見事優勝で本格的な競技復帰を飾った浅田真央さん、ほんとうにおめでとうございます。

 何と言っても一番驚いたのが、これまでヴェールに包まれていたショートプログラム、「素敵なあなた」。

 まさかここまでやるとは思わなかった。
 いきなり初っ端から、超絶難度のプログラムを自分に果し、見事それを達成するとは!
 人が評価する得点のことはよく知りませんが、真央さん自身の演技後の晴れやかな笑顔、ガッツポーズが、それが成し遂げられたことを物語っています。

 NHK杯のチケットが取れなかったので、果たしてこのプログラムを生で観ることができるかどうか。
 わたしはJOで、フリーの「蝶々夫人」を生で観たから、まあ、いいのだ。

 ・・・・ということにしておこう。


 浅田真央さん、がんばれ!

 それにしても、いったいどこまで「自分を極めよう」としているのか・・・・!



 その他、スポーツと言えば、野球シーズンが終わってしまって、何ともさびしい気持ちでいたら、

 世界野球WBSCプレミア12

 が始まって、楽しくてしかたない。

 世界最高峰のプレーが毎日のように楽しめる至福。

 特に、昨日のメキシコ戦にはしびれた。野球の醍醐味を100%満喫することができた。
 9回表に同点に追いつかれた悪夢を吹き飛ばすような山田のツーベース、そして中田のタイムリーでサヨナラ。
 反撃の口火を切った山田を中田がかえす。もう夢のようだ。
 中田、意外とプレッシャーに弱いんだけど、筒香敬遠で中田勝負にしたことでその闘志に火が付いて、プレッシャーを吹き飛ばしてしまったようだ。こうなるともう手がつけられない。メキシコ、研究不足で中田のことを把握しきれていなかったか。
 もっとも、筒香勝負となっていても、筒香は打っていたと思う。
 さらに、もし中田がダメだったとしても、松田が打っていたと思う。

 それほど侍ジャパンの打線はすごい。
 メンバーの顔触れを見ているだけで、わくわくする。
 1番から9番まで最強のクリンナップが並んでいるような打撃陣、それに加えて各球団のエース・守護神が勢ぞろいした投手陣、もうまちがいなく世界最強なのではないか、と思えるほど。これに内川やギータまでいたら、いったいどんなことになっていたか。
 レギュラーシーズン等でいつも痛い目にあわされている選手たちがずらりとそろっていて、頼もしい限りだが、なぜか一番活躍するのが我がチームの4番だったりする。ふだんから何でこれができない?

 いずれにしても、これからが楽しみ。ほんとうにすばらしいチームだと思う。ずっと観ていたい。
 最後まで残って、いつまでもその戦いを魅せてください。

 がんばれ!侍ジャパン!



 さて、今度度の日曜日(11月15日、三位一体節後第24日曜日)のカンタータは、

 第1年巻のBWW60

 第2年巻(コラールカンタータ)のBWV26

 の2曲です。
 

 1年目のBWV60
 これは、「永遠の死への恐怖」と、「来世への希望」とが対話する、物語仕立てのダイアログ(対話式)カンタータ。

 コラール・カンタータ(第2年巻)のBWV26
 この時期のコラール・カンタータならではの、厳しく結晶化したかのような曲調の合唱で始まりますが、それに浮遊感あふれる何とも不思議なアリアが続きます。
 これは、このカンタータのテーマである「この世界のはかなさ」をあらわしているのですが、確かにはかないけれど、なんて美しい。


 過去記事は、こちら↓


 <三位一体節後第24日曜>

    世紀末バッハ・暦の終わりに(BWV60、26)
     「いちょうの実」+三位一体節後第24日曜



 もうすぐ暦も終わってしまうので、たまにはCDでも聴いて、曲をよく見つめてみよう、ということで、

 BCJのBWV26を聴いてみました。


 BWV26 「ああ いかにはかなき、ああ いかにむなしき」


 第2年巻のコラール・カンタータ。

 タイトルからもわかるように、スカッとさわやか、というというわけではなく、決して聴いていて楽しい曲ではないが、晩秋の一日にしみじみと聴くにはぴったり。
 コラールカンタータ年巻も結晶度を増してきて、いよいよこれから大クライマックス、という時期の圧倒的な充実作。

 冒頭大合唱から終結コラールまで、ほとんど全曲を通じて、いかにこの世がはかないか、むなしいかを、事細かに事例をあげて延々と繰り返し、全曲の最後のコラールの、しかも最後の一言の終結和音に至って、ようやく救いがもたらされる、というちょっとすごい内容のカンタータ。

 このカンタータをはじめ、いくつかのカンタータについて、この世のはかなさ、空しさを徹底して訴え続けている、という点で、東洋・日本における仏教、特に般若心経との共通性がしばし語られることもあるけれど、それは上っ面だけのことで、それぞれの本質的な意味合いをよく考えてみると、般若心経においては、はかなさ、空しさ(空)を肯定して受け入れるというのがその核心だと思うので、「似て異なる」というのが実際のところのような気がする。

 カンタータの歌詞においては、はかないもの、むなしいものはすべて、例えば花などの美しいものさえも、否定すべきものであると位置づけられるけられているように読める。

 しかしながら、バッハがその歌詞につけた音楽の美しさ、充実度はどうだろう。
 例えば第2曲のテノール・アリア、「わたしたちの毎日」は奈落の淵に向けて駆け抜けてゆくという歌詞につけられた音楽の不思議な美しさ!
 そういう意味で、バッハの作曲した音楽、さらにバッハという人物に限って言えば、「空即是色」的なところが、もしかしたらあるのかもしれない。


 BCJの演奏に耳を傾けてみる。

 第2年巻のコラール・カンタータ、特に後半部分こそが、この全集の白眉だと思うが(この曲が収められた第   番あたりからただごとではなくなってくる)、この曲に関しても、ちょっと神がかった名演だと思う。

 第1曲、冒頭大合唱、
 立ち上っては消え去る霧のようなはかない命を表現する音楽だが、そのめまぐるしさを表すパッセージによって、むしろ夥しい生命が地に満ち満ちるエネルギーみたいなものが感じられる音楽。
 BCJの演奏は、ほとんど限界ぎりぎりのスピードながら、一糸乱れぬ精度で疾走し、そこから生じる凛とした佇まいが、音楽の持つエネルギーをさらに昇華したものにしている。

 第2曲、テノール・アリアは、前述の通り、流れる水のように過ぎ去ってゆく「わたしたちの毎日」を歌ったものだが、その歌詞につけられたバッハの音楽のこの世のものならぬ美しさはどうだろう!
 初代ドラえもんのテーマソングのイントロみたいなオブリガート、やわらかに折り重なる通奏低音が、水、というより、フワフワした雲かシャボンの流れを思わせ、思わずその流れに身を任せたくなってしまう。
 中間部の、その流れを飲み込んでしまう「奈落の底」の表現との対比も見事。

 第4曲の、さまざまな誘惑がさかまくこの世界を歌ったバス・アリアも、BCJの演奏で聴くと(これはもちろんバッハの音楽自体がそうなのだが)、ヒロイックな力強ささえ、感じさせる。

 以上、BCJの演奏でBWV26を聴くと、全曲を通じて、ひきしまった完成度、結晶度が半端じゃない。
 その純度の高さがそのまま「はかなさ」にも通じる部分があり、ある意味歌詞を見事に表現しているが、はかなさの深さ、訴えの迫力がただ事で無い分、最終コラールの最後の一音の光がより心に染み入る。

 そして、この演奏においても、この世のはかなさを表しているすはずの音楽の結晶化した美しさは、まったく「はかなく」はなく、不動の価値を有している。


 バッハのカンタータを聴いていると、何て美しい音楽なんだ、なんてかっこいい音楽なんだ、と思って歌詞を見てみたら、そこで表象されているのが実は世の中の「悪しきもの」とされているものだった、なんていうようなことがよくある。
 でも、バッハが、100%歌詞通り、「悪しきもの」の表象としてそれらの魅力的な音楽を書いたとは、とうていわたしには考えられない。(あくまでもわたし個人の感触だが)
 さきほど、バッハは「空即是色」?と言ったのは、正にその一点から。

 
 カンタータはかくもややこしいのだ。
 通り一遍の解説ではなかなか片づけられないところがある。
 常日頃、ある程度歌詞や内容をヌキにして気軽にカンタータを楽しむのもアリ、と言っているのは、そのせいでもある。
 わたしは美しい音楽を聴きたいのであり、美しいものは空しいので気をとられないようにしなさい、という教えを聞きたいのではない。
 それならこの曲を聴かなければいいではないか、という意見もあるかもしれないが、歌詞にあまりにもとらわれすぎて、この魅力的な音楽を楽しめないというのではあまりにももったいない。



  ☆    ☆    ☆
 
  

 以下は、その他の10月のアルバム。

 これまで記事にしてきたコンサートや展覧会等以外の写真を中心に。



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 まずは恒例、10月のEchika池袋ギャラリー


 先月の手塚治虫に続き、今月は、赤塚不二夫先生だ!


 今年は、赤塚先生生誕80年とのこと。

 生きていても決しておかしくない年齢だが、すでに歴史上の巨人になっている。


 さまざまな貴重な史料を通じて、あまり知られていない、戦争中の幼年時代、そして青春時代のエピソードを紹介している。


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 小学6年生の時に書いた処女作「ダイヤモンド島」。(複製)

 さまざまな人の意見を聞いて、何度も改訂しているらしい。すでに「マンガ家」だったのだ。

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 回遊


 展示替えがあって、大作が並んだ。


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 このような計画があるようだ。

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 見損なった。



 生命大躍進


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 当たった?

 ネピアのやわらかハートポイントで、おしゃれな自転車を応募したが、ハズレ。
 でもWチャンス賞が当たった。これで2度目。 
 箱を開けたら、見慣れぬ迷彩柄のウェットンがつまっていたので、ギョッとする。
 ゼラニウムのかおりのウェットン。見た目によらず?ものすごく良い香りがする。 

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 10月の天体ショー。

 惑星大集合

 コンデジで挑戦してみました。

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 一番上の明るい星は、金星。明けの明星。(その左上は獅子座のレグルス)
 その真下に、沈もうとしている月。その左が木星。木星と金星を結ぶ線上に、うっすらと火星が見える。
 肉眼では、これらの星はもっとくっきりと見えていた。

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 その他、オリオン座流星群なども。

 月が隠れた頃、数分オリオン座を見ていたが、ひとつだけ流れ星が流れた。
 それより、星空が美しかった。



 (少し遅い)お彼岸の道

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 等伯を思わせるわしゃわしゃとした秋草

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 富士の国 山梨・静岡物産展


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 山梨代表

 ほうとうはよく作るが、本場の山梨のかぼちゃのほうとうを食べるのは、初めてかも。 

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 静岡代表

 宇都宮餃子。真ん中にもやしをのせるのが正式。
 テイクアウトしたら、やわくなったので、焼き直してみました。(右)

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 同時開催のさまざまなイベント

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 秋薫(かおり)そば

 香りのよいきのこと秋鮭のさつまあげ。
 自家製さつまあげは、粗挽きの鮭の身がつまっていて、あげたて。
 天ぷらは、ふしぎな食感&香りでそばでよく合っていた。何だかわからず、聞いてみたら、何とじゃがいもだそう。つまり、フライドポテト入りお蕎麦。

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 秋の焼売丼

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 かぼちゃのニョッキ

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 不思議ないちごチョコ。

 ホワイトチョコがいちごの実の中にしみこんでいる。

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 鍋がおいしい季節に。


 ミルフィーユ鍋。

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 こちらは、いつもの自家製ほうとう。麺が見えない。




 新しい土鍋。

 
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 寿司屋ができた。

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 これはデパ地下。おべんとうまつりの寿司。

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 今年はほんとうに早い。

 左、10月初。右、10月末。

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そのほかの「記事目次」

「全体記事目次」

カンタータ日記・奥の院

浅田真央さん情報・最新版

宮沢賢治記事目次

カンタータ日記・大阪モダン建築図鑑

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