東北を包み込む浅田真央さんの祈り~NHK杯SPエキシビション+賢治の青春の街モリーオ市再訪記・予告編

 年初に岩手の鬼剣舞を観て感動したことは前々回の記事に書きました。
 その記事を「東北がわたしを呼んでいる??」と締めくくりましたが、早速、この連休に東北・岩手を旅してきました。


 そもそものきっかけは浅田真央さんが出演するアイスショー。

 NHK杯のチケットがとれず、大事な場面で直接応援することができずに悔しい思いをしたことは、以前書いた通り。
 年末の全日本は、真冬の北海道はちょっと厳しいかな、と思い、こちらは始めからあきらめてしまった。
 その後、浅田真央さんが、今や試合の一戦一戦を「最後の試合」のつもりで、すべてをかけて臨んでいるということを知り、全日本に行かなかったことをものすごく後悔しました。
 あの全日本における渾身の「蝶々夫人」を生で観ることができなかったのは、一生の不覚。
 今後、浅田真央さんの試合は可能な限り応援に行こう、と心に誓いました。

 そんな中、幸い、盛岡で行われるアイスショーの抽選に当たったので、NHK杯と全日本を観られなかったさみしさを少しでも埋め合わせるべく(試合ではないけれど)、はるばる盛岡まで駆け付けた、という次第です。


 ほんとうに盛りだくさんの、充実した旅となりました。

 ますます芸術的に研ぎ澄まされ、精神的にも深みを増した、浅田真央さんの演技を堪能できたのはもちろん、
 ひさしぶりに宮沢賢治の街を訪れて、いまだに賢治さんの精神が息づくその空気に全身を包まれ、歴史的建築物が数多く残る魅力的な街を歩き、さらにはわたしが最も観たかった仏像の一つをついに観ることができました。

 ほんとうに岩手の地に呼ばれたのではないか、と思えるような、かけがえのない体験の連続でした。
 すべて、浅田真央さんのおかげです。ありがとう!



▽ 岩手山と盛岡市アイスアリーナ

 盛岡から新花巻に向かう列車の中から、遠ざかる岩手山を写真で撮ったら、偶然アイスアリーナが写った。
 (真ん中の小さな緑の屋根の建物がアイスアリーナ)

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 今回は、旅のそもそもの目的だった、

 NHK杯フィギュア スペシャルエキシビション

 の浅田真央さんの演技を観た感想を中心に。



 1月9日(土)


 東日本大震災5年

 NHK杯フィギュア スペシャルエキシビション

  @ 盛岡市アイスアリーナ
  
  (第2回目 午後6時~)


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 ジュピター ~未来への光~


 命の限り 希望 胸に

 未来への光を輝かせよう

        (日本語詞 浅田真央さん)



 フィギュアスケートによる「祈り」

 
 浅田真央さん自身による、セルフプロデュース・プログラム。
 振付等はもちろん、衣装、照明、歌の歌詞までをも含めて、真央さん自身が総合的にプロデュースしたものだが、
 プログラムの作成後日譚を聞いて驚いた。
 その場のやっつけ仕事なんかではない、
 この公演の半年前からプログラムを練り上げ、東北(仙台)の子供たちと練習を重ねていたという。
 ということは、昨年の夏に真央さんがTHE ICE 宮城公演で東北のスケート場を訪れた時から、この「祈り」は始まっていたということになる。
 そう言えば、今回共演した子供たちの中に、THE ICEに次世代スケーターとして出演していた子によく似た子がいたが、本人だろうか。


 * 後日、ドキュメンタリー番組等を観てさらに驚いた。
   このプログラムが実現に向けて動き出したのは、実際にはほぼ1年前からだという。
   「ジュピター」再演は真央さんの心からの宿願だったのだ。
   となると、THE ICEどころではなく、昨シーズン休養中の真央さんが被災地を訪問した頃から、
   真央さんはこの「ジュピター」をまっすぐに見据えて活動していたことになる。



 海の底のような蒼いライトがリンクを照らしだすと、凛とした佇まいで正座している真央さんが浮かび上がる。
 こんな美しい姿勢の正座は見たことが無い。しかも、氷上に直に座っている。
 これこそが「和」の心だ。
 
 その後、東北の子供たち、そしてこの日のために駆けつけてくれた少年合唱団「リベラ」とともにくりひろげられた圧巻の演技。
 これこそが「祈り」。
 作られた表情ではない、真摯な瞳そのものが、
 決めポーズではない、しなやかで芸術的な身体の動き、滑りそのものが、
 その一つ一つが、祈りなのだ。
 決してハデではないが、自然で崇高極まりない「舞踏」から、浅田さんのあふれんばかりの思いが、祈りが放射され、会場全体を包み込む。
 何と言うやさしさ、慈しみの心。
 その浅田さんの「舞踏」と、子供スケーターの熱演、少年合唱団の澄み切った歌声、そして彼らが歌う100年以上もの間世界中の人々に愛され続けてきた旋律とが、見事に融合して、一つの「作品」に結実。
 みんなが助け合い、力を合わせて光に向かって進んでいこうというメッセージがストレートに心に伝わってくる。
 演技、フォーメーション、音楽、衣裳から照明にいたるまで、ありとあらゆることが、まったくぶれることなく、ただひたすらそのテーマに貫かれている。
 だからこそ、テーマが、思いが心に響くのだ。


 クライマックスでは、エキシビション・ナンバーにもかかわらず、真央さんがまさかのトリプルアクセル。
 それまで複雑な線を描いて絶えず移動していたのに、いきなりものすごいスピードでリンクを斜めに横切り始めたので、会場全体に緊張感が走った。まさか、と思ったが、やはり、飛んだ。
 すさまじい迫力!
 このことからも、真央さんの思いの丈が伝わってきた。

 新聞報道では例によって回転がどうのこうの、着氷がどうのこうのと書いている記事もあったけれど、そんなことはどうでもいいこと。
 浅田真央さんくらいの高次元の芸術的な演技になると、そんなことなど些細なことのように思えてくる。

 きれいごとではない、全身全霊をかけた祈り。


 真央さんの新しい「ジュピター」の衣裳が、ちょうどこの日に遥かのぞんだ、雪をかぶったたおやかな岩手山を思わせる色合いだったことも書き記しておく。


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 席は、ロングサイド・スタンド席の一番前という、これまでにないほどの絶好のポジション。感動の演技を目の前で観ることができました。
 真央さん自身の演技はもちろん、子供スケーターたちも含む全体のフォーメーションまでもが一目で見渡せて、その変化にとんだ美しさを堪能することができた。
 後からチェックしたTV放送では、このフォーメーションの妙が100%とらえきれていない気がした。
 ただその一方で、TVではっきりと映し出された一本松のシルエットの照明などは、角度的に見ることができず、まったく気が付かなかった。

 「踊るリッツの夜」のフリフリも目の前で観られるかな、と期待しましたが、逆サイドだったため見ることが出来なかった。残念。
 

 以上、ここでは、取り急ぎ、ショーのフィナーレを飾った浅田真央さんのスペシャルプログラムのことだけを書きましたが、全体的に、普通ではちょっと考えられないほど豪華な、見応えのある充実したショーでした。

 いつになく力のこもっていたレジェンドたちの演技はみな素晴らしかった。

 初めて観る川口悠子&アレクサンドル・スミルノフペアはTVで観るよりずっと素晴らしく、感動。無良くん、織田くん、鈴木さんの気持ちの入った力強い演技も心に残った。

 太田由希奈さんのコンテンポラリー・バレエそのものみたいに凝ったプログラムも美しかった。

 今後の日本のフィギュアスケートを背負っていくであろう若いスケーターたちの演技もそれぞれ魅力的だったが、前半出演者の演技は地上波放送にのらなかったのが残念。

 いつか時間と余裕があれば、詳細感想を書くかもしれません。



▽ 会場の盛岡アイスアリーナ

 盛岡駅前のマリオス展望室より撮影。
 美しい山並みの中に横たわっている。

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 こちらは冒頭の写真と同じく、帰りの列車の車窓から撮影。

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 実際のショーの時は、こんな状態で、ゆっくりと会場を撮影することができなかったのだ。

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 さて、この機会に、2泊3日して、盛岡周辺をゆっくりと旅してきました。


 宮沢賢治の青春の街、モリーオ市。
 青春時代に賢治さんに深く傾倒していたわたしにとっても、青春の街です。


 今年は、宮沢賢治生誕120年、

 今回の旅行で、ほんとうにひさしぶりに、改めて訪れたモリーオ市。

 この3日間で見聞きしたことや、その時の写真をもとに、今年は、正面からじっくりと、賢治関連の記事を、本ブログ、および奥の院に書いてゆきたいと思います。

 以下は、その予告編。



 新幹線が新花巻に近づくと、「空いっぱいの光でできたパイプオルガン」が現れて、迎えてくれた。

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 賢治さんが見た建物

 岩手銀行旧本店本館(旧盛岡銀行)。

 完全なる辰野建築。

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 旧盛岡高等農林学校本館。(現岩手大学構内)

 中央に、賢治さんが立っているのが見える。

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 その他、歴史建築物にあふれている盛岡。

 もりおか啄木・賢治青春館。旧第九十銀行。

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 上の橋の重要文化財の擬宝珠と旧井弥商店。

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 ござ九。正面(左)と中津川側(右)

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 紺屋町番屋。

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 賢治さんが見た仏像

 報恩寺。中学時代の賢治がしばし参禅した。

 凛とした佇まいの禅林。

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 五百羅漢が圧巻!

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 成島毘沙門天堂。(三熊野神社)(花巻、東和町)

 日本一の毘沙門天像!賢治の多くの作品に登場する。

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 わたしが最も観たいと思っている、「日本三大巨大仏」(勝手に選定)の筆頭だった。
 ついにお会いすることができた。
 正に、東北の木霊の王者!大迫力なばかりか、何とも言えない優美さも兼ね備えている。 

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 毘沙門堂の山から里を見渡す。
 平安の昔、こんな山の上に、よくぞそれだけの仏像を造立したものだ。そして、よくぞ今まで守り伝えてきたものだ。
 人々の祈りの深さがしのばれる。

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 賢治さんが食べた物

 フェザン本館地下にある、花巻の賢治行きつけの蕎麦屋、やぶ屋の支店。

 わたしも昔、天ぷら蕎麦にサイダーを頼んだ。
 (今回、やぶ屋には行かず)

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 このやぶ屋でもやっているわんこそばと、以下の二つで、盛岡三大麺

 おなじみ冷麺。(こちらもおなじみぴょんぴょん舎。桑の葉冷麺)

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 じゃじゃ麺。(あきを。この店オリジナルの煮豚じゃじゃ麺)

 しめはちーたんたんをかけて。

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 若き賢治さんが清六さんと下宿していたところ。下の橋教会付近。

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 すぐそばの盛岡城跡は散歩コースだっという。

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 盛岡城跡には、櫻山神社(+南部稲荷神社)、もりおか歴史文化館など、見どころ多し。

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 賢治さんが登った山。

 岩手山

 開運橋からの眺めが名高いが、わたしは旭橋からながめた方が、より独特な山の形の全容がわかるので好きだ。

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 岩手山は、ほんとうにどこからでも見える。
 いつも、盛岡の街を見守ってくれている。
 そして、大きい。途方もなく大きい。雲かと思ったら、岩手山だったりする。

 わたしも若い頃何度か登ったことがあるが、こうして見ると、あんなところまで登ったのかと信じられない思い。一度などは、激しい風雨の中だった。

 
 そして、賢治さんの聖地。

 昨年リニューアルしたばかりの宮沢賢治記念館(新花巻)。

 (ポランの広場の日時計)

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 今も、盛岡の街に息づく賢治さん。

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 盛岡市アイスアリーナでは、今月末に、希望郷 いわて国体・冬季大会の、フィギュアスケートを始めとするスケート競技開催予定。

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